第13回「突然、浮上した“ユートピア都市”開発(上)――シリコンバレーの富豪が背後に」連載『変わりゆくアメリカからさぐる都市のかたち』

この連載について

アメリカで展開されている都市政策の最新事情から注目の事例をひもときつつ、変容するこれからの都市のありよう=かたちをさぐります。

筆者

矢作 弘(やはぎ・ひろし)

龍谷大学フェロー

前回の記事

保守派の「カリフォルニア黄昏論」

カリフォルニアの人口は3900万人を超えています。隣国カナダを上回っています。GDPは、国に喩えると世界5位です。ハイテク企業の高度集積地がサンフランシスコ(SF)湾岸からシリコンバレーにかけて広がっています。また、映像/エンターテイメント産業がロサンゼルス都市圏に集積しています。カリフォルニアは、アメリカ経済を牽引するエンジンです。

しかし、昨今、保守派の論客が「カリフォルニア黄昏論」を唱えています。黄昏論の論拠は、

  1. 人口が伸び悩む、あるいはマイナスに転じる、
  2. ハイテク企業がシリコンバレーから州外に逃亡している

――などです。

その背景には、SF湾岸、シリコンバレーの土地価格の高騰があります。教師や看護士、消防士に止まらず、高給を稼ぐハイテクのパワーエリート専門職も通勤圏内に住宅を取得するのが難しくなっています。企業はオフィスや工場の新増設をしづらくなっています。

「ユートピア都市」構想への注目

そのカリフォルニアで、40万人が暮らす「ユートピア都市(ニュータウン)」の建設構想が明らかになりました。ニューヨークタイムズが2023年夏に構想をすっぱ抜く記事を書きました(The Silicon Valley Elite Who Want to Build a City From Scratch, New York Times, August 28, 2023)。以来、地元紙に止まらず、ワシントンポスト、ガーディアンなどの有力紙が大きな紙面を割き、プロジェクトの進捗を報じています。NBCなどの大手TV局が農家や牧畜家を訪ね、現場発のインタビューを流しています。いまや全国区のニュースです。

開発構想を推進しているのは、民間企業のCalifornia Forever(CF)です。構想の提唱者でCFのCEO、J. Sramekは、タウンミーティングや記者会見の席で「ユートピア都市」構想について以下のように説明しています。

  1. カリフォリニアが直面する都市問題(住宅危機、開発用地の不足)に対峙し、カリフォルニアを勝利に導くための大規模プロジェクトである。
  2. 歩いて暮らせる(walkable)コミュニティづくりを中核に据える。環境に配慮し、完全にサステイナブルな新都市を開発する。

The site was in a corner of the San Francisco Bay Area where land was cheap. Mr. Moritz and others had dreams of transforming tens of thousands of acres into a bustling metropolis that, according to the pitch, could generate thousands of jobs and be as walkable as Paris or the West Village in New York.

The Silicon Valley Elite Who Want to Build a City From Scratch

40万人が暮らす都市づくり

「ユートピア都市」が計画されているのは、サンフランシスコから北東に100kmの、農牧地が広がる地域です(Billionaires want to build a new city in rural California., AP, Sept. 2, 2023、The farmers had what the billionaires wanted, New York Times, January 29, 2024)。SFと州都サクラメントの間――そこから西方に走るとワイン畑が広がるナパ、ソノマです。

ソノマのワイン畑(Unsplash / Tyke Jones
構想の全体ダイアグラム(California Forever提供)
開発計画地の用途地図(California Forever提供)

行政区は、ソラノ郡の郡庁があるフェアフィールド(人口12万人)と田舎町リオ・ヴィスタ(人口1万人)に挟まれた非自治体地域(市町村がなく、郡政府下にある)です。フェアフィールドには、アンハイザー・ブッシュのビール醸造工場とジェリービーンズ製造のジェリー・ベリーの大きな工場があります。そのためダウンタウンには小洒落た小店が並び、賑わいがあります。街路樹が綺麗です。

街を外れると地平の彼方まで放牧地と麦畑です。土地が痩せています。農牧業の生産性はそれほど高くない。風力発電の風車が所々に列をつくっています。近接地に、国内でも最大規模のトラヴィス空軍基地(貨物/兵士の兵站基地、家族を含めて12000人)があります。ソラノ郡は、州内では、所得ランキングで貧しいグループに属しています。

構想では、最終的に40万人が暮らす都市づくりを目指します。その第一段階として人口5万人/住宅2万戸のニュータウンを開発します。2017年から土地の買収がはじまっています。CFは、これまでにおよそ10億ドルを投資し、農牧地を中心に240万㎢の土地を取得しました。郡面積の1/10を取得し、いまや郡内で最大規模の大地主です。その広さはSFの2倍、ニューヨーク・マンハッタンの4倍に相当します。早ければ2026年に建設工事をはじめる予定です。

スプロール“ではない”開発

都市計画の教科書は、スプロール開発を「郊外の、無秩序な乱開発」と解説しています。しかし、その定義は間違いです。「暮らしの移動をもっぱら車に依存し、住宅や商業施設、オフィスを低密度/土地浪費型に開発する」のがスプロール開発ですが、そうした開発は、しばしば行政か、大手ディベロッパーが計画的、戦略的に推進しています。

低密度、土地浪費型の、郊外のスプロール住宅地は計画的に開発される

一方、CFは「スプロール開発に反対する」と宣言しています。予定地のおよそ1/3を宅地に充当します。そこでは、アフォーダブルな住宅開発に傾注する方針を示しています。

したがってアメリカの郊外で一般的な、前庭付きの戸建て住宅に拘らず、むしろ中層階のアパートや連棟型住宅を積極的に建設します。CFのホームページなどに掲載されている街風景(イラスト)は、地中海沿岸の街を連想させます。オレンジ色の瓦/白壁の家並みです。

中密度の都市開発を目指す(California Forever提供)

計画は、車に依存しない暮らし――徒歩圏内に学校、ショッピング機能、医療施設、文化/スポーツ施設を用意し、バスなどの公共交通の充実を課題に掲げています。自転車専用道を整備します。16万㎢を、緑の空間(公園、遊歩道、林地など)に転用することになっています。新都市内で使われる熱源は、風力と太陽光の再生可能エネルギーが主役になります。

CFは「ユートピア都市構想では、当座、15000人が働ける雇用機会を新たに創出する」と誓っています(Submitted to the Solano County registrar of voters, January 29, 2024)。それも中間所得階層の暮らしができる、恵まれた給与を稼げる職場です。郡内の平均給与に比べて25%高い給与水準になることを目指しています。SFまでは高速道路を走って1時間。通勤圏内ですが、CFは「新都市では、職住接近の暮らしの実現を目指す」と宣言しています。昨今のはやり表現を使えば「15分都市づくり」です。

We will bring 15,000 new jobs to the community that pay at least 125% of the average wage in Solano County. The community won’t be able to grow beyond 50,000 residents until we’ve fulfilled that commitment.

Ten Guarantees (California Forever)

職住近接は達成できるか?

しかし、「どういう仕事を創出し、職住接近を達成するのか」という疑問が残ります。

CFの新都市開発の発端はSF湾岸の住宅危機でした。したがって「シリコンバレーで働くハイテクエリートがこの新都市に移住し、職住接近の仕事ができる」という「都市の「かたち(暮らし方/働き方)」」が期待されます。

しかし、ハイテク仕事を十分に創れなければ、当初の開発意図から外れ、シリコンバレーからの移住者はSF湾岸に通勤することになります。その場合、高速道路の渋滞がさらに悪化します。SF湾岸、及びサクラメントと新都市をつなぐ公共交通(特に鉄道)の整備が必要になりますが、CFは、それについては多くを語っていないのです(The real problem with California Forever, Urben Field Notes, January 19, 2024)。

If California Forever actually follows through on this template, the city will be well-designed in and of itself. A large share of local trips will be accomplished by walking, biking, and transit. As a self-contained entity, the city will probably have a relatively low carbon footprint.

The real problem with California Forever

莫大な資金を出す大富豪たち

SramekはWho? チェコ出身の、30代半ばの起業家です。投資銀行のゴールドマン・サックスに勤め、敏腕なトレーダーとしてウォール街で高い評価を得たと言われています。その後、ロンドン、チューリッヒで起業し(教育関連の出版ビジネス)、カリフォルニアに移住しました。その経歴からは、典型的な「グローバルノマド(放浪の民)」に属するビジネスエリート像が浮かび上がってきます。

常々、Sramekは、シリコンバレーの起業家や投資家が「カリフォリニアは土地の高騰が酷い。新規開発余地が乏しく成長を阻害している」とぼやくのを聞いていました。そうしたある日、ガールフレンド(現夫人)とリオ・ヴィスタにバス釣りに出かけ、「この界隈ならSFに近い。土地は決して肥沃ではなく、安値で買える。大規模なニュータウン開発をするのに打ってつけ!」と着想した――という逸話が伝えられています。

早速、知人を通じてシリコンバレーにネットワークを拡張し、「起業家、投資家、ベンチャーキャピタリストを巻き込み、ユートピア都市構想を推進することになった」と報じられています(Plan for 55,000-acre utopia dreamed by Silicon Valley elites unveiled, Guardian, Sept.2, 2023)。

プロジェクトの投資家名簿には:

  • R. Hoffman:世界最大規模のビジネス型SNSのLinkedInの共同創業者
  • M. Maritz: ベンチャーキャピタリスト
  • L.P. Jobs: アップル創業者S. Jobsの未亡人
  • P. Collision/J. Collision: 金融サービスのStripeの共同創業者
  • M. Andreessen: 起業家兼べンチャーキャピタリスト

などの、一世一代で莫大な財を為した富豪の名前が並びます。「カリフォルニアの夢」を実現し、カリフォルニアに強い思い入れのある面々ですが、それゆえ、逆に「黄昏論」が語る最近のカリフォルニアに対しては「なにかしなければ?!」というもどかしさを持っている。そういうタイプのスーパーリッチたちです。

「土地買いをしているのは外資か?」という噂が流れましたが、97%の投資資金はアメリカ国内から調達され、残りが英国とアイルランドからです。

ユートピア?ディストピア?

「ユートピア都市」の「ユートピア」は、

  1. アフォーダブル価格で購入、または賃料で暮らせる住宅を建てる
  2. ミドルクラスの暮らしをできる稼ぎの職場を創出する
  3. 環境に配慮し、歩いて暮らせる
  4. 緑を確保し、自然に親しむリクレーションを楽しめる

を意味しています。

当然、ハイテク富豪が先導する新都市では、情報通信技術を駆使するスマート都市づくりになると思われます。半面、住民は、CFに個人情報を私的に収集、管理され、「ディストピア(悪夢)都市」になるのではないか、という指摘があります。

Googleの親会社がスマートシティをトロント湖畔に開発するプロジェクトがありましたが、頓挫しました。ディベロッパーが情報の管理、及びコミュニティ政治過程(住民デモクラシー)をめぐる方法論で曖昧さを最終的に解消できず、市当局、市民と対立したためでした。CFの計画には、ガバナンスに関する記述がなく、そうした疑念を生む理由になっています。

(つづく)

連載記事一覧

記事をシェアする

学芸出版社では正社員を募集しています
学芸出版社 正社員募集のお知らせ