施設低層部の様態 – 真壁智治「臨場」から窺う渋谷問題への気付き(第32回)|連載『「みんなの渋谷問題」会議』

この連載について

渋谷再開発は百年に一度とされる民間主導の巨大都市開発事業で、今後の都市開発への影響は計り知れない。この巨大開発の問題点を広く議論する場として〈みんなの「渋谷問題」会議〉を設置。コア委員に真壁智治・太田佳代子・北山恒の三名が各様に渋谷問題を議論する為の基調論考を提示する。そこからみんなの「渋谷問題」へ。

真壁智治(まかべ・ともはる)

1943年生れ。プロジェクトプランナー。建築・都市を社会に伝える使命のプロジェクトを展開。主な編著書『建築・都市レビュー叢書』(NTT出版)、『応答漂うモダニズム』(左右社)、『臨場渋谷再開発工事現場』(平凡社)など多数。

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施設低層部の様態

 桜丘口地区再開発ではその固有の背景からなる分棟型施設建設の故か、これまで体験してきたどの劇場型工事ともそのニュアンスが少し異なる、と感じている。

 顕著な特徴は、各施設(三棟)の工事が進行するにつれ、場内でダイナミックに、同時進行的に劇場型工事の見所が生起してくることが挙げられる。

 「小さな芝居」「大仕掛けな芝居」も一斉に演じられていて、しかも互いに照応し、響き合い、全体として壮大な市中劇が繰り拡げられているが如くに、今の桜丘口地区再開発工事が映る。

 その壮観な工事光景からは一瞬、都市に開かれた工事現場が体現し、そこに都市を見る。

 この感覚は二〇一六年の「渋谷スクランブルスクエア」東棟工事現場の折、以来のものであろうか。

 その時は隣接する渋谷駅を巻き込んでの一棟建設工事であったので、工事領域が比較的限定された濃い市中劇を実感させられたが、現在の桜丘口地区の工事現場からはその領域の広さと共に、共振し合う市中劇の感触が伝わってくる。

 渋谷での分棟型施設開発の体験は嘗ての渋谷「パルコ」パート1・パート2・パート3での経年体験だったが、その折には施設の領域が都市に開かれてゆく実感が少しあったものだった。

 それが桜丘口地区の場合は同時に、規模も形態も施設用途も異なる三棟が分棟として建つので、むしろ「群体施設」として、都市に開かれるべき再開発と理解した方が良いのではないか。

 当該地の地盤面基礎工事までは、敷地北西端部に近接する新設歩道橋の踊り場が工事域全体を見渡せる絶好の特等席で、そこから定点観測も行なってきた。

 しかし、現時点ではその前面に躯体が建ち上がり、養生シートで覆われた大きな壁になり、そこからは眺望も敵わなくなる。

 それに替る劇場型工事の観賞スポットとして「敷地内通路」に注目が集まってきている。

 この通路は再開発敷地をほぼ縦走することができ、分棟それぞれの工事様態が往来時に目に飛び込んでくる、絶好の劇場型工事体験スポットなのです。正に群体の様が体感できる。

 既存施設解体時にはこの敷地内通路からの眺めは圧巻でした。解体工事が幅員三メートルにも満たないグランドレベルの通路を介して、直接的に私たちの身体に響いた。

 従って、絶えずこの通路の往来には劇場型工事現場の最前線の印象を伴う。

 「敷地内通路」入口付近で通路を挟み向かい合う二棟の、建設中の施設間に躯体が架け渡された。既に工事進行が先行していた先端棟と、低層部(FOOT)から中層部へと躯体を正に組み立て中のA棟とが、低層部空中で繫がり出した。建設足場の確保の為か、そこにブリッジを架けようとするものであろうか。

 通路に天井が被った状態になり、その場のインヴォルブメント度が急に高まり出す。

 桜丘口地区再開発で規模の最も大きな本体棟となるA棟も、一〇階以上躯体(スケルトン)が建ち上がり出した。

 恵比寿方面へ向う敷地内通路からはこのA棟に加え、工事が先行している先端棟及び東棟の進捗状態が一望でき、各施設の立面も窺える。

 再開発当該地の整理・調整に際し、多くのビル、店舗、オフィス、住居、文化施設などがその対象となり、その代替計画が強く求められた。

 なによりもこの地区は再開発推進で多くの小規模な飲食店・ショップが立ち退くことが余儀なくされ、地勢と相俟って形成されて来た小さな「界隈」が喪失させられていた。

 ここに至って、施設立面から先端棟には店舗・ホールなどが、東棟にはオフィス・住居などの受け皿の概要(アウトライン)が推察される。その内で特に私の目を引いたのがA棟と先端棟の低層部の様態を示す施設パースでした。二棟低層部にのみ賑わいが描かれていて、次第にパースの情報と工事現場の様相とが符合するまでになってきた。

 そうした消滅させてしまった界隈を、なんとか施設の低層部に植え付けようとする開発主体側の負い目が透ける。

 果たして、地勢なりに、道なりに形成されてきた「界隈」の魅力がどこまで施設の低層部での展開で可能かはまだまだ不明である。

 問題は飲食テナントを多く寄せ集めれば済む話ではなく、単なるショップMD計画の話でもない。

 失われた「界隈」と言う場所感覚や連帯感覚をどう取り戻せるのか、そこに介在した店と客との絆の再興をどうサポート出来るのかに、施設低層部の成否は掛っているのではないか。つまりは、再開発されて良かった、と評価される低層部の在り様なのである。

 「MIYASHITA PARK」の物販や飲食のショップ構成は全くの新規なMDであったし、そこに特定の顧客も店主も前提や与件としては想定されていない。そうした与件での界隈(モール)の形成が図られたが、桜丘口地区での界隈の再興には接地性の強い低層部での場の構造の展開にデザインアーキテクト(古谷誠章)の手腕が期待される所だ。どの様な資質を備える商空間が生まれるのか。これも充分に「渋谷問題」に抵触してくる。 

(つづく)

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