第3回「戸建て住宅専用地区をめぐる分断をあおる“仮面”」連載『変わりゆくアメリカからさぐる都市のかたち』

この連載について

アメリカで展開されている都市政策の最新事情から注目の事例をひもときつつ、コロナ禍を経て変容するこれからの都市のありよう=かたちをさぐります。

筆者

矢作 弘(やはぎ・ひろし)

龍谷大学フェロー

前回の記事

第2回「戸建て住宅専用地区の存廃論争が示す制度疲労」|連載『変わりゆくアメリカからさぐる都市のかたち』

絡み合う分断

都市計画のゾーニング――戸建て住宅専用地区の廃止の動きを、「分断社会アメリカ」に位置付けて考えますGoverning、2023年6月9日

分断社会では、事柄をめぐってイズムが二分され、対立しますが、その一方がしばしば「仮面」を被った偽装派だったりし、分断が複雑に絡み合うことがおきます。

リベラルで民主党を支持する環境意識の高い人々は、戸建て住宅専用地区の廃止を求めます。郊外に広がる戸建て住宅専用地域は、

  1. 通勤、通学、そしてショッピングを車の移動に依存するライフスタイルである、したがって各家庭は、2、3台の車を所有している
  2. 単位面積当たりの建物の容積率が極めて低い――そうした土地浪費型のライフスタイルは、もっぱら車で来店する顧客を相手に開発される大規模ショッピングセンターと相性がいい。戸建て住宅専用地区に反対する環境派は、「そうした宅地開発は車の排ガスを増大し、緑の改廃を促進し、地球環境に大きな負担をかける」(国連環境計画

と批判します。

Emissions Gap Report 2019

反環境派は、「気候変動危機はフェイクニュース(偽りニュース)である」と主張し、戸建て住宅専用地区の廃止に反旗を掲げます。共和党支持の、それも保守右派にこの陣営に属する人々が多くいます。この反対はあからさまですし、反科学的な言説を盲信していますから、その反動的な立ち位置は明らかです。

「環境派」の仮面を被る人たち

戸建て住宅専用地区をめぐっては、カリフォルニア環境法(CEQA)やワシントン州環境政策法(SEPA)などの州環境法を逆手に取って同地区の廃止に反対するグループがいますPlanetizen、2022年3月1日

「環境派」の旗を掲げていますが、郊外に立派な戸建て住宅を建て、そこをマイホームにして裕福な暮らしをしている――その意味では、戸建て住宅専用地区の既得権益者がしばしばこのグループに属し、「廃止反対!」の声を上げます。

「アパートが建ち、人口が増えれば車が増える。交通渋滞が頻発して排ガスが増大する」「豊かな緑地を潰して住宅を高密度に開発することになる」と訴えます。そして「環境法に照らし、戸建て住宅専用地区の廃止には正当性があるか」と問いかけます。時に住民投票に諮る運動を提起します。

The California Environmental Quality Act (CEQA) has played a key role in lawsuits that delayed or halted projects, and Washington's State Environmental Policy Act (SEPA), adopted in 1972, has also been wielded as a tool for stifling housing production and undermining housing affordability. Appeals filed under CEQA or SEPA can delay projects and raise costs, which some housing advocates say leads to fewer new housing units by ​​giving anti-growth groups an avenue to delay projects and increase costs.

How Cities Are Resisting State Efforts To Increase Density

また、このグループの「環境派」は、保守の反対派と連携することがあります。同地区の廃止が決定した以降も、個々の住宅開発が州環境関連法に抵触していないか、環境アセスメントのやり直しを求める訴訟を起こします。訴訟は、ディベロッパーが時間とコストがかかるのを嫌がって開発から手を引くことを狙っています。

シエラクラブはアメリカ最大規模の環境運動団体です。思想的にはリベラルです。西海岸諸州で大きな影響力を発揮しています。反成長/反開発主義がその運動の根幹にあります。したがって郊外のスプロル開発を厳しく指弾します。

しかし、以前は(最近は変化がある)、大方の会員が中間所得階層以上の、それもホワイトが圧倒的に多く、幹部もそのジャンルに属する人々でした。そのため「郊外をこれ以上開発するな、もう郊外に来るな」のイズムには、既得権益者の、特に白人中間所得階層以上の、「マイノリティ排除の思想」が見え隠れする、と批判されました。戸建て住宅専用地区の廃止に反対する「環境派」の論理には、往年のシエラクラブの反成長/反開発の思想を思い起こさせるところがあります。

北カリフォルニアの小さな町が全域にピューマ保護区の網を掛けた、というニュースがありました(Planetizen、2022年2月3日)。「さらなる住宅開発を阻止し、生物多様性を守る」と喧伝しましたが、実際は「環境派」の仮面を被り、州が検討している戸建て住宅専用地区の廃止に対抗する動きでした。

「街並み保存」の仮面を被る人たち

アメリカでは、歴史的街並み/建築物の保存運動が活発です。建国以来の歴史が浅く、歴史的景観や遺跡が乏しい。それゆえ、アメリカ人は歴史の発掘や保存に熱心になる、という傾向があります。

サウスカロライナの港町、チャールストンのプランテーションツアーに参加したことがあります。幾つかの豪邸を小型バスで巡回するのですが、ガイドがある邸宅で床に置かれた小さな陶製壺を指差し、「当家のお嬢様が使ったおまるです」と紹介し始めたのには驚きました。連続殺人事件の現場が旧跡になることがある、という話も聞きました。

チャールストンの豪邸(イメージ)/Image by Conny from Pixabay

歴史的街並み保存運動が戸建て住宅専用地区の廃止に反対し、運動を牽引することがあります。当該街路景観(streetscape)を保存する歴史的価値がはたしてあるのか、それが疑わしい場合も、歴史保存を口実に同地区の廃止に異議申し立てをします。建物の高さを規制し、ファサードの建材やデザインが界隈の住宅街と調和しているか、街路から十分にセットバックして建てられるのか――などを問い、アパートや連棟型住宅の建設に反対します。

ホンネは、「混住化から我が家の資産価値を守る」ことにあります。

アメリカでは、20世紀半ば以降、歴史的街並み保存運動が活発になりました。運動の中心にいるのは、白人の中間所得階層です。そのため「保存の対象になるのは、もっぱら白人が大陸占有を拡大してきた歴史である」という批判があります(最近は、ネイティブアメリカンを含めてマイノリティの歴史を保存/保全する運動が広がっている)。

戸建て住宅専用地区の街並み保存運動でも、地区の存廃をめぐる争いに人種問題が潜むことがあります。

「民主主義」の仮面を被る人たち

地域民主主義の基本は「補完性の原則」です。下部の組織にできることは、下部の組織に任せる――という自治の考えです。

アメリカで都市計画権限が都市政府(基礎自治体)に移譲されているのは、その考え方に沿っています。州政府が戸建て住宅専用地区の規制を緩和するのに対し、都市政府は「補完性の原理」を盾にして反対することがあります(Real Estate Law Journal、2022)。

バイデン政権は州/都市政府が同地区を廃止するのを補助金で支援していますが(invisible People、2022 年5月26日)、2000年の大統領選挙では、R.トランプは「地域のことは基礎自治体が、そこに暮らす住民が決めるべきである」と連邦政府の介入を批判しました。

President Biden’s economic advisors have similarly described single-family zoning as a policy that has “systemically discriminated against Black families” for attempting to walk the path toward economic well-being.

Biden Budgets $10 Billion to Incentivize Inclusionary Zoning

ところがその地域には、「アパート暮らしの低所得者は少額の税金しか払わない。それで戸建て住宅専用地区が築いてきた豊かな社会インフラを利用するのはフリーライダー(只乗り)である」という批判が燻っています(Planetizen、2023年1月3日)。

“people could get high-quality services by skimping on low-quality property with lower taxes. … allowing more free riders causes voters to reduce the total amount of public goods instead of redistributing them.”

Is Exclusionary Zoning a Good Thing?

(つづく)

連載記事一覧