[ブックレビュー]総合的に構えながら、慎重に一歩を踏み出した教科書|饗庭伸

都市計画学

数多ある専門書の中でも「教科書」は特権的な位置にある。常に知見が更新されていく最新の専門書から一歩引いたところで、それらの結節点となり、現代と古典の橋渡しもする。
このような「一歩引いた総合性」が教科書の価値であるが故に、その書評は実にやりにくい。そこに突出して新しい知見が示されているわけでもないし、切れ味の鋭い論評があるわけでもない。しかし、本書はそういうものではなかった。

何冊かある都市計画の教科書の中でも、本書はバランスのよい総合性を持つものであるが、読み込んでいくと、一歩引いた普通の教科書よりは半歩ほど前に出た内容となっていることがわかる。
その姿勢の根拠となっているのは、山田正男の言をひいた「つくる」都市、「できる」都市、から「ともにいとなむ」都市への時代認識の変化であろう。他の教科書ではまだ扱いきれていない「ともにいとなむ」技術を示したところに本書の価値がある。
時代はゆっくり始まるものなので、本書で示されている言説は定説ではなく、「ともにいとなむ」という時代認識すら誤っている可能性もある。しかし、総合的な構えを持ってそこに慎重に一歩を踏み出したのが本書である。

その一歩はどのような構えで踏み出されているか。
本書でとられているのは、属人的な知性にまかせた曲芸的な跳躍ではなく、東京大学都市工学科が50年ほどかけて練り上げてきた専門領域の座組みをそのまま使う、という(あえて言葉を対比的に使うならば)属地的な踏み出しかたである。よい意味での保守主義であると言える。
この一歩は、時代の先端の少し手前に確実な兵站を築くものだと思うし、後に続く読者たちの確実な足がかりの一つにはなるものだろう。

この座組みは都市工学科の設立者である高山英華が50年前にかけた呪いであるとも言える。呪いは永遠に解けないかもしれないが、この呪いがあるがゆえに発動する魔法=知見もあるのだろう。
著者の何名かは評者もよく知る人たちであるが、彼らがもともとこの分野の人だったのか、と意外に思うこともあった。彼らは一度は専門を越境し、再び伝統的な座組みに座り直したのである。
越境しあったからこそ同じような方向を向いているようにも見えるし、越境しあったことによってより強い呪いをかけ直す力を手にいれたようにも見える。
都市に関わる工学は秩序だった世界だけでなく、まだわからない世界を相手にしなくてはならないこともある。この教科書はどのように「わからない世界」に切り込んでいけるのだろうか。

教科書のもう一つの特権は、長い時間をかけて版を重ねていけるということにもある。あと数十年、「変化に対応する」と銘打たれたこの教科書がどのように変化していくのかも楽しみである。

[評:饗庭伸(首都大学東京都市環境科学研究科教授)]


都市計画学
変化に対応するプランニング

中島直人・村山顕人・髙見淳史・寺田 徹・樋野公宏・廣井 悠・瀬田史彦 著

高度成長期に築かれた制度と技術を理解・継承しつつ、人口減少・少子高齢化時代の都市づくりに必要な考え方と手法を再構築した、次世代都市計画教科書。土地利用・施設配置、都市交通、住環境、都市デザイン、都市緑地、防災、広域計画とオーソドックスな構成に、計画策定技法(市民参加)、職能論、ブックガイドが加わった

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