「接続」から見えてくるもの – 真壁智治「臨場」から窺う渋谷問題への気付き(第27回)|連載『「みんなの渋谷問題」会議』
渋谷再開発は百年に一度とされる民間主導の巨大都市開発事業で、今後の都市開発への影響は計り知れない。この巨大開発の問題点を広く議論する場として〈みんなの「渋谷問題」会議〉を設置。コア委員に真壁智治・太田佳代子・北山恒の三名が各様に渋谷問題を議論する為の基調論考を提示する。そこからみんなの「渋谷問題」へ。
真壁智治(まかべ・ともはる)
1943年生れ。プロジェクトプランナー。建築・都市を社会に伝える使命のプロジェクトを展開。主な編著書『建築・都市レビュー叢書』(NTT出版)、『応答漂うモダニズム』(左右社)、『臨場渋谷再開発工事現場』(平凡社)など多数。
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「接続」から見えてくるもの
二〇二二年の時点で、渋谷再開発完了予定二〇二七年まであと五年余り。
この段階に至ると、個々の工事進行も気に掛かるが、それ以上に気になるのは、全体としての渋谷再開発がどの様な開発施設間での思惑や野心・構想が働いて、意図としての関係性を築こうとしているのかである。
再開発工事現場からは、施設間を繋ぐ接続部が目に付くようになってきた。
間違いなくこの接続部こそ「全体としての意図された関係性」を実現させてゆく重要なピースなのであり、解読すべき対象になる。従って、この段階での再開発工事現場から散見出来る接合部に改めて注目を向けたい。この段階だからこそ分かること、あるいはこの段階だけでは分からないことなどを見届けたいと思う。
これまでの再開発工事から窺える再開発計画に在って重大なキーとなる接続部が幾つか挙げられる。
一つはメトロ銀座線渋谷駅でJR中央口改札寄りの施設端部。
これはメトロ渋谷駅が開業しても「接続部」としていまだに工事が捉え止められているものだ。
M型のアーチがスパッと切り取られた様な断面が口を開けたまま次のステージでの接続を待機している。
接続はメトロと「ながら工事」で進行しているJR渋谷駅更新工事とになる。そこに大きな新しいターミナルとしての構えがどの様に構築されるのだろうか。
が、しかしここでの接続は、イメージが実に湧きにくいのです。チューブ状のアーチ構造は更新されるJR新駅舎とどの様に接続し合えるのだろうか。M型のアーチの切断面がそのまま新駅舎と接続される為には、面同士を「接続」させるのではなく、JR新駅舎にM型のアーチを「貫入」させるイメージの方が構造的には合理的だ。
異なる構造の構築物が貫入し合うターミナルの様態を想像すると、メトロの接続部は設計側からのJR渋谷駅更新計画への「挑み(野心)」と映る。あるいは場所にノイズを発生させる為のデザイン・トライアルと捉えられる。
メトロ銀座線渋谷駅に絡んでもう一つ重大な接続部が待機している。
「ヒカリエデッキ」からメトロ渋谷駅「ルーフデッキ」を抜け、「渋谷マークシティ」までを繋ぐ「スカイウォーク」構想である。
現時点では、メトロ渋谷駅「ルーフデッキ」が仕上がっていて、「ヒカリエデッキ」も接続部を残して竣工している。共にJR渋谷駅更新工事の行方とその後の「渋谷マークシティ」への接続を待機している状態に在る。
この渋谷の谷底底部を宮益坂方面と道玄坂方面とを空中で架け渡し「スカイウォーク」として「歩行のまち・渋谷」の新たな象徴に仕立て上げようとする構想・計画はその建前も含めて開発主体の野心が強く窺えるものになっています。問題はその空中歩廊が一体どの様なみんなの共通利益としての公共性をそこに生み育ててゆけるのか、である。その成否への予兆として既に「ヒカリエデッキ」端部の接続部周辺の管理の在り方は、空中歩廊が観光の域を出ないであろうことを示しているのではないか。
次に挙げられるのが「渋谷フクラス」からJR渋谷駅方向に途中まで延びる空中歩道「スカイウェイ」の端部。
これもJR渋谷駅更新工事の進行と共にいずれ接続されるものであろう。
しかし、現在のこのブリッジ端部の眺めは国道に掛かり建つ構築的オブジェとして映っているはずで、しかもスパッと切断した様なそのシャープな接続部が都市に新規な表情 (アイコン)をもたらしている。工事中と言うものでなく「待機中」と言う新たな都市の様相コンテンツを体現しているのです。
この接続部がJR渋谷駅と繋がると、一気に道玄坂地区や桜丘町地区へのアクセスが「渋谷フクラス」を経由したものになるに違いない。だとしたら、ここでの接続部が示している野心とは、観光資源の創出ではなく、むしろ日常の人びとの往来に関与した新しいルーティン歩行を生み出す投企として把握してもいいだろう。こうした「ルーティン歩行」には一定の公共性も含まれるが、それと一体となる施設誘導策であることには変りがないところだ。
そして、更に現在、謎めく重大な接続部が工事進行中なのである。
これはあまり渋谷再開発情報として、告知・周知されていなかっただけに、その接続部の存在に気付いた折には大変驚かされた。
現在進む桜丘口地区A1棟と既に竣工している「渋谷ストリーム」との間に、JR渋谷駅ホーム・線路を跨いでブリッジ「スカイウェイ」が架け渡されようとしている。正にそのブリッジの端部が「渋谷ストリーム」の壁面に接続される直前の段階である。工事の主体は飽くまでJRになる。
この工事の手順はこうであった。
ほぼ同時期に、「渋谷ストリーム」のJR側の壁面で既に計画されていたであろう開口部の整備工事が始まる。一方でJR渋谷駅湘南ライン・埼京線ホーム上に太い支柱を設え、ホームを跨いで渡すブリッジの架橋工事がJRホームの真上での「ながら工事」として静かに始まっていた。こうした同時進行的に施された工事だから、なかなか全体の計画像が見えづらかったのである。現時点での工事現場を観察すると、このブリッジの利用範囲はJR改札口へ向う通路がブリッジに対し直角に延ばされ、二つの施設への限定的なアクセスが計画されているのが分かる。
しかしここで明らかなのは、渋谷再開発が都市再生戦略特区としての承認を得て渋谷の全体性にとって有益な措置を図っているかとなれば、それは怪しいということだ。むしろ再生戦略特区のメリットを行使しての開発地域の寡占化、囲い込み化を図る開発主体の野心の表れとしても「渋谷ストリーム」の接続部は在ろう。どう見てもJRと東急のウィン・ウィンの構造として都市再生計画が映る。
渋谷再開発に在って施設の接続部は開発主体の野心の現れだ、としてきた。
複数の施設が多棟超高層建築と共に建設されて来ているが、そのベースに潜む共通課題として認識されてきたものに、谷底地勢の底部に位置するJR渋谷駅や底部を横断する国道二四六号線が渋谷の街に長らく分断化をもたらしてきた構造的欠陥への解消・改善であったろう。
こうした大義となる課題解決の為に、渋谷再開発では公共貢献としての「アーバンコア」と「スカイウェイ」とする都市装置が計画され、具体化している。
なかでも「スカイウェイ」は開発施設間を繋ぐものとして機能する為、「スカイウェイ」の両端には必ず接続部が生じてきた。
しかも施設間には竣工や開業の時間差が必ずあるので、施設のどちらかに「スカイウェイ」との接続部が待機状態に据え置かれている事態にならざるを得ない。
私たちは渋谷再開発の計画意図を施設の端部にいみじくも生起する接続部を介してリアルに読み解くことになるのである。
リアルに読むとは、開発主体の意図の野心に迫ることだ。
リアルに読むとは、そこが接続されることで渋谷の街の全体にとってどんな意味が発生するのか、を開発主体に突き付けることだ。
リアルに読むとは、そこにどの様な公共性の余地が生まれうるのか、を問うことだ。
これらの一連のリアルな現場からの解読こそ「渋谷問題」の核心に迫るものの一つになるべきであろう。
施設間の接続部の待機は渋谷再開発工事の大きな特徴の一つになっていて、独特な光景が劇場型工事の内の彩りとなってきていたものだ。
「ヒカリエデッキ」がその接続を待機しているメトロ渋谷駅「ルーフデッキ」を経て「渋谷マークシティ」に至る空中歩廊は、間違いなく渋谷再開発の分かり易い観光資源になるに違いなく、そこでの街への働きかけは極めて限定されたものにならざるを得ない。どこも施設内通路の域を出ないだろうから。
ちなみに現在の「ヒカリエデッキ」に於ける禁止事項表示は、その場のみんなの共通利益に貢献するポテンシャルがとても低いと感じさせられる。
恐らくこれと同様の禁止事項が空中歩廊にも表示されるだろう。
結局の所、「ヒカリエデッキ」が待機している接続部は渋谷の分断化の極めて狭い範囲内での解消にしか過ぎず、「渋谷スクランブルスクエア」東棟屋上の「SHIBUYA SKY」と同様、開発主体が目論む観光資源の域を出ないものだろう。
従って、それがより高い公共性を生んだり、渋谷の全体性にまで影響を及ぼす、とはとても考え難いものなのです。
こうした「観光」を目指す都市資源と私たちの都市に於ける「パブリックライフ」との関係を考えてみると、「観光」と言うエンターテインメントを享受する個人のふるまいと他者との共を意識した「パブリックライフ」でのふるまいには、非日常と日常との違いだけでなく、「自分」と「他者」への視点が欠かせないものとなる。
一方、現在待機中のもう一つの接続部を持つ「渋谷ストリーム」では事態がどの様に眺められるのか。ここからの桜丘口地区への繫がりは観光資源ではなかろう。
駅前地区の東側に当る「渋谷ストリーム」から桜丘口地区へのアクセスは極く限られた人にとっての利便性が見込めても、広く、多くの人たちに供される公共性がどの程度のものかは、現在の工事段階からは全く分からない。
ただし、施設間を繋いでゆく、と言う開発行為や手法には当事者以外の関係者の存在を無視はできず、本来であればそこに共通の利益が担保されて進められる計画であるはずなのです。渋谷再開発での施設間を繋ぐ接続部の背後には、国や区、JRやメトロ、電鉄、そしてディベロッパー、更には局面に応じて地域権益者などの存在が大きく在り、そこに協議・調整が図られることになる。その折に、全員の共通達成目標と認識されるべき指標が入用になってくるわけだが、この指標の最大の目標水準は、渋谷全体の為に、であり、社会の多様性に応える為に、であり、より広く高い公共性を獲得する為に、であるべきなのだが、なかなかそうはいかない局面も出てくる。
その典型的な事例が、ここに見る「渋谷ストリーム」壁面に表出している接続部ではないか。
開発施設間にブリッジを架け渡し、施設間の利便性を高めると同時に地域周辺に対してより強い再開発への囲い込み化を促すことになる。
しかし視点を変えてみれば、嘗ては渋谷駅と百貨店を一体化させ、駅前に文化施設、商業施設を集約させる一極集中型の駅前構造だったものが、駅を取り巻く地区まで開発エリアを拡張して建設される施設間を繋いでゆくサーキュレーション型の駅周辺の構造へと変換し出している。
こうして見てくると施設の端部に生起する接続部が示した「野心」にも様々な局面のレベルが潜むのが分かる。
•メトロ渋谷駅端部の接続部が覗かせた野心は設計サイドの「挑み」と映った。
•「ヒカリエデッキ」端部の接続部は開発主体の野心「スカイウォーク」構想の橋頭堡となる。
•「渋谷フクラス」から延びるスカイウェイの切断された接続部が示す野心は、南口駅前の新しいルーティン歩行の整備による空中歩行での施設誘導で、渋谷に益々接地性が失われてゆく。
•そして、既に稼働している「渋谷ストリーム」で新たに後付け工事として整備された接続部が示す野心こそは、都市開発特区の盲点を突いた渋谷東口地区と桜丘口地区とを私的に架け渡しての地域の寡占化策と映る。
新宿でのJR線路を跨ぐ西口地区と東口地区との架橋には両地区への往来の利便性を高めるみんなの共通利益を創出する公共性が感じられたものだが。
渋谷再開発途上で窺えた施設の接続部が潜める野心を渋谷の全体性、とするテーブル上で最終的には吟味しなくてはなるまい。そうした些細かもしれない一つ一つの検証を加えることに依って、みんなの「渋谷問題」を少しずつ展望してゆくことが可能になるのではないだろうか。
施設に露見するこうした接続部を巡る光景もいずれ失われてゆく。施設が繋がってしまったら、接続部が開示する問題点は全く見えなくなってしまうのです。
(つづく)