連載「ギリシャのポスト・オーバーツーリズム」vol.11【最終回】|
大混雑が戻ったサントリーニ島

新型コロナウイルス感染症の収束は未だに見通せないなか、世界の観光地の中には、国外からの観光客を積極的に受け入れているところも多くなってきました。
特にヨーロッパ随一の観光立国であるギリシャは、早くからインバウンド観光の受け入れを再開しており、すでにコロナ禍以前の活況をみせているとも言われます。

この連載は、国際観光政策が専門の石本東生さん(國學院大學教授/『ポスト・オーバーツーリズム』共著者)が2022年8月下旬から実施するギリシャでの現地調査のもようを、(なるべく)リアルタイムにお届けします。

9月5日(最終回)

いよいよ今回のギリシャ調査も終盤を迎えている。この現地調査のメインテーマは、すでに何度も触れているとおり、EUの農村地域を中心とした資金助成制度「LEADERプログラム」である。

一方で、2019年にはサントリーニ島でオーバーツーリズムに関する調査を行い、『ポスト・オーバーツーリズム ‐界隈を再生する観光戦略‐』を共著で執筆したこともあり、一昨日クレタ島からエーゲ海を高速船で北へ2時間、サントリーニ島へやってきた。すなわち、その後3年を経過して、サントリーニはどのように変化しているのか、この目で確かめたかったからである。



やはり、サントリーニはいつ来ても美しく感動する。

さて、先回の同島での聞き取り調査、特に副市長からの話では、この地の場合「オーバーツーリズム」自体が問題であるというより、道路や港湾を始めとしたインフラが古いままで、新たな都市機能に対応できていないことが問題であり、よって、新たなインフラ整備を行うことで、島内の交通渋滞や観光客の流入を十分にコントロール可能であるということであった。

その後、3年ぶりにこの島に来てみると、確かに港の岸壁は一定程度拡張され、フェリー着岸時の乗客・一般車・大型車などの乗降は、以前より比較的安全かつスムーズに見えた。また、空港ターミナルも拡張されて、利便性は確かに向上している。

しかしながら、港や空港から島中心のフィラの街および各地の観光地へ延びる道路には、以前とそれほど変化は見られない、というのが今回の訪問時の筆者の印象であった。

サントリーニ島フィラの街並みと眼下のエーゲ海

さて、サントリーニ訪問時は、ほぼ毎回のように利用し、今回も宿泊したのが「Aressana Spa Hotel & Suites」。ホテル到着後、長年の友人であり、2019年9月にはオーバーツーリズムに関する聞き取りをしたオーナーファミリーの一人、マリア・メンドゥリヌ氏に再会した。

アレッサーナホテルの一角
エーゲ海を望むフィラのカフェレストラン

早速、この3年間のサントリーニ観光の変化について尋ねてみると、島内のインフラ整備に関しては、以前と大きな変化はなく、現在でも車での移動には以前と同様な渋滞が付きまとう、と述べる。

また、同氏によれば、Covid-19の世界的蔓延の影響で、2020年、21年とサントリーニ島への観光客入込数は例年に比べて減少気味であったが、今シーズンは、過去最高を記録した2019年をはるかに凌ぐ勢いであるという。欧米豪を中心に海外旅行を控えていたツーリストが、今年一気に動き始め、オーバーツーリズムによる島への負荷の再燃に危惧を覚えている様子であった。

加えて、島内の民家の「airbnd」化(ギリシャ国内では「民泊」のことを一般に「airbnd」と言う)が近年さらに進んでいることから、この地に転勤を命じられる公立病院の医師・看護師、学校教員などの公務員が、適切な家賃の住宅をほとんど見つけられず、転勤を辞退するという事態が多々発生しているという。この点は、『ポスト・オーバーツーリズム』においても述べた点であるが、課題は解決されていない様子であった。

また、筆者が今回独自に調査した中で判明したことには、2019年段階で当時のサントリーニ市長がルール化していた寄港クルーズ船からの上陸客数「1日上限8,000人」も、現市行政では実質、継承されていない様子であった。

よって、本日午前中フィラの街中を散策する間も、同時に停泊している大型クルーズ船4隻からの上陸客、加えて一般の観光客で、街中の路地は歩けないほど混雑していた。特に、クルーズ船客のフィラへのアクセスには、カルデラの断崖絶壁を駆け上る「ケーブルカー」が必須となるため、その駅前から街中の路地あちこちに長蛇の列ができていたのには、実に驚きを隠せなかった。

フィラ・ケーブルカー駅前から続く行列

インフラ整備の公共事業が市行政の計画通りには進んでいない様子であるが、サントリーニに憧れて来島する観光客にもネガティブな印象を与え、また過剰な負荷がかかる島に暮らす市民が適切な公共サービスを享受する上でも、困難が生じかねないのは憂慮すべき事態であろう。

一方、今回はほんの2日間の滞在で、多方面の聞き取り調査を実施したわけではないため、サントリーニのオーバーツーリズム対策がこの3年間進展していない、と結論付けるのは早計である。その意味でも、今後も「エーゲ海の珠玉」サントリーニ観光の行方を注視していきたい。

最後に、今回はEUの農村地域振興における資金助成制度LEADERプログラムについて、ロードス島、ペロポネソス半島南東部、クレタ島を20日あまり調査してきたが、2010年以降のギリシャ経済危機の中でも、また2020年春以降の新型コロナ蔓延の時期においても、国内各地の農村地域においては大変注目すべき観光まちづくりが着実に進展していたことを知り、まことに感銘を受けた。各地の開発公社、開発会社をはじめ、多くのご協力者の方々に心から感謝を申し述べたい

(おわり)

連載記事一覧

筆者紹介

石本東生(イシモト・トウセイ)

國學院大學観光まちづくり学部教授。博士(Doctor of Philosophy)。1961年長崎県生まれ。ギリシャ国立アテネ大学大学院歴史考古学研究科博士後期課程修了。ギリシャ観光省ギリシャ政府観光局日本・韓国支局、奈良県立大学地域創造学部、追手門学院大学地域創造学部、静岡文化芸術大学文化・芸術研究センター教授を経て、現職。専門分野は国際観光政策、EUの観光政策、初期ビザンティン史。著書(監修)に『すべてがわかる世界遺産大事典(下)』(2020年、世界遺産アカデミー/世界遺産検定事務局刊)、『ポスト・オーバーツーリズム 界隈を再生する観光戦略』(2020、学芸出版社)、『ヘリテージマネジメント 地域を変える文化遺産の活かし方』(2022、学芸出版社)など。

関連書籍

ポスト・オーバーツーリズム 界隈を再生する観光戦略

阿部大輔 編著/石本東生ほか 著

市民生活と訪問客の体験の質に負の影響を及ぼす過度な観光地化=オーバーツーリズム。不満や分断を招く“場所の消費”ではなく、地域社会の居住環境改善につながる持続的なツーリズムを導く方策について、欧州・国内計8都市の状況と住民の動き、政策的対応をルポ的に紹介し、アフターコロナにおける観光政策の可能性を示す

記事をシェアする

学芸出版社では正社員を募集しています
学芸出版社 正社員募集のお知らせ