連載「ギリシャのポスト・オーバーツーリズム」vol.5|
ロードスのアグリツーリズム

新型コロナウイルス感染症の収束は未だに見通せないなか、世界の観光地の中には、国外からの観光客を積極的に受け入れているところも多くなってきました。
特にヨーロッパ随一の観光立国であるギリシャは、早くからインバウンド観光の受け入れを再開しており、すでにコロナ禍以前の活況をみせているとも言われます。

この連載は、国際観光政策が専門の石本東生さん(國學院大學教授/『ポスト・オーバーツーリズム』共著者)が2022年8月下旬に実施するギリシャでの現地調査のもようを、(なるべく)リアルタイムにお届けします。

8月22日

この日はロードス島調査の4日目。翌23日には首都アテネへ戻るため、実質的にはこの日がロードス島の最終日となる。

先にも述べた通り、ロードス島においては、連日ドデカニス開発会社のジフォス代表の全面的な協力を得て、EUによる域内観光セクターへの助成受益者聞き取り調査をサポートいただいた。この心強い支援には、誠に感謝が尽きない。

というのも、とりわけ域内農村地域開発に重点を置いたLEADERプログラムにおいては、申請者は各国の中央省庁に申請するのではなく、省庁から権限を付与された国内各地の「開発会社」(Local Action Group=LAG)に申請を行い、また同社がその採択・不採択を決定するシステムである。そのため、LEADER受益者への聞き取り調査に、開発会社(LAG)の全面的な協力を得たことは、何にも増して有難かった。

ドデカニス開発会社 ジフォス代表と共に

さて、前日は一日中、海洋養殖とマリンスポーツがテーマであったが、この日はロードス島山間部の観光事業者を訪れた。最初に訪れたのは、島中部サラコス村に位置するSALAKOS VILLAS」というアグリツーリズム施設である。

オーナーのグリゴリス・ジーマ氏は、この地域の出身でとりわけ地元を愛する若き実業家である。彼は、8月20日分で述べたEUの助成事業「LEADER」(第4期:2007~2013年)にて採択を受け、アグリツーリズム開設のために最も重要なロッジの4棟を建設した。ジーマ氏のこのビジネスは、まさに家族で立ち上げた小規模事業であるが、このような一市民にも、EUは返済無用の資金支援をおこなっている。

SALAKOS VILLASの景観
SALAKOS VILLAS ロッジ内部

ロードス島においては、14世紀以降のヨハネ騎士団による城壁、城塞をはじめとする歴史的建造物が残るロードス旧市街、中東部リンドスのアクロポリスや伝統的集落、加えて年間300日を数える日照日、そして南エーゲ海特有の美しく穏やかなビーチが各所に点在するなど稀に見る観光資源の豊かさから、1970年代より大規模豪華ホテル建設が盛んになり、いわゆる「マスツーリズム」の波が押し寄せた。

その後、2000年代に入り、個人旅行者が増え始め、現在ではBooking.comExpediaなどのインターネット予約サイトを駆使し、個人でこの島を訪れ、ロードス島旧市街や島各地のビーチを訪れる欧米人観光客が激増している。一方、近年、特にCovid-19の世界的感染拡大を経験して、欧米人観光客もその旅行形態を変え始めている。旧市街およびその周辺やビーチでの人混みを避け、島山間部の静かな自然環境を楽しむ人々も、その数を増している。

アグリツーリズム「SALAKOS VILLAS」オーナーのグリゴリス・ジーマ氏は、先述のとおり2007~2013年(第4)期のLEADERプログラムにてEU助成を受け、このアグリツーリズム施設建設を始めた。振り返れば、その時期というのは、ちょうどギリシャ経済危機の期間にあたり、ギリシャはそのGDPにおいて毎年5%程度のマイナス成長を続けていた。そのような中でも、EUは域内の条件不利地の経済社会的成長に注力してきたため、結果、ロードス島の中山間部においても立派なアグリツーリズムが存在できるのである。

ジーマ氏によれば、営業開始後も年々利用客数は確実に増加しており、今後は隣接地にワイン用のブドウ園を開く予定であるとのこと。将来の希望に目を輝かせていた。

SALAKOS VILLAS オーナーのジーマ氏と共に

また、そのジーマ氏同様、これまで訪れて聞き取りをさせていただいたLEADER助成受益者がすべて、ドデカニス開発会社のサポートに感謝を述べていた。助成金申請の段階から同社のジフォス氏や各スタッフに細やかなサポートを得たことで、スムーズに事が運んだこと。また、LEADER助成プログラムがなければ、新たな観光事業に乗り出す決意はあり得なかった、と等しく語っていた。ギリシャ経済危機の時期にあっても、このような観光地域づくりが行われていたことを、あらためて認識させられた。

(次回に続く)

連載記事一覧

筆者紹介

石本東生(イシモト・トウセイ)

國學院大學観光まちづくり学部教授。博士(Doctor of Philosophy)。1961年長崎県生まれ。ギリシャ国立アテネ大学大学院歴史考古学研究科博士後期課程修了。ギリシャ観光省ギリシャ政府観光局日本・韓国支局、奈良県立大学地域創造学部、追手門学院大学地域創造学部、静岡文化芸術大学文化・芸術研究センター教授を経て、現職。専門分野は国際観光政策、EUの観光政策、初期ビザンティン史。著書(監修)に『すべてがわかる世界遺産大事典(下)』(2020年、世界遺産アカデミー/世界遺産検定事務局刊)、『ポスト・オーバーツーリズム 界隈を再生する観光戦略』(2020、学芸出版社)、『ヘリテージマネジメント 地域を変える文化遺産の活かし方』(2022、学芸出版社)など。

関連書籍

ポスト・オーバーツーリズム 界隈を再生する観光戦略

阿部大輔 編著/石本東生ほか 著

市民生活と訪問客の体験の質に負の影響を及ぼす過度な観光地化=オーバーツーリズム。不満や分断を招く“場所の消費”ではなく、地域社会の居住環境改善につながる持続的なツーリズムを導く方策について、欧州・国内計8都市の状況と住民の動き、政策的対応をルポ的に紹介し、アフターコロナにおける観光政策の可能性を示す

記事をシェアする

学芸出版社では正社員を募集しています
学芸出版社 正社員募集のお知らせ