連載『月刊日本の団地~時代を映すダンチ12選~』vol.8 たまむすびテラス

団地愛好家の有原です。
突然ですが、「ダンチって古い・・」と思っていませんか?
いえいえ、いま団地ではさまざまな新しい取り組みが行われているのです。
団地は建設時の社会の様相を映す鏡であると同時に、現在の取り組みはこれからの都市課題を解決するヒントにもなります。

建設当時の人々が団地に託した夢・・・。いまの団地で団地再生に奮闘する人々・・・。私と一緒に、新しい発見と感動の旅に出ませんか?


昔からある団地を活用し、団地の課題解決や理想の団地暮らしの実現に向けた取り組みが「団地再生」です。前回のコラムでは、UR都市機構が団地再生手法を検討するため着手した『ルネッサンス計画1(ひばりが丘団地・向ヶ丘第一団地)』を紹介しました。
これに続くUR都市機構の団地再生プロジェクトが、『ルネッサンス計画2』です。東京都日野市にあった多摩平団地のうち5棟の内外装をリノベ―ション。新たな生命が吹き込まれたこの団地は、『たまむすびテラス』と名付けられました。団地再生のマイルストーンとして、評価が高いダンチです。

◆団地再生のエポックメイキング!『たまむすびテラス』

多摩平団地は、1958(昭和33)年に旧日本住宅公団が建設した大規模団地である。住棟配置の設計者は、阿佐ヶ谷住宅や赤羽台住宅など優れた団地の設計で知られる公団職員・津端(つばた)修一氏(1925~2015)だった。
しかし、建設から40年が経ち団地は老朽化し、現在の家主であるUR都市機構は、1997(平成9)年から建替事業を開始。『多摩平の森』という新しい名称の団地へと建て替わった。団地名が「○○団地」といったネーミングではないところに、由緒あるこの団地に対するUR都市機構の思い入れの深さを感じる。

一方、多摩平団地のうち5棟は建て替えを行わず、『ルネッサンス計画2』として活用する住棟とされた。民間事業者に15~20年の定期借家でスケルトン(躯体)賃貸し、各業者が内外装のリノベーションを行う。そして民間事業者が賃貸(サブリース)し、事業費を回収する事業手法が立案された。提案を募集した結果、民間事業者3社(たなべ物産、東電不動産、コミュニティネット)が選定された。

こうして2011(平成23)年に完成したのが、団地型シェアハウス「りえんと多摩平」(2棟)、菜園付住宅「AURA243多摩平の森」(1棟)、高齢者向け賃貸住宅「ゆいま~る多摩平の森」(2棟)だった。いずれも、現代の住まいの要求に応えた住棟である。5つの住棟は異なる事業者により手掛けられたが統一感があり、一帯はあたかも一つの公園のように整備された。これらは『たまむすびテラス』と命名された。

5つの住棟のうち特に目を引くのは、敷地の真ん中に立つ「AURA243多摩平の森」だ。外壁は、目の覚めるような北欧ブルーである。これまでの団地には見られなかった鮮やかな外壁色であり、完成当時に雑誌で目にした私は、「ダンチにこんな色アリ?」と驚いた。だが実際に訪れてみると、木々の緑色と青色のコントラストが美しく、意外にも風景に溶け込んでいた。

「AURA243多摩平の森」正面

「AURA243多摩平の森」専用庭

1階の住戸には専用庭とデッキが、団地の敷地には貸し菜園「ひだまりファーム」、小屋付きの貸農園「コロニーガーデン」が設けられており、居住者同士が触れ合える空間を創出している。また、「ゆいま~る多摩平の森」に住む高齢者が先生となり、「りえんと多摩平」に住む若者たちが生徒となった編み物教室などのイベントも開催されているそうだ。団地に住む様々な世代間で、ごく自然に交流が生まれているのである。

団地が持つ長所の一つが、緑あふれる自然だ。『たまむすびテラス』の敷地内に整備されたジグザグの散歩道を歩くと、長い年月をかけて成長した木々が枝葉を広げ、心地よい木陰を生み出している。建設から50年の歴史を持つ欅(けやき)や桜が残されているのだ。団地の原風景である古さと、改修された団地の新しさが見事に融合していると感じた。

「AURA243多摩平の森」外壁

このように、『たまむすびテラス』は実績を持つ事業者との連携により、時代の要請に応えた団地を実現した。既存の団地を住棟ごとに改修して活用することで、団地の魅力向上と、コミュニティ再構築に成功したのである。『たまむすびテラス』は、これ以降に全国で行われる団地再生のお手本となった。エポックメイキングな団地だったのだ。

だが、多くの人々がこの団地を新しい住まいとして選んだのは、色鮮やかな外観やリノベーションによりピカピカになった部屋ばかりが理由ではない。「りえんと多摩平」、「AURA243多摩平の森」を設計した株式会社ブルースタジオの大島芳彦氏は、「たまむすびテラスに暮らす人々は、そこに新たに生まれた価値観に惹かれて暮らし始めた人たち」と語っている。住戸そのものを刷新するだけではなく、団地の持つ歴史やそこで得られる日々の暮らしに魅力を感じてもらい共感を得て初めて、人々に選ばれる住まいとなる時代が到来したのだ。

ブルースタジオはこの後、2015(平成27)年に小田急電鉄が神奈川県に所有する社宅を再生した『ホシノタニ団地』も手掛けている。団地に物語性を付加したこの物件も、大いに評判となった。

ブルースタジオが手掛けた『ホシノタニ団地』(神奈川県座間市

※リノベーションに対するブルースタジオの概念や手法をさらに詳しく知りたい方は、『なぜ僕らは今、リノベーションを考えるのか』(大島芳彦+ブルースタジオ/学芸出版社/2019年)をお勧めする。単なる「物件」に「物語」を吹き込もうとする、リノベーション界の第一人者による一冊だ。本書の中では事例として『たまむすびテラス』も登場する。
『なぜ僕らは今、リノベーションを考えるのか』の詳細はこちら→https://book.gakugei-pub.co.jp/gakugei-book/9784761526801/

◆そのほかの団地における団地再生の広がり

『たまむすびテラス』や『観月橋団地』を嚆矢として、全国の団地で団地再生の取り組みが着手され、雑誌や書籍で団地再生が取り上げられることも増えた。

最も早く「団地再生」とタイトルにした書籍は、松村秀一『団地再生―甦る欧米の集合住宅』(彰国社)だろう。2001(平成13)年の出版である。欧米の団地再生事例を紹介しつつ、日本における団地再生の可能性を論じている。ただし、著者の専門が工業化住宅であるため、その論点は増築や外装替えなど、ハード面に関することが中心だった。

2006(平成18)年には、NPO団地再生研究会他による『団地再生まちづくりー建て替えずによみがえる団地・マンション・コミュニティ』(水曜社)が出版された。海外の成功事例に加え、国内の団地再生事例やその研究までを網羅して紹介。研究者達が団地再生を考える時の手引きとなった。なお、現在このシリーズは第5巻まで刊行されている。

団地再生の担い手は様々である。2012(平成24)年に出版された佐藤良子『命を守る東京都立川市の自治会』(廣済堂)は、団地内の孤独死ゼロを実現した自治会の奮闘ぶりを伝える。ちば地域再生リサーチ『市民コミュニティ・ビジネスの現場―建て替えない団地再生のマネジメント』(彰国社)では、NPO法人が海浜ニュータウンを舞台としたハード面・ソフト面にわたる団地再生活動が詳述される。

また、NPO白十字在宅ボランティアの会による都営戸山ハイツ『暮らしの保健室』(東京都新宿区)や、関西大学・八幡市・団地住民・UR都市機構の四者連携による男山団地『だんだんテラス』(京都府八幡市)も、雑誌や研究論文で紹介され広く知られるようになった。

こうして見てきたように、2010(平成22)年頃から全国各地の団地で、団地再生が本格的に取り組まれるようになった。これらは偶然に多発したのではなく、そのときどきの社会情勢が要因として影響した構造があった。団地再生の歩みは、社会の動きと重ね合わせなければ全貌が明らかにならない。
そこで次の章からは、1995(平成7)年から2015(平成27)年まで20年間にわたる日本社会の変遷のうち、団地再生の取り組みに影響を与えたと考えられる出来事を整理してみた。団地再生の取り組みが、その時々に顕在化した社会問題とそれに応じる法制度、そして市井の人々の声なき声とも強い関連性があり、連動するものだということを理解していただけるはずだ。

◆(1)団地の物理的課題(ハード面)に関するできごと【1995年~2015年】

初めに、団地の物理的課題(ハード面)に影響を与えた出来事から見ていこう。まず、1995(平成7)年の阪神淡路大震災が社会に与えた影響は大きい。その年すぐに耐震改修促進法が施行され、その後2006(平成18)年の改正により、全国の団地で耐震工事や建て替え事業が促進されることになった。

2001(平成13)年に高齢者が居住する住宅の設計に関する指針が告示され、2006(平成18)年にはバリアフリー法が施行。高齢者に住みやすい住宅づくりが推奨されるようになったのだ。その反面、段差が多くエレベータも無い古い団地は、住まいとしての不便さが際立つことになった。

2007(平成19)年にNHK「クローズアップ現代」でドイツのライネフェルデ市の団地が紹介され注目を集めた。住棟を減築(住棟の一部あるいは全部を撤去)、エレベーター増設、上下・左右の住戸を一住戸化したリノベーション、他用途への転用など、多様な再生手法を駆使し、国際的にも高い評価を受けた団地再生の好事例だった。

同年、UR都市機構は「UR賃貸住宅ストック再生・再編方針」を公表。2010(平成22)年『ルネッサンス計画1(ひばりが丘団地・向ヶ丘第一団地)』の完成を経て、『ルネッサンス計画2(たまむすびテラス)』、『観月橋団地再生プロジェクト』へと繋がっていく。

一方、住宅市場では空き家の増加が問題になり始め、国は2013(平成25)年に「DIY型賃貸借」活用の報告書をまとめる。住宅の借り主が自己負担でDIY(住戸を居住者が自分好みに修繕すること)を可能にすることを促し、住宅の流通を活性化させようとする狙いだった。

震災の影響により自宅での快適さが重視されるようになった時流もあり、住まいを自分らしくDIYでアレンジすることは若者を中心に受け入れられた。2014(平成26)年にはKume Mariさんが、“カリスマDIYer主婦”としてテレビや雑誌で人気を博す。賃貸団地でもDIYを可能とする住戸が増えた。

◆(2)団地の社会的課題(ソフト面)に関するできごと【1995年~2015年】

次に、団地の社会的課題(ソフト面)に影響を与えた出来事を見てみよう。1998(平成10)年に特定非営利活動促進法(NPO法)が施行された。阪神淡路大震災により、人々のボランティア意識が高まったことが背景にあった。2012(平成24)年の改正で申請手続きの簡素化や認定基準が緩和されると、NPO活動に拍車がかかった。福祉関連などのNPO団体が団地においても、様々な取り組みを行うようになる。

2005(平成17)年には映画『ALWAYS三丁目の夕日』が大ヒット。昭和へのノスタルジーが喚起され、団地にも注目が集まった。2007(平成19)年には団地マニアとして著名な大山顕氏が出演したDVD『団地マニア』(エイベックス)、照井啓太氏らによるムック本『僕たちの大好きな団地』(洋泉社)などが相次ぎ出版され、「団地ブーム」といえる現象が起こった。

2008(平成20)年は日本の総人口がピークだった年だ。この年を境に、日本社会は少子高齢化時代へと突入する。この年に大山眞人『団地が死んでいく』(平凡社)が出版され、この頃から浮かび上がり始めた団地の課題を指摘された。週刊ダイヤモンドで『ニッポンの団地』という特集が組まれ、団地が「限界集落化」の危機にあることを警告したのもこの年だった。

そしてUR都市機構が『ルネッサンス計画1(ひばりが丘団地・向ヶ丘第一団地)』を完成させた2010(平成22)年。NHKの番組で『無縁社会―“無縁死”3万2千人の衝撃』が放映され、大きな話題となった。人々が「孤独死(公的な呼称は孤立死)」に対して、改めて考える機会となったのだ。
2011(平成23)年は、山崎亮『コミュニティデザイン-人がつながるしくみをつくる』(学芸出版社)が出版され評判を呼んだ。賑わいが減り活力が低下した地域社会に入り込み、人々の声に耳を傾けながら自立的共同体へと再生させるまちおこし手法は、世間の話題を攫(さら)った。孤立死の社会問題化や同年に発生した東日本大震災により、「繋がり」や「絆づくり」の大切さを改めて認識した人々の共感を呼んだのだ。

※『コミュニティデザイン-人がつながるしくみをつくる』(山崎亮/学芸出版社/2011年)は、コミュニティデザインに対する山崎亮氏の概念や手法を知りたい方に必読の一冊だ。新しくモノを作るのではなく、今あるモノを使って人々の繋がりをデザインする山崎氏のスタイルは、戦後から開発・建設一辺倒が続いた都市計画・まちづくりの世界に、新風を送り込んだ。
『コミュニティデザイン』の詳細はこちら→https://book.gakugei-pub.co.jp/gakugei-book/9784761512866/

◆そして、団地再生は「作品」として認められた!

『ルネッサンス計画2(たまむすびテラス)』、『観月橋団地再生プロジェクト』はいずれも完成したとき『新建築』などの建築誌に掲載された。こうした専門誌は、建築家や設計事務所が設計した新築物件の掲載がほとんどである。だが、こうした専門誌に内外装をリノベーションした団地が掲載されたことは、「団地再生」が新たな価値を生み出す「作品」として認知された証左だった。

それだけではない。これらの団地は、デザイン・アート・ファッション等に敏感な若者が購読する『Casa BRUTUS』のような雑誌にも掲載された。団地が建設された時代を知らない若い世代が、団地をいつか自分たちが暮らすかもしれない住まいとして認知した瞬間だった。


団地再生は、団地における課題解決を目指す取り組みでした。その視点はやがて、「団地は周辺地域にどのような貢献ができるか」までを射程に入れるようになります。団地再生にとどまらず、団地が地域活性化の核となることで地域再生まで繋げることを団地の社会的役割として見出そうとする動きでした。

次回は、そんな都市再生までを見据えた団地再生の事例、『洋光台団地 団地の未来プロジェクト』を紹介します!

〈vol.9へつづく〉

【参考文献】
・『新建築2011年8月号』(新建築社/2011年)
・『団地に住もう!』(東京R不動産/日経BP社/2012年)
・『UR団地の公的な再生と活用』(増永理彦/クリエイツかもがわ/2012年)
・『コンパクト建築設計資料集成〈都市再生〉』(日本建築学会編/丸善/2014年)
・『都市を再生させるー時代の要請に応えるUR都市機構の実行力』(新建築社/2016年)
・季刊『UR PRESS Vol.58』(独立行政法人都市再生機構発行/2019年)

 

※団地を訪問する場合は、居住されている方々の迷惑にならないよう十分注意しましょう。


連載記事一覧

著者プロフィール

有原 啓登

(ありはら ひろと)
団地愛好家。1973年神奈川県横浜市の左近山団地出身。大阪府立北野高等学校、近畿大学理工学部建築学科卒業。関西のゼネコン勤務を経て現在は地方住宅供給公社に勤務。公営住宅の指定管理者応募、 公社団地の団地再生等に携わる。個人の趣味でSNSに『週刊日本の団地』『都市計画・街づくりブックレビュー』を投稿したところ評判を呼び、大学や企業から講演の依頼が来るまでに。趣味は団地訪問と団地の本収集。