【受付終了】本を読んできて、まちを歩く、そして夜なべ談義|「都市から学んだ10のこと まちづくりの若き仲間たちへ」を題材に(2019/10/26、27|青森)

※詳細は主催団体等にお問い合わせください。

当企画について

☆「事前に課題図書を読んできて、問題意識を共有しながら町内を歩き、夜なべ談義で語り合う」企画です。
☆課題図書を読んで、共有したい言葉・文章を考えてくる宿題があります。
☆課題図書は

西村幸夫先生・著「都市から学んだ10のこと まちづくりの若き仲間たちへ」
http://bit.ly/2SqTQbm

☆東北自治体学会は活動8年目となる今年、これまで違うことにチャレンジしたいと考えます。これまでの企画が「当日、会場でインプットする」だったとすれば、新企画は「事前にインプットしたことを、当日のまち歩きと談義で参加者同士が深め合う」ことを目指したいと思います。

日程

10月26日(土)~27日(日)

会場

青森県おいらせ町
・本町地区でまち歩き(おいらせ町立東公民館集合)
・1泊2食はカワヨグリーン牧場(囲炉裏端で夜なべ談義)

主催

東北自治体学会

当日スケジュール

10月26日(土)

14:00 おいらせ町立東公民館集合(まちあるきの発着ポイントです)
14:10~15:40 まちあるき(90分)
(カワヨグリーン牧場へ移動)
16:00~ チェックイン
17:30~ 夕食(BBQ)
19:00~ 夜なべ談義
【第1部 1人ずつ「共有したい言葉や文章」を紹介しあう】
【第2部 本と酒を手に語り合う】
【第3部 本を置いて語り合う】

10月27日(日)

朝食後
09:30~ 振り返りとまとめ
10:30 解散

課題図書著者 西村幸夫先生からメッセージ

1枚の写真から―東北自治体学会の皆様へー
神戸芸術工科大学教授
西村幸夫

『都市から学んだ10のこと』という私の小著を課題図書として、事前に読んできて、問題意識を共有しながら町内を歩き、夜なべ談義で語り合う、という企画を東北自治体学会の皆様が計画しておられることを知り、おどろくとともに大変光栄に思います。残念ながら当日、参加できないので、せめてメッセージだけもと思い、拙文をお送りする次第です。

この本は、私の都市計画の学徒としての半生を振り返って、都市そのものから学んだことを10の要点にまとめてみたものですが、同時に、これまで私自身が記録として、また心覚えのために撮りためてきた数万枚の写真からおよそ300枚を選んで、テーマの柱をたててオールカラーで紹介した写真集でもあります。個々の写真の背景に関しては、紙幅もなかったので、ごく簡単にしか触れられませんでした。
ですから、この小文で思いの一端を紹介させていただこうと思います。

写真の劈頭をかざるのは、東北自治体学会の皆さんにも身近な仙台の定禅寺通の一枚です。なぜこの写真をトップに選んだのか――もちろん、良く撮れている写真だということが前提としてあります。なにしろ若い女性がひとり、気持ちよさそうに通りのベンチで本を読んでいるという、まさしく絵になる風景です。そもそも若い女性が公道というこのようなロケーションで不安を感じずに佇んでいることができる、さらには佇みたいと思えるという環境は、日本においてそうなかなかあるもではありません。
つまり定禅寺通は日本を代表する目抜き通り(すなわちその都市を代表する通り)だということができると考えたので、冒頭にとりあげたわけです。

しかし、よく考えてみると、定禅寺通は戦前には存在しない通りです。この通りは城下町仙台の遺産を受け継いでいる古くからの味のある通りといったものではなく、戦後の戦災復興事業のなかで生み出された近代の通りであるということは自治体学会の会員の皆さんだったら常識でしょう。
ということは、この通りを構想した人たちがいるということです。それも遠くない過去に、われわれの先輩たちがこうした通りを計画し、実現させてきたのです。
広路2号定禅寺錦丁線(今日のように定禅寺通と呼ばれるようになるのは、1947年に河北新報社が実施した新街路や緑地帯の愛称募集からのようです)の東西路は、南北の基軸である広路1号東二番丁線(現東二番丁通)とともに、この大都市を十文字に切り分け、近代化を進めるための基線でした。これによって杜の都という都市像が定着することになったのです。
都市を十文字に開くという発想は、おそらくは近世の城下町自体が大町通と奥州街道とによってやはり同じように十文字に切り分けられていたことによるのかもしれません。近代の十文字は近世の十文字とは少しずれて引かれたことによって、近世と近代とが隣接しながら並立するという余地が生まれたのです。大町通の東半がその後、中央通のアーケード街になっていったのはご承知の通りです。

同時に定禅寺通は東の勾当台公園と西の西公園とを結ぶパークウェイでもあります。
ただ、パークウェイを構想するにあたっても、当初は高さが2mにも満たないひょろひょろのケヤキの木々の列植がやられたにすぎませんでした。道路のアスファルト舗装が始まったのは1954年でしたので、それまでは風が吹くと砂ぼこりが舞う「仙台砂漠」とも言われたようです。
街路樹の植栽は1949年に始まり、1966年に完了しています。完了直後の写真を見ると、場違いに広い道路幅ばかりが目立つ通りだったことがわかります。当時のひとびとは、こんにちの緑豊かな定禅寺通のような姿を想定して植樹を進めていったのだと思います。だとすると、我々の先輩たちの慧眼は恐るべきものだと言わざるを得ません。
これが可能となったのは、都心部の主要な広幅員街路の無電柱化工事が早くも1949年からスタートし、1953年度までに完成したことが大きいということも忘れてはなりません。早い段階でけやきが伸び伸びと枝を張ることのできる環境が整えられたのです。

こうした長年にわたる様々な努力によって今日の魅力的な定禅寺通の景観が生まれたのです。ひとつの街路風景の背後にこうした物語があることを知り、その物語を可能にした人々の構想と努力に想いをいたすことこそ、私たちにとってまずはじめにやるべきことなのではないでしょうか。
そして、定禅寺通に佇む写真の女性のようなユーザーが、これからもこのベンチを心地よいものと感じてくれるためには、どのような努力を私たちは続けていかなければならないのかを考える必要があると思います。
こうした想いを込めて冒頭に定禅寺通の写真を置いたのでした。残念ながら具体的な文言は本文中には入れることができませんでした。この場で皆様と共有できて、のどのつかえが幾分かはとれた心境です。

夜なべ談議が盛り上がることを祈っています。

申し込み

(9月10日~30日または定員20名に達し次第締め切り)
*申し込み方法は「こくちーず」から
*参加費 7千円(税込み)(1泊2食)

詳細

http://bit.ly/2NYRvGi

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