連載『常連客が始めた新しい事業「小杉湯となり」』―『銭湯から広げるまちづくり』後編

銭湯の常連たちがつくったシェアスペース「小杉湯となり」の実践をまとめた『銭湯から広げるまちづくり-小杉湯に学ぶ、場と人のつなぎ方』が7/26(ふろの日)に発売されます。
まちづくりを「暮らしづくり」と捉え、世代や立場を越えて地域がゆるくつながる、これからの地域事業のヒントが詰まっている本書の冒頭をぜひご覧ください。

◆小杉湯が目指す100 年を見据えた環境づくり

初代の教訓:掃除を一番大事にする

小杉湯が創業されたのは1933年のこと。名前の由来は小山惣太郎という人が杉並区につくったからだそうだ。その後、戦火を逃れた建物を新潟から上京してきた平松吉弘氏が購入して、1953年から平松家の家業として運営がスタートした。創業以来、建物は増改築を繰り返しながらも伝統的な佇まいを守り続け、2020年には国の登録有形文化財に指定されている。

初代:平松吉弘氏

ここ数年は都内でも人気の銭湯として注目される小杉湯だが、最初から人気だったわけではない。当初の経営状況は思わしくなかったが「いつも清潔でキレイにする」ことを徹底し、少しずつお客さんを増やしてきたそうだ。この初代の経営姿勢は、小杉湯の教訓として代々受け継がれていく。1970年頃に銭湯は最盛期を迎え、小杉湯も地域住民の暮らしを支える生活拠点として定着していった。しかし浴室つきの住宅が普及する1980年頃から、多分に漏れず小杉湯の客足も減りはじめる。このタイミングで二代目へとバトンは渡る。

二代目の挑戦:あえて滞在時間を延ばす

二代目:平松茂氏

二代目・平松茂氏が就任した1985年には、銭湯は衰退期に入り、危機感を感じはじめていたという。そこで彼が挑戦したのは滞在時間を延ばすことだ。銭湯では中普請(なかぶしん)といって15~20年に一度の大規模改修を行うが、その際に水風呂と待合室を整備し「30分の滞在時間を1時間にすること」を目指した。一般的には回転効率を上げるという発想になりそうだが、逆に滞在時間を延ばすことで、お客さんに心地よく過ごしてもらおうと考えたのだ。また、駅から近いという立地を活かして、さまざまな人が関わる工夫を凝らした。待合室の壁をギャラリーとして貸し出したり、営業時間外で落語や演劇を開催したり、時には駅前のミュージシャンをスカウトしてライブを行うなど、入浴以外の目的でも楽しんでもらうことで、客層を広げていった。

小杉湯の待合室

小杉湯の水風呂

三代目の改革:家業から事業へ

三代目:平松佑介氏

2017年、三代目として平松佑介氏が就任する。彼は住宅メーカーとベンチャー企業で働いた後、小杉湯を継いだ。最初に決めたミッションは、先代からのバトンをつなぎ「100年先まで続ける」ことだったという。そこで着手したのが、小杉湯の法人化だ。当時は家族だけで切り盛りしていたが、定休日以外の決まった休みはなく、会計も手計算で行うなど、運営の仕組みが十分に整っていない状況だった。次の世代のためにも持続可能な運営体制を整えたいとの思いから、法人化に踏み切ったのだ。その後、経営を家族以外に開き、イラストレーターや経営コンサルタント、コミュニティマネージャーなど、これまで銭湯に馴染みのなかったキャラクターが参画した。そして、新しい仲間と一緒に小杉湯が大切にしていることを改めて言語化しつつ、経営の見直しや新たな取り組みに落とし込んでいった。

小杉湯三代目就任後のコアメンバー

2023年現在の小杉湯経営メンバー
現在は三代目の弟が店長を務める

「環境」を守る:イベントで人が集まるわけではない

小杉湯が大切にしている取り組みの1つ目は、「環境」そのものを守ることだ。銭湯の本質は「清潔な空間に気持ちの良いお湯がある環境」そのものだという認識のもと、毎日4人で4時間掛けて念入りに清掃が行われている。多様なイベントを企画していることもあり、「イベントを行うことで人が集まる銭湯」だと思われることも多いが、実際はその逆だ。「人が集まる銭湯だからイベントが生まれる」のである。
新しい取り組みに果敢に挑みつつも、その背後で銭湯という場の居心地を保つことに誠実に向き合い続ける。特定のだれかのためではなく、だれにとっても居心地の良い環境を大切にする姿勢が、多くの人に愛される秘訣なのかもしれない。



「ケの日のハレ」を提供する:ライバルはスタバ

小杉湯が大切にしている取り組みの2つ目は「ケの日のハレ」を提供することだ。「ケ」は日常、「ハレ」非日常を意味する言葉なので、「ケの日のハレ」とは日常の中の非日常を表している。家の風呂が日常、温泉が非日常だとすると、小杉湯はその中間にある「ちょっとした幸福感」を目指している。
その考えを体現する方法の1つが、アメニティへのこだわりだ。バスタオルはオーガニックコットンを利用した「IKEUCHI ORGANIC」、タオルを洗う洗剤は手づくりの製法にこだわる「木村石鹸」、その他にも消臭剤は100%植物由来の「ハル・インダストリ」が使われている。良いものを選んでいる分コストは掛かっているが、利用料は良心的な金額に抑えている。また、毎日来ても楽しめるよう日替わり湯に力を入れており、さまざまな企業や生産者
とのコラボレーションを行っている。そんな小杉湯は当時ライバルを「スターバックス」に設定していた。ワンコインで1時間ほど過ごせる場所と捉えると、カフェに近い存在でもあるのだ。

小杉湯の日替わり湯・イベントカレンダー

このように、新しい取り組みを進める三代目だが、継業した当時は不安が大きかったという。小さい頃から斜陽産業と言われ続けたこともあり、番台から身動きが取れなくなる孤独な日々を想像していたらしい。しかし予想は良い意味で裏切られる。継業した直後にある出会いがあり、そこから数珠つなぎに人とのつながりが広がっていった。それが私たち「銭湯ぐらし」との出会いだ。私と三代目の出会いをきっかけに、銭湯ぐらしが小杉湯の事業の一端を担っていくことになる。

小杉湯の無料アメニティ

営業時間前のヨガ教室

「IKEUCHI ORGANIC」との連携イベント

「楯の川酒造」との連携イベント

銭湯を取り巻く現状:1軒あたりの利用者は増えている

左:都内の公衆浴場数・1軒あたりの利用者数の推移(出典:東京都公衆浴場対策協議会資料をもとに筆者作成) 右:小杉湯の利用者内訳と来訪目的

まず現在の銭湯が置かれた状況と、そのなかでの小杉湯の特徴を補足しておきたい。
銭湯の数がピークに達したのは1970年頃。東京都内だけでも約2700軒の銭湯があったようだ。戦後、人口が集中した都市部にはまだ風呂のある家が少なく、銭湯は生活のインフラでもあった。しかし高度経済成長期以降は家風呂が普及したことに加え、後継者不足や施設の老朽化などが重なり減少の一途を辿っている。都内の銭湯は2005年時点で約1000軒あったが、2020年時点では約500軒と半分になってしまった。
一方で、注目すべき変化がある。都内における銭湯の軒数は減っているが、1軒あたりの利用者数は増えているのだ。2013年と2018年の1日あたりの平均利用者数を見ると119人から138人に増えており、閉業する銭湯も多いなかで経営努力を続ける銭湯は順調に客足を伸ばしていることがわかる。施設のリニューアルやランドリー・サウナの充実、グッズ販売やSNS発信など、それぞれの銭湯が工夫を凝らしている。
そのなかで小杉湯の利用客数は、平日400~500人、休日ともなると800~900人にのぼる。さらに、利用者の世代を見ても、多様な世代が満遍なくバランスしており、若い人も多く利用している。また、利用者にアンケートをとったところ、「体」だけではなく「心」の癒やしが目的になっている人が多いことがわかった。かつての銭湯は、身体的な健康を保つ役割が大きかったが、現在はより精神的な豊かさを手に入れる役割が求められている。そのニーズに応えている銭湯の1つが、小杉湯なのだ。
近年は銭湯以上にブームになっているサウナを目当てに訪れる利用者も増えているというが、小杉湯はサウナがないのにこの利用者数を誇っていることから、銭湯自体の魅力が受け入れられているようだ。

<1章 常連客が始めた新しい事業「小杉湯となり」 完>

続きは『銭湯から広げるまちづくり―小杉湯に学ぶ、場と人のつなぎ方』をご覧ください!


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