連載「欧州ランドスケープ探訪」vol.6|ベルリン:エコロジカルな公園とドイツ哲学

ベルリンでランドスケープアーキテクトとして働き始めた私は、一体なぜランドスケープが必要なのか、ランドスケープはどういう設計思想にもとづいているのか、といった問いについて、まだはっきりとした答えが出せていない。
ランドスケープアーキテクチャが対象とする庭、広場、公園が生まれ、発展した地であるヨーロッパの各地を巡ることで、その答えが出るのではないか。そんな期待をもって、ランドスケープを巡る旅に出ることにした。これは、ヨーロッパ各都市のランドスケープの傑作を訪れる中で見えてきた、ランドスケープの設計思想に関する備忘録である。

筆者/中島悠輔(ランドスケープアーキテクト)

「為すがままの自然」を愛するベルリン

ドイツは世界的に環境先進国として知られている。

都市計画分野では、自然エネルギーを使った発電システムや、原生自然の保護地域の設定、都市開発の地域生態系への影響がよく議論される。電車で郊外に出ると、風力発電のタービンを大量に見かけるが、国としてエネルギー問題に真剣に取り組んでいるのをよく感じる。

自然への意識は、大きな社会インフラだけではなく、もっと身近な生活にも見られる。
家の庭や地域の共同の庭に鳥や虫が好む野草を植える人が多く、ベルリンの街中はハチだらけだ。ベーカリーに並ぶ砂糖が付いたパンには大量のハチが群がるが、店員も客も気にしない。以前、買ったパンをハチがしつこく追いかけてきて困っていた時には、「パンを一欠片ハチにあげて、残りを食べればいい」と近くの人が教えてくれたこともあった。

ベルリンはグラフィティ等、様々な都市活動が「為すがままに」黙認される街だ
ベルリンの人は地べたに座り都市を楽しむ
ベルリンの街中の鉢には昆虫を集める植物が植えられる

公園のデザインにも、野性的な自然への愛を感じることができる。

ベルリンの公園は、ブナやポプラ、アカシアの森の間に雑草混じりの芝生が広がるものが多い。ヨーロッパの原生的な自然をそのまま楽しもうとする意識が強く、林には自然樹形の木々が並び、倒木もそのまま放置されている。雑草も芝生から好き勝手に生えている。

ブナやアカシアが広がる森のようなベルリンの公園
森の中に広がる野生的な野原

「為すがままの自然」が色濃く残るベルリンの公園の背景にある自然観は、色鮮やかな観賞用の植物が植えられているロンドンの〈リージェントパーク〉や、幾何学に剪定された木々が直線的に並ぶパリの〈アンドレ・シトロエン公園〉のそれとは明らかに異なる。この自然観はどのようにして生まれたのだろうか。

美しい観葉植物が飾るロンドンのリージェントパーク
パリ、アンドレ・シトロエン公園の統制された並木

エコロジーという思想の始まり

いわゆる「エコロジカルな」自然観は、19世紀のドイツ哲学の中で生まれ、現在にも続くドイツの自然観に強く影響を与えているとされる。

そもそも「エコロジー」(生態学/ドイツ語では「エコロギー」Ökologie )という言葉は、19世紀、ドイツ人の生物学者であり哲学者であったヘッケルによって造られた。

エコロジーとは、生物とそれを囲む環境・生物同士の相互作用を解明しようとする考え方である。「集団の動き」を捉えようとしているのが特徴的だ。一個体の行動に注目するのではなく、個体が集まった集団や、それを取り巻く環境のシステム(系)がどう変化するかを捉えようとしているのである。そもそも、エコロジーとはギリシャ語の「オイコス」(市民が集まる共同体)+「ロジス」(論理)を組み合わせた造語であるが、マクロ的な視点で自然を捉えようとするこの見方は、市民社会が成立し、人の集団、国家や社会の善い在り方を模索していたカントやヘーゲル等の18世紀のドイツ観念論哲学の影響を感じる。

ヘッケルはさらにこの考え方を哲学的に発展させ、「宇宙全体には人の社会を含めた有機物・無機物を突き動かす大きな流れがあり、人間以外の生物にも人間と同様の地位を見出し、自然の流れに身を任せる事こそが人間の生きるべき指針を示す」と主張した。

この生命中心的な考え方は、ドイツの自然観として定着し、19世紀、医師のモリッツ・シュレーバー博士は市民が土に触れ精気を養える健康上、重要な空間として、市民が借りられる小さな農園「クラインガルテン」を発案した。日本の市民農園も、このクラインガルテンをルーツに持つとされている。

日本でも浸透している市民農園のルーツはドイツのクラインガルテンにある

ヒトラーも「為すがままの自然に触れることがドイツを強くする」と考え、ドイツで初めての帝国自然保護法を成立させ、積極的にドイツ固有の自然を保護した。世界大戦後、国家が財政的に逼迫していたことも相重なり、管理のあまり必要ない自然的な公園が整備された。

ベルリンの公園内の倒木は放置される

時代と符合するデザイン様式の変遷

街のシンボルであるブランデンブルグ門から歩いて5分程の所に、ベルリンで2番目に大きな公園〈ティアガルテン〉がある。元々は貴族の狩猟地であり、18世紀にフリードリヒ2世がバロックスタイルの庭園として整備したもので、19世紀には国立公園として利用するためイギリス風景式庭園を参考にした公園へ再整備された。

20世紀の大戦期には、木々が切り倒されて薪として利用され、開けた土地は畑として開墾されたため、一時的に荒廃したが、大戦後、再植林されリンデン、アカシア、ブナの広大な森となった。倒木は放置され、野鳥やリス、キツネが住む野生的な森を、バロックスタイル、イギリス風景式庭園の両者の影響を受けた直線的な道路と有機的な道路が複雑に縫う。

市民革命前は貴族の権力を示す狩猟地・バロック様式の庭園、市民革命後は市民を広く受け入れるためのイギリス風景式庭園の芝生が広がる景色を基にしたランドスケープデザイン、そしてドイツ哲学の発展と自然観の確立後はエコロジカルな森へ。時代の潮流と公園のデザイン様式が符合しているのは、興味深い。

ティアガルテン内の動物や狩人の彫像から狩猟地だった歴史が感じられる
ティアガルテン内の有機的な道路はイギリス風景式庭園の影響か
キツネや野鳥が住むティアガルテンのエコロジカルな森

空港跡地の公園で目にした使いこなし

テンペルホーファーフェルト〉は街の南にあるベルリンで一番大きな公園で、元々は1923年に開港した空港の跡地だ。第二次世界大戦時には空港から軍用機が飛び立ち、冷戦時には西ベルリンに物資を届けるために使われた。2008年に空港としては閉鎖されたが、跡地はほとんど形を変えないまま2010年に公園として公開された。

空港の建物や格納庫、1km以上ある滑走路はほぼそのまま残っており、かつて芝生があったところは、在来植物が生い茂る草地になっている。木はほとんど植えられておらず、遠くまで滑走路が伸びる見晴らしの良い景色は空港であった当時のままだ。普段は遠くから眺めることしかできない滑走路を、実際に自分の足で歩くのは不思議な体験だった。

テンペルホーファーフェルトは空港跡地の公園
滑走路を歩く空間体験は非常にユニーク

しかし、そんなただ滑走路と草地があるだけの公園でも、ベルリンの人は使い方を見つける。

ただ散歩する人や丘に座ってたそがれている人、カイトで遊んでいる人、ガーデニングに勤しむ人、移動式のカフェで稼ぐ人、ダンス、サッカー、サイクリング、スケートボード、ローラースケート、パラグライダー、地上でできるウィンドサーフィン。とにかくたくさんのアクティビティを見ることができる。
そこにいる人がそれぞれ人の目を気にせずに好きなことをしていて、しかしそれでいて何となく一体感のある風景が見られる。

テンペルホファーフェルトでカイトで遊ぶ子供
テンペルホファーフェルトでは様々な人の活動を見ることができる

〈ティアガルテン〉の紹介では、ベルリンの公園の植栽が自然的であると書いたが、人の行動に対しても「為すがままの中で立ち上がるものを愛でる」というのがベルリンのランドスケープアーキテクチャのスタイルなのかもしれない。

マウアーパークでの様々な人の活動も「エコロジカル」に捉えられるかもしれない
マウアーパークのステージでは特に許可なく音楽をしたりパフォーマンスをしたりしている

エコロジー信仰を見つめ直す

いまや「エコロジカルな提案をすること」がランドスケープアーキテクチャの世界的なトレンドだ。
私も自分がランドスケープ提案をする際に、対象地の地勢や土地に根ざした動植物について調べ、提案をすることが多い。

しかし、そもそも「なぜエコロジカルである必要があるのか」について、真剣に向き合って考え抜いたことはなかった。まずはエコロジーという言葉の背景にあるヘッケルの「宇宙全体を突き動かす動的な流れに身を任せることが人間の生きる指針となる」という哲学に対して、自分は一体どう考えるのかゆっくりと思索し、単にトレンドに乗るのではなく、信念の通ったエコロジカルな提案ができるようになりたい。

線路の跡地であるグライスドライエッグパークのロックガーデンはトカゲ等の動物の生息地となっている

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筆者紹介

中島悠輔(なかしま・ゆうすけ)

1991年生まれ、愛知出身。ベルリンのランドスケープ設計事務所Mettler Landschaftsarchitektur勤務。
幼少期にシドニーに住んでいた経験から自然に近い生活空間に興味を持ち始め、東京大学・大学院にて生態学・都市計画学を学びランドスケープという言葉に出会う。大学院卒業後1年間、設計事務所等でインターンをし、留学準備を進め、18年より渡豪し、2020年にオーストラリア メルボルン大学Landscape Architecture修士課程を修了。ヨーロッパ、特にドイツの機能美のデザインを学ぶために、2021年に渡独。2020年より400人が参加する国内外のランドスケープアーキテクチャに関する情報交換のためのFacebookグループ「ランドスケープを学びたい人の井戸端会議」を運営。

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