第8回「NYが米国初の混雑税導入(2)――ニュージャージーが反対の訴訟」連載『変わりゆくアメリカからさぐる都市のかたち』
アメリカで展開されている都市政策の最新事情から注目の事例をひもときつつ、コロナ禍を経て変容するこれからの都市のありよう=かたちをさぐります。
筆者
矢作 弘(やはぎ・ひろし)
龍谷大学フェロー
前回の記事
対岸のニュージャージー州が起こした訴訟
ニューヨーク市(NY)が導入を計画している混雑税には、反対論があります。実際、ハドソン川の対岸にある、多くの州民がマンハッタンに通勤、通学、あるいは買い物に通っているニュージャージー州(NJ)は、NYの混雑税に反対し、連邦地方裁判所に訴訟を起こしました(New Jersey sues over congestion pricing plan in New York City, CityLab, July 21, 2023)。
訴状では、「混雑税の導入はNYに利益をもたらしNJに利益がないどころか、一方に負担が生じる。受益と負担のバランスが悪く、正義を欠いている」と主張しています。
“We’ll bear the burdens of congestion pricing while New York City gets the benefits, and that’s not fair,” Governor Phil Murphy said at a press conference following the suit, adding that the state’s leaders would fight “tooth and nail” to make sure New Jerseyans are treated fairly.
New Jersey Sues Over Congestion Pricing Plan in New York City
都市交通をめぐる両州の関係
ニューヨーク州とニュージャージー州は、大規模物流を含む広義の交通政策をめぐって長い連携/協働の歴史があります。
両州間の連携/協働には、NYを中心にしたジャンボな都市圏交通システムを円滑に運営し、都市圏全体の成長を支える、という狙いがあります。NYがグローバルシティとして成功を重ねられたことには、NY-NJの交通システムの統合的な展開が大いに役立っています。
その交通政策の中核にあるのが、100年前に創設されたニューヨーク-ニュージャージー港湾局(Port Authority of New York and New Jersey, PANYNJ)です。国際空港のJFK、ニューアーク空港やハドソン川両岸から湾内に広がる港湾機能と大橋/トンネルの運営、鉄道の運行、河岸開発などを担っています。
しかし、その関係は、常々「晴れ」ということではなく、しばしば利害が衝突します。例えばNYは、市外からの通勤者に対し通勤税(commuter tax)を課すことを幾度か検討したことがありますが、NJなどの反対にあって実現が阻まれました。NYの混雑税の導入をめぐる衝突は、そうした対立の1例です。
NJは連邦政府、具体的には交通政策を所管する運輸局(Department of Transportation)、及び連邦高速道路局(the Federal Highway Administration)を被告にし、混雑税の導入差し止めを求めました。訴状では、混雑税が導入されるとNJからマンハッタンに通う車交通のルートが変化し、別のエリアに過度の車交通の負担増が生じる、と訴え、「それらを含めて環境アセスメント調査が十分に行われていない。連邦環境保護法に違反する」と主張しています。混雑税の導入は、予期せぬところに交通渋滞を起こす、という訴えです。
こうしたNJ側の混雑税非難に対し、MTAは、「混雑税の導入が及ぼす経済的、社会的影響、大気汚染をめぐるプラスマイナスの影響調査など広範囲の環境アセスメント調査を実施した。また、情報公開し、多くのパブリックコメントにも真摯に対応してきた」「NJ側の批判は誤解に基づく」と反論しています。
スタテン島でも噴出する不満
マンハッタンとフェリーが通うスタテン島でも、同じような不安が燻っています。
「マンハッタンの車通行に課金されるのと、マンハッタンを迂回し、スタテン島を経由するトラックなどが増える。環境が悪化する」という指摘です。NJから潮汐海峡を跨ぐアーチ状のベイヨン橋を渡ってスタテン島を走る、さらにアメリカで最長の吊り橋ヴェラザノ・ナロウズ橋を通ってブルックリンに至るルートです。マンハッタンの混雑税は島を通過する交通量を増やす一方、「スタテン島は地下鉄が走っていない。公共交通の改善投資では、多くを期待できない」という不満です(Staten Island sues over congestion pricing, too, WABC, July 25, 2023)。
The MTA is pointing to its response to New Jersey’s threatened lawsuit saying, “Contrary to any claim that there was insufficient study, the environmental assessment actually covered every conceivable potential traffic, air quality, social and economic effect, and also reviewed and responded to more than 80,000 comments and submissions.”
Staten Island to join NJ in filing lawsuit against congestion pricing
スタテン島はNYにある5区のうちの1区です。その区がNJに追随し、MTAを被告に、混雑税に異議申し立てをする訴訟を起こしました。MTAは身内に刺されるかたちになりましたが、スタテン島は、NJと違って島民に対する具体的な優遇措置を勝ち取るところに訴訟の着地点を探っている、といわれています。
コロナ禍が公共交通財政に課した“後遺症”
混雑税の導入をめぐっては、連邦政府、州政府とMTA、NYの間で長い歳月、押し問答がありました。2007年に、マイケル・ブルームバーグ(前々)市長が混雑税を提案した時には、州議会の支持を得られず計画が頓挫しました。トランプ政権の意地悪にも直面しました。
また、当初、民主党左派のビル・デブラジオNY市長(前)は「市民の負担増になる」と難色を示し、「富裕層税でMTAに必要な投資資金を確保する手法を考えるべきである」と提案していました。しかし、大都市圏交通持続可能性諮問作業部会の報告を受け、アンドリュー・クオモ州知事(前)と市長が協議を重ね、「MTAの改革と資金計画」の1計画案として混雑税の導入が決まりました(2019年2月)。
COVID-19が爆発し、その後遺症に背中を押され、早期実施が決まった、という事情があります。COVID-19が蔓延した時には、保守派の論客やメディアが「公共交通、特に地下鉄が感染源になっている」と主張し、地下鉄叩きをしました。そのため地下鉄の利用客が激減しました。
ところがアフターCOVID-19にも、乗車率はCOVID-19以前の水準に戻らない。公共交通は市民に嫌われたままです。逆にマイカー通勤が増加しています。地下鉄やバスを新車に切り替えるなど顧客サービスを向上することが急務になっています。そこで「混雑税を導入し、MTAの財務力を強化しよう」という話に弾みがつきました。
NJが混雑税の導入に反対しているもう1つの理由に、通勤コストが嵩む、という指摘があります。
例えば、車でNJのプリンストンとマンハッタンを往復するのに、ターンパイク(有料高速道路)とハドソン川の渡川料(橋、またはトンネル利用料)がかかります。反対派は、「これに混雑税が加算されれば、中間所得階層以下は生活のアフォーダビリティが脅かされる。中小ビジネスは経営が厳しくなる」と主張しています。NJ商工会議所も州政府といっしょになって混雑税に反対しています。
エマニュエル・マーフィーNJ知事は、訴訟をめぐる記者会見で「MTAの財政改善にNJの州民が負担を強いられるのは筋違い」と批判しました。NJ選出の連邦上院議員(民主党の実力派議員)は、「NYの混雑税は“ハイウエー強奪”である!」と語気を強めて糾弾の声を上げました(CityLab, July 21, 2023)。
NJの訴訟が長引くと、MTAが計画している2024年4月の混雑税導入が先延ばしになる可能性があります。
(つづく)