連載「ギリシャのポスト・オーバーツーリズム」vol.3|
アルキポリスのおもちゃ博物館

新型コロナウイルス感染症の収束は未だに見通せないなか、世界の観光地の中には、国外からの観光客を積極的に受け入れているところも多くなってきました。
特にヨーロッパ随一の観光立国であるギリシャは、早くからインバウンド観光の受け入れを再開しており、すでにコロナ禍以前の活況をみせているとも言われます。

この連載は、国際観光政策が専門の石本東生さん(國學院大學教授/『ポスト・オーバーツーリズム』共著者)が2022年8月下旬に実施するギリシャでの現地調査のもようを、(なるべく)リアルタイムにお届けします。

8月20日

今回のギリシャ現地調査のテーマは、実はポスト・オーバーツーリズムではなく、数年前より取り組んでいるEUの観光セクターへの資金支援制度である。

これまで数本の論考を執筆したが、何分新型コロナの世界的感染拡大により、この3年近くしっかりした現地調査ができなかった。そのため、今夏は同支援制度の受益事業者を実際に訪れて、聞き取りをすることが目的である。

さて、EUでは地域間格差是正のために実施してきた「構造政策」の中から「コミュニティ事業」の一つとして、1991年に “LEADER” と呼ばれるプログラムが始動した。それは農村地域活性化に必要な新しい農村開発に対する助成事業であり、現在はその第6期を迎え、毎期本事業はEU域内で拡大を続けている。

「コミュニティ事業」について解説するショートムービー

その特徴は、域内の特に条件不利地域における農村の社会経済的な自立支援を促すため、小規模民間事業者、例えばアグリツーリズム施設の設立やゲストハウス、地場産業の振興策などに返済無償の資金支援が行われる点である。

今回、久しぶりにロードス島を訪れたのも、その受益事業者を訪ね、詳細な聞き取りを実施することが目的であった。

そして昨日は、島内でも屈指の観光地ロードス市とリンドス市の間に位置するものの、以前は観光客が立ち寄ることもなかった「アルキポリス」という小さな村につくられた「トイ・ミュージアム」(おもちゃ博物館)を訪れ、大変感銘を受けた。

この博物館は、設立者兼館長のサナシス・イオアノウ氏が、1930年以降個人的に収集したギリシャ国内製造のおもちゃを展示し、さらにゲーム体験や関連イベントも可能なスペースも備えている。中には、日本メーカーのものも数多く見られたが、それらのほとんどはギリシャ国内でライセンス生産されたものであった。

この博物館においてLEADER助成金は、建物の建設費に充てられたが、助成申請が認可を受ける「カギ」となったのは、地域の伝統的な建築様式を取り入れた石造りの設計であったという。

アルキポリスの「トイ・ミュージアム」(おもちゃ博物館)設立者兼館長のサナシス・イオアノウ氏
トイ・ミュージアム 石造りの外観

すなわち、博物館自体が地域の魅力となり、観光誘客を図るには、館内の展示物の充実だけではなく、博物館の建物にも魅力が不可欠であるという認可当局の判断があったというのは、実に興味深かった。

本助成金は、総工費のほぼ半額をカバーし、残りの半分は申請者自身が準備することが支援実施の条件となっているが、そうであっても、まさにこのような個人事業に対してEUの基金からサポートがあるというのは、やはり大きな力になる。

サナシス・イオアノウ氏によれば、新型コロナ以前の2017年と2018年においては、年間約3万人の入館者があり、そのうち2千人は小・中学校の学外見学によるものであったという。

そして、近年はスマートフォンやPCゲーム機でのバーチャル・ゲームが主流であるものの、館内に展示されている「おもちゃ」を見て触れるにつけ、子供たちはそのとりこになり、今度は家族全員で再訪してくれるという。

トイ・ミュージアム 子供の体験コーナー
トイ・ミュージアム 展示場

EUの農村地域振興策は、日本国内ではなかなか見ることのできない価値の創造を秘めているように感じた。

(次回に続く)

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筆者紹介

石本東生(イシモト・トウセイ)

國學院大學観光まちづくり学部教授。博士(Doctor of Philosophy)。1961年長崎県生まれ。ギリシャ国立アテネ大学大学院歴史考古学研究科博士後期課程修了。ギリシャ観光省ギリシャ政府観光局日本・韓国支局、奈良県立大学地域創造学部、追手門学院大学地域創造学部、静岡文化芸術大学文化・芸術研究センター教授を経て、現職。専門分野は国際観光政策、EUの観光政策、初期ビザンティン史。著書(監修)に『すべてがわかる世界遺産大事典(下)』(2020年、世界遺産アカデミー/世界遺産検定事務局刊)、『ポスト・オーバーツーリズム 界隈を再生する観光戦略』(2020、学芸出版社)、『ヘリテージマネジメント 地域を変える文化遺産の活かし方』(2022、学芸出版社)など。

関連書籍

ポスト・オーバーツーリズム 界隈を再生する観光戦略

阿部大輔 編著/石本東生ほか 著

市民生活と訪問客の体験の質に負の影響を及ぼす過度な観光地化=オーバーツーリズム。不満や分断を招く“場所の消費”ではなく、地域社会の居住環境改善につながる持続的なツーリズムを導く方策について、欧州・国内計8都市の状況と住民の動き、政策的対応をルポ的に紹介し、アフターコロナにおける観光政策の可能性を示す

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