連載「ギリシャのポスト・オーバーツーリズム」vol.10|
クレタワイナリーの生き残り戦略

新型コロナウイルス感染症の収束は未だに見通せないなか、世界の観光地の中には、国外からの観光客を積極的に受け入れているところも多くなってきました。
特にヨーロッパ随一の観光立国であるギリシャは、早くからインバウンド観光の受け入れを再開しており、すでにコロナ禍以前の活況をみせているとも言われます。

この連載は、国際観光政策が専門の石本東生さん(國學院大學教授/『ポスト・オーバーツーリズム』共著者)が2022年8月下旬に実施するギリシャでの現地調査のもようを、(なるべく)リアルタイムにお届けします。

9月3日

クレタ島に来てすでに1週間が過ぎた。先回の「クレタ島 農村部の古民家再生」の報告をした後は、中々つぎの報告を書く時間が得られなかった。というのも、クレタ島において調査協力を得ている開発会社では、もったいなくも大変な歓迎を受けて、毎日調査終了後は、夜遅くまで宴席へのご招待をいただくためである。

そもそも、ギリシャ神話における“神々の中の神”であるゼウスは、クレタ島中東部デュクティ山脈にあるデュクティオン洞窟にて出生したと言われている。ゼウスの特徴は「クセニオ・ゼウス」という言葉で表現される。「ゼウスは旅人を豊かに歓待する」という意味である。

この言葉と精神は、クレタ人(びと)の中に現在まで脈々と受け継がれており、ギリシャの他地域と比べても、明らかに旅人(外国人)に対する「もてなしの心」がホットである。

今回は、EUによる農村地域振興政策LEADERプログラムに関する調査でこの地を訪れているが、一昨日はイラクリオン開発会社の協力により、3カ所のワイナリーにて聞き取りを実施した。驚いたことには、その各所でテイスティングに止まらず、イラクリオン県内で作られている地元のチーズやソーセージ、サラダ、ピタ(パイ)など、さまざまな「メゼ」(=ギリシャ風オードブル)、およびメインの肉料理のご馳走を賜った。

まさに「クセニオス・ゼウス」とはこのことか、とクレタ人のホスピタリティに脱帽する思いであった。

さて、このクレタ島のワイナリーは、ちょうど2000年頃から欧州の巨大ツアーオペレーターが本格的に販売するようになった「オールインクルーシブ」タイプのパッケージツアーにより、販売に甚大な影響を受けたとされる。

オールインクルーシブのパッケージツアーとは、チャーターの往復航空券、リゾートホテル7泊8日、朝昼夜の食事、プール・プライベートビーチの利用、バーでの飲食など、すべてがホテル内で完結するツアーである。

これだけの内容でありながら、欧州の巨大ツアーオペレーターが直営あるいは提携するホテルにプレッシャーをかけることでツアー料金は徹底的に低廉化が図られていて、なんと1人8万円程度。そのため、ホテルは当然ながら食材・飲料費を最低限に抑えたため、クオリティの高い地元のクレタワイン購入をほとんど控えるようになったというのだ。

その頃から、クレタ島内の4つのワイナリーが、クレタ島およびギリシャ内外への共同ワインPRやワインツーリズムのルート作成など、垣根を超えた協力体制構築に関して、真剣に議論を始めた。幸い、クレタ島のワイナリーのオーナーには、とりわけフランスやイタリア、ドイツなど欧州各国の大学や大学院への留学経験者が多く、開かれた眼と新たな知識、知見を持って、将来のクレタワインの在り方を考えたのである。

そのような中から、次第に島内のワイナリーの結束が拡大し、今や36のワイナリーによる「Wine of Crete」というアライアンスが形成されている。そしてWine of CreteもLEADER助成プログラムの採択を受け、共同ウェブサイトの運営、ワイナリールートマップの作製、欧州各地や米国における国際品評会へ積極的に出展しているという。

リララキス・ワイナリーのテラスレストランとワイン畑

近年はその効果もあり、クレタワインの国内外における認知度は確実に向上。一方、オールインクルーシブツアーも高品質化して、ホテルレストランでもクレタワインが主役になっているとのこと。LEADER助成プログラムは、このようにクレタ島の地域振興を支えるワイナリーの協働事業にもその力を発揮していた。

(次回に続く)

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筆者紹介

石本東生(イシモト・トウセイ)

國學院大學観光まちづくり学部教授。博士(Doctor of Philosophy)。1961年長崎県生まれ。ギリシャ国立アテネ大学大学院歴史考古学研究科博士後期課程修了。ギリシャ観光省ギリシャ政府観光局日本・韓国支局、奈良県立大学地域創造学部、追手門学院大学地域創造学部、静岡文化芸術大学文化・芸術研究センター教授を経て、現職。専門分野は国際観光政策、EUの観光政策、初期ビザンティン史。著書(監修)に『すべてがわかる世界遺産大事典(下)』(2020年、世界遺産アカデミー/世界遺産検定事務局刊)、『ポスト・オーバーツーリズム 界隈を再生する観光戦略』(2020、学芸出版社)、『ヘリテージマネジメント 地域を変える文化遺産の活かし方』(2022、学芸出版社)など。

関連書籍

ポスト・オーバーツーリズム 界隈を再生する観光戦略

阿部大輔 編著/石本東生ほか 著

市民生活と訪問客の体験の質に負の影響を及ぼす過度な観光地化=オーバーツーリズム。不満や分断を招く“場所の消費”ではなく、地域社会の居住環境改善につながる持続的なツーリズムを導く方策について、欧州・国内計8都市の状況と住民の動き、政策的対応をルポ的に紹介し、アフターコロナにおける観光政策の可能性を示す

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