第11回「コロナ禍から回復が遅れるサンフランシスコ(2)――落ちぶれた都市イメージの再生策」連載『変わりゆくアメリカからさぐる都市のかたち』

この連載について

アメリカで展開されている都市政策の最新事情から注目の事例をひもときつつ、コロナ禍を経て変容するこれからの都市のありよう=かたちをさぐります。

筆者

矢作 弘(やはぎ・ひろし)

龍谷大学フェロー

前回の記事

サンフランシスコ悲観論を助長する治安悪化

変わり果てる街角

COVID-19の打撃から回復が遅れるサンフランシスコ(SF)ですが、そのSFをめぐる悲観論には、治安の悪化も影響しています。経済活動が停滞し、街に人影が少なくなっています。

在野の都市研究家で秀でたジャーナリストでもあったJ.ジェイコブズは、都市学のベストセラー『アメリカ大都市の生と死』を書き、街の優れた観察者でした。彼女は、街が元気であるためには、人々の活動が街に高密度に詰め込まれていることが大切である、と考え、そのために必要な街づくりの条件を明らかにしました。同書では、昼夜、街路を通行人が行き交うか、あるいは近隣の知り合いが立ち話をしている街(人の眼がある)は安全である、と書いていました。しかし、COVID-19以来、SFのダウンタウンでは、それと真逆のことが起きています。

強盗などの重犯罪は減っています。しかし、人影の減ったダウンタウンのスーパーマーケットで万引きや窃盗、飲食店や駅で置き引き、昼間でも路上や公園で脅しや強請りが多発しています。路上には、麻薬を打つのに使った注射器が散乱しています。ペットボトルや空き缶、紙カップが道路脇に吹き溜まっています。公園ではゴミ屑の回収が遅れ、ゴミ箱から屑紙が溢れ出ています。閉店した店のシャッターは、ペンキで落描きされ、薄汚れています。

不足する警察官

警察官が500人不足しています(Bloomberg, Oct.17, 2022)。警察の取り締まりが犯罪の増加に追いついていない、と批判されています。

都市犯罪学に「割れ窓理論」があります。窓ガラスが割れているのを直さずに放置すれば、さらに窓ガラスが破られ、いずれ街の荒廃につながる、という考え方です。ささやかな「荒(すさ)び」を放置すると次の「荒び」を許容し、やがて街全体に広がる――その理屈を犯罪に応用し、「軽犯だから」と取り締りの手を緩めると犯罪の連鎖につながる、そして街全体の治安が悪化する、という推論です。悲観論者は、SFのダウンタウンは「割れ窓ガラス理論を実践するように治安が悪化している」と批判しています。

増えるホームレス

ホームレスが増えています。収容するシェルターが不足しています。SFは夏でも霧が出ると寒い。毛布に包まって寒さを凌ぐ路上生活者が増えています。覚醒剤に溺れ、路上生活に転落したホームレスもいます。中年以上のホームレスは、同年輩に比べて死亡率が3.5倍という調査があります(Homeless people face higher mortality risk, Planetizen, Nov.27, 2023)。

The study shows that “non-elderly homeless people are about 3.5 times more likely to die in any given year as people with housing,” while “a 40-year-old person experiencing homelessness has a similar risk of death as a 60-year-old person with housing.”

Study: Homeless People Face Higher Mortality Risk

街にホームレスが溢れていることと軽犯罪が増加していることとの間には、直接の因果関係はないのですが、街角を曲がるときっとそこにホームレスがいる、という街体験は、街の衰退、あるいは街景観の劣化を連想させます。そしてSF悲観論を増幅させます。

雇用不安・住宅不足のスパイラル

COVID-19前のSFでは、FIRE(金融、保険、不動産業の頭文字)とIT系ビジネスが都市再開発を牽引しました。そこで働くビジネスエリートは高額の給与を稼ぎ、豪華なコンドミニアムや高額家賃のアパート暮らしを需要しました。界隈におしゃれなカフェが開店しました。やがて街がグレードアップしました。
ジェントリフィケーション(街の「改善」)です。ジェントリフィケーションは、しばしば立ち退きを誘発します。住宅価格(家賃)が高騰し、それまで界隈に暮らしていた中間層、特に中の下階層は家賃の引き上げを迫られ、引越しを余儀なくされます。その一部は、家賃が生活費の過半を住める「住宅貧乏」になります。

COVID-19前からSFは、アフォーダブル住宅(手頃な価格で取得したり、生活の重圧にならない家賃で暮らせたりする住宅)が絶対的に不足していました。そのため立ち退きが、即、ホームレスに転落することにつながった人々が多くいます。実際のところ2019年には、市内に8,000人以上(市人口の1%)のホームレスがいた、と報告されています。昨今も、ホームレスが増えています。

コロナ禍でSF経済は沈滞しました。そして回復が遅れていますが、住宅価格(家賃)は高止まりしています。建設労務者が不足し、建材が高騰し、新規住宅の供給が滞っているためです。また、金融引き締めで中古住宅市場も供給不足です(低金利で買った住宅を転売し、高い住宅ローン金利で新しい住宅に買え替える動きが弱い)。また、金利のアップは家賃に跳ね返ります。

一方、雇用不安が広がっています。リモートワークが定着し、ビジネスエリートがダウンタウンに戻らない。あるいはIT系ビジネスでレイオフが進行しています(Yet another SF tech company is laying off workers, SF Examiner, Dec.5, 2023)。そのため周縁ビジネス――小売りや飲食業、宿泊業で閉業が増え、それが失業者の増加につながっています。トリクルダウン効果(経済利益が富裕層から中下層に滴るように広がる現象)が止まった状態です。雇用市場の脆弱化は住宅危機に直結し、ホームレスが増える、というからくりが続いています。

In all, tech companies in the nine-county Bay Area have disclosed plans to lay off more than 30,000 workers since the start of last year, according to a Bay Area News Group review of state filings.

Yet another SF tech company is laying off workers

悪化した都市イメージを転換できるか

SFは気候が温暖です。郊外にワインカントリー、SF湾を跨ぐゴールデン・ゲート・ブリッジ、SFをフランチャイズにするプロスポーツ、周囲に有名大学(カリフォルニア大学、スタンフォード大学など)があります。さらにSF空港は、主要航空会社のハブ空港です。したがって空の交通の便がよい。一流のオーケストラがあります。バラエティ豊かなエスニック料理を楽しめます。SFは都市資産に恵まれ、「暮らしたい都市ランキング」「訪ねたい都市ランキング」で、常々、最上位クラスにランクされてきました。しかし、コロナ禍以来、その都市イメージはすっかり光沢を失い、「危ない」「汚い」「寂れている」に塗り替えられました。

そこで暗く陰気になったSFの都市イメージを、新しいSFイメージに転換しよう、という運動が始まりました(San Francisco’s brand is in trouble. Can a new ad. Campaign fit it ?, New York Times, Oct.19, 2023、San Francisco has a new slogan, and not everyone is a fan, New York Times, Oct.27, 2023)。民間主導の都市ブランディング戦略です。キャッチフレーズは<It All Starts Here!(あらゆることがここからはじまる)>です。

The slogan? “It All Starts Here.”

It’s meant to remind San Franciscans — and everyone else — that the city of cable cars, Levi’s jeans, the Summer of Love, Gap Inc., Uber, Harvey Milk and the Golden State Warriors still has an exciting future ahead of it.

San Francisco’s Brand Is in Trouble. Can a New Ad Campaign Fix It?

SFからジーンズのLevi’s、カジュアルウェアのGap、ライドシェアのUberなど多くのニュービジネスが誕生し、巣立ちました。そうしたスタートアップを育てる気風をもう一度喚起し、「イノベーティブ(革新的)でクリエイティブ(創造的)なSFを取り戻そう」と呼びかける運動です。キャッチフレーズを描いた布旗を街路に並べる、ビルやカフェ、家の窓辺にポスターを貼り出しもらう、チラシを作って配布する、<It All Starts Here!>を印刷したTシャツを売る、メディアにSF広告を出す…。

Gapの創業者の子供2人(C. Larsen、B. Fisher)が呼びかけ人です。起業家でSFの名士です。キャンペーンのために400万ドルの資金を提供しました。SFの有力企業家が共同して設立したSFのプロモーション会社、Advance SFがキャンペーンをリードします。マイナスの都市イメージを積極的、前進的なイメージに転換し、それを都市再生につなげるという発想は、ニューヨークの<I ❤️ NY!>運動に学びました(San Francisco is searching for ‘ Its I ❤️ NY ’moment, Fast Company, Oct. 19, 2023)。

While politicians and civic groups are wrangling solutions, a coalition of local corporations launched a $4 million advertising campaign that they hope will help rescue the Golden City’s tarnished image.

San Francisco is searching for its ‘I ❤️ NY’ moment

キャンペーンには、市役所も協働しています。道路を開放し、路上催事を支援します。来街者を歓迎し、道案内やダウンタウン情報を提供するウェルカム・アンバサダー(歓迎担当大使)を街のあちらこちらに配置しました。市長はパリに飛び、SF観光のプロモーションをしました。さらにダウンタウン人口を増やすために、空きオフィスをアフォーダブル住宅にコンバージョンする施策に取り組みます。

ある調査によると「SFっ子の86%がSFは再生できる」と考えています(New York Times, Oct.19, 2023)。キャンペーンはSFに対する土地っ子の自信、及び誇りを改めて呼び覚まし、「汚れてしまったSF」のイメージを「革新的/創造的なSF」に転換することを目指しています。

ここでもう一つ忘れて欲しくない(誤解して欲しくない)ことがあります。ここに書いたようにSFのダウンタウンはCOVID-19からの回復が遅れ、荒れた街区がありますが、市内全域がそうだということではないのです。

ダウンタウンから少し離れたNeo Valley/24通り界隈には、ビクトリアン・スタイル(歴史的建築)のお店が並び、散歩する子供連れや、カフェで談笑する熟年/若年カップルを見かけます。可愛い、素敵な街区です。野球場のあるOracle Park、小高い丘のTwin Peaks(SFを眺望できる、夜景を楽しむツーリストスポット)も、今訪ねて楽しいところです。

Unsplash / Philipp Hofmann

(つづく)

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