第17回「大統領選を左右するラストベルトの近況(2)――ハイテク/バイオの新たな集積でブーミングシティに」連載『変わりゆくアメリカからさぐる都市のかたち』

この連載について

アメリカで展開されている都市政策の最新事情から注目の事例をひもときつつ、変容するこれからの都市のありよう=かたちをさぐります。

筆者

矢作 弘(やはぎ・ひろし)

龍谷大学フェロー

前回の記事

 

腐っても鯛⁈ トップレベルのハイテク/バイオ産業が集積

ラストベルトの都市には、理工系の研究/教育でレベルの高い州立大学があります。また、高度医療/先端医学を先導する総合病院/医学部附属病院、トップレベルのシンクタンクがあります。

いずれもかつて繁栄した時代に創設され、現在に受け継がれてきた歴史的レガシーです。

そうした遺産に恵まれた都市の幾つかは、ラストベルトにあってもハイテク/バイオクラスターの形成が急です。この分野で先行してきたシリコンバレー、テキサスのオースチン、東海岸のボストンなどに対峙し、「Silicon/Bio Heartland」と呼ばれる地域が育っています。

大学、特に研究開発志向の大学が地域経済の成功、発展の要になることを例示する調査報告が多くあります。以下はBrookings Instituteの論文です。

The region’s business and university partners won awards to provide new national leadership in fields including new smart sensing systems, bio-medical breakthroughs, sustainable polymers, and advanced semiconductor manufacturing.

The Great Lakes region has a chance to replace the Rust Belt with the Blue Belt

オハイオ州都・コロンバスの伸長

オハイオの州都コロンバス(91万人、2024年)は、地理的に州の中央部に位置しています。I-States(州際高速道路)が交差し、交通の便に恵まれています。煤煙都市だった歴史がなく、人口を減らしたことがない。半世紀で1.7倍の人口増加です。

その間、ラストベルトの多くの都市が人口を減らし、コロンバスは中西部第2の都市に昇格しました(シカゴが1位)。ラストベルトでは、例外的なブーミングシティです。

Unsplash / Oz Seyrek

州政府とオハイオ州立大学(OSU、学生数5万人)が最大の雇用主です。OSUは農学/教育学など実学系の大学としてスタートしました。しかし、昨今は、航空工学、エンジニアリング、経営学(MBA)などの研究/教育でも高い評価を得ています。「パブリックアイビーリーグ」に名前を連ねる上位クラスの総合大学です。

附属病院は入院可能なベッドが1400床あります(京都大学附属病院1100床)。2023-24年の全国ランキングが、泌尿器科20位、糖尿病治療24位、癌治療33位でした(US. News & World Report)。地域の中核病院であると同時に、医学部では革新的な研究が行われています。

世界的に有名な、卓越したシンクタンクのBattelle Memorial Institute(環境、生命科学、IT、AI、航空工学、化学など)が市内にあります。100 年の歴史があります。
化学技術のデータベースで老舗のChemical Abstractsがあります。
Bank Oneは、1980年代に金融の情報化を先導した銀行として一世を風靡しました。その後、その金融マネジメント力を高く評価したJ.P Morgan Chaseが買収し、傘下に治めました。
コロンバスには、歴史的に情報技術の分野で高度な、そして高密度な集積がありました。

ハンバーガーチェーンのWendy’sも、コロンバスが発祥です。

アメリカ国内外から集まるハイテク投資

情報通信分野の蓄積が、最近は国の内外からIT系のハイテク投資を誘引する基盤になっています。

Intelがコロンバスの北東25kmの地に、200億ドルを投資してマイクロチップ工場(3000人を新規雇用)を開発します。それを報じたニュース記事の見出しは、「コロンバス都市圏の経済革新はIntelだけではない(他にもいっぱいある)」でした(Columbus Region Economy is in the time of transformation, even beyond the Intel development, Columbus CEO, Jan. 19, 2024)。

Intelの投資額は今後10年で1000億ドルに達します。チップ & サイエンス法を成立させた連邦政府が補助金を用意し、州政府は減税でこのプロジェクトを支援します(CHIP & Science Act programs are writing a new story about the Rust Belt, Brookings Institute, Feb.7, 2024)。

AmazonやGoogle、Metaの投資計画(データセンターの開発)も明らかになっています。フィナンシャルタイムズは、「コロンバス都市圏がSilicon Heartlandになる」と喝采していました(Ohio’s rustbelt turns into a magnet for chip fabs, Financial Times, Nov. 6, 2023)。

But, for now, the initial phase of the construction project, which is slated to be completed at the end of 2025, has become emblematic of the economic development that has supercharged growth in this corner of the country. Once considered part of America’s rustbelt, it is now known among enthusiastic investors as “Silicon Heartland”.

Ohio’s rustbelt turns into a magnet for chip fabs

医療/バイオ系でも、新規投資を伝えるニュースが続いています(Columbus CEO, Jan. 19, 2024)。

眼鏡をオンライン通販しているZenni Opticalが国内1号工場をコロンバス近郊に建設します(これまでは中国での生産に傾注していた)。

医薬のAmgen(遺伝子組み換え/分子生物学による創薬)、Battelleからスピンオフして創業したAmplifyBio(メッセンジャーmRNA関連製品)、ビタミン剤のPharmativeなどが競ってコロンバス都市圏に進出します。

ホンダがコロンバスの北郊外にアメリカの拠点工場を構えています。そのため自動車関連ビジネスの裾野がコロンバス都市圏で広がっています。ホンダはこの工場で電気自動車(EV)の本格生産を始めます。早速、韓国のLG Energyと連携し、リチュウムイオン電池の工場をコロンブスの南西70kmに建設します。

停滞/衰退知らずのマディソン

ウイスコンシンの州都マディソン(27万人)も、歴史的に非煤煙型都市です。人口の減少を経験したことがなく、半世紀の間に10万人増えました。都市圏の最大の雇用主は、州政府とウイスコンシン大学マディソン校(UWM)です。コロンバスに比べて人口規模は1/3以下ですが、都市の条件がよく似ています。

マディソン都市圏では、バイオインダストリーの集積が急ピッチです。

  • ビジネスをグローバルに展開している放射線治療機器のトップメーカーAccurayがサニーベル(カリフォルニア)からマディソンに本社を移転(Accuray moves HQ to Madison, Great Chamber of Commerce)。
  • ヘルスケアのTekniPlex Healthcareは2024年、市内に医療機器の新工場を建設する(TEKNIPLEX, Jun 20, 2023)。第2工場になる。

マディソンの南西20 kmにある郊外都市ヴェローナには、ヘルスケア関連ソフト開発のEpic Systemsが本拠を構えています。年商が50億ドルに達するグローバル企業です。1979年にマディソンで創業しました。マディソン都市圏がバイオクラスターを形成するのに先導的な役割を担い、その後も成長を牽引する役割を果たしました(Madison is a national hub for medical IT software development, University Research Park, Feb. 18, 2015)。

癌検診のExact Sciencesがマディソン市内に立地しています。高度医療/先端医学研究型の総合病院Mayo Clinic(1250床、医学校を独自に併設、ミネソタのロチェスター)と研究で連携の実績があります。先端企業の買収に積極的で、創業30年で売上規模が20億ドルを超えるバイオ企業に育ちました。他にもバイオ企業が多々あります。

UWMは、OSUと同様に「パブリックアイビーリーグ」に属する優良大学です。医学、薬学、エンジニアリング、それに経済学や経営学の研究/教育で秀でています。

Brookings Instituteの調べによると、「マディソン都市圏では、博士号(STEM:Science, Technology, Engineering & Mathematics)の所有率が80.3/10万人(2017年)。アメリカ都市圏平均の8倍の高率」です(The case for growth centers; How to spread tech innovation across America, Dec. 2019)。

この理工系の高学歴層が、マディソンのハイテククラスターの誕生/成長を担う重要なネットワークを形成しています。
45.7%が大卒以上(アメリカ平均34.0%)です。平均の世帯所得が10万ドルを超えています。高給を稼ぐ管理職/プロフェッショナルが、「停滞/衰退知らずのマディソン」のバックグランドになっています。

Unsplash / Jonah Brown

ハイレベル大学の存在の重要性

本稿の冒頭に「ブーミング都市になるためには、ハイレベルの大学があることが重要である」と書きましたが、一度、衰退/縮小した煤煙型都市の再活性化をめぐっても、その指摘は「真」です。都市社会学のR.フロリダ(トロント大学教授)がそれを論じています(How
to build tech hubs in the American Heartland
, CityLab, January 2, 2024)。

Many of the Heartland’s leading industrial clusters are close to major universities, which have capability in these crucial technologies. Universities and college towns are not just places for young people to get an education then migrate to careers elsewhere. They can act as talent magnets and anchors of the innovation economy. That’s how virtually every tech hub got its start.

How to Build Tech Hubs in the American Heartland

今や“思い出”となった「鉄の町」としてのピッツバーグ

ペンシルベミアの西にあるピッツバーグ(30.3万人)は、「製鉄都市」が代名詞に使われる重工業都市でした。ピッツバーグが本拠地のプロフットボール・チークのニックネームは「Steelers(鉄の男たち)」です。US Steelの本拠があります。2河川が合流してオハイオ川になる中洲にダウンタウンが形成され、川沿いに高炉の煙突が並ぶ、典型的な煤煙型都市でした。

しかし、日本、韓国などの後発国から安い鉄鋼の輸出攻勢を受けて次第に縮退を迫られました。さらに1980年代のレーガノミクス(強いドル政策)で決定的な打撃を受けました。閉炉が相次ぎました。失業者が街に溢れました。治安が悪化しました。

以来、地元のメロン財閥などがリーダーシップを発揮し、ハイテク(IT、バイオ)、金融、高等教育都市への大転換が行われてきました。その際、ピッツバーグ大学(Pitt)とカーネギーメロン大学(CMU)が双発のエンジンなって新たな産業クラスターの形成が進みました。Pittは臓器移植などの医療で卓越しています。CMUはニューエンジニアリング(ロボット工学や材料工学)、特に情報通信分野では国内トップクラスの大学です。

ピッツバーグ大学:卓越した人材を輩出して都市再生の基盤になっている

おかげで1990年代以降、着実に産業構造の転換が進展しました。21世紀に入ってその成果が具現しています(For Pittsburgh thrives after casting steal aside, New York Times, Jan. 7, 2009、From Steel to Tech, Pittsburgh Transforms Itself, NPR, Dec.16, 2010)。

ピーク時(1950年)に67万人に達した人口は、半世紀以上の間、一貫して減り続けました。しかし、2010年代に改善の兆しを示すようになりました。そして2020年以降、プラスに転じました。

PittとCMUのキャンパスは、ダウンタウンから少し離れたオークランド地区に集積しています。高等教育、先端研究、文化活動の拠点になっています。キャンパスにあるカーネギー美術館が2024年4-9月、「鉄の町ピッツバーグの栄華を振り返る回顧展」を開催しました(Exploring Pittsburgh’s legacy of steel, New York Times, April 27, 2024)。煤煙型都市だった時代が、今は「ピッツバーグの思い出」になったのです

Unsplash / Vidar Nordli-Mathisen

ついに人口がプラスに転じたデトロイトの再生

ピッツバーグと並び、ラストベルトの衰退/縮小都市の典型事例として紹介されたのがミシガンのデトロイト(62万人)です。財政破綻もしました(2013年)。

ところが「2023年に人口が前年比プラスに転じた」というニュースが流れました(Detroit grows in population for the first time in decades, City of Detroit, May 16, 2024)。1957年以来、初めての人口増加です。全国ニュースになりました。

このニュースは「廃業し、長いこと放置されていたミシガン中央駅跡がハイテクハブとして甦る」というニュースと同じタイミングに、重なって報道されました(Michigan Central Station begins next chapter, May 7, 2024)。ニュースは相乗し、「デトロイトの再生」を語る、格好の話題になりました。

The opening of the reimagined Station marks the next chapter for the historic building itself, as well as Michigan Central as its ecosystem continues to gain momentum as Detroit’s newest anchor institution and a global destination.

Michigan Central Station Begins Next Chapter

ダウンタウンに隣接するインナーシティ(住工混在の荒廃地区)にあったミシガン中央駅は、1988年代に営業を停止しました。盛時には、1日4万人の乗降客で賑わいました。ファサードの列柱、構内の壁画が立派でした。ボザール様式の、壮麗な高層建築の駅舎でした。しかし、30年余、荒れるに任され、「デトロイトの失敗」を体現する建物でした。

Ford Motor が2018年に駅舎を買収し、再利用計画を練ってきました。それが2024年6月、IT系のスタートアップを含むハイテクハブとして復活しました。復活祭では、Diana Ross(インナーシティの公営住宅団地で育った)などデトロイトに縁のあるスターが野外ステージに登壇しました。Ford MotorもEVのデザイン/研究ユニットを置くことになっています。自動車の普及によって駆逐された鉄道中央駅が、今度は自動車会社によって再生される構図です。

ミシガン中央駅:長いこと使われずに放置されていたが、
2024年にハイテクハブとして再生した

さらにミシガン大学(本部アナーバー, UM)がダウンタウンにイノベーションセンターを建設します。2027年の開業予定です。ガラス張りの、ポストモダニズムの大型高層建築です。AI、データサイエンス、ハイテク起業の研究教育施設、それに高級ホテル、国際会議場が入居します。低層階には商店、飲食店が入ります。

ミシガン中央駅のハイテクハブ、UMデトロイトキャンパス、それに総合大学のウエイン州立大学/先端医学医療複合体(Academic Medical Complex=AMC)が集積する学術医療地区――デトロイトでは、その3拠点がハイテク研究、教育、起業のゴールデントライアングルを形成することになります。創造階級を呼び込み、再活性化が加速します。

(つづく)

(注) ここには紹介しなかったが、ニューヨークのオンタリ湖沿いにあるロチェスター(21万人)は、人口が2020年以降、(凸凹はあるが)増加傾向にある。大学ランキングで評価の高い総合大学のロチェスター大学、ロチェスター工科大学がある。半面、オハイオのエリー湖畔にあるクリーブランド(36万人)は、郊外のニバーシティサークルにケース・ウエスタン・リザーブ大学、AMC(総合病院のCleveland Clinics、ユニバーシティ病院などの大規模医療/医学コンプレックス)が集積している。しかし、苦戦が続く(2020-24年の人口が▲5.5%)。メリーランドのボルチモア(57万人)には、国内トップクラスのジョンズ・ホプキンス大学(医学部/附属病院がある)があるが、再生の兆しがない(2020-24年 ▲4.5%)。

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