異文化、ところが本質【クリスマス】|連載「京都の現代歳時記考 -木屋町の花屋のささやかな異議申し立て-」

先人たちが日本の気候から見つけてくれた、
美しいもの・儚いもの・恐いもの、その中で生きていく知恵と工夫。
そんな季節特有の本来の暮らしぶりと、現代の暮らしぶりを結び、歳時記を再解釈する。

松尾芭蕉は言った。「季節の一つも見つけたらんは、後世のよき賜物」
私たちは、100年後の人々に、どんな贈り物をできるだろう。

なんかわくわくして、めぐる季節を感じて、余裕があれば祝えばいい。
ちょっと変わった視点から、京都・木屋町に店を構える花屋の主人が現代の暮らしにすこしだけ反抗します。

執筆者プロフィール

西村良子

京都木屋町の花屋「西村花店」店主、華道家。1988年京都府生まれ。2010年関西大学卒業。先斗町まちづくり協議会事務局兼まちづくりアドバイザー。2017年に花店を開店し、現代の日本での花と四季の楽しみ方を発信し続けている。木屋町の多くの飲食店や小路は西村さんの生け込みで彩られている。

11月が終わりに近づくと、示しを合わせたように一面クリスマスの景色になる日本のまちの様子は、本場の方の目にはどう映るのだろうと思わないではない。

キリスト教が浸透している国の、家族で過ごす神聖な夜を話に聞くと、この商業的なお祭り感がやや否めない日本のクリスマスには、なんとなく後ろめたさを感じる。とは言え日本でも、歳時記として定着しているのは確かだ。キリスト教の祭事であると知った上で、デコレーションはもちろん、食事やケーキやサンタクロースやプレゼントを贈る習慣など、様々な面を取り入れて、みんな12月という季節を楽しんでいる。

もしかすると他のどの行事よりも、老若男女問わずたくさんの人が、自然に生活に取り入れている歳時記かもしれない。

最近では花屋もその恩恵に預かっている。昔は売れもしなかった、クリスマスリースやスワッグ、デートには赤いバラのプレゼント。花市場にも、クリスマスらしい杉などの針葉樹や常緑樹、飾りにつける実物、ゴールドに塗られた枝や葉が年々増えている。そんな中で、今年はご近所のワインバー様からおもしろいリクエストをいただいた。「お正月にも飾れるクリスマスリースをお願いします」。

はじめは「うーん」と思いつつも、クリスマスカラーの赤・緑・金は、松の緑、南天の赤、水引の金色と、お正月のカラーリングと同じだということに気が付く。北半球で同じ季節に愛でることができる植物は同じなわけだ。キリスト教にとって最も大切な祭事であるクリスマスと、日本で最も大切な日々、お正月。寒い冬でも、生命力のある緑の葉を落とさない常緑樹に特別な力を見出し、花の咲かないその季節に実る赤を彩りに添えて出来上がる神聖な冬の色合わせは、どちらの文化にも共通する。

ところでお正月の準備は、クリスマスが終わってから大晦日までのわずかな期間に大慌てですることが多いけれど、昔はもう少し余裕があった。12月13日、江戸時代に縁起が良いと定められた「正月事始め」と呼ばれるこの日から、人々は時間をかけて家を掃除したり、お節料理の仕込みをしたり、門松用の松を切りに行ったり、しめ縄の準備をした。

お歳暮は今も残る習慣だけれど、配送ではなく実際に親族やお世話になっている方のお家へ赴き、鏡餅やお節に使える食材をお贈りした。こんなに前から入念に準備をするのは、1月1日には、その年の幸運を司る一年で最も大切な神様を、家にお迎えするからである。あまりにも重要なので実際の準備に時間がかかるのはもちろんだけれど、人々は料理や飾りを楽しみつつも、年の節目という大きな行事に向けて、心の準備をしていった。

26日からの準備は確かに慌ただしい感じがするけれど、お節は迷うくらい予約できるお店があって、ミニ門松やしめ縄飾りはスーパーマーケットでも買える。家の掃除はなんとなくしたい気がするけれどお客さんが来るわけでもなくほどほどに、年賀状はラインが主流。13日からコツコツ準備をする必要なんてない。だけどもしかしたら、それでは心はついていかないのかもしれない。

一日から開いているお店も少なくないし、昔に比べればお正月はどんどん特別な日でなくなっている。それでも、カウントダウンで盛り上がった後の元旦の冷たい空気は、いつもと違う気がする。普段はなかなか作れない家族とゆっくり過ごす時間に、初詣。お年玉を握りしめて行くバーゲンも、立派な歳時記なのかもしれない。そうやってハイとローが入り混じったいつもとは違うスペシャルな時間をくぐって、落ち着いたころにようやく新しい年は動き始める。この流れは、きっと昔と変わらない。

正月事始めがいつ頃人々の習慣からなくなってしまったのかはわからない。因果関係も証明できるわけじゃないけれど、現代ではクリスマスが、正月事始めの役割を果たしているのではないかと思う。カラーリングだけでなく、クリスマスに向けて過ごす12月は、正月事始めに少し似ている。親しい人に会ったりプレゼントを贈り合いつつ、少しずつその年の終わりを実感していく。

単なる真似事に見えるクリスマスはもう、日本人にとってなくてはならないイベントだ。イエスキリストがお生まれになったのが1月25日なら、きっとこうはならなかった。事始めは、クリスマスに姿を変えてちゃんと私たちの中に生きている。

「歳時記」にクリスマスの項を入れるときは、正月事始めのことを注釈につけたい。この国に特有の幅をもって移り変わって行く季節と、それを動かしているのが人々の心なのだということを。「伝統」ではなくて、本当に大切なことを。

季節の花

ポインセチア(トウダイグサ科)

クリスマスの花としてあまりにも有名なポインセチアは、実は雪を知りません。
原産国はメキシコ。年間を通して気温が25度を超える熱帯雨林に生きる木なのです。
17世紀にやってきた修道会の僧たちが赤と緑の星形の葉を発見して以来、クリスマスの花として世界に広まりました。
雪は、窓越しに見せてあげてください。
メリークリスマス!

小噺

本連載の執筆者が構える「西村花店」であるが、実はこの花屋何やら企んでいるらしい。
小噺として、今後の「西村花店」の行く末も紹介。
毎話の再解釈が花屋の空間にどう昇華されていくのか、そんな様子もお楽しみください。

単語禄
事始(ことはじめ)

12月13日から、お正月の準備を少しずつ始めることです。京都では花街の師走行事の一つともされており、本家やお得意さん、お師匠さんなどへあいさつ回りをします。芸妓さんや舞妓さんが揃って舞の師匠のところへ挨拶に行かれる様子は何とも華やかです。

わくわく

楽しみすぎて、その日がより楽しくなるように私たちは準備をしたり、その日にわくわくしたりします。心躍ることには準備が付き物なようです。しかし、準備が不足していると、心がついていかないのか、投げやりになったり、どうでもいいフリをしてしまいます。季節に浮かれてわくわくすること、忘れたくないですね。


企画・編集・小噺イラスト:安井葉日花(学芸出版社)
題字:沖村明日花(学芸出版社)


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