連載「ギリシャのポスト・オーバーツーリズム」vol.2|
ロードス旧市街の景観保全・再生

新型コロナウイルス感染症の収束は未だに見通せないなか、世界の観光地の中には、国外からの観光客を積極的に受け入れているところも多くなってきました。
特にヨーロッパ随一の観光立国であるギリシャは、早くからインバウンド観光の受け入れを再開しており、すでにコロナ禍以前の活況をみせているとも言われます。

この連載は、国際観光政策が専門の石本東生さん(國學院大學教授/『ポスト・オーバーツーリズム』共著者)が2022年8月下旬に実施するギリシャでの現地調査のもようを、(なるべく)リアルタイムにお届けします。

8月19日

昨夜はアテネ空港で国内線に乗り継ぎ、ロードス島に着いた。

ロードス島はエーゲ海南東部、トルコの西海岸に沿って南北に連なるドデカニス諸島最大の島であり、その面積は約1400㎢。2021年のデータによると島全体の人口は13万人弱で、中心都市のロードス市は5万5千人を数える。

多島海のエーゲ海には3千ほどの島々が点在するも言われるが、ロードス島はその中でも筆者にとって最も魅力を感じる島の一つでもある。

1988年ユネスコの世界遺産に登録された「ロードス島の中世都市」は、1309年にエルサレムよりこの島に移り住んだヨハネ騎士団によって西欧風の都市が建設され、その旧市街は現在もほとんど当時のままに残されている。

ロードス市旧市街の街角

ギリシャという国は、おそらく一般的には、アテネのアクロポリス、パルテノン神殿をはじめとした「古代ギリシャ文明」のイメージが強いかとも思われる。しかし、実はその国内各地の観光地においては、ビザンティン帝国時代以降の中世都市も数多く存在し、その街並みにも多々魅了される。

2020年に共著で執筆した『ポスト・オーバーツーリズム』(学芸出版社)では、エーゲ海中南部のサントリーニ島について取り上げたが、同島内の多くの観光地も、やはり中世以降に成立し繁栄した町である。

このロードス島にて今回全面的に調査協力をいただくドデカニス開発会社のジフォス代表によれば、新型コロナの影響により2020年、2021年と観光客が激減したが、今年は2019年シーズン以上に外国人観光客の入込は好調とのこと。ロードス市内も活気にあふれていた。

ロードス市旧市街の街角 夕暮れ時

さて、先述の通りユネスコの世界遺産でもあるロードス市の旧市街については、筆者はその歴史をこれまで詳しく学んではいなかったが、今回、ドデカニス開発会社のジフォス代表が実に詳しくそして興味深く教示してくれた。

その中で、筆者が最も注目したのは、20世紀のはじめから行われたイタリア人による旧市街の再生事業に関してである。

冒頭にも触れたとおり、確かにロードスの旧市街は14世紀初頭から西欧の騎士団によるまちづくりが始まったが、しかしその後のオスマントルコに支配された16世紀から19世紀にかけて、その西欧風の中世都市は荒れ廃れ、多大なダメージを受けたという。

その後、19世紀初頭、3百年以上支配を受けたオスマントルコに対してギリシャ独立戦争が勃発し、ギリシャが同戦争に勝利した後も、ロードス島は西欧諸国の勢力下に置かれていった。そのような状況下で、1911年以降にロードスを事実上支配したのがイタリアであった。

しかしながら、イタリアは、オスマントルコとは正反対に、荒れ廃れたロードスの中世都市を修復再生し、様々な都市機能を復活させていったという。

加えて、観光資源としても重要な歴史的街並みや公園の整備にも注力したことが、現在のロードス旧市街の景観保全に繋がっているのは間違いないという。

世界遺産ロードスの中世都市 騎士団通り
世界遺産ロードスの中世都市 騎士団長の館

今回、都市の歴史的文脈を活かした保全・再生が、どれほど観光地としての魅力を引き出すのか、あらためて深く認識させられる思いであった。

ロードスの麗しい中世都市は、7百年の間、平安の中で何事もなく残ってきた街並みではなく、廃墟から復活に導いたイタリア人の知恵と熱意と努力によるものであったというジフォス代表の解説は、欧州の歴史的都市、まちづくりの奥深さに今一度感銘させられる機会となった。

(次回に続く)

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筆者紹介

石本東生(イシモト・トウセイ)

國學院大學観光まちづくり学部教授。博士(Doctor of Philosophy)。1961年長崎県生まれ。ギリシャ国立アテネ大学大学院歴史考古学研究科博士後期課程修了。ギリシャ観光省ギリシャ政府観光局日本・韓国支局、奈良県立大学地域創造学部、追手門学院大学地域創造学部、静岡文化芸術大学文化・芸術研究センター教授を経て、現職。専門分野は国際観光政策、EUの観光政策、初期ビザンティン史。著書(監修)に『すべてがわかる世界遺産大事典(下)』(2020年、世界遺産アカデミー/世界遺産検定事務局刊)、『ポスト・オーバーツーリズム 界隈を再生する観光戦略』(2020、学芸出版社)、『ヘリテージマネジメント 地域を変える文化遺産の活かし方』(2022、学芸出版社)など。

関連書籍

ポスト・オーバーツーリズム 界隈を再生する観光戦略

阿部大輔 編著/石本東生ほか 著

市民生活と訪問客の体験の質に負の影響を及ぼす過度な観光地化=オーバーツーリズム。不満や分断を招く“場所の消費”ではなく、地域社会の居住環境改善につながる持続的なツーリズムを導く方策について、欧州・国内計8都市の状況と住民の動き、政策的対応をルポ的に紹介し、アフターコロナにおける観光政策の可能性を示す

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