連載「欧州ランドスケープ探訪」vol.4|コペンハーゲン:幾何学の中にみる落ち着いた暮らしの景色

ベルリンでランドスケープアーキテクトとして働き始めた私は、一体なぜランドスケープが必要なのか、ランドスケープはどういう設計思想にもとづいているのか、といった問いについて、まだはっきりとした答えが出せていない。
ランドスケープアーキテクチャが対象とする庭、広場、公園が生まれ、発展した地であるヨーロッパの各地を巡ることで、その答えが出るのではないか。そんな期待をもって、ランドスケープを巡る旅に出ることにした。これは、ヨーロッパ各都市のランドスケープの傑作を訪れる中で見えてきた、ランドスケープの設計思想に関する備忘録である。

筆者/中島悠輔(ランドスケープアーキテクト)

街中で発見する幾何学

コペンハーゲンの庭園や公園、建築、都市の形には、幾何学がたくさん見られる。

例えば、〈カステレット要塞〉は防御に適した星形をしており、バイキングや他国の攻撃から街を守った。それと同時期、17世紀初頭に造られた〈キングスガーデン〉は平面幾何学様式の庭で、〈ローゼンボー城〉への軸線を意識したプロムナードや、幾何学模様の植物が植えられたカーペットガーデンを見ることができる。

さらに20世紀中盤、カイ・フィスカーとC.F.メラーによる北欧機能主義の建築プロジェクトとして造られた〈ドロニンゲゴーン(Dronningegården)〉もその一例である。四角を基調としたモダンな提案の中でレンガの温かみが感じられる建築だが、駐車スペースにはグリットに合わせて四角く剪定された木が植えられており、整然とした空間を作っている。

四角い窓の中では、窓の中央に合うように北欧家具の机と椅子を置いたり、その机に光を落とす位置にランプを置いたりと、線を意識しながら整理整頓された生活が営まれているのではないかと想像した。

星形に地形を造成したカステレット要塞
カステレット要塞の幾何学的な地形を歩く人たち
キングスガーデンのシンメトリーな庭はフランスに比べて落ち着いている
キングスガーデンの幾何学模様の庭
ドロニンゲゴーンの駐車スペースはグリッドに合わせて樹が植えられている
ドロニンゲゴーンの建築的なアプローチに美しさを感じる

街の北部のアマリエンボー宮殿のすぐ隣に位置する20世紀後半に造られた〈アマリガーデン〉は、直方体と自然樹形の木が入り混じり、平面幾何学様式をモダンに解釈した庭だと捉えることができる。

アマリガーデンの幾何学の庭はバロック様式の現代的な解釈かもしれない

街の南部の商業エリアに位置するOMAによる〈BLOX〉は、様々な形の直方体が混じり、一つの建築になっている。〈BLOX〉の前の道路の舗装は、円形のタイルの配置によって、人のための空間と自転車のための空間が分けられている。子どもたちが楽しそうに、そして安全に道路を歩く様子を見ることができた。

直方体が入り組むBLOX
通りの舗装が楽しく人、自転車、車の空間を分ける

街から7km程南下した郊外のビーチにある〈カストラットスーべ(kastrup søbad)〉は、スウェーデンの建築事務所white arkitekterが海辺に設計したサウナと海への飛び込み台が合わさったビーチプラットフォームである。緩やかな坂と階段が人を飛び込み台に誘導し、坂の下の空間にはサウナとシャワールームがある。幾何学的な建築が少し寒々しいスカンジナビアの海に美しく建っていて、自然との融合を感じさせる。

カストラットスーべはサウナや海への飛び込み台がありコペンハーゲンの海の楽しみ方を感じる

戦争の歴史からたどるダニッシュデザイン

元々は漁村だったコペンハーゲンは、街が栄えた12世紀ごろから、バイキングに襲われるようになった。当時の司教が砦を築き、港町としてさらに発展したが、外敵からの防御はこの都市の継続的な課題となった。

15世紀には西欧と北欧を繋ぐ港としての役割が高まり、多数の帆船が押し寄せた。西欧側の港町であったハンブルク等を中心とするハンザ同盟との経済的な衝突や北欧諸国の勢力争いが原因となり、30年戦争や大北方戦争などの多数の戦争を経験し、コペンハーゲンは城郭都市として整備されていく。〈カステレット要塞〉や〈ローゼンボー城〉はこの頃に造られたものだ。

18世紀には2度の大火が街を襲い、ほとんどの建物が消失した。この結果、中世の古い街並みを失ったコペンハーゲンは、防衛と貿易により合理的な都市の形に再編されたとされる。

幾何学を用いた合理的な建築や都市構造が生まれていったのは、こういった長い戦争の歴史の中で、街を防衛するために必要だったからなのだろう。

1853年のコペンハーゲンの地図 / Public Domain

ランドスケープにも息づく落ち着いた線使い

1920年代にドイツで興った、デザインに幾何学を使いプロダクトの機能性を追求するバウハウスのモダニズムの考え方が、その後1920年代後半にデンマークに移り、40~60年代に北欧デザインを象徴するダニッシュデザインの家具や照明、建築へと発展していったのもうなずける。

ダニッシュデザインの家具・照明・建築、そしてランドスケープアーキテクチャは、ドイツのバウハウスに比べて、遊び心のある提案が多い。
そもそもドイツの幾何学的なデザインは、1920年代、第一次世界大戦での敗戦後に家具や時計などの日用品を人々に安価に供給する必要があったことなどを背景に出現するようになったとされる。無駄な装飾を排して物の形を可能な限りシンプルにし、工場で生産しやすくしようというこの考え方は、戦後の緊迫した状況の中で生まれたこともあってか、その意識の強さに厳しさを感じることもある。

一方、デンマークは、バイキングと造船の歴史から、木工職人の文化が非常に強い。
「デンマークモダン家具デザインの父」と呼ばれるコーア・クリントをはじめとする多くのデンマークデザイナーが、木工職人とタッグを組んで家具を作った。

クリントは「古代は我々よりももっとモダンである」とし、伝統的なデザインの中にこそ普遍的な実用の美があると考えた。伝統的な家具を分析し、その本質だけをシンプルな形で表現する「リ・デザイン」というデザイン手法を確立したのである。

こうしたクリントの教えは多くのデンマークデザイナーに影響を与え、彼らはデンマークの自然や土着の文化から着想を得て斬新なデザイン案を提案し、職人たちの高度な木工技術がその制作を支えた。ドイツの工場で作り大量生産できるデザインに比べ、形の自由度が高く遊び心のあるデザインが多い。

この考え方はランドスケープアーキテクチャにも言える。
アルネ・ヤコブセンが設計した〈ベルビュービーチ〉は、スカンジナビア特有の白みがかった海と空に、プラットフォームと海に続く階段とベンチが、シンメトリーに配置されている。白色に青色のストライプの入った監視塔は四本の脚が監視塔を支えており、デンマークの家具づくりの考え方を感じる。その背後には白色のビーチハウスが整然と並ぶが、その線からは厳しさや息苦しさではなく、整理整頓された落ち着いた生活の美しさを感じる。

幾何学の線を使いながら遊び心のあるものを作るデンマークのデザインを象徴するようなランドスケープアーキテクチャだと感じた。

ベルビュービーチ 監視塔の色がコペンハーゲンの空と海の色をよく表している
ベルビュービーチのビーチハウスからは整った生活の美しさを感じる

執筆協力:Sodas.jp Momoko Honda

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筆者紹介

中島悠輔(なかしま・ゆうすけ)

1991年生まれ、愛知出身。ベルリンのランドスケープ設計事務所Mettler Landschaftsarchitektur勤務。
幼少期にシドニーに住んでいた経験から自然に近い生活空間に興味を持ち始め、東京大学・大学院にて生態学・都市計画学を学びランドスケープという言葉に出会う。大学院卒業後1年間、設計事務所等でインターンをし、留学準備を進め、18年より渡豪し、2020年にオーストラリア メルボルン大学Landscape Architecture修士課程を修了。ヨーロッパ、特にドイツの機能美のデザインを学ぶために、2021年に渡独。2020年より400人が参加する国内外のランドスケープアーキテクチャに関する情報交換のためのFacebookグループ「ランドスケープを学びたい人の井戸端会議」を運営。

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