第10回「コロナ禍から回復が遅れるサンフランシスコ(1)――ダウンタウンが空っぽで治安悪化」連載『変わりゆくアメリカからさぐる都市のかたち』

この連載について

アメリカで展開されている都市政策の最新事情から注目の事例をひもときつつ、コロナ禍を経て変容するこれからの都市のありよう=かたちをさぐります。

筆者

矢作 弘(やはぎ・ひろし)

龍谷大学フェロー

前回の記事

“サンフランシスコは終わったか!?”

アメリカでは、「サンフランシスコ(SF)は終わったか(San Francisco is over)⁈」をめぐる論争が活発です。

SFはCOVID-19の打撃が深刻です。アメリカの他の都市圏に比べて回復が際立って遅れています(Mayor London Breed discusses San Francisco’s woes and what lies ahead, New York Times, June 14, 2023)。そのため「SFの栄光は昔日の話になる」という悲観論があります。

What do you make of this idea of the “doom loop” — that the city will spiral downward because of all the interwoven problems that it is facing?

They forecast that for San Francisco after the dot-com bust. They forecast it for San Francisco during the crack epidemic. You continue to see stories time and time again. We’ve been counted out before. And there have been others who have tried to imply, because things aren’t happening as fast or the way that they think it should happen, that things are over.

Mayor London Breed Discusses San Francisco’s Woes and What Lies Ahead

セールスフォース・タワーは、SFのダウンタウンにある超高層ビルです。61階建ての、市内で最も高いビルです。地上階から最上階までエレベーターで39秒かかります。
高層階からは、眼下にダウンタウンのビル街を眺め、その先にSF湾を望めます。緩い丸みを帯び、総ガラス張りのポストモダニズムの美しいビルです。有名建築事務所のシーザー・ペリのデザインです。

ビルの所有はボストン・プロパティーズですが、顧客関係管理をするクラウドコンピューティング・サービスのSalesForce.comがビルの命名権を買い取りました。2017年に開業して以来、SFの新しい観光スポットです。低層階は、隣接する、広々とした屋上庭園につながっています。タワー、及びその周辺には素敵なレストラン、カフェがあります。それぞれの飲食店には、開業以来、ランチ時間に席待ちの長い列ができました。

ところがコロナ禍以来、庭園、そして飲食店街を徘徊する人影がまばらです。ある記事が、感染がある程度収束した時期の、寂しい風景を活写していましたが(Tech’s bust delivers bruising blow to hollowed-out San Francisco, Dec.19, 2022, CityLab)、それから1年――人通りが戻らない。先月のクリスマスシーズンも状況は変わらず、飲食店に長い行列ができない、訪れるツーリストもコロナ禍前に比べて少なく、閑散としていました。

オフィス、ホテル、飲食店、住宅が入居する複合ビルです。SalesForce.com、WeWork(テレワーキングなどのシェアオフィスを経営)などのIT系が広いオフィススペースを賃借していました。ところがポストCOVID-19の今も、SalesForce.comでは、過半の社員がリモートワークを続けています。業績が悪化し、雇用調整(レイオフ)に走るIT系のテナントもあります。多くのテナントは、余ったオフィススペースをサブリースしています。実際のところWeWorkは、2023年秋に破綻し、会社更生法を申請しました。

Unsplash / James Yarema

都市活動はどのくらい戻った?

北アメリカ62都市についてCOVID-19が収束に向かった初期(2022年春)に、都市活動がどの程度戻っているかを調べたデータがあります(カリフォルニア大学調べ、San Francisco’s Slide, Sept.16, 2022)。SFは61位でした。それから2年弱が経過しましたが、依然、SF、特にダウンタウンの状況は芳しくないのです。

COVID-19の蔓延時には、世界の都市でリモートワークがほぼ100%でした。アメリカではその後も、特にIT系ビジネスでリモートワークが定着し、社員のオフィス復帰が遅れています。

また、この業種でレイオフが広がっています。COVID-19が蔓延した時期にIT系企業は業容を急拡大し、大量の新規雇用に走りました。その反動です。最近も雇用調整――レイオフ、新規採用を停止するニュースが頻繁に流れます。雇用調整は不動産市場にマイナスの影響を及ぼし、オフィス空き率の高止まりにつながっています。

SFの人口は815,000人です。その名前は世界的によく知られ、グローバルシティですが、人口規模は中都市です。
COVID-19が爆発し、55,000人がSFから郊外か、さらに遠くに「逃亡」しました。また、郊外に暮らしSFに通勤していた人々が在宅勤務になりました。そしてオフィスに戻らない。ダウンタウンにあるオフィスの1/3が空いたままでした(New York Times, June 14, 2023)。

他の都市に比べても最悪です。オフィスの空き率が高いと不動産価格が下落します。市は不動産税の減収に見舞われ、財政危機が心配されています(San Francisco sees risk of lost revenue as remote work prevails, Bloomberg, Nov. 7, 2022)。

Unsplash / Titus Aparici

オフィスの空き率が改善しない理由

SFで空き率が改善しないのは、なぜか? いくつかの理由があります。

その1|IT系ビジネスの高度集積

西海岸のファイナンシャルセンターだったSFは、1980-90年代の国際金融革命の時代にFIRE (金融、保険、不動産の頭文字:証券化が進展し不動産業も金融の一角を占めるようになった)がダウンタウンに高度に集積しました。

FIREが扱っているのはマネーですが、無味無臭の、実際に手に取る必要がない情報です。したがって業務の過半はデスク仕事です。

20世紀末に、今度は情報通信革命の恩恵を受けました。SFでは、多くの有力IT系企業が誕生し、急成長しました。Twitter、Uber、Airbnb…などです。近接するシリコンバレーでは、Google、Facebook(Meta)…が創業し、SFのダウンタウンにも大きなオフィスを構えました。当然、もっぱら情報を扱うこの業界も、主要業務はデスク仕事です。

SFは2010年代末までに、ファイナンスとハイテクITを双発エンジンにしてスーパースター都市の地位を築きました。ダウンタウンに集積する高層ビルを舞台に、知識集約型産業で働くパワーエリートが働き手の主役になりました。

しかし、COVID-19が発症して以来、デスク仕事は在宅仕事になりました。そして大方のデスク仕事を書斎や居間、さらにはリゾート地のセカンドハウスで十分こなせることが判明し、COVID-19が落ち着いても、パワーエリートたちはダウンタウンのオフィスに戻らない、という状況が続いています。

SFがオフィス不況から回復が遅れ、都心再生で苦戦していのは、IT系ビジネスの高度集積で成功し、世界の先端都市に向かったベクトルが、今度は反転し――ブーメラン現象を起こしているためです。皮肉な因果です。

Unsplash / Hannah Wei

その2|リベラリズムの風潮

社員のオフィス復帰が遅れていることをめぐっては、経営者マインド(考え方)が指摘されています。ニューヨーク(NY)もオフィスの空き率が問題になっています。それでもSFに比べてはるかに改善しています。その違いはなぜか?

NYでは、J.P.モルガン・チェス銀行のCEO、J.ダイモンが、COVID-19が峠を越した2022年秋口ごろから「オフィスに戻れ!」の号令をかけ始めました。特に中間管理職以上は、オフィスに出勤するように上司から圧力をかけられました。ゴールドマン・サックスなどの投資銀行も同じ動きをしました。リモートワークを希望する社員と会社側の間で綱引きが続きましたが、綱は次第に会社側に引きずり寄せられました。

それに対してSFには、「オフィス復帰を強力に呼びかける経営者がいない」と言われています。SFは歴史的にリベラリズムの社会運動が活発です。自由主義の風潮が強い都市です。社員がどこで働くか――その選択をめぐって会社の縛りが緩いのは、そうしたSF気質が企業行動に影響している、という説があります。

“オフィスの空っぽ”が引き起こす負の連鎖

オフィスの空き率はしばらく改善しない、市の財政がますます苦しくなって公共サービスが劣化する心配がある――それがSF悲観論を増幅しています。

オフィスの空っぽは、まちにマイナスの連鎖反応を起こします。来街者が減り、小売業も飲食業も売り上げを確保できない。相次いで閉店に追い込まれます。若者に人気のあるトレンドセッターの百貨店ノードストロームが閉店しました。高級食品スーパーマーケットのホールフーズが「街の治安が悪化し、万引きが商売の足を引っ張る」と説明し、撤退しました。ディスカウントストアのターゲットは営業時間の短縮を決めました。飲食チェーンの間でも閉店が増えています。スターバックスが市内の店舗を相次いで閉めました。

Unsplash / Elliott Escalante

こうした商業活動の衰退は、ダウンタウンへの人出をさら減らし、次の悪循環につながります。それがまた、「SFは終わった!」の悲観論に加担しています。

(つづく)

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