読んで書いて歩いて!物語る地図の味わい方|『手書き地図の教科書』出版記念トーク(前編)

手書き地図沼にハマった5人の偏愛集大成。『手書き地図の教科書』

Q&A形式で気づけば地元のイイトコロを見つけてしまい、オンリーワンな手書き地図が書けるようになるオイシイ一冊、『手書き地図の教科書』。手順やウラ話、50のQ&Aで自分のまちが大好きになれる超入門書のトークイベントが、下北沢B&Bさんで開催されました。

2019年に刊行した第一弾『手書き地図のつくり方』がワークショップ・フィールドワーク解説本とすれば、2024年に生まれた待望の二冊目は長い年月かけて熟成されたネタ帖総集編といったところ。
なにを書けばいいかわからない、ウチのまちはなにもないし……という人でも読み進めていくとあら不思議。勝手にまちの魅力が見つかるような構成に仕立ててあるので、手書き地図初心者にはむしろ二冊目がおすすめです!

第2弾『手書き地図の教科書』、2024年4月に発刊しました

登壇してくれたのは本書の著者・手書き地図推進委員会のみなさん。本業は、車屋さん、編集者、低山トラベラー、グラフィックデザイナー、会社経営と多才な面々ですが、共通点はもちろん、手書き地図の沼にとっぷりハマった人たちだということ。

普段から全国の手書き地図を捜し歩いたり、地図づくりのワークショップをコーディネートしたり、小学校の総合学習で出張授業をしたりと、真面目に楽しくその可能性を発掘し続けています。

「手書き地図談義」「即興手書き地図づくり」の2部構成で行われたイベントのレポート前半は、手書き地図の面白がり方を伝えるべく5名のお気に入り手書き地図を紹介した「手書き地図談義」をお届けします。

手書き地図といえば!「ときがわ食品具(ショッピング)マップ」

そもそも手書き地図って何? と首をかしげる方に、これを見れば説明不要!と決まって差し出されるレジェンド地図があります。それがこちら。

埼玉県ときがわ町で発行部数10万部を誇る「ときがわ食品具(ショッピング)マップ」です。びっしりと書き込まれたまちの見どころにだれもが圧倒され、作者である川崎さんの40年来のときがわ愛がつまった一枚。機会があればぜひ実物を手に取って眺めてほしい地図です(ときがわ町のあらゆるスポットで入手可能だとか)。

迷うことまで計算済み?!縮尺にも方位にも縛られない自由さ

一般的な地図は目的地までの距離や方角の正確さが重要とされますが、「ときがわ食品具(ショッピング)マップ」は正確じゃないことの面白さに気づかせてくれた、と話すのは大内研究員。

低山トラベラーが本業で人より地理感覚高めの大内研究員が、山歩きツアーの下見にときがわ町に訪れたときのこと。ツアーの立ち寄りスポットとしてめぼしい候補地をこの「ときがわ食品具(ショッピング)マップ」片手にのんびりまわるつもりが、縮尺も方位も高低差もおかまいなしの手書き地図地図に翻弄され、迷うこともしばしば。
おまけに想像を超える発見と見どころの連続に、結局1日かけてもわずか4分の1のスポットしか回れなかったのだとか。しかし大内研究員は落胆するどころか「迷うところまで計算されているのか?!」と謎解きのような巡礼旅を楽しみ、すっかりときがわ町に魅了されてしまいます。

後日作者の川崎さんに会いに行き意気投合した委員会メンバーたちいわく、手書き地図はまちへのラブレターである、都会に疲れてときがわに魅せられ40年通い続けた川崎さんの、ただならぬときがわ愛があるからこそ、こんな地図が書けるのだといいます。

おれたちのまちってすげえんだぜ!洛中洛外図屏風

ときがわ町の川崎さんに通じるシビックプライド(わがまち愛)の傑作として見ると面白いですよねと引き合いに出されたのは、なんと国宝。狩野永徳の描いた「洛中洛外図屏風」です。跡部研究員は、これが手書き地図の始まりかもしれないと語ります。1枚の屏風に描かれた京都の風景。四季折々の風情とともに闘鶏に興じる人々や旅人、漁師、通りで遊ぶ子どもたちなど、緻密に描かれた庶民の日常だけでなく、絢爛豪華な祇園祭の山鉾巡行あり、象が町中を練り歩くシーンあり。「おれたちのまちってこんなすげーとこなんだぜ!」というメッセージのオンパレードなのです。

洛中洛外図屏風(上杉本)は、織田信長が「京都ってこんないいところなんだから同盟しようぜ、仲良くしようぜ」と上杉謙信に贈った品と伝えられています。まちの魅力を伝えたい!という動機や地図に託した役割も、「ときがわ食品具(ショッピング)マップ」に通じる部分があります。

少年少女のまちメガネ

国宝作家が描く日常はもちろん見ごたえありますが、実は地域の小学生が描く等身大の日常も、思いのほか私たちの感情を揺さぶってきます。
赤津研究員は二枚のお気に入りをピックアップ。

一枚目は茨城県つくば市の親子2人でつくったという「2人の町マップ」。ハートウォームなエピソードが詰まった地図の一角にある「おしっこがきいろくなるラーメン屋」という衝撃的な紹介文。きっとそこはラーメン好きなお父さんが娘さんとよく食べに行く美味しいお店。
でも娘さんにとってはラーメンの味よりおしっこの色が気になってしかたないという事実。親子の日常にある可笑しみと小学生ならではの感性にハッとさせられる一枚です。

かん水に含まれるビタミンCの影響という説が濃厚みたいです

二枚目は大田区・松仙小学校の「おんたけ山・久が原絶景マップ」。まちのいろんな絶景スポットをマッピングした一枚ですが、そのひとつに思わぬ絶景が。

大田区・松仙小学校の生徒さんが書いた「おんたけ山・久が原絶景マップ」

絶景という言葉から私たちがイメージするのは、山頂から見下ろす眺望や満開の桜並木などでしょうか。でもたしかに私たちも、まちのパン屋に入った瞬間、香ばしい匂いとともに目の前に広がる“絶景”に心躍ってますよね。赤津研究員はこの手書き地図を見て、お前は日常の絶景にちゃんと気づけているのか、メガネが曇ってるんじゃないかと自問自答したそう。

読み手の想像力が手書き地図を光らせる!

川村研究員は、童話『エルマーとりゅう』が自分の手書き地図の原体験だと話してくれました。冒険の舞台となった場所を地図上で一つずつ確かめるのが好きだったという小学生の川村少年。一枚の紙に凝縮された一冊分の物語を脳内再生しながら地図を眺めるの、楽しいですよね。

裏を返せば、手書き地図で読む物語は文字で書かれたコメントだけじゃありません。まちの日常や作り手のキャラクターに思いを馳せて、コメントの行間を読むことで、何十倍も楽しむことができます。紙上の空間に凝縮された物語を読み込む好奇心も、手書き地図には欠かせません。

はじめの一歩。だれかのメガネを借りてみる

自分にそんな想像力ないしな……という方も安心してください。自分になければだれかのすごいメガネを借りればいいんです。江村研究員が紹介してくれたのは『手書き地図の教科書』でも取り上げた「臼田エキマエまちあるきマップ」。

地図の作者兼地元案内人は江村研究員。メガネを借りたのは路上園芸や落としものを観察するユニット・SABOTENSの村田さんと藤田さんです。

江村研究員がなんにもないと思っていた地元の駅前を村田さん・藤田さんと歩くと、わずか5分の道のりが1時間の脇道めぐりになり、鳴らしたまま自転車にくくりつけられたラジオや呉服屋さんに大繁殖するアロエを観察し、近所のおじいさんや町中華のおかみさんの個人史やまちの歴史を聞き出し……なんにもないと思っていたまちがこんなに面白かったとは!と話す江村研究員。

まち歩きの詳細や手書き地図にするプロセス・書き方のコツなどは、本書5章で丁寧に紹介しています。とにもかくにも5章を読めばだれもが、SABOTENSのお二人のメガネをぜひ一度借りてみたい!と思ってしまうはず。

「描く」のではなく「書く」、そして「読む」

イベントの冒頭で赤津研究員が「カレーは飲み物、手書き地図は読み物!」と言っていましたが、5名が紹介してくれた事例はまさにそれ。謎解きに勤しんだり、勝手に国宝に親しみを感じたり、小学生のまなざしにハッとしたり、背後にある物語に思いを馳せたり、人のメガネを借りて地元観察したり……手書き地図にはたくさんの楽しみ方があること、伝わったでしょうか。
絵を「描く」のではなく、自分だけの物語を「書く」こと、そして想像力をもって「読む」ことが、手書き地図の世界を楽しむ秘訣です。絵が描けないから自分には関係ない、とあきらめているそこのあなたにこそ、最強のツールなんです。

手書き地図ワークショップでの地図づくりタイム。黙々と書く時間が楽しい

続いて行われたミニワークショップの様子をお届けするレポート後半も、☚こちらからどうぞ!

お読みいただきありがとうございます。

バナーイラスト:江村康子