連載「欧州ランドスケープ探訪」vol.2|ハンブルク:巨大建築の都市を縫うヴォイドがもたらす秩序

ベルリンでランドスケープアーキテクトとして働き始めた私は、一体なぜランドスケープが必要なのか、ランドスケープはどういう設計思想にもとづいているのか、といった問いについて、まだはっきりとした答えが出せていない。
ランドスケープアーキテクチャが対象とする庭、広場、公園が生まれ、発展した地であるヨーロッパの各地を巡ることで、その答えが出るのではないか。そんな期待をもって、ランドスケープを巡る旅に出ることにした。これは、ヨーロッパ各都市のランドスケープの傑作を訪れる中で見えてきた、ランドスケープの設計思想に関する備忘録である。

筆者/中島悠輔(ランドスケープアーキテクト)

商業と自由の歴史

ハンブルクはドイツの北部の港湾都市だ。

古くから欧州における貿易の中心地で、裕福な商人が集まる街である。商人たちは貴族や教会と闘い徐々に政治的な力を獲得していき、関税や経済に関する特権を得てますます裕福になっていった。そして、地方領主や司教により政治的に支配されない、皇帝直属の自由都市としての地位を獲得した。この商業と自由の歴史は、欧州の中でも稀有であり、ハンブルク市民の誇りである。

私が住んでいるベルリンは、ナチスによる統制や冷戦の影響による社会主義の影響が色濃く残っており、それらが現代的な倫理観や資本主義と混ざり合うカオスな雰囲気が街全体に漂っている。しかしハンブルクの街並み、建築、ランドスケープからは、自由経済の豊かさと市民の誇りを強く感じた。

ハンブルクの倉庫街

オーバースケールの都市

ハンブルクで一番有名な観光地は倉庫街であろう。

12世紀頃から欧州の交易の中心地であったハンブルクは、ドイツの関税同盟に加入することへの条件として19世紀後半に自由港として改めて整備され、この頃に倉庫街が造られた。これを機に街はさらに発展し、人口が100万人を超える大都市となった。

高さ25m、長さ150m程の巨大建築は、丁寧に焼き上げられた密な煉瓦で造られている。それらがいくつも建ち並ぶ間を歩くと、小人になった気分になる。そしてこのスケール感は、川沿いの開発地域にも基調として漂っている。街全体がオーバースケールなのだ。

ハンブルクの倉庫街の間を抜ける橋
倉庫街と川沿いの開発地域をつなぐ橋
川沿いの巨大建築とモダンな街並み

“ヴォイド”がもたらす効果

それでも、大きな建築が建ち並ぶのに窮屈さはあまり感じなかった。それは、運河や道路、そして広場が街に隙間=ヴォイドを与えていたからであろう。

戦後に開発が進み、スケールの大きい近代建築が並ぶ港湾エリアでも、3つに1つくらいの間隔で、建物と建物の間に広場や広めの生活道路が通っており、隣の運河まで視界が抜けている。まるで歯が抜け落ちたように街に空いた隙間から、奥に見通せる街区の様子をついつい覗いてしまう。

建物と建物の間の小さな広場からは運河が見える

このオーバースケールとヴォイドの文脈は、建築にも繋がっている。
例えば〈エルプフィルハーモニー・ハンブルク〉の展望階は、南北に大きな開口部があり、巨大な建築に空く大きなヴォイドが特徴的な建築だ。

〈エルプフィルハーモニー・ハンブルク〉のヴォイド

色々なデザインの近代建築が入り混じるハンブルクの都市は、ヴォイドをつくるという経済的に余裕のある選択により、街の秩序を保っている。

橋と階段と広場

ハンブルクは港湾都市であり、街の中を運河がいくつも走る。

その運河を越えるための橋と運河沿いの船着場にアプローチするための広場、そしてそれらと日常的な都市生活を繋ぐための階段がつくり出す、高低差に富んだランドスケープが特徴だ。

ザハ・ハディトが設計したエルベ川の階段広場

例えばベルリンは、基本的に氷河が通った後に残った平坦な土地にできた街であり、街中の広場にもあまり起伏はなく、舗装やファニチャー、植栽でそのデザインを仕上げていくことが多い。植栽について言えば、環境問題への意識が高く、ハーブを中心とした自然派の植物が好まれる。実際、一見手を加えていないように見えるほど、ワイルドな植栽が多い。

一方で、ハンブルクのランドスケープは土木・建築的なアプローチで土地の高低差を埋める意図を感じるデザインが多い。階段一つをとっても、どちらに向かって低くなっていくのか、その素材や幅、高さ、段と段の隙間の形など考えることがたくさんあるのである。例えば建築設計事務所ingenhoven architectsが設計した広場で目にした、階段の薄さや浮き具合、そしてファニチャーの配置の繊細さは美しかった。

小さな階段広場に置かれるベンチの配置の繊細さ

また、バルセロナの建築設計事務所EMBTが監修している〈サンドトール・パーク〉では、古い石のベンチが微妙に高さを変えながら芝生の広場に置かれている点にデザインの丁寧さを感じた。後から調べたところ、そこはかつて古い街の川の上流を繋ぐゲートがあったところで、積荷をする場所として利用されていたようだ。当時使われていたテラスにあったベンチが、再配置されているのである。緑の草の中に佇む石のベンチに、どこか重みのあるノスタルジーを感じた理由が分かった。

かつては運河を見張るテラスだった〈サンドトール・パーク〉のベンチ
〈マゲラン・テラッセン〉の薄い階段の美しさ
〈グローセ・ヴァランラーゲン〉の静かなテラスと階段

とはいえ、こうしたデザインの繊細さはなかなか伝わりづらく、機能等を考えると「無駄」と思われることも多いのかもしれない。

それでも、それを受け入れる「余白」のある街なのだということを、強く感じる旅だった。

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筆者紹介

中島悠輔(なかしま・ゆうすけ)

1991年生まれ、愛知出身。ベルリンのランドスケープ設計事務所Mettler Landschaftsarchitektur勤務。
幼少期にシドニーに住んでいた経験から自然に近い生活空間に興味を持ち始め、東京大学・大学院にて生態学・都市計画学を学びランドスケープという言葉に出会う。大学院卒業後1年間、設計事務所等でインターンをし、留学準備を進め、18年より渡豪し、2020年にオーストラリア メルボルン大学Landscape Architecture修士課程を修了。ヨーロッパ、特にドイツの機能美のデザインを学ぶために、2021年に渡独。2020年より400人が参加する国内外のランドスケープアーキテクチャに関する情報交換のためのFacebookグループ「ランドスケープを学びたい人の井戸端会議」を運営。

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