第9回「NYが米国初の混雑税導入(3)――車をめぐるNIMBYイズム」連載『変わりゆくアメリカからさぐる都市のかたち』

この連載について

アメリカで展開されている都市政策の最新事情から注目の事例をひもときつつ、コロナ禍を経て変容するこれからの都市のありよう=かたちをさぐります。

筆者

矢作 弘(やはぎ・ひろし)

龍谷大学フェロー

前回の記事

ニュージャージー州政府の主張

これまでにニューヨーク市(NY)が導入を計画している混雑税の仕組み、及びそれに対してニュージャージー(NJ)州政府とNYの1区になっているスタテン島が反対の訴訟を起こした話を紹介しました

NJの訴えは、

  1. NYが混雑税を導入すると州内からNYに向かう車のルートに変化が起き、思わぬところに渋滞が発生する心配があるが、それを含めて十分な環境アセスメント調査がなされていない
  2. ハドソン川を渡る通行料を払っているのに(トンネル、大橋)、混雑税は州民にさらなる負担をかけることになる

の2点です。

Image by David Z from Pixabay

車をめぐる“NIMBY”イズム?

経済地理学者のポール・クルーグマン教授は、NJ州政府の主張を以下のように批判しています(An act of vehicular NIMBYism, New York Times, July 24, 2023)。

OK, I’m not an expert in New Jersey politics, and I won’t try to decipher how a progressive governor like Phil Murphy ended up in this position. But what this looks like to me is a vehicular version of NIMBYism — the same psychology that has prevented blue states and cities from building desperately needed housing and may undermine progress on climate change, too.

An Act of Vehicular NIMBYism

マンハッタン の混雑税が導入される地区を走る車が朝夕1台増えると、その混雑ロス(外部不経済)が100ドル増える、という試算があります。また、別の試算によると、車の混雑はニューヨークっ子に毎年2000ドルの経済ロス、117時間の時間ロスになっています。

地区内の住民がマイカーに乗り続ける場合は、その「外部不経済」を自己負担することになりますが(まぁ、自業自得!?)、NJから流入してくる車については、NYの立場からは「負担の未払い」になります。クルーグマン教授は、「それを負担したくない。それでもNJ州民はマンハッタンを走る権利がある」という主張は、「車をめぐるNIMBY(厄介ものを他人に押し付ける)イズムである」と断じています。

ハドソン川を越えてNJからマンハッタンに通勤する車は、毎日6万台ほどです。その中間所得は年収10万ドルを越えています。NJ政府などは「混雑税は中間所得勤労者に過大な負担を強いる」と訴えていますが、教授は、「車の通勤者は混雑税の支払いが暮らしに重圧になるような所得階層ではない」と論じています。

混雑税導入で期待されるはずの利益

ある機関がNJ側の、マンハッタン通勤者が多いエリアについてセンサス調査をしています(The very few New Jersey commuters who will pay congestion toll are much richer, STREETBLOG, Oct. 15, 2021)。それによると「マンハッタンのビジネスセンターに通勤している人のわずか1.6%が車利用。他は公共交通を利用している」、しかも「車による通勤者の中間所得は公共交通利用者に比べて22%も高い」という結果が出ています。

The pro-transit group looked at commuting patterns in 21 legislative districts in the Garden State that are closest to Manhattan and found that, on average, just 1.6 percent of commuters from those areas drive into the CBD for work — and the median income of those commuters was $107,996 per year, or roughly 22 percent higher than the $88,407 median for commuters who use transit.

Data: The Very Few New Jersey Commuters Who Will Pay Congestion Toll Are Much Richer

混雑税が導入され、車の走るルートに変化が起き、ラッシュアワーの渋滞が起きるところが変わる、という問題はあくまでもNJ州内の話です。逆に車の流れが変わり、NJ側のトンネルや大橋の界隈では、これまでは渋滞が酷く、大気汚染に悩まされていましたが、その状況が少し改善する、という利益があります。

また、NJからマンハッタンに通勤している州民の多くは、公共交通(通勤列車、高速バス)を使っているので、混雑税の対象地区内にあるペンシルバニア駅や42St.のバスセンターを降りてからオフィスまでの間、これまでの交通渋滞から幾分か解放される、という利益もあります。

Unsplash / Stephanie Corona

NJ政府に伴走してスタテン島がMTA(ニューヨーク都市圏交通局)を相手取って訴訟を起こしました。また、マンハッタンの北に位置するブロンクスでも、混雑税に対する不満が燻っています。

しかし、いずれの場合も、NJとは事情が違っています。マンハッタンに混雑税が導入されると両区の経済的、社会的な活動とは縁もゆかりもない、単なる通過交通――特にトラックなどの交通量が一方的に増える、という話です。

毎年の混雑税の収入を、MTAは「10億ドル」と見込んでいます。MTAは、この収入を元金にして起債し、公共交通拡充のための、新たな投資資金を確保することを約束しています(地下鉄の新車両の購入やEVバスの導入、駅の利便性の改善など使途が資本投資に制限されている。運営費には充当できない)。混雑税から上がる収入を公共交通の強化に向けて資本投資する、という計画です。しかし、スタテン島には地下鉄が走っていないので利益を享受する機会も少ない、と同区は訴えています。

MTAは、上記の条件で混雑税を導入した場合、マンハッタンに入ってくる車の総量を1日当たり20%削減することができる、と試算しています。ある調査では、混雑税が導入されれば、ニューヨーカーの42%が「車利用を控える」「64%がもっと公共交通(地下鉄、バス)を利用するようになる」と答えています。

Unsplash / Luke Stackpoole

混雑税への抵抗は合理的?

NYの動きを注視しながらロサンゼルスなどが混雑税の導入を検討しています。ここからは、これまでのNY訪問の経験から推し測っての、混雑税に対する筆者の個人的なコメントです。

ニューヨーク都市圏は、郊外通勤列車を含めて充実しています。NYのマンハッタン は地下鉄網が縦横に高密度に走っています。COVID-19で深夜運転を停止していましたが、既に地下鉄の24時間営業を回復しました。バスも頻繁に走っています。マンハッタンに限れば、公共交通でアクセスが難しいところは少ないはずです。

そのためCOVID-19前には、マンハッタン暮らしの間では車の所有率が低かったし(コロナ禍で公共交通を忌避するために所有率がアップ!)、島外からマンハッタンに通うビジネス通勤も圧倒的に公共交通利用でした。それにCOVID-19が広がったタイミングに自転車専用道路の整備が進展しました。

それでも車の所有にこだわる人々、車通勤に執着する人々、多くの排ガスを出す営業車などに混雑税の負担を求めることには合理性があります。

こうした問題をめぐっては、必ず「運送/配達の物流コストが嵩み、回り回って消費価格に跳ね返る」という議論が飛び出しますが(New Jersey has good reason to sue New York over congestion pricing, New York Post, July 23, 2023)、本来的には関係業界が広く薄く負担し――最終的には生活者が暮らしのWell-being(Quality of Urban Life)を考え、負担を甘受すべきものです。その際、だれを対象に課税額の減額/課税免除の優遇措置を講ずるべきかをしっかり考えることが大切です。


2023年11月末までの時点で混雑税の徴収額は以下のように報じられています。さらに変更の可能性があります。また、だれが減額、あるいは免除されるのかをめぐっても議論が重ねられています。

  1. 週央(午前5―午後9)週末(午前9―午後9):一般車両(15ドル)/商業トラックとバス(大きさによって24ドル、または36ドル)、路線バスは免除、夜間は割引。ホリデー季節、国連総会開催中は混むので割り増しを検討。
  2. タクシー(乗客から1.25ドル徴収)ライドシェア(乗客から2.50ドル徴収)、運転手には課税しない。オートバイ7.50ドル。

(つづく)

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