『色彩の手帳』の書評を設計事務所「EAU」の田邊裕之さんにお寄せいただきました

”分析的・要素還元的になりがちな風景の捉え方の中で統合する視点を持った本書は、色に限らず様々な分野にも役立つと思います。…職業上やむなく色を扱うことになった人、でも風景に希望を持つ人、そんな人に届くと良いなと思います。“

土木デザインを専門とする設計事務所・EAUの田邊裕之さんより、発売後から各所で好評いただいている『色彩の手帳 建築・都市の色を考える100のヒント』の書評を頂戴しました。


本日は『色彩の手帳 建築・都市の色を考える100のヒント』(加藤幸枝著、2019、学芸出版社)について。

もともとはそんなに長く書くつもりはなく、思いの丈をそのうち発信しようと思っていただけなのですが、先日著者の加藤さんにお会いした際につい「書評」と口走ったのが発端という、仕様もない話です。

それはさておき、光栄にもあとがきでわざわざ名前を挙げていただいた通り、著者の加藤さんとも編集者の神谷さんとも知り合いで、そういう意味では純粋な書評ではないことはご容赦ください。

加藤さんとの出会いは、いろいろ端折って書くとGSデザイン会議というNPO法人のフリーペーパーの編集会議でご一緒したのが初めで、その頃私は修士1年の学生だったと思います。神保町の街歩き地図を書くという企画で、みんなで神保町の街を彩る建物のタイルの色を測ろう!というワークショップを開催して、それを地図にまとめるというものでした。内容は下記より当時の記事が見れるのでご笑覧ください。


【GROUNDSCAPE paper 第2号】

http://www.groundscape.jp/paper/no02.html


そのときは単に、まちの見方として外壁を測色するという見方をする人もいるんだなくらいの認識でしたが(加藤さん、ごめんなさい!)、フリーペーパーの編集会議でお付き合いをする中で愛を注いでいただき、今日まで関わらせていただいています。

こんなどうでもいい自慢話をしているのも、この本が同じくらい思いやりに溢れた本だからです。

この本は副題に「建築・都市の色を考える100のヒント」とある通り、100の項目について見開き2ページでまとめて書いてあり、興味を持ったどこから開いても読める構成になっています。

その次に各項目をまとめる小見出しがローマ数字の1から9まで、さらにそれらがまとまって3つのパートになる構成です。

各パートは「Part1 色を知り/色を考えるための50のヒント」「Part2 色彩を使いこなすための基礎知識と目安」「Part3 色彩計画の実践に向けて」となっていて、Part1が50ヒント、Part2が37ヒント、Part3が13ヒントです。

Part1の50ヒントにピンときた人はご存知かと思いますが、この前に「色彩の手帳 50のヒント」というものが2016年に出ており、それを増補改訂したものがPart1になっています。
(ちなみに50のヒントは自費出版で、そのメッセージが編集者の神谷さんに届いたのが今回の本の馴れ初めです)

加藤さんのどこが愛に溢れているかの比較で言うと、普通建築や土木の教科書はいきなりPart2の表色系の解説から始まるのが一般的で、しかもなぜそれが必要だったのかも説明されず、いきなり「マンセル表色系とは色相・彩度・明度からなり、うんぬんかんぬん・・・」みたいな解説がされて、数ページで終わります。おそらくどの分野でも教科書にちらっとは書いてありますが、まともに講義できる先生もいなく、ただの暗記科目です。

ところがこの本では、色のここが不思議ですよね、色ってこうじゃないですか、みたいな問いかけに前半半分を割いていて、自分の体感の延長としてこの本、ひいては色を捉えて欲しいというメッセージが凄まじいです。さらには見開きの構成として左頁には図版とその解説、右頁にはいわゆる本文となっていますが、図版解説の熱量が半端ないというところも味噌です。

まだ読んでいない人はぜひ右頁の本文だけを読んでいったときの印象と、頁通りに左頁の図版→解説→本文と読んだときの印象の違いをレビューして欲しいところですが、結論だけ言ってしまうと図版の解説文含めて本文になっているところが本書の味噌というか、加藤さんらしいところです。あくまで「ヒント」の本なのでこれが良いとは言い切らないでいて、加藤さんの意見は解説を読むと読み取れるようになっています。図版によって解説文があったりなかったりするのもポイントです。

ここまで、ぐたぐだ書いてしまいましたが、内容について少しだけ。

この本に繰り返し書かれていることは絶対的に悪い/良い色は存在しないということ。現在の、とくに景観行政では基準がマンセル値として数値化されて、その数値が独り歩きして誰も幸せにならないみたいなプチ・ディストピアが日常的に繰り広げられています。

でも加藤さんの文章には、色は全体のバランスの中で決まるもので、その見え方は、慣れたつもりの私でも容易に変わりますよ、という吐露が繰り返し出てきます。

一方で組合せのバランス感覚、調和感には人間的(あるいは歴史的)な法則があり、そこはかなり理論的に再現できる、というのも同時に主張されています。その辺りに加藤さんが全体としての風景というものに興味を持たれ、それを操作・分析する学問としての景観に興味を持たれた理由があると思います。

風景を五感をもって捉えるというのは、口で言うのは簡単ですが、実際にやろうとすると難しいもので、今となっては有名なサウンドスケープも、私としては音に偏重するあまり本質を見失ったものではないかと思っています。

音と音楽の違いはこの本のヒント12を参照いただきたく、あるいは個人的にはそのあたりは修論で取り上げた話なのでここでは触れませんが、そういう意味で加藤さんの言う色彩は、風景を統合的に捉える視点に溢れています。あるいは中村雄二郎さんの言葉でいうと共通感覚に繋がるものと思います。

分析的・要素還元的になりがちな風景の捉え方の中で統合する視点を持った本書は、色に限らず様々な分野にも役立つと思います。こういう方法論は一般化せずとも大家としての地位を確立してしまえば、かえって自分の好きなことに時間を使えるとも思ってしまいますが、そこをあえて公開していただいたからには、職業上やむなく色を扱うことになった人、でも風景に希望を持つ人、そんな人に届くと良いなと思います。


以上、田邊さんのFacebookより転載