連載『月刊日本の団地~時代を映すダンチ12選~』vol.9 洋光台団地

団地愛好家の有原です。
突然ですが、「ダンチって古い・・」と思っていませんか?
いえいえ、いま団地ではさまざまな新しい取り組みが行われているのです。
団地は建設時の社会の様相を映す鏡であると同時に、現在の取り組みはこれからの都市課題を解決するヒントにもなります。

建設当時の人々が団地に託した夢・・・。いまの団地で団地再生に奮闘する人々・・・。私と一緒に、新しい発見と感動の旅に出ませんか?


団地再生は、団地が直面する課題の解決を目指す取り組みでした。やがてその視線は団地内にとどまらず、周辺エリアにまで拡がります。団地の活性化だけではなく、団地を拠点として地域の魅力を向上させることで「まちの再生」にも寄与しようという新たな動きでした。

今回は、そんな団地とまちの再生を目指す団地再生の事例、UR都市機構『洋光台団地 団地の未来プロジェクト』を紹介します!

◆まちの新たな豊かさを目指す『ルネッサンスin洋光台』

横浜駅からJR根岸線で20分。洋光台駅(横浜市磯子区)を降りると、そこが洋光台地域である。1966(昭和41)年から開発された約200haのニュータウンで、計画戸数8.5千戸・計画人口3.3万人という典型的な郊外型住宅地だ。都心から近い好立地ということもあり人気のエリアで、高度成長期には多くのサラリーマンで駅前が賑わった。

洋光台地域には洋光台中央団地・洋光台北団地・洋光台西団地と、UR都市機構が管理する大規模団地が3つある。この3団地を合わせると、洋光台地域の居住人口の1/3を占める。華々しく登場したこのまちも開発から50年が経ち、今は居住者の高齢化や住宅の老朽化・地域の活力低下などの課題が顕在化し、その進行が懸念された。

そこでURは2011(平成23)年に『ルネッサンスin洋光台』を始動。今まで培った団地再生とまちづくりのノウハウを総動員して課題解決に取り組む「モデル・プロジェクト」としての位置づけだった。さらにこのプロジェクトでは「住宅のリノベーションのみならず、まちのリノベーションも一体的に考える」という課題認識が関係者の間で共有された。つまり、「団地を核とした郊外住宅地の再生」が新たなミッションとして掲げられたのである。

各界の著名有識者から組織されたアドバイザー会議、そして地元住民と行政等で構成されるエリア会議が幾度となく開催され、団地と洋光台地域の今後のあり方が真剣に議論された。URが団地再生を検討する際に、このようなオープンな会議を開催することは異例のことだったが、これは今までにない知見を外部から取り入れようとする「オープン・イノベーション」方式が目指されたためだった。

続いて『ルネッサンスin洋光台』の取り組みをさらに加速させるため、『団地の未来プロジェクト』が2015(平成27)年に始動。建築・空間設計を創造するディレクター・アーキテクトに建築家・隈研吾氏、新しい住まい方と地域のあり方を提示していくプロジェクト・ディレクターにデザイナーの佐藤可士和氏が着任した。隈氏も佐藤氏も『ルネッサンスin洋光台』アドバイザー会議における有識者メンバーの一員だった。

隈研吾氏は、後に新国立競技場を設計するなど日本を代表する建築家、佐藤可士和氏もユニクロや楽天のロゴなどを手掛けた人気デザイナーである。団地再生を手掛ける人選として、いま考えられる最強のタッグだろう。フラッグシップ・プロジェクトとなった洋光台団地の取り組みを、必ず成功させるというURの並々ならぬ気迫が感じられる。

◆団地をアップデート!『洋光台団地 団地の未来プロジェクト』

そして2018(平成30)年、隈研吾氏の設計監修による洋光台中央団地の外壁修繕・広場のリニューアルが完成し、大きな話題を呼んだ。広場を囲んで立つ住棟は高層棟で、1階部分が商業施設、広場のすぐ隣は洋光台駅という立地である。洋光台地域の住民なら誰もが目にする場所であり、この団地と広場はこのまちの玄関口であり顔と言えた。

リニューアルによって、広場と商店街の間に屋根付きの2階建てデッキが新設された。縁側のような心地よい空間が誕生し、店舗を巡り立体的に回遊できる楽しさも生まれ、広場は再び賑わいを取り戻した。高層棟側面の外壁はアースカラーで再塗装され、各住戸の窓に並ぶエアコンの室外機は木目が印刷されたパネルで覆われた。窓にたくさんの室外機がぶら下がる無粋な外観は全国の団地でよく見る光景だが、この団地では景観のマイナス要素を逆手に取り、ポジティブな要素に転換。温かみのある風景へ一新することに成功した。

写真(1)

写真(1)の左下に見える看板に描かれたアイコンはこのプロジェクトのロゴで、佐藤氏によるデザインだ。「団地」の「団」に「良いアイデアをプラス(+)する」という意味が込められている。また、四隅が丸いのは「既存の枠組に捉われない柔軟な考え方から創造される、新たな可能性」を象徴しているそうだ。

洋光台地域の玄関口であり顔であるこの場所をまず始めに着手し、親しみのある明るい空間にリニューアルしたことはまちの印象を刷新したばかりでなく、団地を核として洋光台エリアの活性化を目指すというプロジェクトの理念を内外に示したと言えた。

続いて2021(令和3)年、今度は洋光台北団地が佐藤可士和氏の監修によりリニューアルされた。団地住棟・住棟前の広場・そこに置かれたベンチなどが統一感あるデザインで改装され、団地全体がまとまりのある一つの空間へと再生された。住棟前の閑散としていた空き地には芝生が植えられ、それまで周辺に対し閉じた印象だった団地が、まちの誰もがふらっと立ち寄りたくなるような、開放的で魅力あるスポットに生まれ変わった。

写真(2)

各住棟の階段外壁・バルコニー手摺には木目の意匠が施され、団地に温かみと柔らかさがもたらされた。木目調が選択されたのは、隈氏が先に手掛けた洋光台中央団地のトーンを受け継いだためだ。二つの団地は離れた場所にあるが、テイストの似た空間づくりによって、まちに連続性と一体感が生まれた。住棟壁に表示される住棟番号も、佐藤氏がデザインしたフォントで一新。明るく現代的なセンスが感じられる団地にアップデートされた。

写真(3)

佐藤氏が団地のリニューアルに関わるのはこのプロジェクトが初めてだったそうだが、URや他の団地管理者が今まで手掛けた団地リニューアルの事例を凌ぐ出来である。団地の持つポテンシャルを現代的な感覚でうまく引き出した佐藤氏の手腕は、見事と言うほかない。

この団地に隣接する団地集会所もアイデアコンペ受賞案を基にリニューアルされ、コミュニティカフェやライブラリーといった施設が新設された。居住者のコミュニティ活性化を図ることはもちろん、団地ならではの「集まって住むことの魅力」を感じてもらうための様々なプログラムが実施されているそうである。

写真(4)

◆団地の再生から、まちの再生へ

このプロジェクトは、ビッグネームの両氏ばかりに目を奪われがちだ。しかし洋光台の取り組みの真価は、団地を核とした郊外住宅地の再生に目を向けた点にこそある。今までの団地再生では団地内で完結する取り組みがほとんどで、周囲地域との繋がりへの意識は薄い印象があった。しかし再生が必要なのは団地だけではない。まちや商店街など、周辺エリアの活性化も喫緊の課題であることは明らかだ。

だが、まちの再生に団地が寄与することは本当に可能だろうか。洋光台団地の取り組みを報告した書籍『郊外住宅地の再生とエリアマネジメントー団地をタネにまちをつなぐ 横浜洋光台の実験』(※下欄参照)によると、団地にはまちの再生に寄与しうる3つの強みがあると分析している。

  1. 豊かな屋外空間や集会所などのスペースを持つ
  2. 自治会組織と新たなコミュニティの連携が期待できる
  3. 管理団体による比較的柔軟かつスピーディーな投資判断が可能

こうした団地特有の強みや資源を最大限に活用することにより、地域全体の再生の呼び水となる可能性があると本書は述べる。団地はまちの再生を牽引するポテンシャル(潜在力)を秘めるという、とても重要な指摘である。今回紹介した事例でも、団地のゆとりある空間の活用により、まちのイメージ刷新や、まちの居住者同士が居合う空間の創出に貢献していた。こうした取り組みは、地域価値の向上にも繋がる。

今回は紹介できなかったが、洋光台地域では他にも、横浜市による新たなワークスタイル環境の試みや、横浜国立大学による次世代モビリティの実証実験も行われている。居住者たちも学び合いによる防災学習などを行っているそうだ。このように、洋光台地域で様々な活動が活発に行われている背景には、URの取り組みが関係者に前向きな影響を与えた面もあると考えられる。

また、横浜市が管理する市営洋光台住宅も、「洋光台駅から連なる団地と周辺の街を繋ぐ」ことをコンセプトとして建て替えの設計が進められているという。このように、URが先陣を切ることによって、地域住民や事業者がまちづくりに積極的に関与する土壌が育まれつつある様子が窺える。今までの団地再生に見られなかった現象だ。

はっきりとした効果の測定にはもっと長い期間での検証が必要だろうが、この洋光台団地のプロジェクトは全国のまちと団地の新たなモデルケースとなることが予感させられる。隈研吾氏は「このプロジェクトが団地だけではなく、日本全体の再生につながるようなプロジェクトになればよいと考えている」とコメントしていたが、まさにこのことを意識した発言だったのだろう。

※洋光台団地の取り組みをさらに知ろうとするなら『郊外住宅地の再生とエリアマネジメント―団地をタネにまちをつなぐ 横浜洋光台の実験』(編著・洋光台エリア会議、監修・小林重敬/学芸出版社/2022年)は必読だ。洋光台団地の取り組みは、これからの郊外団地における一つのモデル・ケースとなるかもしれない。本書から学ぶことは多いはずだ。隈研吾氏、佐藤可士和氏による特別寄稿も洞察に富む。
『郊外住宅地の再生とエリアマネジメント』の詳細はこちら→https://book.gakugei-pub.co.jp/gakugei-book/9784761528119/

◆団地が指し示すまちの未来

これまでこのコラムで見てきたように、団地は同一時期に大量に供給され、同年代世帯が入居したという歴史的背景がある。だから近年になって団地居住者の高齢化が一気に進行し、その現象は全国の団地でも同時期に起こった。このため、団地は日本社会の縮図と言うことができる。団地は日本の社会課題が最も早く出現する場所だ。孤立死も空き家問題も、メディアに報道される何年も前から、団地の現場ではこれらの問題が顕在化していた。

その意味で、現在の団地は「都市課題の先行指標」といえる。団地で起こったことは、やがて団地の外でも起こりうる可能性がある。これからの都市やまちづくりの課題は、現在の団地の実態の中に見出すことができ、その解決のヒントも、今まさに団地で取り組まれている様々な活動の中にあるのだ。この洋光台団地をはじめ、全国の団地で取り組まれている団地再生の様々な潮流は、全国でまちづくりに取り組む関係者にも有益な洞察を与えてくれるはずだ。

戦後の住宅難の解消を使命として大量に建設されてきた団地は、半世紀経った今ではその社会的役割を終えたと言われることも多い。しかし現在の団地には「団地の再生を通じたまちの再生」という、新たな社会的使命が浮かび上がってきたように感じる。団地が日本社会共通の課題に対峙しながら次の時代のまちと住まいの姿を社会に示し、このことに積極的な意義を見出してゆく。多くの複雑な課題を抱える現在の情勢と考え合わせると、ますます重要な着眼点ではないだろうか。


洋光台団地は、UR都市機構がこれまで蓄積してきたノウハウを結集して取り組んだ団地再生の総決算でした。著名な有識者たちを招聘して大規模な改修を手掛けましたが、財源を持つ大組織だから可能だった手法とも言えます。
一方、老朽化した団地の雰囲気を変える最も安価なアプローチに外壁塗装があります。構造など大掛かりな部分に手を入れることなく、色彩の力で団地のイメージを大きく変え、周辺エリアも明るく軽やかな印象にすることが可能です。
次回は、そんな色彩の力を活用して団地再生に挑んだ『公社喜連(きれ)団地』ほか、幾つかの団地を紹介します!

〈vol.10へつづく〉

【参考文献】
・『団地のゆるさが都市(まち)を変える。』(新建築社/2014年)
・『新建築2015年8月号』(新建築社/2015年)
・『新建築2019年2月号』(新建築社/2019年)
・『新建築2021年2月号』(新建築社/2021年)
・『都市を再生させるー時代の要請に応えるUR都市機構の実行力』(新建築社/2016年)
・季刊『UR PRESS Vol.64』(独立行政法人都市再生機構発行/2021年)
・季刊『UR PRESS Vol.65』(独立行政法人都市再生機構発行/2021年)
・『郊外住宅地の再生とエリアマネジメントー団地をタネにまちをつなぐ 横浜洋光台の実験』(編著・洋光台エリア会議、監修・小林重敬/学芸出版社/2022年)

※団地を訪問する場合は、居住されている方々の迷惑にならないよう十分注意しましょう。


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著者プロフィール

有原 啓登

(ありはら ひろと)
団地愛好家。1973年神奈川県横浜市の左近山団地出身。大阪府立北野高等学校、近畿大学理工学部建築学科卒業。関西のゼネコン勤務を経て現在は地方住宅供給公社に勤務。公営住宅の指定管理者応募、 公社団地の団地再生等に携わる。個人の趣味でSNSに『週刊日本の団地』『都市計画・街づくりブックレビュー』を投稿したところ評判を呼び、大学や企業から講演の依頼が来るまでに。趣味は団地訪問と団地の本収集。


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