第5回「アフターコロナのビジネスセンター(2)――ニューヨークのミッドタウン」連載『変わりゆくアメリカからさぐる都市のかたち』
アメリカで展開されている都市政策の最新事情から注目の事例をひもときつつ、コロナ禍を経て変容するこれからの都市のありよう=かたちをさぐります。
筆者
矢作 弘(やはぎ・ひろし)
龍谷大学フェロー
前回の記事
第4回「アフターコロナのビジネスセンター(1)――都市機能を「足し算」へ」 ―― 連載『変わりゆくアメリカからさぐる都市のかたち』
前回は中西部の旧産業都市を参考にし、そのダウンタウン/ミッドタウンの「かたち」を描きましたが、ニューヨーク(NY)の場合、それとは様子が違います。
ここではマンハッタン(ブルックリンにもダウンタウンがある)の話をします。COVID-19からの回復が遅れています(New York Times, August 5, 2023)。
- オフィスの23%が空きフロアになっている
- お陰で2024年度までに不動産税が20億ドルの減収になる心配がある
- 消費活動が2019年比で124億ドル縮退している
- 一方で住宅不足が深刻で家賃が高騰している
There’s no faster fix than for white-collar workers to choose to commute again. The empty office space means that tens of thousands fewer people are shopping, eating and playing in the central business district.
Where Are the Big Ideas for New York City?
マンハッタンの区分
NYマンハッタンのダウンタウンは、スタテン島行きの連絡船の波止場がある島の先端から34st.までです。34st.からセントラルパークに南接する59st.までがミッドタウンです。その先が高級住宅街のアッパータウン(ウエストサイド/イーストサイド)、さらにセントラルパークの北端以北がハーレムです。しかし、別の区分もあります。ビレッジの北端、14st.までをダウンタウンとし、そこから「ミッドタウンまでをチェルシー、グラマシーと呼ぶ」と説く文献があります。
ミッドタウンについても「34st.-59st./ハドソン川-イーストリーバーの範囲」という定義に対し、「34st.-59st./3Ave.-8Ave.の街区」と狭く捉える資料があります。「NYのミッドタウンはグローバルビジネスセンターである」と理解すれば、狭義の定義に理があります。
特に10Ave.以西は、1990年代以降、ジェントリフィケーション(地区の改善)が起き、その風景が様変わりしましたが、以前、都市工業が賑やかだったころは、町工場や倉庫が多くありました。ガーメント(繊維/縫製)地区も8Ave.の西です。80年代にNYに出張した時には、現地勤務の同僚に「夜の10Ave.以西は、治安が悪いので行かないように」と注意されました。現在もハドソン川沿いは埠頭になっています。
ダウンタウン vs. ミドタウン
NYの場合、中西部などの旧産業都市と比較し、ダウンタウンとミドタウンの形成史に違いがあります。NYの都市史がダウンタウンから始まったところは他の都市と共通していますが、NYでは、多くの都市機能がダウンタウンで発生し、その後、漸次、北上してミッドタウンに移転し、そこでさらに成長する、というプロセスを経験しました。
まず、ビジネスが北上しました。18世紀末、ダウンタウンで木材取引が行われ、後にNY証券取引所の発足につながりました。19世紀半ば以降、アメリカ資本主義の成長に伴走し、ウォール街にフィナンシャルセンターが形成されました。20世紀を迎えると建築技術の革新が起き、ミッドタウンに超高層ビル(エンパイアステートビル、クライスラービルなど)が建設され、ビジネスセンターはミッドタウンまで拡張しました。20世紀最大規模の都市開発と称されたロックフェラーセンターも、この時期にミッドタウンで開発が始まりました。
戦後は金融資本がパークアベニュー沿いに高層ビルを建て、ウォール街に対峙する金融街になりました。60年代には、当時の市長J. V. リンゼイが号令をかけて6Ave.に超高層ビル群を建てる開発事業が動き始めました。現在、広告業/メディア街になっています。
NYは、ビジネスセンターを2拠点擁することになりました。メディアもミッドタウンに集まりました。ウォールストリート・ジャーナルは、ダウンタウンに発祥しましたが、ミッドタウンに本社を移転しました。
それ以外にも高級百貨店のブルーミングデールは、19世紀半ばに、当時、商業の中心地だったダウンタウンで産声を上げましたが、商業活動が次第に北上するのを追って引越しを重ね、現在のミッドタウンの北端、59st.に本店を構えました。アッパータウンに暮らす裕福層を狙った出店戦略でした。
劇場街のブロードウエイも、ビレッジ界隈に由来しますが、北上し、いまの街区に集積するようになりました。
COVID-19とビジネスセンター
NYのダウンタウンに金融などのビジネスセンターや官庁街があるのは、他の都市のダウンタウンと同じです。ただ、昨今のNYのダウンタウンには、中西部都市などのダウンタウンに比べて多様性、都市機能の混在があります。
マンハッタンの南端にあるバッテリーパークには、高級コンドミニアム/アパートが連棟しています。河岸は公園になっています。チェルシーには、公営住宅街があります。チェルシーやトライベッカには、自動車修理工場や食肉加工場、倉庫がありましたが、近ごろは高級アパートに建て替えられています。Googleがオフィスを集積させ、IT系のパワーエリートが暮らしています。そこにオートクチュールの洋装店が進出し、界隈はファッションピープルが徘徊する街に変容しました。高級レストラン/カフェが散在しています。チャイナタウン/リトルイタリーの飲食街、ソーホー、ノリータ、ロウワーイーストサイドには、装飾店や画廊、骨董品店などのスモールビジネスが集まっています。
これらの街区には、コロナ禍が収まってツーリストが戻っています。NY大学、ファッション工科大学、ニュースクールの、トップクラスの高等教育機関があります。大学には学生が戻っています。また、総合病院があります。病院は、常々、人の往来があります。
一方、NYのミッドタウンは、かなりの程度、ビジネス活動が中心の、モノカルチャーです。「働く場」のイメージが濃く、「日常の暮らしの場」が少ない。在宅勤務がある程度定着し、その影響でCOVID-19からの戻りも遅い。34st.-59st./3Ave.-8Ave.に囲まれた街区(狭義のミッドタウン)は、およそ4㎢です。そこに常住しているのはわずかに2.8万人です(City Journal, May 26, 2021)。ほぼ同じ面積のアッパーウエストサイドには、5倍弱の、13.2万人が暮らしています。
The loss of foot traffic has frozen midtown’s ecosystem. With its tiny residential population—about 28,000 people, compared with 132,000 on the similar-size Upper West Side—midtown cannot support itself.
What’s Next for Midtown?
ブロードウエイ/タイムズスクエア界隈は、2022年初秋のころから国内外からツーリストが戻り、人混みができています。しかし、COVID-19の後遺症は、その「かたち」に多様性のあるダウンタウンに比べてモノカルチャーのミッドタウンは、より深刻です。その点も、NYのミッドタウンは、中西部などの都市と違っています。
ミッドタウンの西隣にあるハドソンヤード(鉄道操車場跡)では、大規模都市再開発が進行しています。超高層ビルが相次いで建設され、ビジネスオフィス、コンドミニアム/アパート、商業施設が入居しています。ミッドタウン、ダウンタウン、ハドソンヤードの3拠点間で街区間競争を促し、その相乗効果でNYを改めてスーパースター都市の雄に押し上げる、というのが市政府の戦略です。しかし、COVID-19下、ハドソンヤードでも高級百貨店が店仕舞いしました。ミッドタウンには、外壁が崩落するほど古く、建て替えを迫られているビルが多くあります。それらを含めてNYのミッドタウンは、COVID-19の後遺症からどのように「再生するか」「再生すべきか」を問われています。
NY市は、ゾーニングを変更し、ミッドタウンの活性化計画を練っています(New York Times, August 17, 2023)。23st.-40st./5Ave.-8Ave.のゾーニング(「工場用途」)を住宅を建てられる街区に変更します。オフィスビル/ビル工場(縫製、貴金属加工などが入居)を住宅にコンバージョンし/集合住宅を空き地に建設し、新たに2万戸を確保する狙いです。多様性のある「7日/24時間」コミュニティへの転換を目指しています。
The plans announced by the mayor on Thursday, which will be a part of broader zoning changes, address the former problem by allowing buildings that were built as recently as 1990 to convert to housing; currently, only buildings built before 1977 or 1961 are eligible, depending on where they are in the city. The city would also allow buildings to convert to housing anywhere in the city if the zoning regulations allow for residential.
New York Plans to Convert Parts of Midtown Manhattan to Housing
1960年代にヴィレッジ/ソーホーにアーティスト工房が増え、ゾーニングの見直しが行われたことを思い起こします。ゾーニングの変更には、都市計画委員会、市議会の議を経て住民投票で承認手続きが必要になります。
(つづく)