連載「ギリシャのポスト・オーバーツーリズム」vol.7|
伝統的集落のボトムアップな開発

新型コロナウイルス感染症の収束は未だに見通せないなか、世界の観光地の中には、国外からの観光客を積極的に受け入れているところも多くなってきました。
特にヨーロッパ随一の観光立国であるギリシャは、早くからインバウンド観光の受け入れを再開しており、すでにコロナ禍以前の活況をみせているとも言われます。

この連載は、国際観光政策が専門の石本東生さん(國學院大學教授/『ポスト・オーバーツーリズム』共著者)が2022年8月下旬に実施するギリシャでの現地調査のもようを、(なるべく)リアルタイムにお届けします。

8月27日

この日がペロポネソス半島中東部レオニーディオ・アルカディアスの最終日である。

筆者が宿泊(2泊3日)した宿泊施設は、Archondiko Chiotis」というクラシックな石造りの小規模ホテルであった。

ホテル Archondiko Chiotisの外観

レオニーディオ・アルカディアスは近代、当地をはじめペロポネソス半島東部の近隣地域の農産物、家畜、綿、絹織物など様々な産品の海上輸送および交易で富を築き、とりわけ海運業を営むファミリーは、大きな財を成した。

そのような人々は、古くからこの地域に伝わるチャコニアン・タイプと呼ばれる建築様式の豪邸を建設したが、それらは現在でも同市内に数多く点在している。そうした貴重な石造りの建築物が随所にみられるこの町は、現在、日本国内の伝統的建造物群保存地区にあたるような「伝統的集落」に指定されている。

ちなみに、日本国内には伝建地区が現時点で126か所存在するが、日本の国土面積の3分の1程度のギリシャにおいては、伝統的集落が2千か所ほど指定されている。

レオニーディオ・アルカディアス中心部のスーパーマーケット

ホテルArchondiko Chiotisは、1864に建てられた邸宅をヒオーティス・ファミリーが買い取り、年月をかけて修復再生し、2013年にヒストリックホテルとして新たにオープンした。

その際、歴史ある本館とその趣を同じくする別棟も建造し、スイートルームを主にした13の客室とハマム(トルコ式浴場)をも完備するレオニーディオ・アルカディアス屈指のホテルとなった。

ホテル Archondiko Chiotisの外観
ホテル Archondiko Chiotisの内観

そして本ホテルの修復再生にもEUの農村地域開発助成プログラム「LEADER」が利用されている。このギリシャ調査報告シリーズの中では、ロードス島に始まり、すでに何度も同助成プログラムが利用された観光事業を紹介してきたが、レオニーディオ・アルカディアスというまだマイナーな観光地にも、同様の受益事業が多数挙げられる。

また、ペロポネソス半島東部地域におけるLEADERプログラムやEUの多様な助成プログラムの周知、申請相談、申請受付、指導業務を行い、加えて採択の権限をも付与された機関「パルノナス開発公社」が重要な役割を果たしている。

先にはロードス島の「ドデカニス開発会社」についても紹介したが、ギリシャ全土には、このような開発公社や開発会社が69社存在している。(ちなみに、開発公社と開発会社の相違点は、国の関連省庁から付与された権限範囲の違いにあり、開発公社の方がその範囲が広い)

一方、これら開発公社や開発会社(EUでは一般的に“Local Action Group”=LAGと呼称する)の特徴は、その組織構成が官民双方の連携によるものであり、さらに当該地域住民の民意が最大限に反映される仕組みを成している点である。

そのため、助成申請希望者は中央省庁宛てに申請を行うのではなく、地域に根付いた活動を展開する開発公社や開発会社に幾度も相談をし、指導を得ながら申請を行うことを可能とする、言わば「ボトムアップ」のシステムである。

LEADERプログラムは、1991年に第1期がスタートし、様々な修正が加えられながら現在、その第6期を迎えている。第1期においては、EU全域においてLocal Action Groupは217社であったが、第5期の2014~2020年の期間には、何と3,136社に増加している。この数字だけを見ても、どれだけLEADERプログラムが成功しているかが推し量られる。

ギリシャ各地の観光地は、このようなEUの助成プログラムをうまく活用し、あのギリシャ経済危機の時代にも、着々と魅力的な観光地づくりを実践してきたのである。

(次回に続く)

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筆者紹介

石本東生(イシモト・トウセイ)

國學院大學観光まちづくり学部教授。博士(Doctor of Philosophy)。1961年長崎県生まれ。ギリシャ国立アテネ大学大学院歴史考古学研究科博士後期課程修了。ギリシャ観光省ギリシャ政府観光局日本・韓国支局、奈良県立大学地域創造学部、追手門学院大学地域創造学部、静岡文化芸術大学文化・芸術研究センター教授を経て、現職。専門分野は国際観光政策、EUの観光政策、初期ビザンティン史。著書(監修)に『すべてがわかる世界遺産大事典(下)』(2020年、世界遺産アカデミー/世界遺産検定事務局刊)、『ポスト・オーバーツーリズム 界隈を再生する観光戦略』(2020、学芸出版社)、『ヘリテージマネジメント 地域を変える文化遺産の活かし方』(2022、学芸出版社)など。

関連書籍

ポスト・オーバーツーリズム 界隈を再生する観光戦略

阿部大輔 編著/石本東生ほか 著

市民生活と訪問客の体験の質に負の影響を及ぼす過度な観光地化=オーバーツーリズム。不満や分断を招く“場所の消費”ではなく、地域社会の居住環境改善につながる持続的なツーリズムを導く方策について、欧州・国内計8都市の状況と住民の動き、政策的対応をルポ的に紹介し、アフターコロナにおける観光政策の可能性を示す

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