連載『月刊日本の団地~時代を映すダンチ12選~』vol.12 【最終回】公社茶山台団地

団地愛好家の有原です。
突然ですが、「ダンチって古い・・」と思っていませんか?
いえいえ、いま団地ではさまざまな新しい取り組みが行われているのです。
団地は建設時の社会の様相を映す鏡であると同時に、現在の取り組みはこれからの都市課題を解決するヒントにもなります。

建設当時の人々が団地に託した夢・・・。いまの団地で団地再生に奮闘する人々・・・。私と一緒に、新しい発見と感動の旅に出ませんか?


戦後から現在まで建設された全国の団地の中から、時代の様相を映した団地を12回にわたり紹介してきた本コラムも今回で最終回。みなさんと続けてきたダンチを巡る旅は、いよいよ終着を迎えようとしています。フィナーレを飾る最後の団地は『公社茶山台団地』。一つの団地の中で多彩な取り組みが行われている「スマホのアプリ」のような団地再生事例です。

◆ダンチの中に図書館やレモン畑がある!?

大阪ミナミの玄関口である「難波(なんば)駅」から電車で30分。泉北ニュータウンの中心地「泉ヶ丘駅」で下車して10分ほど歩くと、昔ながらの団地群が見えてくる。大阪府住宅供給公社が管理する『公社茶山台団地』(堺市南区)だ。

団地の敷地内へと歩を進め、樹々に囲まれた遊歩道を歩いていくと、芝生の中に手作りの道標(みちしるべ)が立っていることに気付く。矢印には「茶山台としょかんまで100M」「やまわけキッチンまで20M」「DIYのいえまで200M」「レモン畑まで55M」「泉ヶ駅丘まで900M」と書かれ、それぞれの方向を差し示している。団地の中に、図書館やレモン畑があるというのだろうか。


茶山台団地は1971(昭和46)年に建設された賃貸団地だ。28棟の建物に約900戸、800世帯が暮らす。建設から50年が経ち、この団地でもさまざまな課題が顕在化していた。例えば住人の半数以上が60歳以上になったこと、住人同士の交流が減り団地の賑わいが喪失したこと、人口減少で近隣スーパーが撤退し買物が不便になったこと、狭く古い住戸は魅力に欠け約160戸もの空き家が発生(空家率16.6%)していたことなどだった。

こうした課題を踏まえ、団地を経営する大阪府住宅供給公社は2015(平成27)年から団地再生事業に着手する。このとき公社は、住人や地域の主体(NPO・民間事業者・医療法人・大学・行政など)と連携し、団地課題の解決を⽬指す取り組みを進めていった。

そして、これら住人と団地に関わる人々が互いに影響を与え合い、みんなが愛する団地を共創していくライフスタイルを『響きあうダンチ・ライフ』と名付け、ハード・ソフトの両面でその実現を目指した。今では多くの人々が意見やアイデアを出しながら、団地を舞台に日々奮闘している。それらの取り組みを順に見てみよう。

◆響きあうダンチ・ライフ

1)茶山台としょかん

初期に着手されたのが『茶山台としょかん』だった。利⽤の減った団地集会所に、読まなくなった本をみんなで持ち寄って図書館を設⽴。本をテーマとして誰もが集える居場所づくり(サードプレイス)の試みだった。今ではお年寄りが⽴ち寄って本を読んだり、学校帰りの⼦どもたちが宿題をしたりするなど、多世代交流拠点となっている。

大阪府住宅供給公社による委託事業だが、受託者のNPOがコーディネーターとなり、代々のとしょ係は団地住人が務めている。としょかんの本棚は住人たちとDIYで制作、外壁の壁画は子供達が描いたものだ。この場に集った住人の発案による企画も生まれた。横にある広場では毎週土曜日に地元青果店による野菜販売『ちゃやマルシェ』も行われ、寂しかった集会所に賑わいが戻った。



2)丘の上の総菜屋さん やまわけキッチン

団地の空き住戸を活用した食堂で、地元のNPO法人SEIN(サイン)が運営している。地域の野菜を使った定食を提供するほか、弁当・総菜の販売や配達も行っている。色鮮やかな内装は住人たちとDIYでリフォームしたもの。買い物に行くのが大変な高齢者の買物支援と、楽しく食事ができるスペースが孤食を防いでいる。栄養⾯などにも配慮した惣菜により健康寿命の延伸にも繋がる一石三鳥の取り組みだ。

毎日通う高齢者もいて、スタッフと会話しながら食事をすることが見守り活動にもなっている。コロナ禍においては弁当などのテイクアウトメニューを充実させ、外出しにくい時期でも一人暮らしの住人に温かい食事を提供した。「ここで食べるのが楽しみになり、施設への転居を思いとどまった」と教えてくれた一人暮らしの高齢者もいた。

3)DIYのいえ

団地の空き住戸を活用したDIY工房。地元の工務店である株式会社カザールホームが運営している。工房には多種の工具が揃っており無料で使える。住人で結成されたシニアスタッフのサポートもあり、初⼼者でも気軽にDIYを始めることができる。

大阪府住宅供給公社は自社の賃貸住戸約1万2千戸を対象に、DIYを可能とするサービスを展開している。申請をすれば自分の部屋の壁にDIYにより塗装や釘打ちをしても、退去時に元に戻すこと(原状回復義務)は不要だ。築50年の狭く古い住戸であることを逆手に取り、自分好みにカスタマイズできる新たな魅力を付与することで、若い世帯に積極的に選ばれる団地を目指したのだ。この『DIYのいえ』はDIYへの取り組みを促進する拠点としての位置付けだ。

特筆すべきは、住人で結成されたシニアスタッフのほとんどが男性高齢者であることだ。団地内でイベントを開催しても男性の参加者は少なく、女性ばかりであることが多い。男性はこのような場に出てくることが苦手なのだ。だが、モノづくりを行う『DIYのいえ』のような場所には不思議と男性高齢者が集まり、子供たちの工作を手伝ったりしている。「誰かにしてもらう」よりも「誰かにしてあげる」ことに喜びや生きがいを感じる人たちがDIYを通じたコミュニティに参画することとなった。『DIYのいえ』はそうした人たちが自らの役割を得て、活躍できる場としても機能している。

4)茶山台レモンの会(レモン畑)

団地内にある斜⾯地にはレモンの樹が植えられている。市⺠ボランティア団体「泉北レモンの街ストーリー」の協力により、レモンの苗⽊を植樹したのだ。斜面地は利活用しにくく、また草刈りのような管理も手間がかかる場所だ。だが、斜面であることで陽当たりが良くなり、レモンの生育に向いた。冬場にレモンの実が実ると、団地住人から成るレモンの会で収穫イベントを開催。収穫したレモンは輪切りにし、温かい紅茶とともに味わったそうだ。

5)まちかど保健室

地元の社会医療法⼈生長会、帝塚山学院大学と連携し、地域住⺠を対象に健康・医療・介護・子育ての相談と講習を⾏うイベント『まちかど保健室』を開催している。病院に行くほどではないが少し気になる健康・介護に関することを、参加すれば気軽に相談できる。毎回30名ほど集まり、参加者は次第に顔なじみに。開催時間前に互いに談笑する姿も見られた。

6)ニコイチ/リノベ45・55

ハード面の取り組みとしては、住戸のリノベーションを手掛けている。特に、隣り合う2戸の45㎡をひとつにし広々とした90㎡の住戸を生み出すリノベーションである『ニコイチ』は、子育て世帯などの若年層にアピールできるデザイン性の高い住戸を提供している。団地の住戸を活用して多様な住まいを実現する手法が評価され、2017年度にはグッドデザイン賞を受賞した。設計はプロポーザル方式で行い、若手建築家にも門戸を開いている。

『ニコイチ』に入居した子育て世代の住人たちは、団地における取り組みの担い手にもなる傾向が見受けられた。新しく完成した『ニコイチ』を対象に『来たれクリエイター!プロジェクト』という企画も実施。若手クリエイターに住んでもらい、団地におけるアート活動・発信を通じて団地の活性化を目指す取り組みだった(※令和4年度末で終了)。

◆スマホのアプリのような多彩な取り組み

このように、経営者である大阪府住宅供給公社は団地の課題をマイナスとしてはなく豊かな資源と捉え、団地の魅力向上に取り組んだ。また、住人や地域の主体をパートナーとして共に団地の潜在的価値を見出し、必要とされる団地内施設などを内発的に実現していった。

個々の取り組み自体は決して目新しさを感じさせるものではないが、これら複数の取り組みが一つの団地で同時多発的に行われている点がこの団地における最大の特色だ。冒頭で見た道標(みちしるべ)は、この団地で多彩な取り組みが行われていることを示す象徴的な存在だと言える。

一つの団地にたくさんのコンテンツが並存する様子は、まるでスマホ画面上に並ぶアプリのようである。住人にとっては、それらの中から自分が気に入った取り組みを選び活動に参加できるという選択の幅と自由度がある。また活動の担い手にとっては、別の取り組みの担い手とコラボレーションしたり、協力のし合いといった相乗効果を期待できるメリットがある。

例えば、『茶山台としょかん』でワークショップを開催する場合を想定してみよう。『DIYのいえ』のスタッフに当日の技術指導を依頼し、その様子を『クリエイター』が撮影して映像作品にし、昼になれば『やまわけキッチン』に弁当を注文してみんなで食べる・・といった具合だ。様々な住人や担い手が同じ団地の中で活動することは、互いの連帯感や団地に対する誇りも生むだろう。

◆団地の担い手が年に1回集結!『16棟マルシェ』

茶山台団地に多様なプレイヤーが共存共栄していることを最も顕著に実感できる日がある。それが毎年1回開催される『16棟マルシェ』だ。16号棟(移転が完了した住棟)裏にある芝生広場に、茶山台団地で活躍する担い手たちが一堂に会してブースを出店する団地フェスティバルである。

『茶山台としょかん』は持ち寄り0縁(ゼロエン)マーケット(不用品の物々交換)、『やまわけキッチン』は手作り弁当の販売、『DIYのいえ』はDIYワークショップ、『まちかど保健室』は血圧測定とロコモチェックを出店する。『泉北レモンの街ストーリ』はレモンのドリンクや菓子販売を行い、さらに団地子供会による射的屋台、自治会による防災備品の展示も催される。まさに「茶山台団地オール・スターズ」による祭典だ。『16棟マルシェ』の企画・運営は『茶山台としょかん』『やまわけキッチン』『DIYのいえ』が実行委員会を組織して行っている。

こうした取り組みは、どのような成果をもたらしたのだろうか。大阪府住宅供給公社によると、取り組みを開始した頃に16.6%だった空き家率は2022年には6.7%まで減少、20~40代の入居者の割合も2割増加(28世帯増)したとのことである。

だが、これらの結果よりも評価すべきは、団地の住人にとって「自分たちの欲しい暮らしを自分たちでつくる」ことを可能とする住環境が成立していることだろう。そうした自活の意識は団地から周辺地域、やがてはまち全体へと広がっていくに違いない。これからの都市やまちづくりは、行政や専門家に任せきりにするのではなく、住人や非専門家も積極的に関わっていくべき時代になる。そうした「住民参画型のまちづくり」の将来を遠望する意味でも、公社茶山台団地での取り組みは注目すべきと考える。

◆続けよう。団地を巡る旅を!

いかがだっただろうか。1年間12回にわたる団地の紹介は、これで全て終了した。最後に、これまで紹介した団地を振り返り、総括してみよう。

第1回~第3回 「黎明期の団地」

第1回から第3回までは、戦後の住宅不足という社会課題解決のため誕生したばかりの団地たちを紹介した。いわば「黎明期の団地」である。日本復興に心血を注いだ当時の設計士や技術者たちの夢と熱量に、心打たれたことだろう。

第4回~第6回 「進化した団地」

次に第4回から第6回まではその後からバブル期まで、発展していく団地の変容を辿った。つまり「進化した団地」だ。画一的と思われがちな団地が実は色々な個性を持ち、一言で括れない多様性がある住宅であることを理解していただけたと思う。

第7回~第9回 「団地再生の幕開け」

そして21世紀に入ると、多くの団地が建設から半世紀が経った。建物の老朽化やコミュニティの活力低下など、団地は新たな社会課題と対峙することになった。そんな中、昔からある団地を活用しようとする挑戦も始まった。「団地再生の幕開け」である。第7回から第9回までは、団地再生の先駆的事例を紹介した。そこには団地の課題解決を通じて、社会課題解決にも向かい尽くす関係者たちの使命感も感じられた。

第10回~第12回 「団地再生の広がり」

最後に第10回から第12回までは、様々な団地再生手法を照射し「団地再生の広がり」に目を転じた。団地再生の担い手も、団地経営者のみならず住人や地域の主体も参画している様子が見て取れた。団地において、多様性と寛容さに満ちた取り組みが始まっていたのだ。


団地はその時代の社会の様相を映す鏡だ。団地は日本社会の縮図と言うことができ、社会課題が最も早く出現する場所である。孤立死も空き家問題も、社会で報道される何年も前から団地の現場ではそれらの問題が顕在化していた。団地で起こったことは、やがて団地の外でも起こる。その意味で、「団地は都市課題の先行指標」なのである。

住宅の大量供給の時代が終わったことを理由に「団地は過去の遺物」と断じる意見もある。この種の紋切型ほど腹立たしいものはない。「団地は都市課題の先行指標」であるということは、まさにいま団地で取り組まれている様々な活動の中に、社会課題解決のヒントがあることを意味する。つまり「団地は都市課題解決の最前線」でもあるのだ。その意味で「団地はもう終わった」のではなく「団地では既に始まっている」と言えよう。現在の団地では、人々の暮らしに対する問いの声と、それに応える声とが交錯しながらこだましているのである。

この連載では戦後から現在までの団地を辿ることで、我が国における住まいの理想の歩みを振り返ることができた。21世紀の未来を考えたとき見通し難い閉塞感も漂うが、現在の団地にはまだまだ学ぶべき有効な提言に満ちている。前の代から受け継いだ団地に対し私たちは先人の情熱を心の奥底に携えつつ、新たな命を吹き込んで次の世代へと引き渡していく義務がある。だから私は、これからもきっと団地を訪れ続ける。そして倦むことなく団地についての物語を語り続けるだろう。このコラムをきっかけとして、一人でも多くの人が団地に触れることを願いたい。


最後に、専門家ではない一介の団地愛好家である私に、団地紹介コラムの執筆という素敵な機会を与えてくださった学芸出版社にお礼を申し上げます。特に、私の原稿を毎回チェックしていただいた営業部の中川亮平さん、ありがとうございました。

また、管理物件の掲載を許可して下さったUR都市機構を始め各団地管理者の皆様、取材に応じてくださったご担当者さまにも改めてお礼申し上げます。

そして、最後まで読んでくださった皆さまに最も深く感謝いたします。1年12回の長きにわたりご愛読戴き、誠にありがとうございました。コラム終了により皆さまとお会いできなくなるのは寂しいですが、私の団地をめぐる旅はこれからも続きます。次は、あなたが住む街の団地でお会いするかもしれません。

〈完〉

※団地を訪問する場合は、住民の方々の迷惑にならないよう十分注意しましょう。ただし、私を見かけた時は声をかけてください。

【参考文献】
・大阪府住宅供給公社・公式サイト『響きあうダンチ・ライフ』

HOME


・『ほっとかない郊外―ニュータウンを次世代につなぐ』(泉北ほっとかない郊外編集委員会/大阪公立大学共同出版会/2017年)
・『新建築2016年8月号』(新建築社/2016年)
・『新建築2018年8月号』(新建築社/2018年)
・『新建築2022年2月号』(新建築社/2022年)
・グッドデザイン賞・公式サイト
https://www.g-mark.org/award/describe/45733?token=Tpi2XN2EDS
・『しりたいな全国のまちづくり2 少子高齢化とまちづくり』(岡田知弘監修/かもがわ出版/2019年)
・『NPO法人SEIN2017-2022年茶山台団地を中心とした活動記録』(編集・執筆・デザイン 狩野哲也/発行 特定非営利法人SEIN/2022年)
・『FRaU 2020年1月号-めぐる、つなぐ』(講談社/2020年)
・『ソトコト 2019年5月号-人が集まっている場所の作り方2019』(ソトコト出版/2019年)

連載記事一覧

著者プロフィール

有原 啓登

(ありはら ひろと)
団地愛好家。1973年神奈川県横浜市の左近山団地出身。大阪府立北野高等学校、近畿大学理工学部建築学科卒業。関西のゼネコン勤務を経て現在は地方住宅供給公社に勤務。公営住宅の指定管理者応募、 公社団地の団地再生等に携わる。個人の趣味でSNSに『週刊日本の団地』『都市計画・街づくりブックレビュー』を投稿したところ評判を呼び、大学や企業から講演の依頼が来るまでに。趣味は団地訪問と団地の本収集。


記事をシェアする

学芸出版社では正社員を募集しています
学芸出版社 正社員募集のお知らせ