第16回「大統領選の勝敗を決めるラストベルトの近況(1)――光と影の斑模様」連載『変わりゆくアメリカからさぐる都市のかたち』

この連載について

アメリカで展開されている都市政策の最新事情から注目の事例をひもときつつ、変容するこれからの都市のありよう=かたちをさぐります。

筆者

矢作 弘(やはぎ・ひろし)

龍谷大学フェロー

前回の記事

両陣営が意識するブルーカラー労働者の町

11月の大統領選挙まで半年余という時期に、「R.トランプとJ.バイデンが中国製品に高率関税をかけるのを競っている」という記事が出ました(Trump and Biden’s appeal to Rust Belt turns on tariffs, POLITICO, March 14, 2024)。中国の自動車メーカーがメキシコでEV(電気自動車)を組み立て、アメリカに迂回輸出する戦略を練っている動きを捉え、トランプは「200%の関税をかけるぞ」といきり立って見せました。バイデンも、中国製EVに100%の関税をかける方針を打ち出しました。

“I will put a 200 percent tax on every car that comes in from those plants,” Trump said at a rally in New Jersey on Saturday, referring to his plans to impose trade restrictions on Chinese-made autos from Mexico.

Trump and Biden’s appeal to Rust Belt turns on tariffs

さらに2人は、「中国製の太陽光発電パネルや風力発電機にも高関税をかける」と宣言しました。同じ時期に、日本製鉄がUS Steelを買収するニュースが流れました。トランプは「(大統領になれば)買収話をぶっ潰す」と脅し、バイデンも「製鉄の町」を遊説し、買収計画に強い難色を示しました。

中西部、及び東海岸の一部の都市には、自動車産業と製鉄業が集積しています。両地域は、19世紀末に繊維産業や食品加工業が勃興して集積し、産業革命を先導しました。続いて重化学工業が発達しました。「20世紀がアメリカの世紀に」なるのに主役を演じた地域です。

しかし、20世紀後半に産業構造の転換――脱工業化(煤煙型産業の衰退)と郊外化の影響を受けて工場が相次いで閉鎖し、空き家が増え、人口の激減を経験しました。操業を停止した工場や倉庫が、風雪に晒され、赤錆に覆われ、惨めな姿を露呈しました――それを揶揄して両地域は、「Rust Belt(赤錆地帯)」と呼ばれるようになりました。

閉鎖された工場が散在し、ラストベルト(赤錆地帯)と揶揄して呼ばれるようになった(デトロイト)。

「Swing States(選挙情勢で共和党か、民主党か、支持が振れる)」とほぼ重なっています。大統領選挙では、Swing Statesで勝利できるか、否か――それで選挙の勝敗が決まります。人口減少地域ですが、現在も自動車/製鉄工場で働くブルーカラー労働者が多く暮らしています。選挙では、彼等が勝敗の鍵を握っています。

バイデンとトランプが対中国貿易で厳しい輸入規制をアピールしたのは、ブルーカラー労働者の票狙いです。最近のSwing Statesでは、気候変動関連の、再生可能エネルギー機器の関連産業が急成長し、雇用を増やしていますが、その生産現場は中国と競合しています。

重厚長大型産業で発展したラストベルト

一般的にラストベルトには、中西部(ミシガン、オハイオ、イリノイ、インディアナ、ウイスコンシン)、ペンシルベニア、ウエストバージニア、それにニューヨークの5大湖周辺、加えてマサチューセッツの、かつて繊維産業が繁栄した地方が含まれます。鉄鉱石と石炭を産し、河川と5大湖の水運を産業の立地基盤にして重厚長大型産業が発達しました。

1984年の大統領選挙で民主党候補になったW.モンデールが、衰退の著しかったクリーブランドの集会で演説し、旧産業地域を「ラストベルト」と表現したことに由来しています(百科事典「ブリタニカ」)。失業、貧困、犯罪、そして人口減少など「都市の荒廃と縮退」を凝縮して表現する用語として広く使われるようになりました。ドイツのルール地方やイングランドの北部も似た条件下にあり、「ラストベルト」と呼ばれることがあります。

ラストベルト地域
(筆者作図)

大陸の南西部(テキサス、アリゾナなど)では、新しい産業集積が起き、人口が急拡大しています。この地方が経済展望の明るさと陽光の豊かさを重ね合わせて「Sun Belt(サンベルト)」と呼ばれるようになったのも、同じ時期でした。

高まる再評価の機運

そのラストベルトが、21世紀を迎えたころから変化しています。再活性化の兆しを語り、地域の再評価を求める記事や論文を散見するようになりました。

「“煤煙で大気汚染が深刻”というイメージが固着している。しかし、それは誤解。主要産業とそこで培われた技術革新をレガシー(歴史的財産)にして新たな産業が起動している。今のラストベルトは昔とは違う。新たなイメージ戦略が必要になっている」(Redefining the Rust Belt, As misconceptions fade, the region’s past should be embraced, not shunned, Uproar.com, November10, 2021)。

Today’s Rust Belt is neither stuck in the past nor enraptured with tomorrow — rather, it combines the strengths of yesterday with trust in the future.

Redefining the Rust Belt

都市/建築史の篤学であるL.マンフォードは、「都市の輪廻転生」を信じていたと思います。名著『都市の文化』では、産業都市として成功した都市はネクロポリス(死の都市)に零落するが、それでもきっと「衰退し、荒廃した都市の路傍に小さな再生の芽吹きを観察することがきる」という趣旨のことを書いています。

都市の文化
ルイス・マンフォード/著、生田 勉/訳

ラストベルトの都市でも、「再生の芽吹き」を観察することができます。半面、新たな命がまだ、地中深く埋もれ、苦戦を強いられている都市も多くあります。光と影の斑模様――それがラストベルトの現状を正確に捉えるキーワードです。

「光と影の斑模様」とは?

人口動態にラストベルトの「光と影」を、そして「再生の動態」を窺い知ることができます(World Population Review:2024年の前年比増減%、△=増加 ▲=減少)。

  1. コロンバス(オハイオ、△0.09)、マディソン(ウイスコンシン、△0.47)の人口は、過去一貫して右肩上がりで増え続けました。減少したことがない。いずれも州都で非煤煙型都市です。ピッツバーグ(ペンシルベニア、△0.02)は製鉄業の町でした。典型的な煤煙型都市でしたが、再生が著しい(経済誌Forbsが早々、2012年に「Pittsburgh, come back!」という記事を掲載した)。
  2. ロチェスター(ニューヨーク、▲0.29)、シンシナチ(オハイオ、▲0.01)、シカゴ(イリノイ、▲1.43)は、COVID-19の影響から回復が遅れ、2024年の人口はマイナスでした。しかし、2020年前後には、一時期、人口がプラスに転じました。
  3. デトロイト(ミシガン、▲1.39)、ボルチモア(メリーランド、▲1.17)、ミルウォーキー(ウイスコンシン、▲1.19)、クリーブランド(オハイオ、▲1.43)、フィラデルフィア(ペンシルベニア、▲1.08)は、継続して人口マイナスを記録しています。
ペンシルベニア州のベスレヘム・スチール
CyberXRef (CC BY-SA 3.0 / Wikimedia Commons)

アメリカでは、人口動態をめぐってしばしば論争があります。
例えばデトロイトですが、国勢調査は「デトロイトの人口が2020-2022年におよそ8000人減少した」と報告していました。しかし、デトロイト市当局はこれに猛反発しました。「連邦郵政公社の調べでは、2021-2022年央に住所登録が6300件増えていた」と主張し、国勢調査局を相手取って人口統計の修正を求める訴訟を連邦地裁に起こしました(Duggan slams new census estimates that show Detroit’s population continues to shrink, The Detroit Metro Times, May 23, 2023)*。

*実際のところ、最近、「デトロイトの人口は2000人増加した(2022年6月-2023年6月)(Detroit. and Michigan on the upswing, Planetizen, June 23, 2024)というニュースが あった。

20世紀後半にラストベルトの多くの都市では、人口が激減しました。デトロイトは1950年に185万人(アメリカ第5位)の人口を抱え、大都会でした。現在は、62万人(同29位)の中規模都市です。70年間に人口が1/3に減りました。ところが最近は微減、あるいは微増です。減少が続く他のラストベルト都市でも、減少率の改善が見られます。
人口動態の悲惨な歴史を振り返ると、ラストベルトにある過半の都市で、昨今、人口動態が改善しているのは紛れもない傾向です。

ラストベルトにある都市の分類

ラストベルトにある都市をひとまとめにせず、いくつかの類型にタイプ分けして考えることが大切です。

  1. 煤煙型産業とは歴史的に縁がない。したがって脱工業化の影響を受けずに持続的な経済成長を達成し、人口が増え続けている都市。
  2. 国内トップクラスの大学や研究所がある。それもエンジニアリングや医学/薬学などで先端的な研究が行われ、しばしば産学連携プロジェクトが活発な都市。そこでは、大学からのスピンオフがスタートアップの集積を起こし、新しい産業クラスターが育っている。半面、研究開発型の大学がない都市は、再生のきっかけを掴めず、苦戦している。
  3. 中規模以下の旧産業都市の場合、大都市から近いか、遠いかで再生のチャンスにめぐり合うのに運不運がある。また、中小都市でも、固有の歴史的条件、地理的特性をニュービジネス起こしに生かし、再活性化しているところがある。
  4. バイデン政権は産業政策に力を入れている。旧産業のレガシーと連邦政府の産業支援策を結び付け、IT、AI、バイオインダストリーなどの新興産業で革新的な集積を高めることに成功している都市がある。そのため連邦政府の新産業政策を評価する多くの論文がある。

ラストベルト都市も、都市圏レベルで眺めると様相が違っています。

  1. ダウンタウンでは、再活性化投資が拡大している。
  2. 郊外、特に富裕層が暮らす外郊外は衰退とは無縁で、高級百貨店を核店舗に抱えるショッピングセンターが繁盛している。
  3. ダウンタウンと郊外の間に広がるインナーシティ(住工混在地区)は相変わらず疲弊し、貧困が渦巻いている。

――などです。
再生が始まったダウンタウン/郊外の金持ち住区と貧困層の暮らすインナーシティの間では、格差が拡大しています。

デトロイト(2017)
Unsplash / Alex Brisbey

(つづく)

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