執着、あるいは四季【桃の節句】|連載「京都の現代歳時記考 -木屋町の花屋のささやかな異議申し立て-」

「日本は四季のある国である」。この言葉の本当の意味がわかったのは、花屋になってからずっとあとのことだった。この国にはたくさんの季節行事があり、その多くが何百年も昔から受け継がれてきたものである。もちろんほとんどの場合オリジナルと全く同じというわけにはいかず、時代に合わせて少しずつ姿を変えてきた。7月の祇園祭は良い例で、今では祭のハイライトともいえる山鉾巡行は当初存在せず、登場した後もしばらくは八坂神社で行われる神事のオマケのような存在だった。伝統行事がどのように変化していったかを辿るとその社会の変遷が見えてくる。行事というものが時代に合わせて姿を変えていったのではなく、時代に合わせて変化することができた行事だけが、現代に受け継がれているのかもしれない。その中でも、3月3日の桃の節句は興味深い。節句という風習が整ったのは江戸時代に入ってすぐで、雛人形と桃の花を飾る一連の祭りもその頃から大きくは変わっていない。しかしその頃と現代では決定的に違うことがある。それは暦と気候の問題だ。