第14回「突然、浮上した“ユートピア都市”開発(2)――賛否両論の中、郡民投票へ」連載『変わりゆくアメリカからさぐる都市のかたち』

この連載について

アメリカで展開されている都市政策の最新事情から注目の事例をひもときつつ、変容するこれからの都市のありよう=かたちをさぐります。

筆者

矢作 弘(やはぎ・ひろし)

龍谷大学フェロー

前回の記事

計画をめぐる賛否両論

突然、浮上した「ユートピア都市」開発(1)――シリコンバレーの富豪が背後に」では、民間企業のCalifornia Forever(CF)がサンフランシスコ(SF)の北東100kmの農牧地に、将来、40万人が暮らす新都市計画を発表したことについて紹介しました。

ここでは、計画をめぐる賛否両論を紹介します。土地を所有する農家/牧畜家、開発予定地を選挙地盤にする政治家(州議会議員)、行政機関、それに都市計画家、ジャーナリスト、環境団体などの間に、大規模ニュータウン開発をめぐって意見の相違があります。

農家、牧畜家の間にCFに対する強い不信感があります。CFがシリコンバレーの富豪を誘い、「ユートピア都市」構想に「Go !」を決めたのは2017年でした。早速、農地、牧地の買収に動きました(土地買収の実働部隊は、CFの子会社Flannery Associates LLC)。

歩いて暮らせる街づくり――緑陰豊かな街路(California Forever提供)
緑豊かな街路に沿って中層階の集合住宅を建てる(California Forever提供)

しかし、交渉は、ひたすら秘密裏に進められました。「大規模な土地買収が行われている」という噂が流れましたが、「だれが」「なにを」するために広大な土地を買い漁っているのか――CFの関係者は、それを隠して農家/牧畜家訪問を繰り返しました。そして「土地を売って欲しい」と地主を口説きました。

「曽祖父の時代からこの仕事(肉食用の子羊飼い)をはじめた。子供、孫の代に引き継ぎたい」と売却を渋る牧畜家には、市場価格の2倍、時には3倍の買収価格を提示し、強い口調で土地の売却を迫りました。噂が広がると農家/牧畜家の間で情報交換がはじまりました。そうした動きに反発し、CFは農家/牧畜家を裁判に訴える挙に出ました。「地主たちは共謀し、土地の売値を不当に引き上げている」という論拠でした。こうしてCFは、アメとムチを使い分けて2023年末までに240㎢の土地を取得しました。

民間ディベロッパーが大規模土地開発をする場合、土地の買収価格が跳ね上がらないように、地主との交渉を秘密裏に進めることはよくある話です。CFも土地買収を隠密にした理由を、同じように釈明しています。

質素な暮らしを送る人々からの「嫌悪感」

しかし、汗を流す労働に従事し、質素な暮らしを大切にしている人々(労働者や農家、畜産家)の間には、シリコンバレーのエリート、特に巨万の富を貯めたメガリッチに対してはアレルギーというのか、嫌悪感があります。今度の大規模土地買収をめぐっても、郡民の間にある、シリコンバレーに対するそうした悪感情が、CFにはマイナスに影響しています。

正体不明者の大規模土地買収の話は、やがて政治家や自治体トップの耳に届くようになりました。新都市の人口はいずれ40万人になる――開発予定地のあるソラノ郡の人口(45万人)にほぼ匹敵します。「地域の「かたち(暮らし方/働き方)」」が激変する話です。不安と不信が政治家から広く郡民の間に渦巻き、あれこれ詮索がはじまりました。

「中国資本が爆買いしているのではないか?」という疑惑が流れました。アメリカでは、最近、中国資本が不動産を買い集めるニュースが流れます。その話題から連想した疑念でした。買い取られている農地/牧地が空軍基地に近接しています。そのことも、中国資本に絡めて危惧されました。国の安全保障に関係してきます。実際のところ、「国防省、財務省、それに連邦捜査局(FBI)が、買収しているのは「Who?」の捜査に動いた」と報道されています。同時に、「いや、ディズーニーが新しいテーマパークを開発するのではないか?」という、根拠のない希望的な観測を打ち上げる人々もいました。

アメリカ最大級の環境保護団体であるシエラクラブが、「当該地は農畜産地である。それを廃棄する新たな大規模ニュータウン開発には反対」の姿勢を鮮明にしました(Sierra Club calls California Forever’s plan for new Solano Co. city a ‘hostile takeover’, ABC News, Nov. 29, 2023)。

  1. 大切な食料生産基地の破棄は容認できない
  2. 緑地を潰し、都市をスプロール開発するのは認められない
  3. 生物多様性の危機につながる
  4. SF、サクラメントに通勤する車が増え、道路の渋滞、排ガスの増加が危惧される
  5. 当該地域は、常々、水が不足気味、新都市開発はそれに拍車をかける

などが反対理由です。「ユートピア都市など実現しない」という主張です。
CFは、4)について地域レベル(母都市になるSF、及びサクラメントにつながる)の公共交通(特に鉄道)計画を示していません。

シエラクラブに同調する草の根運動グループもあります。「訴訟も辞さない」という声が聞こえてきます(Solano Together Coalition Opposes California Forever’s Plans for Sprawling New Development in Remote Solano County Farmland, January 17, 2024、Billionaire-backed futuristic city no longer shrouded in secrecy. Here are the details, Los Angeles Times, January 17, 2024)。

For Solano Together, the details revealed today did not come as a surprise: California Forever continues to be a senseless sprawl development in a remote, undeveloped part of Solano County. These types of projects divert much needed public and private resources away from cities and residents, leaving existing infrastructure to degrade and residents to suffer.

Solano Together Coalition Opposes California Forever’s Plans for Sprawling New Development in Remote Solano County Farmland

ニュータウン開発をする方がまし?

賛成論もあります。共通する論点は、「カリフォルニアが追求してきた「都市(郊外)の「かたち」は、スプロールを促進し、結果的に大きな課題を抱えることになった。CFのユートピア都市は、そうしたカリフォルニアっ子の悪しき都市思想に対するアンチテーゼになっている」ということに尽きます。

低密度の土地利用を基本とする戸建て主義(NIMBY主義=我が家の裏の開発には反対)/車にかじり付く生活スタイル、その帰着としての住宅価格の高騰、住宅難、そしてホームレスの増加・・・。それに対してCFは、真逆の、土地の混合用途を重視する(YIMBY主義=我が家の裏の開発もOKの考え方)/脱車依存の「都市(郊外)の「かたち」」を提案している、という評価です((1)参照)。

ハーバード大学教授で著名な都市経済学者のE. L. Glaeserとマサチューセッツ工科大学教授のC. Rattiが、CFに理解を示すの共著論文をニューヨークタイムズに投稿しました。「問題を抱えながら手をこまねいているよりは、ニュータウン開発をする方がましである」という記事です(Billionaire-built-cites would be better than nothing, New York Times, January 26, 2024)。

両教授は「シリコンバレーが巨額の投資をして新都市を開発することに対しては、アーバニズムの鎧を着た貪欲な金稼ぎに過ぎない」という批判があるが、「民間資本によるニュータウン開発は珍しくない(ディベロッパーのJ. Rouse=Columbia、ディズニ=Celebration etc.)」と指摘し、「SF湾岸はアメリカで最も生産性の高いところである。新都市が湾岸の住宅難の緩和につながれば、開発に反対する理由は少ない」「都市は農地を潰して発達してきた。それが歴史である」と述べています。

また、重労働の農牧業に将来の期待を持てなくなっている農家は、「新都市に新たな雇用機会が創られ、子供たちがこの土地を離れず暮らし続けられるようになるのなら、悪い話ではない」と考えています。「住宅やオフィス、工場が集積すれば、地元に落ちる税金が増える。学校や病院など公共施設の拡充に使える」と税収増に期待を寄せる人々もいます。

40万人が暮らす「ユートピア都市」の開発は、気が遠くなるような、複雑なプロセスを克服しながら進むことになります。交通学、都市計画、土木工学、建築デザイン論、環境学、防災学、行政学、地方政治論、今度の場合は空軍基地に近接しているので安全保障論、国際政治学――などの知識、及び技術の結集が必要になります。手間と時間がかかります。

新都市開発構想を待ち受けるさまざまな壁

さらに厄介なことは、リスクのある政治、行政手続きが待っていることです。ソラノ郡は、郡民投票(Measure T、2008年)で厳格な成長管理条例を決めました(Solano County General Plan Amendment, ballotpedia.org)。
その内容は:

  1. 成長は既存の都市域内に抑え込む
  2. 経済とQOL(生活の質)を強化するために農業を守る
  3. 農業関連ビジネスを促進する(ワインの醸造など)
  4. 自然環境の保全を促し、生物多様性、水資源、獣道などを保護する
  5. 混合用途の土地利用を進める
  6. 大気水質汚染を抑え、水不足、交通渋滞に対応する
  7. 農業関連ビジネスで雇用を増やす

などです。

CFの新都市開発構想は、これらの成長管理政策に抵触します。そのためCFは、今年11月の選挙で「ユートピア都市」構想を郡民投票に諮る準備をはじめました。そこで郡民の支持を仰ぎ、「Measure T」の制約を乗り越えることを目指します。この選挙は、プロジェクトが次に進むための大きな関門になります。多数を得られれば、次はゾーンニング(土地用途規制)の変更手続きが必要になります。さらに環境アセスメントが待ち受けています。

(つづく)

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