第7回「NYが米国初の混雑税導入(1)――“一石二鳥”以上の効果を狙う」連載『変わりゆくアメリカからさぐる都市のかたち』

この連載について

アメリカで展開されている都市政策の最新事情から注目の事例をひもときつつ、コロナ禍を経て変容するこれからの都市のありよう=かたちをさぐります。

筆者

矢作 弘(やはぎ・ひろし)

龍谷大学フェロー

前回の記事

アメリカで初の導入となる混雑税とは

ニューヨーク市(NY)が混雑税(congestion pricing)の導入に踏み切ります。

混雑税は、大都市にあって車交通が激しく、渋滞が酷く、交通事故なども多い地区を対象に、地区内を走る(地区に入る)車に対して特別の課金を課すプログラムです。都市経済学的には、課金をテコに交通需要を管理し、車交通の渋滞緩和を目指す交通政策です。アメリカでは、NYが混雑税導入の最初の事例になります。

time lapse phot oof a yellow car
Photo by Ibrahim Boran on Pexels.com

マンハッタンで乗ったタクシーが渋滞に巻き込まれ、料金メーターはカチャカチャ上がるのに、一向に動かないことにイライラした経験をした人は多いと思います。

また、空港からの高速空港バスが、ハドソン川やイーストリーバーを渡るトンネルや大橋の前で車の洪水に飲み込まれて動かないのは、日常茶飯の風景になっています。トンネル、大橋の、マンハッタン側の出口以降が大渋滞を起こしているためです。渋滞がなければ5分で通過できるのに30分以上かかる時もあります。

ある調査機関の調べでは、「アメリカ国内で、車渋滞などをめぐって運転手に最も酷な都市はNY!(以下、シカゴ、マイアミ、オースチン、ロサンゼルス)」です(Is your city the worst for driving in America?, Circuit, Sept.13, 2022)。グローバルシティNYの負の側面――すなわち、交通渋滞は、過度の集積が引き起こす外部不経済のシンボルになっている、と指摘されています。

Cities can become well-known for many different qualities: Los Angeles is the nucleus of the entertainment industry, while New York City is beloved for its theater and pizza. But unfortunately, many are also famous for their traffic congestion — another thing Los Angeles and New York City are famous for.

Is your city the worst for driving in America?
bird s eye view of city during dawn
Photo by Alex Azabache on Pexels.com

交通局がめざす2つの狙いとは

混雑税の導入を計画しているのは、ニューヨーク都市圏交通局(the Metropolitan Transportation Authority、MAT)です。州の、独立経営の公共交通公団です。地下鉄、バスを運行し、橋やトンネルを管理し、郊外通勤電車を走らせています。アメリカ最大の都市圏交通局です。

NYの混雑税の導入については、その目的に大きく2つの狙いがあります。

  1. 混雑税を導入し、常態化している交通渋滞を緩和する。交通量を減らし、交通事故などの減少につなげる。
  2. 混雑税からの新たな収入(財源)を、地下鉄の延伸、車両やバスの改良/新装に取り組む、駅の利便性を改善する――など公共交通のサービス改善に充当する。

それらによって車から公共交通へのモーダルシフトを誘発し、公共交通の乗車率を引き上げることを狙っています。大局的には、気候変動対策に寄与することを期待しています。

interior of contemporary public transport on sunny day
Photo by Will Mu on Pexels.com

また、交通渋滞は、移動の時間を読めないために(面談時間や飛行機のフライト時間に遅れないように、余分に早くオフィスを出なければならないなど)、経済活動に時間ロスを生じています。それはグローバル都市NYにとっては、マイナスの競争環境になっています。混雑税の導入には、集積の外部不経済を改善する狙いがあります。混雑税には、「一石二鳥」以上の期待がある、ということになります。

導入が検討されている具体案

MTAは2024年、早ければ4月に混雑税を導入することで準備を急いでいます。
検討されている混雑税の概要は、以下の通りです(Congestion pricing plan in New York
City clears final federal hurdle
, June 26, New York Times、What congestion
pricing’s arrival in NYC would mean
, CityLab, May 12, 2023など)。

・対象地域:

マンハッタンの60 St.以南(ウエストサイド・ハイウェー、フランクリン・ルーズベルト・ドライブなどの通過交通は対象外になる)。すなわち、セントラルパークの南端以南です。ビジネス街のミッドタウン、ツーリストの多いタイムズスクエアやブロードウエイの劇場街、それにダウンタウンのワールドトレードセンター地区がすっぽり入ります。
地区内のおよそ120ヵ所に流入車チェック/課金徴収機を設置します。

people at times square new york
Photo by Luis Dalvan on Pexels.com

・課金:

E-ZPass(NY、ニュージャージー州などで使われている有料道路などの電子料金徴収システム)を使う利用者は、当該地域に入るのにラッシュアワーの時間帯には23ドル、それ以外の時間帯には17ドルを支払うことになります。現金での支払いはできず、オンラインや店頭でプリペイドカードを買うことになります。また、地区の入り口に設置されるカメラで車のプレートナンバーを撮影し、後日、郵便で請求書が届く、という支払い方もあります。いずれの場合も、E-ZPassの支払額に上乗せ課金されます。

タクシーやシェアドライブ(Uberなど)の営業車は、1日1回の課金の支払いで済むことになっています。したがってマンハッタン-JFK(空港)の間を幾度往復しても、課金の払いは1日1度です。

・負担緩和措置:

年収が5万ドル以下のE-ZPassの利用者は、25%の割引を享受できます(毎月11回まで)。地域内に暮らす年収6万ドル以下の車所有者は、州税の減税を得られます。駅や高速バスから離れて暮らし、車でマンハッタンに通う貧困層、及び身障者の移動に使われる車などは、非徴収扱いにすることが検討されています。

・罰則:

混雑税の支払い逃れには、罰則が用意されます。

  1. 支払いが終わるまで車の登録が停止される
  2. MTAが運営している橋やトンネルの通行を拒否される
  3. 支払いがなされるまで課金に罰則金が上乗せされ続ける

――などです。

また、60St.から歩ける距離に路上駐車して課金逃れをするなど悪知恵を働かせる人が出る恐れがありますが、MTAは、「界隈は、既に路上駐車はほぼ満杯。探しても空き駐車スペースはない」と警告する一方、60St.近在に暮らす人々には、別途対応策を検討することになっています。

スキームの鍵はマーケット視点の合理性

課金システムが、最終的にどのようなスキームになるのか、さらなる検討がなされることになっています。課金が高ければ、流入交通量は減りますが、高過ぎると期待される課金収入を達することができなくなります。すなわち、公共交通対策に充当できる原資が減ることになります。逆に低過ぎれば、流入交通量はそれほど減らず、渋滞対策には不十分ということになります。

マーケットの動きをどのように読むか、難しい判断を求められます。

(つづく)

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