第6回「アフターコロナのビジネスセンター(3)――5/10都市から7/24都市へ」連載『変わりゆくアメリカからさぐる都市のかたち』
アメリカで展開されている都市政策の最新事情から注目の事例をひもときつつ、コロナ禍を経て変容するこれからの都市のありよう=かたちをさぐります。
筆者
矢作 弘(やはぎ・ひろし)
龍谷大学フェロー
前回の記事
オフィスの空き率が高止まり
オフィスビルに専有され、モノカルチャー化したビジネスセンターが、COVID-19の後遺症から回復が遅れています。特にニューヨークやサンフランシスコなどの、グローバル資本主義を牽引するスーパースター都市のビジネスセンターで回復が遅延しています(Mayor London breed discusses San Francisco’s woes and what lies ahead, London Breed, June 14, 2023、Where are the big ideas for New York City?, New York Times, August 5, 2023)。
COVID-19が発症し、一気に爆発して以来、リモートワークが広がり、オフィスが空っぽになりました。コロナ禍は収まる気配を示していますが、それでもオフィスワーカーがオフィスに戻らない、あるいはハイブリッド型(在宅勤務とオフィス勤務の組み合わせ)の勤務が普及し、ある程度定着している――などが影響し、オフィスビルの空き率が高止まりしています。
スーパースター都市の場合、1980年代以来、ファイナンス――FIRE(金融、保険、不動産) が集積を高度化し、グローバルシティとして甦りました。不動産業も証券化のテクノロジーで革新が起き、ファイナンスに分類されるようになりました。
21世紀を迎え、今度はIT関連ビジネス(GAFAなど)が成長の牽引力に加わりました。COVID-19以前の、2010年代前半には、FIREとITが都市経済に堅固な地位を確立し、スーパースター都市の双発エンジンになりました。
ファイナンスはマネー ―― 無味簡素な、手に取ることも味わうことも必要ない、すなわち情報を扱うビジネスです。IT関連は、Death of Distance(距離の死:カリブ海のホテルにいても、インターネットを使ってマンハッタンのオフィスで働くのと同じ質の仕事をこなせる)型ビジネスの御本家です。
いずれもリモートワーク/ハイブリット型勤務に適合しやすいタイプのビジネスです。他の都市に比べてスーパースター都市のビジネスセンターがCOVID-19の後遺症から回復が遅れ、オフィスビルの空き率が高止まりしていることには、FIREとITに特化したスーパースター都市の産業構造が影響していると思われます。
Mayor London Breed Discusses San Francisco’s Woes and What Lies AheadQ: Well before the current influx of tech workers, San Francisco was known for art and culture. Do you think San Francisco will ever be affordable again to artists and musicians?
A: That’s a hard one. If we get out of our own way and get rid of bureaucracy and we are able in the next eight years to build 82,000 units, maybe. We can’t just continue being a city of those who are making a lot of money and those who are hardly making anything — and the people in between getting squeezed out.
アファーダブル住宅の供給
ビジネスセンターにあるオフィスビルの空きが埋まらず、空き率が高止まりしていることをめぐって論争があります。リモートワークが、今後、どのくらいの勢いで続くのか、そのことがオフィスの将来に影響しますが、以下、空きオフォスの使途をめぐる論争です。
アメリカでは、2008年の経済危機を克服して以降、住宅価格が高騰しています。金融緩和による過剰流動性が背景にありましたが、ミレニアムなどポストベビーブーマー世代が家庭を持ち、住宅取得に向かう年齢に達していることも、堅調な住宅需要を支えてきました。
さらにスーパースター都市では、GAFAなどのIT関連ビジネスが業容を急拡大し、そこで働く高学歴/高所得層(創造階級)が高級コンドミニアム/アパートを需要し、住宅費の高騰に拍車をかけました。
アフォーダブル住宅(そう高くない家賃で賃貸できる、あるいは値段で購入できる住宅)が絶対的に不足し、中の下以下の所得階層で住宅貧乏(家賃が所得の過半を占める)が広がっています。住宅危機が深刻な都市問題になっています。
リベラルな都市政府は、アフォーダブル住宅の供給源として郊外の、富裕層の暮らす戸建て住宅専用地区(都市計画のゾーニング)を廃止し、集合住宅の供給拡大に動いていますが、同時にビジネスセンターの空きオフィスビルや、集客力が弱体化し、客室利用率の悪いホテルをアフォーダブル住宅に転換(コンバージョン)することを模索しています(NYC mayor proposes office conversion plan, Gothamist, January 9, 2023)。
A much-needed proposal, according to the mayor, that would help create thousands of new homes. New York City’s “office conversion accelerator” program will help the city reach Adams’ goal to create 20,000 new homes.
Mayor Adams proposes to convert vacant office buildings into housing
コンバージョンについては、リベラルな都市研究者の間にも支持が広がっています。オフィスビルに専有されてきたビジネスセンターに、この際、アフォーダブル住宅を混在させることができれば、街に多様性が生まれる、という副次効果が期待されています。
職住接近の暮らしが始まれば、その消費需要を支えるスモールビジネスが育ちます。ビジネスセンターは、モノカルチャーゆえにパンデミックに対して脆弱性を露呈しましたが、空きオフィス/ホテルを住宅にコンバージョンする案を支持する人々は、「街に多様性が加われば、ダウンタウンは、都市危機に対してレジリエントな「かたち」に生まれ変わる」と考えています。
ダウンタウンはダウンタウンのままに
空きオフィス/ホテルを住宅に転換することに反対する意見は、「ビジネスセターはビジネスセンターであるべきである」と主張します。NY都市計画委員会委員長を経験したCarl Weisbrodは「大量のコンバージョンが税収基盤を崩す」と心配しています(Nicole Gelina, What’s next for Midtown?, City Journal, 2021 Spring)。
As of mid-March 2021, midtown was a ghost town, all but empty for an entire year—something unthinkable before the pandemic struck in March 2020. Despite the Manhattan real-estate industry’s best efforts, most office workers have chosen to work from home, all the time, using little more than laptops and WiFi.
What’s Next for Midtown?
この論者たちは、遠からず、大方、リモートワークは影を潜め、オフィスワーカーはビジネスセンターに戻る、と考えています。
9/11のテロの時も、NYがさらに攻撃の対象になる、という恐怖が広がり、マンハッタンに通勤するのを忌避する動きや、NY証券取引所をハドソン川の対岸、ニュージャージー側に移転する計画が話題になりました。しかし、その後のマンハッタンで起きたことは、ファイナンスのさらなる集積でした。コンバージョンに反対する論者は同じことが始まる、と推論しています。
そしてビジネス活動が集積することの外部効果、企業内でも、会社文化や暗黙知を社内で共有することの利益――それらを考えれば、ビジネスセンターは、もっと集積を高度化させるべきである、と訴えています。
また、コンバージョンで住宅を供給しても、昨今の住宅危機には焼け石に水である、アフォーダブル住宅対策は別に考えるべきである、と論じています。
5/10都市から7/24都市へ
筆者は両論の間に「正論」がある、と考えています。
ビジネスセンターは5日/10時間都市(週末と夜間に人通りが減る)です。それを7日/24時間都市に転換する提案には反対は少ない(The downtown office district was vulnerable. Even before COVID, New York Times, July 7, 2021、Downtowns are lifeless. It’s a once-in-a-generation chance to revive them, Washington Post. January 19, 2023) 。
The goal is a “24/7” downtown with ample work spaces, apartments, parks and entertainment venues that draw people in during the day and have a core of residents who keep the area vibrant after commuters go home.
Downtowns are lifeless. It’s a once-in-a-generation chance to revive them.
そのためには住宅に加え、さらに多様な都市機能を混在させることが大切です。 空き率が高く賃料が下がれば、テナントのビル間移動が起きます(C級⇨B級⇨A級)。家賃の安いC級ビルに空きが広がります。そこに資力の乏しいスタートアップが入居すれば、ニュービジネスの苗床になります。
COVID-19の間に、多くの都市で自転車道の整備が急ピッチで進みました。自転車通勤は、職住接近を促します。J.ジェイコブズの都市経済学は、多様性と「小さなもの」を育むことを提唱しています。
空きビルを多様な用途に転用し、用途間で重奏が始まれば、活力のあるエコシステムが形成され、ジェイコブズが推奨した都市空間に近づきます。
(つづく)