『福祉と住宅をつなぐ―課題先進都市・大牟田市職員の実践』刊行記念 鼎談 vol.3 児玉善郎×牧嶋誠吾×園田眞理子
第3回目のお相手は日本を代表する福祉の大学である日本福祉大学の学長、児玉 善郎先生です。対談の様子をぜひご覧ください。
(動画は上記から、テキスト(抜粋)は下記をご覧ください。)
◆主なトピック
- 児玉先生と牧嶋さんとの接点
- 医療や福祉分野の学生さんに建築や住まいを教える意義
- 専門職をつないでいくのが自治体職員の役割
- コロナ禍と居住支援について
- 自治体職員は現場を見てほしい
- 空き家活用と福祉
- 「つなぐ」がキーワード
牧嶋 誠吾
大牟田市居住支援協議会事務局長
園田 眞理子
元明治大学理工学部建築学科教授
児玉 善郎
日本福祉大学学長
要約文責:学芸出版社 前田裕資(2021年6月16日収録)
今日のゲストは日本を代表する福祉の大学である日本福祉大学の学長、児玉善郎さんです。
なぜ児玉先生かというと、児玉先生は福祉系大学の学長にもかかわらず、そのバックグラウンドが実は建築や住宅、まちづくりの方だからです。
まさに建築と福祉をつなぐ、住宅と福祉をつなぐ、まちづくりと福祉をつなぐ第一線にたって、たくさんの学生さんをはじめ、研究教育を牽引されています。ですので、児玉先生と牧嶋さんの対談で、この本の真髄「福祉と住宅をつなぐ」について語っていただこうと思います。
さっそくですが、児玉先生は牧嶋さんとどこで接点があったのか、またこの本をお読みいただいた率直で忌憚のないご感想、ここがキモですということをお話いただけたらと思います。
児玉先生と牧嶋さんとの接点
児玉: 私が牧嶋さんと初めて出会ったのは東日本大震災の被災地、仙台だったと思います。
震災後、1年か2年たった頃に、被災地の皆さんの生活、居住の復興に向けての支援に取り組んでいる人たちが、今後どうしていけば良いかを考えるために集まったときに、お目にかかったのが最初でした。
そういうつながりのなかで、2013年に厚生労働省の社会福祉推進事業で、全国の集合住宅団地で、公的なものも民間のものも含めて、高齢化であったり課題を抱えている人が増えているので、集合住宅団地での人と人とのつながり、支え合いを再構築していかなければいけない。そこで先進的な事例を調べ冊子にまとめようとしていたときに、牧嶋さんに参加いただき、『福祉と住宅をつなぐ』の第2章で紹介されている新地東ひまわり団地と、第4章で紹介されている南橘団地の取り組みを紹介いただきました。
その後2016年に大牟田市の福祉系の職員で牧嶋さんとともに居住支援に取り組まれていた梅本政隆さんが、日本福祉大学の大学院(修士に入学してこられ、私が修士論文の指導担当教員になりました。
まとめられたのは『福祉と住宅をつなぐ』でも紹介されている空き家を活用した地域交流拠点です。その良さを研究として客観的に調べてもっと広めていきたいということで、大牟田だけではなく、全国各地の取り組み事例を調査して、修士(社会福祉学)の学位を取られました。
2013年の団地の支え合いの研究の時には私は大牟田には行けなかったのですが、梅本さんの修士論文指導をしているときに、一緒に大牟田の新地東ひまわり団地や南橘団地を見学させてもらいにゆきました。そして夜には牧嶋さんが待ち構えていて大牟田市の職員の皆さんと楽しい交流会をさせていただきました。
今回『福祉と住宅をつなぐ』を読ませていただくと、「ああ、あそこ」「ここ、ここ」というところが一杯あります。これまでの関わりのなかでその良さは知っていましたが、実践がリアルに伝わる文章にされて出版されたことは、ほんとうに素晴らしいことだと思います。
園田:牧嶋さんは児玉さんと接点をお持ちになって、なにが印象深かったでしょう?
牧嶋:委委員会で一緒に勉強させていただく機会をいただいて、フランクに話していただきました。
児玉先生の先生は、あの有名な早川和男先生ですよね。 すごい先生方と一緒に視察させていただいたり、委員会で発言させていただいたりして、恵まれた環境だったな、と思います。ただ、梅本君に学位を取られたのは失敗でした。牧嶋が行けば良かった……
医療や福祉分野の学生さんに建築や住まいを教える意義
園田:本のなかでも2章、4章、5章と、お二人の接点や取り組みが重なっていますね。早川先生は神戸大学の建築の先生でした。児玉さんはその研究室のご出身で、今は福祉系の大学におられる。まさに建築や住宅から福祉にブリッジされた。そのきっかけとか、そこにある熱い思いをお聞きできればと思います。
児玉:牧嶋さんとの今の関わりでは、科研費で福山平成大学の岡部真智子先生と一緒に居住支援を進める仕組みや枠組みについての研究をしていますが、その研究協力者になってもらっています。
最初にお会いしたときから、建築をベースにしながら、人々の暮らしや生活の現場に寄り添って、この人たちの生活、暮らしの安定をはかっていくうえで、いかにして住まいや人の支援や制度を組み合わせていったら良いか、そこを牧嶋さんが実践で取り組まれているところにシンパシーを感じています。
私は早川先生の元で建築系の学部学科で学んだのですが、早川先生の研究室は生活環境計画研究室という建築系のなかでは社会科学系という感じで、住宅問題、生活問題をどう政策や実践を通じて良くしていくのかについて主に教わりました。
いま日本福祉大学にきてみて、自分はもしかしたら建築系学生の卒論、修論の研究で社会福祉現場実習に行っていたのかな、と思うくらい福祉と関わっていました。
卒論の時は非行を犯した少年少女たちが入所している、いまでいう児童自立支援施設、当時の教護院に2週間ほど泊まり込んで、入所した子どもたちがどういう住まいや生活環境で暮らしているなかで、非行に陥ってしまったのか、そのプロセスを一人一人のインタビューを通じて分析しました。
修士論文の研究を行ったときは、高齢化がいよいよ問題になるぞと言われ出した1980年代初頭でした。大阪のある市で、地域看護、寝たきり高齢者の在宅看護を熱心にやられている診療所に協力いただいて、在宅で寝たきりで、一人暮らしとか夫婦のみで暮らしている方が、どういう住環境に暮らしていて、そういう住環境のなかで福祉の支援や制度がちゃんと機能しているのかをテーマにしました。
住宅がきちんとしていて、ヘルパーさんや訪問看護、入浴も受けられている方もおられましたが、木造のアパートで一人暮らししている人は、階段がきつくて機材が入ってこず、支援も行き届かず、もちろん部屋のなかで車いすが使えるような条件がない。だから住まいの環境と支援が一体でないとうまくいかないよね、ということをやっていました。
こういう経緯もあるので、日本福祉大学で建築がバックグラウンドで福祉環境論を教える教員の公募があったとき自ら応募しました。福祉と住まい、まちづくり、環境をつなぐというのは自分にピッタリだと思ったのです。22年前です。
私が日本福祉大学に行くことになったと言うと、建築系の先輩の先生、友人から「早く建築の大学に戻ってこいよ」とか「なんで、福祉の大学に行くんだ」とよく言われましたが、僕は「なんで、そんなことを言うのかな」と…。むしろ福祉をこれから支える人たちに「住まいやまちの環境のことも合わせて支援していかないと生活支援は成り立たないよ」と教えることが大事なんだと思います。そこにやりがいを感じています。
設計製図を教えるのも嫌いじゃないのですが、それだけではなく、もっと幅広い分野、医療や福祉の現場にいく学生たちに住まいのあり方について教えることに、やりがいを感じていました。
牧嶋さんの『福祉と住宅をつなぐ』という本のなかにも、そういうことの大切さが書かれていると思います。主には自治体職員向けのメッセージとして書かれていますが、学生たちにとっても、とても示唆に富む内容だと思います。
専門職をつないでいくのが自治体職員の役割
園田:児玉さんは建築とか住宅をバックグラウンドに福祉に関わるのは凄く面白いと熱く語っていただきましたが、牧嶋さんはいかがですか?
牧嶋:いろんなコーディネートをするのが役所の仕事だと僕は思ったのですね。入庁当時は建築技術屋さんとして、物づくりを楽しんでいたのですが、ずっとやっていくと、物づくりは建築家とか、デザインが優れている人に頼めば良いじゃんという考え方に変わりました。現場にも、現場のプロがいる。そういう意味で役所の人間が物づくりのプロフェッショナルにならなくて良いし、いろいろな職業の人たちを上手につなぐことがをやるべきかなと思えてきたんです。
アフターファイブでバリアフリーに取り組んでいくなかでも、福祉や医療の専門職の方や建築の専門職の方がいるなかで、自分の役割はそういう人たちをコーディネートするというか、つないでいくことだと思いました。それが、行政施策を進めるうえでの行政の仕事だと感じ、そこに喜びとか楽しさが見えてきました。
本でしか知らなかった児玉先生が間近にいることも信じられなかったのですが、児玉先生がやられているソフトをきちんと見るなかで箱があるということが身についてきたかと思います。
もう少し早く知り合っていたら児玉ゼミに入れたかな…と感じているところです。
コロナ禍と居住支援について
園田:先ほど居住支援という言葉がでてきました。また児玉先生の恩師の早川先生は居住福祉という概念を打ち立てられた方です。
児玉先生と牧嶋さんが知り合われたきっかけは3.11の東日本大震災の支援を考える集まりでした。児玉さんは阪神淡路の震災も劇的に体験されたと聞いています。
そういう自然災害もあるし、いまはコロナです。感染拡大の2年目に入って人々の生活・暮らしとその住まいという点で、大きな災害とは違うけれども、根底を揺るがすことが静かに起きているように思います。
いま、児玉さんは研究という立場から、牧嶋さんは大牟田の居住支援協議会の事務局長という現場の第一線という立場から、社会の根底を揺るがす出来事と、居住と福祉、暮らしについてどんな感想、あるいはこれから何をしなくては、というお気持ちをお持ちでしょうか。
児玉:そそういう意味では、いざコロナや大きな災害が起きたときに、人々の暮らしの安全の確保や生活困難に陥っている人の支援を、どこが包括的にというか、生活をまるごとみて支援していくのかが、いかに明確になっていないかが顕わになってしまったと思います。自治体としても国としてもそうだし、これは平時からそうなのだと思います。
阪神淡路大震災のときも、被災者がたくさんでたから、復興公営住宅をたくさん作らなければいけないというので、場所がないから、大規模に山の奥の開発途中の土地や海上都市に作ってしまった。
それまでの暮らしの連続性を継続できないところで建ててしまったのは、人々の生活や暮らしをいかに再建していくかという視点が欠けていたからではないかと思います。
東日本大震災では、阪神の教訓を元に、住まいと生活支援が一体でないといけないと言われ、一歩進んだ取り組みもでてきました。
コロナ禍は等しくどの人の暮らしにも困難をしいているとは言いますが、暮らしや生活の基盤がしっかりしていない人により厳しい状況をもたらしていると思います。
この本のなかでも牧嶋さんが触れられていますが、居住支援協議会を各地でつくっていくために、全国行脚をされ、自治体でワークショップをされました。牧嶋さんが一番ショックを受けられたのは、建築や住宅を担当している職員に「生活に困っている人々の居住支援を考えていかなきゃいけないでしょ」と言ったら、「いや、うちの市(町)には居住に困っている人はいません」という答えが返ってきたということです。
暮らしを見ていないんです。自分たちは住宅政策なり公営住宅管理をしていれば良いんだ……そこにしか目がいっていないんだということが、住まいと生活支援を一体的に進めていくうえでネックだし、コロナ禍でもしわ寄せが弱い立場の人にいくことになっているのだと思います。
この点は牧嶋さんが実践の現場で感じられていることだと思いますが、どうでしょうか?
自治体職員は現場を見てほしい
牧嶋:先生がおっしゃるように現場を見ていない人が多すぎると思います。
昨年7月7日に大牟田でも豪雨災害がありました。家を失った人がいらっしゃって、今もアパートなどに避難されているという状況です。職員にとっても空き家を活用したり、市営住宅を活用したりして、住まいが必要なんだということが分かっただろうと思うんです。これは住まいを確保するための入口支援です。
でも単に家を確保したら良いのかというと、単身のお年寄りとか、いろんな弱者の人たちはそこに見守りが必要だということで、社会福祉協議会が入ったり生活支援コーディネーターさんが入るといったことを、いままさにやっています。
こうしたとき、住宅部局の人は、住まいを確保して、そこで終わってしまうのです。縦に切ってしまうのです。本当は斜めに切ってみるべきなのですが、部局が違うからか、そこがきちんとしていないという現状がある。
ですが、もう一度住宅部局が必要な時がきます。今度は出口支援が必要なんです。みなし仮設でアパートに入っている人たちがどこにどういくか。その出口のときに箱物をどう手立てするか、さらにそこから安定した生活をするために、生活支援が必要なんだということ、その人の全体の暮らしに寄り添いながら支援をするということが、これから求められると思います。
いろいろな自治体で、これから経験したことがない災害に備えて、準備をしておかなきゃいけない。そのために大牟田で経験した事例を元に自治体の皆さんに情報提供したいと思っています。
いま居住支援協議会でいろいろな相談を受けていますが、自営業の方がコロナ禍で仕事が少なくなったので今の家賃が払えない、もっと安い住宅はないか、といった話相談もあります。それに対して我々が抱えている安い住宅を提供しています。
生活の根底とか基本にあるのは住まいなんだろう。どうやって安定した生活を支えていくか。制度にのっかるサービスが手当できれば良いのですが、乗っからない人たちがいらっしゃるので、生活を見ながら、我々、建築屋さんもできる範囲のことをきちんとやるべきだと思います。こうした役割が行政の住宅政策にあるんじゃないかと思います。
空き家活用と福祉
園田:居住支援の突破口としての家の話なのですが、児玉さんのお話だと26年前の阪神淡路のときは公営住宅をコンクリートでトンテンカンテンと作ること一辺倒でやってきたけれど、現在のお二人の突破口は空き家活用にあるのではないかとお見受けしています。
福祉の視点からみて空き家活用についていかがでしょうか。
大牟田ではすでにいろいろと挑戦されていますが、もう一段階進めるというか、この本からインスパイアされることはございませんか。
児玉:園田先生も取り組まれていると思いますが、全国、どこであれ、空き家が増えています。そこでのコミュニティも弱体化しています。そのなかでどう住んでいくか、地域の人と関わりながら生活をできるようにするかという点では、空き家はとても可能性のある資源だと思います。
老朽化して危険な空き家は別ですが、そうじゃない空き家がまだまだたくさんあります。
阪神淡路大震災を見ていても高層のコンクリートの建物のなかに入ってしまうと、つながりを作るのがとっても難しくなってしまっていました。そのなかで、さきほどの「集合住宅団地の支え合い」じゃないけれども、新たな生活問題が出てくるので、もう一度、空いている建物の良さを見なおしたい。梅本さんが研究したのは地域交流拠点としての良さでしたが、空き家には人々の暮らしに馴染みやすいという良さがあるので、地域とのつながりを感じ合いながら、お互いに支え合いながら、住むことも、交流する場としてもますます活用していかないといけないんじゃないかと思っています。
園田: 牧嶋さんはいかがですか?最近の空き家活用で先駆的なものとか、変化とかありませんか?
牧嶋:4月から相談の最前線にいるので、「相談に来られる方に寄り添えるか」だと考えています。みんなには「絶対に断ったらダメばい。どんなことでも良いから受けてくれ」と、「受けて専門職につなげるところはつなげよう」と言っています。
色々な相談がたくさんあるけれど、誰かに救いを求めているのだし、寄り添っていけば生活のなかでの様々な問題課題が見えてくるので、空き家に特化せずに、空き家に繋げるなら我々のところ、それ以外のことは適切なところへきちんとつなぐということをやれたらと思います。先進的じゃなくて、すみません。
「つなぐ」がキーワード
園田:いや、まさに本のタイトル『福祉と住宅をつなぐ』の「つなぐ」が鍵だということがよくわかりました。
最後に児玉さんのほうから、福祉分野の方にこの本の読みどころ、逆に福祉の現場から見て建築の人にこの本の読みどころを、お願いしたいと思います。
児玉:私どもの大学もそうですし、他の大学もそうですが、大学で学んで、社会、地域に出て、人々の暮らしを支えるいろいろな専門職の養成において、これからは自分たちの専門性だけで支えるのではだめで、いろんな専門性を持つ人たちがつながって一緒になって支えていくことが地域では大事になっているのだと思います。だから大学では多職種連携教育に力を入れています。
『福祉と住宅をつなぐ』では、大牟田市を舞台にさまざまな職種や立場の人たちが一緒になって、つながって、地域の人たちの暮らしや住まいや生活を支えていくことに、どう取り組んだか、どんな成果が出ているのかが分かりやすく示されています。
これは福祉を学んでいる、建築・住宅を学んでいるということに関わらず、あらゆる人に読んでいただきたい。これからはまさに地域共生社会ですので、企業に勤めても地域とかかわって地域貢献していかなければいけないという点では、あらゆる人がこの本を読んで学んでおくと、社会に出てから役に立つことがあると思います。
園田:ありがとうございます。
今日のお二人の対談は、まだコロナが大変ですが、私たちがそのなかから自分たちの日常生活をどうやって取り戻して、より豊かにしていくのか、安心を高めていくのか。この本のタイトルにも入っている「つなぐ」ということがキーワードの対談をしていただいたように思います。
お二人、どうもありがとうございました。