連載「ギリシャのポスト・オーバーツーリズム」vol.6|
レオニーディオのアグリツーリズム

新型コロナウイルス感染症の収束は未だに見通せないなか、世界の観光地の中には、国外からの観光客を積極的に受け入れているところも多くなってきました。
特にヨーロッパ随一の観光立国であるギリシャは、早くからインバウンド観光の受け入れを再開しており、すでにコロナ禍以前の活況をみせているとも言われます。

この連載は、国際観光政策が専門の石本東生さん(國學院大學教授/『ポスト・オーバーツーリズム』共著者)が2022年8月下旬に実施するギリシャでの現地調査のもようを、(なるべく)リアルタイムにお届けします。

8月25日

8月23・24日とギリシャ国内にて長距離の移動が多く、本日(25日)は、アテネの南西、ペロポネソス半島中東部のレオニーディオ・アルカディアスという風光明媚な小さな町にやってきた。まず、日本ではほぼ誰も知らない、ガイドブックに載るはずもないような田舎町である。

しかし、この町を含め、ペロポネソス半島東部地域では、数多くの観光セクターへのEU助成事業が実施されており、その受益事業者の調査が訪問の目的である。中でも、条件不利地とみなされるペロポネソス半島東部地域では、先のロードス島の山間地域と同様、近年アグリツーリズムが静かなブームとなっている。そもそも、アグリツーリズムがギリシャにおいて本格的に発展を見るのは、2010年代の後半からである。

特に、2018年7月末、観光大臣の決定(政府官報 FEK 3089/B/30-7-2018, Decision 4)により、「アグリ(農業地域)観光ビジネスサービス」に関して、ギリシャで初となる包括的な法制度が整備されたことがその契機となった。

この決定は、観光省と農業開発食品省の複数年にわたる審議と協力により成立したものであり、両省が国や地域の観光政策として、この種の観光の枠組みに高い付加価値を与えようとする意図も垣間見られる。

その目指すところを具体的に挙げると、以下のとおりである。

  1. 壮大な自然景観の観光資源化と、農村地域における観光施設としての開発
  2. 観光商品を豊かにし、世界の観光トレンドを構成する真正性豊かな体験商品の開発促進
  3. ギリシャ政府が最優先と見なす「観光」と一次産業従事者、農学研究機関、および食品加工業者の間の連携構築
  4. 地域の農業生産者と地域経済の起業家精神への支援
  5. 観光商品に付加価値をもたらす地場産品のプロモーション

このような行政努力は、特に農村部や貧困地域における持続可能性の観点から、ギリシャの農村観光発展を、地域経済の重要な牽引力と位置付けているからに他ならない。

その他、本規定の特徴として以下のような点が挙げられる。

アグリツーリズム施設としては、必ずその設立者の農業生産地域内で、「宿泊設備」・「料飲設備」・「農業体験」(農業生産地の自然・人間社会的環境の保全の重要性を学べる体験)を完備する必要がある。(Article 1:2)

同施設内には、レセプションやベッド数最大で40床までの客室が必要となり、建物としては、(地域の)伝統的な、あるいは保存文化財的な、あるいはモニュメント的な性質のものでなければならない。(Article 1:3)

すなわちその下線部は、日本国内のグリーンツーリズムのコンセプトとは特に大きな相違点となる。

今回このレオニーディオ・アルカディアスにて訪れた「Agroktima」も、先回のロードス島のSalakos Villas同様、宿泊施設が地域の伝統的な建築様式「チャコニアン・タイプ」を踏襲し、町を取り囲むパルノナス連山の断崖絶壁を背景に、5千平米の宿泊施設エリア、加えて果樹園を含む1万2千平米の広大な敷地が広がる理想的なアグリツーリズム施設である。本施設も2003年にEUの資金支援を受けて建設を開始し、現在10棟のコテッジで営業している。

Agroktimaとパルノナス山
Agroktimaの遊具場

Agroktimaのオーナーであるサランドス氏によれば、本施設の利用者は、ほぼファミリーとなっており1週間から10日程度の長期滞在であるという。このあたりも、日本のグリーンツーリズムとはかなり様子が異なる。

今後は最新のLEADERプログラムに申請し、新たに宿泊施設3棟を建設予定、さらに宿泊施設エリアに隣接する1万2千平米の敷地内において、さまざまな家畜を放牧したファームを開設し、宿泊客ファミリーの子供たちに家畜と触れ合う体験場をぜひ作りたい、と夢を語ってくれた。

日本国内でも、このようなアグリツーリズム施設が何とか展開できれば、と羨ましく思ったことである。

(次回に続く)

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筆者紹介

石本東生(イシモト・トウセイ)

國學院大學観光まちづくり学部教授。博士(Doctor of Philosophy)。1961年長崎県生まれ。ギリシャ国立アテネ大学大学院歴史考古学研究科博士後期課程修了。ギリシャ観光省ギリシャ政府観光局日本・韓国支局、奈良県立大学地域創造学部、追手門学院大学地域創造学部、静岡文化芸術大学文化・芸術研究センター教授を経て、現職。専門分野は国際観光政策、EUの観光政策、初期ビザンティン史。著書(監修)に『すべてがわかる世界遺産大事典(下)』(2020年、世界遺産アカデミー/世界遺産検定事務局刊)、『ポスト・オーバーツーリズム 界隈を再生する観光戦略』(2020、学芸出版社)、『ヘリテージマネジメント 地域を変える文化遺産の活かし方』(2022、学芸出版社)など。

関連書籍

ポスト・オーバーツーリズム 界隈を再生する観光戦略

阿部大輔 編著/石本東生ほか 著

市民生活と訪問客の体験の質に負の影響を及ぼす過度な観光地化=オーバーツーリズム。不満や分断を招く“場所の消費”ではなく、地域社会の居住環境改善につながる持続的なツーリズムを導く方策について、欧州・国内計8都市の状況と住民の動き、政策的対応をルポ的に紹介し、アフターコロナにおける観光政策の可能性を示す

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