第27回「サンベルトのブーミングシティ オースチンの異変(3)―― テキサスがカリフォルニアに取って代われない理由」連載『変わりゆくアメリカからさぐる都市のかたち』

この連載について

アメリカで展開されている都市政策の最新事情から注目の事例をひもときつつ、変容するこれからの都市のありよう=かたちをさぐります。

筆者

矢作 弘(やはぎ・ひろし)

龍谷大学フェロー

前回の記事

テキサスはカリフォルニアの対抗馬になれるか?

21世紀に入ったころからカリフォルニアとテキサスがライバル視されています(Texas is the future of America, Oct.5, 2021, AP)。それまではニューヨークがカリフォルニアと比較され、対抗馬でしたが、人口、GDPの両面でテキサスがニューヨークを凌駕し、2位に躍り出て以来、テキサスがカリフォルニアの対抗馬になりました。

サンフランシスコ湾岸からヒューストン(シリコンプレーリー)、オースチン(シリコンヒルズ)にITハイテク企業の転出が続き、2010年代には、「ハイテク産業のリーダー役がカリフォルニアからテキサスに代わる」という主張も散見するようになりました。

不動産関連のオープンハウスが、コラム「カリフォルニアからテキサスへ企業移転が相次ぐ理由」をホームページに載せていました(2024年10月4日)。

  • カリフォルニアはビジネス規制(労働、環境関連)が厳しい。所得税(法人、個人)が高い。テキサスは所得税がなく、土地を含めて不動産を手ごろな価格で取得できる。
  • オースチンのシリコンヒルズがシリコンバレーに取って代わり、テクノロジー企業の拠点として急成長している。

テキサスは「税負担、不動産投資の両面でカリフォルニアに比べて優位である」という解説です。そして記事は、カリフォルニアからテキサスに企業移転が起きていることを踏まえ、「時代は〈バレー〉から〈ヒルズ〉へ」と書いていました。前回紹介したJETROのレポートも、オースチン謳歌論でした。

それに対して本連載は、そうした見方に「?(疑問符)」を投げかけるシリーズです。テキサス、さらにはオースチン絶賛論に対し、「ちょっと待って下さい。そうした評価は、少々、早とちりで誤解を招きます」という論旨です。

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「オースチンで始まった異変」をめぐってはその評価に違いがあります。

楽観論

テキサスでは、ハイテク関連の投資が急ピッチ過ぎるため、昨今、その矛盾が表出している。しかし、オースチンで起きている異変は、「あくまでも調整プロセスに過ぎず、短期的、したがって循環的な都市の動態である」という見方がある。

そうした説によれば、2020年ごろまでの「狂乱乱舞の高度成長路線」には戻らないが、

  1. テキサスへのハイテク企業とハイテク人材の集積は遠からず復活し、
  2. オースチンでは、サンフランシスコ湾岸のシリコンバレーに対峙するシリコンヒルズの形成がさらに加速する

――という見方になる。

悲観説

一方、都市の循環的発展については、そうした楽観論を批判して別の論説がある。シリコンバレーが成功し、サンフランシスコ湾岸では土地が不足し、オフィスや工場用地、さらには住宅地が高騰し、QOL(生活の質)が低下した。そしていよいよ、「カリフォルニア病」などと揶揄されるようになった。

おかげでテキサスのシリコンヒルズやシリコンプレーリーは、シリコンバレーの困難が追い風になって高度成長したが、都市の循環的発展を長期的に眺めれば、「テキサスのシリコン拠点もシリコンバレーと同じ道程を歩む。いずれ「テキサス病」を患うのは避けられない」。

長期的な展望をめぐっては、オースチン-サンアントニオの間でツインシティ(双子)都市圏が形成され、高度成長の受け皿になる――「高度成長に伴う矛盾は、双子都市圏全体で受け止め、緩和される」という別の楽観論があります(The rise of the super metro: Austin and San Antonio’s future fusion, Partners Real Estate, August 7, 2024)。

両市の間は140kmです。州際高速道路I-35号線が走っています。それを使うと移動が2時間で済みます。オースチン-サンアントニオを高速鉄道で結ぶ計画も、実現に向けて動き始めようとしています(Exciting update: Bullet train coming to Austin, Austin Relocation Guide, Nov. 26, 2024)。確かに2都市圏の統合が進みます。
実際に両都市圏の間にある小都市群では、人口が増えています。2023-2024年の人口増加率は、アメリカ全体(およそ3500都市圏・郡)で上位9番目(4.6%の増加)にランクされました(Surprising Central Texas county is among fast-growing in the US, Austin Cultural Map, March 12, 2025)。QOLが悪化するオースチンを逃げ出す人口の、絶好の受け皿になっています。

サンアントニオ

オースチン-サンアントニオのツインシティ都市圏構想は、「それぞれの都市が強さを発揮し、その相乗効果でさらに次のレベルに飛躍できる」と主張しています。

  1. オースチンはハイテクのパワーハウス
  2. その集積の弊害を緩和するために、サンアントニオがデータセンターなどのバックオフィスや新技術の実験施設とロジスティック基地を引き受け
  3. 両市の間にサンマクロスという小規模都市がある。そしてサンマクロスがアフォーダブルな住宅地をI-35沿いに提供する

――という構想です。

ところが、このツインシティ都市圏構想には、既に疑問符が投げかけられています。地元紙のTexas Tribuneが「その構想には、準備ができていない」という記事を掲載していました(Texas is not prepared for Austin―San Antonio’s population boom, Nov. 29, 2024)。構想が描く都市圏では、2050年までに人口が830万人(現在520万人)に増える予測になっています。

しかし、「その人口急増に対応する住宅供給や交通インフラの目処が立っていない。そしてなによりも、砂漠と草原地帯なので水資源(都市用水、工業用水)の確保が最大の課題になる」と記事は指摘し、「むしろ、都市の成長管理に軸足を置くことが大切になる」と論じていました。

テキサスがカリフォルニアに取って代われない4つの理由

本稿の冒頭に「時代は〈バレー〉から〈ヒルズ〉へ」という、コンサルティング会社の予言を紹介しましたが、ここでは「そうした議論は、当面、実現しない」という論拠を示しておきます。

  1. オースチンでは国際空港の整備が行われているが、現状、ローカル空港+αの規模である。サンフランシスコ空港には大手航空3社、アラスカ航空、サウスウエスト航空、ハワイアン航空(アラスカ航空が買収)などの準大手航空、さらに海外の航空会社が大量の航空便を飛ばしている。この航空インフラのギャップは、シリコンバレーと競争する際に、オースチンには大きなハンディキャップになる。
  2. テキサス大学システムの本部がオースチンにある。理系、医学系の研究教育に力を入れている。レベルも高いが、サンフランシスコ湾岸にはスタンフォード大学、IT系に強いサンノゼ州立大学、医学系のカリフォルニア大学サンフランシスコ校、そして研究開発型の大学ランキングで常にトップクラスに評価されるカリフォルニア大学バークレー校がある。
    人材の輩出では、オースチンが明らかに劣る。キャッチアップするのは容易ではない。州立大学1校が、そうした集積と実績に、短期間で対等に立ち向かうのはほぼ困難である。
  3. 「オースチンでは、ハイテク企業育成のエコシステムの形成が進む」という指摘がある。しかし、オースチンは、資金面でもシリコンバレーのはるか後塵を拝している。
    オースチンでは、ベンチャーキャピタルによる投資は2021年に67.5億ドルあったが、2023年には38億ドルに激減した(Texas attracted California techies, now it’s losing thousands of them, Texas Monthly, April 26, 2024)。同じ時期にパラアルト(シリコンバレーの中心地)でもベンチャーキャピタルの投資が減ったが、それでも2023年の投資額は600億ドルを超えていた。その実力の差は、相撲に例えれば横綱と序の口の違いがある。
  4. テキサスの夏は暑い。夏の冷房のために電力需要が跳ね上がり、しばしば停電に見舞われる。「夏のテキサスで大停電が起きる可能性は、ミシガンに次いで2番目に高い」という調査報告がある(Texas plugs in among states at highest risk for summer power outages, CutlturalMap, June 11 2025)。
    大停電では、日射病で亡くなる人が出る。オースチンで2023年夏には、華氏100度(摂氏37.7度)超えの日が78日あった。地球温暖化の影響が深刻である。内陸にあるオースチンでは、冷房の光熱費が嵩む、水不足が深刻になる(Austin sweats with 50 more days abnormally hot days than it had in 1970, CityMap, June 4, 2025)。
    一方のサンフランシスコ湾岸は地中海性気候である。基本的に温暖である。年間を通じて海と山のレジャーを満喫できる。自然環境をめぐってもサンフランシス湾岸のQOLは、オースチンを上回っている。

テキサスは所得税(法人、個人)がなく、「それを理由にカリフォルニアやニューヨークの企業、それに富裕層がオースチンやヒューストン、ダラスに引っ越す」という話をしばしば聞きます。

しかし、実際に引っ越したところ、「税負担が軽いということはなかった」という落胆の声も報じられています。不動産税が重いのです(Texas Monthly, April 26, 2024)。結果、「テキサスは、税負担率で上位10州に含まれる」というデータがあります。

それに州政府が小さな政府主義です。自己責任主義の行政です。したがって社会サービスがカリフォリニアなどの民主党系の州に比べて貧弱です。健康福祉政策が脆弱です。そして健康保険に未加入者が多い。子供の貧困率が高い(20%)。

教育面でも、公立の小中高校に対する支援が薄く、生徒の成績は芳しくない。州立大学機構はカリフォルニアがはるかに優れています(University of CaliforniaとCalifornia State Universityの2システムがある)。コミュニティカレッジも、カリフォルニアが質量とも先行しています。

テキサスの行政は自由放任主義です。規制は緩いのですが、それゆえの問題が多くあります。2021年2月に吹雪に襲われ、大停電になりました。電気に加えて水、食料の供給が完全に停止しました。寒さと飢えのために250人が亡くなりました。直接の引き金は冬の嵐でしたが、大停電を起こし被害が甚大になった根本原因は、電力供給網をめぐって規制緩和が長期にわたって行われたためでした。2023年9月にも熱波に襲われ、電力供給がストップする寸前まで追い込まれました。

教育、あるいは電力などの基本的なインフラでは、明らかにテキサスはカリフォルニアに劣っています。それでもカリフォルニアに対するテキサスの優位性を強調するのは、テキサスに対する判官贔屓からです。

オースチンはQOLが高く、保守的なテキサスにあってリベラルな雰囲気があるなどの理由から、カリフォルニア、それに冬の寒い東西海岸の北部、さらには中西部からの人口移動がありました。しかし、その評価が反転し、裏切られた感を抱く移住者が増えています。

「太陽がいっぱい」の実態は、熱波の酷夏です――4~10月にエアコンが必要です。安かった住宅は価格や家賃が高騰しています――テキサスは不動産税率がそもそも高いのですが、住宅評価額が高騰し、さらに不動産税負担が増えています。

サンベルトでは、ハリケーン、竜巻など天災が激しさを増し、来襲の頻度が上がっています。突風で超高層タワービルの窓ガラスが割れる、ということがありました。住宅の被害が広がり、損害保険料が高騰しています。テキサスでは、住宅の損害保険料がアメリカ平均の2倍を超えています。おかげで「安い住宅費」の利点を帳消しにしています。保険をかけられる人が減っています。

損害保険会社も支払い保険金が増大しています(カリフォルニアも大火に見舞われたロサンゼルス都市圏では、同じような話が報告されている)。そのため店仕舞いをする保険会社が出ています。それほど損害保険の問題は深刻です。気候変動危機を考えるとこの状況はさらに悪化します。

”ブーム終焉”を警告するメディアの論調

オースチンに対するメディアの評価も厳しくなっています。

  1. 雑誌News Weekが「こうした事実は意外と知らされていない」と警告を発し、いよいよ「サンベルトはブームが終わる!」という記事を書いていた(The sun belt boom is over, newsweek, May 24, 2024)。人災(過度な集積が起こす住宅費の高騰)と天災のダブルパンチを浴び、「サンベルト、特にオースチンのブームは終焉する」と指摘。
  2. 最近、ウォールストリート・ジャーナルが「オースチンのテクハブ(Tech-hub)化は終わる」という、少々ショッキングなニュースを流した(Austin’s reign as a Tech-Hub might be coming to an end, May 20, 2025)。「西海岸(シリコンバレー)、東海岸(ニューヨーク、ボストン)からハイテク企業、ハイテク人材を呼び込み、オースチンはハイテク都市に急成長したが、企業/人材の逆流が起きている」

オースチンでは、2024年のビッグテク企業の雇用は前年比1.6%もマイナスでした。同様にスタートアップ雇用も同4.9%減少でした。同じ時期に東西海岸の都市では、ハイテク雇用が増加していました。

ウォールストリート・ジャーナルの記事は、オースチンを先頭にダラスやヒューストンでは、生活の質が悪化し、テキサス病が始まっていることに加え、「シリコンバレーやニューヨークなどに比べてテク文化(tech-culture、ハイテクのエコシステム)が劣っていることが昨今の逆流につながっている」と指摘していました。また、台頭してきたAIをめぐっては、SF湾岸が圧倒しています。

ウォールストリート・ジャーナルの記事に対しては、早速、地元の経済界から反論が出ました(Austin business leaders defend city’s status as top tech hub, CulturalMap, May 22, 2025)。

記事では、「オースチンは2018-2023年にビッグテクの雇用を40%も増やした。その超高成長の微調整が起きるのは当たり前。オースチンはシリコンバレーの失敗に学び、そのテツを踏まない」という経済団体幹部の発言が紹介されていました。

問われる、持続可能でアフォーダブルな都市の”かたち”

本稿の1回目に引用した雑誌NewYorkerのジャーナリストは、エッセーの末尾の方で、オースチンっ子は「オースチンの成長にアンビバランス(愛憎半ば)である」と書いていました。高度成長が生む利益と負担――「その損益計算が難しい」という筆調です。

「オースチンの奇跡」がこれまでのようにハイピッチで継続することは難しくなりますが、調整期間を経て新たな「かたち」でハイテク企業/プロフェッショナルの集積を再開することは間違いないように思えます。問われているのは、その持続可能な、アフォーダブルな「都市の「かたち」」です。

半面、「その集積、その経済規模、その影響力がサンフランシスコ湾岸のシリコンバレーを凌駕する」と主張するのはいささか時期尚早です。ハイテクやAI、バイオ関連でテキサスがカリフォルニアに比肩し、カリフォルニアを追い越することも、近い将来には起きない。

オースチンの異変は、サンベルトの狂乱ブームが曲がり角に至ったことを示唆していますが、逆に「サンベルトがこのまま失墜する」という議論も極端に過ぎます。

(つづく)

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