連載『常連客が始めた新しい事業「小杉湯となり」』―『銭湯から広げるまちづくり』前編
銭湯の常連たちがつくったシェアスペース「小杉湯となり」の実践をまとめた『銭湯から広げるまちづくり-小杉湯に学ぶ、場と人のつなぎ方』が7/26(ふろの日)に発売されます。
まちづくりを「暮らしづくり」と捉え、世代や立場を越えて地域がゆるくつながる、これからの地域事業のヒントが詰まっている本書の冒頭をぜひご覧ください。
◆暮らしを持ち寄れる、新旧のシェアスペース
1日500人が訪れる人気銭湯「小杉湯」
高円寺駅から徒歩5分。商店街を抜けて住宅街に入ると、細い路地の向こうに寺社仏閣を思わせる宮造りの建物が現れる。暖簾をくぐると気さくな番台さんが「いらっしゃい」と声を掛けてくれる。待合室には、湯上がりに漫画を読む人や、コーヒー牛乳を美味しそうに飲み干す人たち。いざ、500円の入浴料を支払い脱衣所に進むと、高い格天井が広がる。そして、奥に進むと掃除が行き届いた浴室と大きな富士山のペンキ絵が出迎えてくれる。
お風呂は4種類。名物のミルク風呂、日替りの熱湯とジェットバス、地下水かけ流しの水風呂だ。入浴方法は人それぞれだが、熱湯と水風呂に交互に入ることで自律神経を整える「交互浴」が人気だ。営業時間は、15時半から深夜の1時半まで。開店前は常連の年配客が列をつくり、遅い時間になると学生やビジネスマンが増えてくる。終電で帰ってきても、いつもあたたかく迎えてくれるのがありがたい。
小杉湯が他の銭湯と大きく違うのは、若い利用客の多さだ。掃除に力を入れているだけあって、隅々まで清潔感があるほか、レンタルタオルやシャンプーはもちろん、クレンジングから化粧水まで、アメニティも完備されているので、初めて訪れる人も安心して利用することができる。毎週のように行われるイベント、季節に合わせた日替わり湯や商品の販売など、毎日来ても飽きない工夫もなされている。また、営業時間前には、お年寄りも楽しめるヨガ教室などが行われており、多様な世代が共存するシェアスペースのように使われている。そんな小杉湯の隣にあるのが、本書の主題である小杉湯となりだ。
銭湯のある暮らしを体験できる「小杉湯となり」
小杉湯となりは、その名の通り小杉湯の隣にある3階建ての建物だ。1階は、大きなキッチンとテーブル席がある台所のような場所。2階は畳の小上がり席がある書斎のような場所、3階は銭湯を一望できるベランダつきの個室からなる。コンセプトは「銭湯のある暮らしを体験できる場所」。銭湯で大きなお風呂に入った後にご飯を食べたり、仕事をした後にくつろいだり、銭湯のようにそれぞれの暮らしを持ち寄れる、銭湯つきシェアスペースだ。
小杉湯となりがオープンしたのは2020年の3月。当初は1階を飲食店、2階をコワーキングスペース、3階を長期滞在スペースとして運営していた。その後、コロナ禍の試行錯誤を経て2023年現在は、平日を会員制のシェアスペース、休日を飲食店として運営している。運用方法は変わったが、使われ方は変わらない。銭湯がまちに開かれたお風呂であるように、小杉湯となりは地域の人々にとってのまちの台所や書斎として親しまれている。
1階:湯上がりの食卓を楽しむ
小杉湯を出て、ランドリーの脇にある入口から小杉湯となりに入ると、番台の代わりにキッチンカウンターが出迎えてくれる。中央に大きなダイニングテーブル、壁沿いには小さいテーブルやベンチが置かれていて、湯上がりにビールを飲む人や、仕事終わりに夕飯をつくる人、偶然居合わせ世間話を楽しむ人たちの姿がある。時間や状況に応じて自由な過ごし方ができる、地域に開かれた台所のような場所だ。壁沿いには、高円寺のおすすめ情報を伝えるマップやギャラリー、銭湯で使えるオリジナルグッズの販売コーナーなどが設けられており、まちとの接点になっている。
また、大きなガラス戸により、外から中の様子を伺うことができるほか、あたたかい日には開け放つこともできる。軒先に出したベンチには、小杉湯となりの利用者だけではなく、小杉湯上がりに夕涼みをする人やランドリー待ちの人も座っており、まちの縁側のように使われている。
2階:仕事の前後に銭湯でリフレッシュ
キッチンカウンターの裏にある階段をのぼると、視界が一気に開け、約15畳の小上がりが広がる。2階は、窓際にカウンター席、中央にちゃぶ台がある書斎のような場所だ。読書や仕事に集中する人もいれば、畳でゴロゴロする人もいる。隣に銭湯があることでひと仕事してひとっ風呂浴びに行けるのもポイントだが、無機質なワークスペースにはない、ほどよいゆるさも好評だ。
1階は南側の高い窓からたくさんの光を取り入れているが、2階は北側から穏やかな光を取り入れており、1階とは対照的に落ち着いた時間が流れる。大きな本棚には、高円寺に縁がある方の選書コーナーや、運営メンバーのお子さんが選んだ絵本が並び、棚ごとに個性が現れる。カウンター席からは、窓越しに歴史ある小杉湯の外観を眺めることができる。夕方、周囲に響き渡るカランの音を聞きながら作業に集中できるのはこの立地ならではだ。
3階:銭湯を一望しながらくつろぐ
3階には六畳一間で自分の時間を過ごせる個室がある。湯上がりに昼寝をしたり、オンラインミーティングを行ったり、プライベートな空間として使うことができる。ベランダからは銭湯を一望することができ、天気が良い日には、富士山や夕日も眺められる。夏にはハンモックに揺られながら夕涼みをするのもおすすめだ。
ベランダから見下ろすと、小杉湯と小杉湯となりの間には小さな中庭がある。この中庭は、あえて使い方を決めすぎずに余白の空間として残している。季節の植物に囲まれた場所で、日向ぼっこをするもよし、畑作業をするもよし。週末には、中庭や軒先などを活用したイベントなどを行うことで、地域とのつながりも生まれている。
小杉湯となりの成り立ち:歴史の延長にある取り組み
「銭湯のある暮らしを体験できる場所」として生まれたのが小杉湯となりだが、このコンセプトと同じくらい特徴的なのが、その運営形態と成り立ちだ。小杉湯となりという名前なので、当然ながら小杉湯が運営していると思われることが多いのだが、冒頭でも書いたとおり、実はこの場所を運営するのは小杉湯の常連たちがつくった会社だ。小杉湯となり誕生のきっかけは、オープン3年前の2017年にさかのぼる。かつてこの場所には小杉湯が所有する、解体を控えた風呂なしアパートがあった。
その少し前に上京し、小杉湯に足しげく通うようになっていた私は、小杉湯三代目の平松氏との番台越しの何気ない会話をきっかけに、この空きアパートを1年限定で活用することになる。早速、同世代の常連ら数名に入居者にならないかと声を掛け、アパートで共に暮らすプロジェクト「銭湯ぐらし」を立ち上げた。そして、アパートに集まった仲間と法人をつくり、アパート解体跡地に建てる新築の建物として小杉湯となりを企画・運営することになったのだ。つまり、小杉湯は「お客さん」である私たちに、新しい事業を任せるという思い切った決断をしたことになる。それだけ聞くと突飛な判断に聞こえるが、この判断にこそ小杉湯の経営哲学が現れている。小杉湯は創業以来、親子三代を通して新しいチャンレンジを続けてきた。その延長線上に私たちの事業は成り立っている。そして現在も取り組みは広がり続けており、小杉湯となり以外にも、周辺の古民家を活用したサテライトスペース「小杉湯となり-はなれ」、空きアパートの再生した「湯パートやまざき」などが生まれている。
連載の後編では、小杉湯となりが誕生するプロセスの前に、小杉湯の歴史を簡単に紹介し、小杉湯の経営哲学がどのように受け継がれ、その一部が私たちに託されたのかを紐解いていく。
<後編へ続く>
7/26発売!
『銭湯から広げるまちづくり―小杉湯に学ぶ、場と人のつなぎ方』
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