第12回「コロナ禍から回復が遅れるサンフランシスコ(3)――新たなハイテク産業の集積と再生」連載『変わりゆくアメリカからさぐる都市のかたち』

この連載について

アメリカで展開されている都市政策の最新事情から注目の事例をひもときつつ、コロナ禍を経て変容するこれからの都市のありよう=かたちをさぐります。

筆者

矢作 弘(やはぎ・ひろし)

龍谷大学フェロー

前回の記事

都市は輪廻転生するか?

20世紀の代表的な都市学者であるL.マンフォード は、都市の輪廻転生を信じていたと思います。その著書『都市の文化』は、成長、発展した都市がやがて衰退し、荒廃し、ついには「ネクロポリス(死の都)」に至る、という史記ですが、しかし、荒廃した土地には、きっと新しい、小さな命が芽生えている、と書いています。マンフォードの都市思想の基礎には、都市は有機体である、という考えがあります。

サンフランシスコ(SF)は、コロナ禍からの回復でアメリカ都市の最後尾を彷徨っています。特に治安の悪化したダウンタウンの疲弊が深刻です。2月にも老舗百貨店だったメイシーズが閉店を発表しました。「SFは終わった(San Francisco is over!)」という悲観論があることについては、連載の前々回、前回で紹介しました。しかし、ここでは、都市は有機体説を踏まえて「明日のSF」を考えます。「いやぁ、SFは復活する。COVID-19以前に比べ、よりパワフルな先端都市に甦る」という楽観論です。

自然災害に襲われた場合も、経済社会的な困窮に遭遇した時も、都市が苦闘する姿を傍観し、「あぁ、あの都市は終わった!」という悲観論が、保守派の都市論者の間では常套句になっています。しかし、歴史を紐解けば、実際は「あの都市」は甦っています。

ゴールドラッシュに沸き立った後、SFは1906年に大地震に襲われました。多くの家屋が倒壊し、市民の過半が「家なき子」になりました。ウェルズ・ファーゴやバンク・オブ・アメリカを産み育てたSFは、20世記前半には西海岸のファイナンシャルセンターでした。そのため1929年の株価暴落に続く恐慌では、大打撃を受けました。都市騒乱があった1960年代から1980年代に人口を大きく減らしました。経済社会基盤が揺らぎました。1990年代にはIT系のスタートアップがダウンタウンを走るマーケット通りの南側に群生し、ドットコム・ブームをエンジョイしました。しかし、2001年にバブルが弾け、SF経済は暗転しました。

幾度も危機に直面したSFは、都度、甦りました。その歴史に学べば、今度のCOVID-19が引き起こした都市危機を、SFはきっと克服し、甦ります。

Unsplash / Joshua Sortino

サンフランシスコを甦らせるもの

連載の前回では「イノベーティブ/クリエイティブなSF」を、内外に喧伝するキャンペーン運動が始まったことを紹介しました。都市ブランディング戦略です。ダウンタウンの空洞化を目の当たりにし、市民が自信を失いかけています。市民の頑張り精神を覚醒させるキャンペーンは大切です。そのことは、ニューヨークが1970年代の凋落から1980年代に復活した時に、<I ❤️ NY!>運動が、失意の底にいたNYっ子の再起を促すのに大いに貢献したことで例証されています。

しかし、ここではもっと具体的に、ポストCOVID-19のSFはどのような産業が牽引し、どのような経済の「都市の「かたち」」に甦るのか――それをめぐって語られている議論を紹介します。

COVID-19はSFに甚大な試練を与えましたが、SF悲観論の台頭は、それ以前に遡ります。保守派の論客J.コトキンなどがSF悲観論=叩きの急先鋒です(Whatever happened to the great west coast cities ?, joelkotoki.com, Sept. 17, 2023)。

  1. 州政府/都市政府の対応が不適切のために住宅費が高騰し、街にホームレスが溢れている。SFでは、市民に占めるホームレス比率は全国平均の12倍になっている。
  2. 警察の動きが生ぬるく、麻薬取り締まりがいい加減である。そのため犯罪者が街に屯している。
  3. ビジネス環境が悪い――あれこれ規制が煩く、税金(企業/富裕層課税)が高い。

以上の事情を背景に、コトキンは、SFや近接するシリコンバレーからIT企業がサンベルト都市に本社を移転し、逃げ出している(Tesla、Oracle、Hewlett-Packard、Jacobs Engineering、Bechtel、Fluor……)――盤石に思われていたIT先端都市/地域の地位が揺らいでいる、と論じていました。「西海岸都市、特にSFは、いろいろな分野で「それではダメ!」を、手を拱いて放置してきた。ところがCOVID-19に襲われ、山積した問題が都市危機としていよいよ噴出した、という解説です。

カリフォルニア、特にSFは、進歩主義経済を希求してきました。グローバルレベルのイノベーションと多様性(人種、文化、社会)が融合する経済システムを基礎に、配分を重視し、包摂的、民主的な経済社会を構築する、というイズムです。確かにIT系のトップ企業の間に本社を他州に移転する動きがありますが、しかし、一方では、ハイテクをめぐって……。

  1. シリコンバレーを含むSF湾岸には、COVID-19以前に比べてさら強力に、またもっと優れたハイテク産業を再興するエコシステムがある(What’s next for Silicon Valley ?, Foley, July 18, 2023)。具体的には、カリフォルニア大学(バークレー校)、スタンフォード大学、その他の州立大学がある、スタートアップを促すベンチャー資金が豊かである(国内1位)、技術革新を支えるヒューマンネットワークに恵まれている。ハイテクを支えるこれらの都市資産は、コロナ禍以後も健在である。
  2. 生命科学が21世紀のリーディング産業になる。ある調査でSF湾岸は、「生命科学の革新、及びその産業集積で国内第2位(1位ボストン、3位サンディエゴ)」と評価されている(2022 life science research outlook & cluster ranking, us.jil.com, Oct 2, 2022)。
  3. AIの実用化が急速に進展し、革新が急である。では、AIのニュービスネスはどこに集積するか――ブルッキングス研究所の調査は、「既存のハイテクハブにAIビジネスは集積する」と分析している(New date shows that without interventions, generative AI jobs will continue to cluster in the same big tech hub, Oct.2, 2023)。SFは、既にAI関連のジョブ集積でトップを走る。ワシントンポストは、「SFはAIで新たな夜明けを迎える」と論じている(San Francisco’s AI boom may herald e new dawn, Oct.26, 2023)。
Unsplash / Greg Bulla

目を見張る技術革新や時代の先端を走る新産業の集積が、「ゼロ」から生まれることはごく稀です。トップレベルの科学研究や人的資源は、それに適した温床で育まれます。優秀な大学や研究所です。また、既存のハイテク産業が新産業やスピンオフ人材の揺籃器になります。さらにイノベーティブでしばしば破天荒な異才や異端企業を見守り、支援する土地柄――進歩主義の気風、広義のクリエイティブな経済文化環境が必須です。それらが連携して稼働し、優れた人材が大学や研究所、あるいは大企業からスピンオフするのを応援します。その際、スタートアップを支援するベンチャーキャピタルの集積が大切です。

SFには、そうした新しい、革新的な産業集積を育てるインフラがあります。それがコロナ禍から再生する時も、潜在的なパワーになります。ダウンタウンにあるオフィスビルが全滅しているということではなく、いわゆる「トロフィービル(ハイテク施設装備の新ビル)」の人気は戻りつつあります。

目ざとい投資家は、「オフィスビル市況が悪い今がむしろSF投資のチャンス」と判断し、動き始めています。NYの不動産投資家は、「SFは間違いなく復活する」と語って「西海岸のウォールストリート」と呼ばれるSFの金融街(モンゴメリー通り)にある名物ビルThe Transamerica Pyramidを買収し、修復投資に踏切ました(San Francisco’s Montgomery Street could signal a downtown revival, New York Times, Dec. 28, 2023、Not all downtown San Francisco offices are sitting empty, San Francisco Examiner, Jan 21, 2024)。

新しいハイテク産業の勃興が、5年後のSFの「都市の「かたち」」をどのように変えているか――大いに注目して眺めていたいと思いますが、基本的に悲観論は禁物です。

Unsplash / Denys Nevozhai

(つづく)

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