連載「ギリシャのポスト・オーバーツーリズム」vol.4|
ロードスのマリンアクティビティ

新型コロナウイルス感染症の収束は未だに見通せないなか、世界の観光地の中には、国外からの観光客を積極的に受け入れているところも多くなってきました。
特にヨーロッパ随一の観光立国であるギリシャは、早くからインバウンド観光の受け入れを再開しており、すでにコロナ禍以前の活況をみせているとも言われます。

この連載は、国際観光政策が専門の石本東生さん(國學院大學教授/『ポスト・オーバーツーリズム』共著者)が2022年8月下旬に実施するギリシャでの現地調査のもようを、(なるべく)リアルタイムにお届けします。

8月21日

本日、8月21日の午前中は、ロードス島西部の港から高速艇で30分ほどの小さな島にある魚養殖会社「LAMAR」の養殖場を訪れた。というのも、同社社長のマリーザ・ハジニコラウ氏および御主人のサヴァス氏は、6年前にロードス島を訪れた時、大変お世話になった方である。しかし、その折はスケジュールの関係で養殖場まで視察することができず、筆者自身も残念に感じていたのである。

そもそも、ギリシャという国はエーゲ海やイオニア海といった美しい海に多数の島々を有しているが、それに加えて本土はリアス式海岸に富み、各地で魚養殖が盛んである。ハジニコラウ氏によると、現時点ではギリシャの主要産業は、第1位に海運業、第2位に観光業であるが、第3位には魚養殖業が続き、大変重要な経済効果をもたらしているという。

一方、国内における養殖場の中でも、LAMARは他に例を見ない特徴的な取り組みを行っている。具体的には「BLUTOPIA」という別会社を設立し、「鯛」の養殖場における遊泳体験をはじめ、ダイビングやクルージングのオプション・プログラムを実施しており、サヴァス・ハジニコラウ氏は、その「BLUTOPIA」のアドミニストレーションを担当しておられる。

LAMARの魚養殖場

また、ロードス島内の一部と周辺の海域は「Natura2000」(EU域内全体の自然環境保護地域ネットワーク。国境を越えた世界的にも最大の自然保護地域ネットワーク)に指定されており、ツーリズムを通した海洋環境の学習にも重きを置いている。

 LAMARでは、主にクロダイ、真鯛、スズキなどを養殖しているが、その数は約1,400万匹にも上る。筆者も鯛養殖場での遊泳体験ツアーに参加したが、単に遊泳だけではなく、まずは船から養殖場を望みながらロードス島西部海域の特徴や将来的な海洋食料資源の将来性について、サヴァス・ハジニコラウ氏から解説を受けた。

その後、真鯛の養殖網に入り、シュノーケルを付けて遊泳体験を楽しむという流れである。加えて、養殖場周辺では、酸素ボンベを装着する本格的なダイビング・プログラムも用意されている。

真鯛養殖場内での遊泳体験

幸い今回は、養殖場にてサヴァス氏と落ち着いて意見交換をする機会があり、大変学ぶところ多かった。

その中でも「現在、ウクライナ危機や気候変動という人類規模の課題に直面し、小麦をはじめとした農産物の生産供給が危ぶまれる中で、今後は、海洋環境と海洋食料資源についても学習できるようなツーリズムを創造したい」と希望を語っていたのは、大変印象的であった。

また、午後にはロードス島西部に位置するハルキという島まで足を延ばした。恥ずかしながら筆者がギリシャという国に35年以上関わる中でも、初めてその名前を聞いた島であった。

しかし、日本国内でいう伝統的建造物群保存地区にもあたる「Paradosiakos Oikismos(伝統的集落)」に指定されているハルキの港町は、実に美しくギリシャ人・外国人のツーリストで賑わっていた。

ハルキの伝統的集落
ハルキ島の景観 遠方はロードス島

これだけの長い間ギリシャを研究フィールドとしているものの、あらためて、ギリシャ国内の観光地域づくりが近年成功しているかを改めて認識した次第である。

本日は、ハルキ氏の若き市長にもお目にかかることができ、さらに市長自らが島内各地を案内してくださったのは、大変光栄であった。

降水量も少なく水源地もない小さな島で、市民の生活用水は「海水淡水化施設」に頼っている中、水供給の限界、また下水・ごみ処理施設の処理能力を考慮しつつ、オーバーツーリズムを未然に防ぐ決意を語られる姿には、地域の将来を願う祈りが伝わってくるようであった。

(次回に続く)

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筆者紹介

石本東生(イシモト・トウセイ)

國學院大學観光まちづくり学部教授。博士(Doctor of Philosophy)。1961年長崎県生まれ。ギリシャ国立アテネ大学大学院歴史考古学研究科博士後期課程修了。ギリシャ観光省ギリシャ政府観光局日本・韓国支局、奈良県立大学地域創造学部、追手門学院大学地域創造学部、静岡文化芸術大学文化・芸術研究センター教授を経て、現職。専門分野は国際観光政策、EUの観光政策、初期ビザンティン史。著書(監修)に『すべてがわかる世界遺産大事典(下)』(2020年、世界遺産アカデミー/世界遺産検定事務局刊)、『ポスト・オーバーツーリズム 界隈を再生する観光戦略』(2020、学芸出版社)、『ヘリテージマネジメント 地域を変える文化遺産の活かし方』(2022、学芸出版社)など。

関連書籍

ポスト・オーバーツーリズム 界隈を再生する観光戦略

阿部大輔 編著/石本東生ほか 著

市民生活と訪問客の体験の質に負の影響を及ぼす過度な観光地化=オーバーツーリズム。不満や分断を招く“場所の消費”ではなく、地域社会の居住環境改善につながる持続的なツーリズムを導く方策について、欧州・国内計8都市の状況と住民の動き、政策的対応をルポ的に紹介し、アフターコロナにおける観光政策の可能性を示す

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