銭湯から広げるまちづくり

銭湯から広げるまちづくり 小杉湯に学ぶ、場と人のつなぎ方
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内容紹介

まち全体を家と捉えた、小杉湯となりの実践

銭湯の常連たちがつくったシェアスペース「小杉湯となり」。銭湯のようにほどよい距離感で多様な暮らしが持ち寄られ、関わる人の主体性で居心地が保たれている。20~80歳の約50人による世代を越えた運営から、エリアの空き家を活用した拠点づくりまで、半径500m圏内の地域資源をつなぐ空間・組織・事業のヒント。


加藤 優一 著   
著者紹介

体裁四六判・224頁(カラー64ページ)

定価本体2000円+税

発行日2023-07-26

装丁美馬智

ISBN9784761528584

GCODE5676

試し読み目次著者紹介はじめにレクチャー動画関連イベント関連ニュース

はじめに:老舗銭湯「小杉湯」から広がる、銭湯のある暮らし

1章 常連客が始めた新しい事業「小杉湯となり」

1-1 暮らしを持ち寄れる、新旧のシェアスペース
1-2 小杉湯が目指す100年を見据えた環境づくり

2章 銭湯のポテンシャルを探る:風呂なしアパートを活用した常連客10人の生活実験

2-1 小杉湯の隣で1年限定の「銭湯ぐらし」:今ある資源から未来を考える
2-2 銭湯から事業を見出す:「銭湯×◯◯」の可能性
2-3 銭湯ぐらしで再発見した銭湯の価値 現代が求める、ゆるくつながる居心地
〈実験フェーズのヒント〉 大きな計画ではなく、小さな実験から

3章 銭湯のある暮らしを広げる、まちのシェアスペース:小杉湯となり新築計画

3-1 小杉湯となりの事業化プロセス:全員兼業の弱さと、当事者としての強さ
3-2 銭湯に学ぶ、空間デザイン:場を介したコミュニケーションの設計
〈計画フェーズのヒント〉 ソフトとハードを一体的に考える

4章 銭湯の居心地をつくる:小杉湯となりのほどよいコミュニケーション

4-1 オープン直後の緊急事態宣言:安心できる暮らしを守るために
4-2 悩んだ末の会員制への切り替え:自宅以外に暮らしの拠点がある大切さ
4-3 現場で起こる主体性の連鎖:理想の暮らしが実現できる場所
4-4 銭湯に学ぶ、現場の運営マインド:「居てもいい、やってもいい」と思える寛容さ
4-5 暮らしと仕事が混ざり合う会社運営:個人を尊重する組織
〈運営フェーズのヒント〉 多様性・主体性を育むマネジメント

5章 銭湯を起点にしたエリアリノベーション:まち全体を家と見立てる

5-1 銭湯×空き家活用:暮らしの拠点をつなぎ合わせる
5-2 全国への展開
〈展開フェーズのヒント〉 点をつないで面にする
〈Column〉 全国の「銭湯から広がるまちづくり」

6章 銭湯に学ぶ、実践的計画

6-1 当事者としての実践的計画:プロジェクト全体に関わることで実現できる風景
6-2 実践的計画から見えてきた、新しい空間と組織

おわりに:辛いときに支えてくれた銭湯と父

加藤 優一

建築家、(株)銭湯ぐらし代表取締役、(一社)最上のくらし舎共同代表理事、Open A+公共R不動産パートナー、東北芸術工科大学専任講師。1987年山形県生まれ。東北大学大学院博士課程満期退学。デザインとマネジメントの両立をテーマに、建築の企画・設計から運営・研究に至るまでのプロセス全体に携わる。銭湯を起点にしたシェアスペースの経営や、地域資源を活かした空き家再生など、事業の視点からまちづくりを実践中。近作に「小杉湯となり・銭湯つきアパート」「佐賀県庁・城内エリアリノベーション」「旧富士小学校の再生」など。近著に『テンポラリーアーキテクチャー』『CREATIVE LOCAL』(学芸出版社・共著)など。

老舗銭湯「小杉湯」から広がる、銭湯のある暮らし

東京都杉並区高円寺に「小杉湯」という銭湯がある。1933年の創業以来、若者からお年寄りまで多くの人に愛されており、1日500人もの人が訪れる人気銭湯だ。2020年、その隣に「小杉湯となり」というシェアスペースがオープンした。銭湯と同じように多様な世代の人が集い、湯上がりに食事をしたり、仕事終わりにくつろいだり、思い思いに使われている。
実はこの場所、小杉湯が直接運営しているのではなく、小杉湯のお客さんが会社をつくって運営している。会社の名前は「銭湯ぐらし」。私を含む創業メンバーの10人はもともと小杉湯の常連で、2017~2018年にこの地にあった風呂なしアパートで共に生活をした仲間だ。会社が目指すのは、「銭湯のある暮らしを広げる」こと。2023年現在、小杉湯となり以外にも空き家を活用したまちづくりを展開しており、それに伴い利用者も運営者も増えている。運営メンバーだけでも20~80代までの約50名が関わり、新しいチャレンジを続けている。
開業から3年、これまで多くの質問を受けてきた。
「なぜ、そんなに人が集まるの?」
「まちづくりって、何から始めればいい?」
「コミュニティづくりのコツを教えてほしい!」
こんな質問を受けていると、まるで私たちの活動が順調に進んできたと思われるかもしれないが、まったくそんなことはない。素人が事業を始める苦労、オープン直後のコロナ対応など、試行錯誤の連続だった。しかし課題にぶつかるたびに「銭湯の居心地」や「銭湯が長く続く理由」に向き合いながら、困難を乗り越えてきた。
銭湯は、日常にある「まちの居場所」だ。お湯に浸かれば、1人になることもできるし、言葉を交わさなくても人とのつながりを感じられる。この居心地は、時間を掛けてお客さんやスタッフによって育まれ、新しいお客さんへと受け継がれている。本書の「銭湯から広げるまちづくり」は、そんな銭湯における「場」と「人」の関係性を参考にしている。私たちは、自分が良いと思える暮らしづくりから始め、共感してくれる人を少しずつ増やしてきた。最初は1つの場づくりだったが、関わる人の主体性や地域の資源がつながることで面的な広がりが生まれている。
建築・まちづくりを仕事にしている私は、銭湯から普段の仕事にも通じるたくさんの気づきを得てきた。時代を越えて培われてきた空間面・運営面の工夫を知ることで、まちづくりのノウハウだけではなく、自らの暮らし方・働き方に対する学びもあった。また、建築というと「つくったら終わり」というイメージがあるかもしれないが、今回のプロジェクトは企画から運営まで関わることで、当事者としてリアルな場づくりを知ることになった。そして、まちづくりとは、行政や企業だけが行うものではなく、その土地で暮らす私たち自身が担うものだと実感するようになった。本書では、それらのプロセスから得た、実践的な学びをまとめている。
1章では、小杉湯と小杉湯となりの概要を紹介し、2章では、小杉湯となりをつくるきっかけになった風呂なしアパートでの生活実験を振り返る。3章では、実験から得た学びを空間のデザインや事業の計画にどう落とし込んでいったかを整理し、4章ではオープン後の試行錯誤と、現場・組織におけるマネジメントの工夫をまとめる。そして5章では、小杉湯となりを起点に複数の拠点がまちに広がっていく経緯を追い、最後の6章で、一連の取り組みを通して得られた知見を踏まえ、空間・組織の新しい捉え方を提示する。
整理すると、2章が実験フェーズ、3章が計画フェーズ、4章が運営フェーズ、5章が展開フェーズとなる。最初から読むと時系列で全体を把握できるようになっているが、興味のあるところから読んでいただきたい。なお、各章の最後には、まちづくりを進めるうえでのヒントを、できるだけ一般化してまとめている。
念のためお断りしておくが、本書は銭湯経営や銭湯文化を論じるものではない。私自身も銭湯を経営しているわけではなく、銭湯という地域資源を活かしてまちづくりを行っている。また、今回のフィールドは「高円寺」という地域にある「小杉湯」という銭湯だが、場所によって条件は異なるため、同じ手法をそのまま横展開できるわけではない。しかしながら本書の内容には、他のまちづくりにも活用できそうなポイントがいくつも含まれている。人が集まる場のつくり方、主体性を育むチームのつくり方、長く続けるための運営方法、地域資源を活かしたエリア再生手法など、銭湯から学ぶことは多い。なお、小杉湯も最初から繁盛していたわけではなく、近年の新しい取り組みの結果客足を伸ばしており、そのプロセスも学びになるはずだ。
本書の気づきが、さまざまな空間・組織・事業にカスタマイズされ、銭湯のような居心地がまちに広がっていくことを願っている。また、銭湯を暮らしに取り入れる人が増えることで、結果的に全国の銭湯が続いていくことに少しでも寄与できれば幸いだ。

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