『一級建築士受験 マンガでわかる製図試験』著者・ヒヅメさん、山口達也さんに聞く
「角番」と呼ばれる製図試験3度目のチャンスにかける主人公が、まわりの人たちからの「気づき」や「ノウハウ」を手に突き進む物語を描いた異色の受験マンガ『一級建築士受験 マンガでわかる製図試験』。
著者である一級建築士で漫画家のヒヅメさんと、人気講座「製図試験 .com」を運営する山口達也さんへのインタビューのもようをお届けします。
おもなトピック
- “ストーリーで聞かないとわからない”という声
- 合格という到達点は変わらない。そのプロセスに工夫がある
- 頑張って勉強しても3分の1しか合格できない試験
- 知識ではなく思考法の基本を“ベタベタに”描いた
- 実務経験と受験資格の関係について
- 「考える」とは、情報を「引いて」いくこと
- 柔軟に対応できるパターンのストックを増やすこと
- マンガだったからこそ描けた受験の世界
- 読者へのメッセージ
2021年5月7日(金)/学芸出版社1階ギャラリーにて
聞き手・松本優真(学芸出版社編集部)
“ストーリーで聞かないとわからない”という声
――『一級建築士受験 マンガでわかる製図試験』発売おめでとうございます。
山口・ヒヅメ:ありがとうございます。
――ヒヅメさんと山口達也さんのお二人で執筆された本です。
これまで製図試験の受験参考書を数多く手掛けてこられた製図試験.comの山口さんと、実際に一級建築士を取得されたヒヅメさんが組んで、マンガで製図試験を解説するという試みでした。
マンガにすることで、どのようなことを、どういうふうに伝えたいと思われたのでしょうか?
山口:自著『一級建築士設計製図試験 ステップで攻略するエスキース』(以下、『ステップで攻略するエスキース』)は、理論書・参考書なのですが、5年くらい前から、まわりの受講生から理論だけだと中身が頭に入ってこないと言われ続けていたんです。ストーリーの中で話を覚えたり記憶に落としこんだりというテキストが欲しいと。
でも最初は、「え? ストーリーで聞かないとわからないの?」みたいな印象でした。エスキースって一つの理屈で覚えるようなイメージがあったんですが、実際に自分の体験を通じて考えてみると、たしかにストーリー性って大事だよなというのはずっと頭の片隅にはあったんです。
――なるほど。普段、講座で教えられている時にも、対策のスタートから合格というゴールまでのストーリーは思い浮かべられているのでしょうか?
山口:もちろん、それはそうなんです。ただ、あの文字や数字が羅列されている『ステップで攻略するエスキース』では、頭に入らないと言われるんです。たとえば、このじゃがいもがこの大きさで40グラムの重さですと個々の理由を教える、のではなく、この大きさにはこういう理屈があって、こういう風に食べると美味しいんだよ、というような、ストーリーがあると頭に入るけども、数字で言われても、と。もっと意味をもちたいみたいなんだよね。
ヒヅメ:それこそ今、そのようなものはレシピ動画などになっちゃってるぐらい。解説動画とかもありますしね。一連のストーリーで見たいという欲求がかなりあるんじゃないかと思っていて。山口さんも最初それを聞いた時、「え?」ってなったのと同じように、たぶん多くの人は、「それを建築士試験でやるのは無理かな」と思っていたかもしれないです。
――ヒヅメさんは、「難題」と思われるような、製図試験をマンガで解説するということについて、オファーがきた時どのように思いましたか?
ヒヅメ:「あー、ようやく来たか」と思ってましたよ。(笑)
――それは、ご自身の体験を踏まえたもの(ヒヅメ著『一級建築士になりたい』)をもともと作られていたからでしょうか?
ヒヅメ:そうですね。それを描いたあと、いつかどこかの出版社から声がかからないかなと思って活動をしていて。今回の企画『マンガでわかる製図試験』のようなものはずっと作りたいと思っていたので、そうなってくると、たぶん出版社さんの協力が必要になってくるなって思っていました。裏付けをしたりだとか。監修であったり、校閲であったりをきちんとつけて、技術書としてもしっかりしたものをつくるために、どこからか声がかかってほしいなあと思ってたので、喜んで飛びつきました。
合格という到達点は変わらない。そのプロセスに工夫がある
――お二人で一緒にやるとなったとき、「表現」の部分はマンガとしてヒヅメさんがかかわると思うんですけれども、一方で「知識」の部分をどうストーリーにしていくか、という点については、どういう役割分担を意識されたのでしょうか。
山口:最初、『ステップで攻略するエスキース』があるので、これをマンガ化したらいいんじゃないか、ぐらいに思ってたんです。ただそうすると、結局これをマンガで解説してるだけみたいになるから、やっぱり頭に入らないよねって話になって。これ全部をマンガ化するっていうのは、企画途中で諦めたんです。
でもそのあと、ヒヅメさんのアイデアがいっぱい入って、編集者のアイデアやアドバイスがあって当初のイメージからするとちょっと変わったよね。
ヒヅメ:そうですね。役割分担で言うと、技術的なところは山口さんがやって、それ以外は全部僕、みたいな。それぐらいのざくっとしたところから始まって。
『ステップで攻略するエスキース』から要素を全部書き出して、それをどのようにストーリーマンガにするか。それを書き出した要素にのっとってやるところから始まりました。シナリオをそのたびに僕が作っていったのかな。だから、分担としては、おおざっぱには、基本、山口さんが技術を押さえて、それ以外はもう全部ヒヅメがやろうかという感じですかね。
――そのあたりで、難しかったポイント、たとえば、お互いにぶつかったとか、意見が合わなかったみたいなことはありましたか?
ヒヅメ:ぶつかることはなかったんじゃないかと。こっちの方がよくない?とか、こういうのをしてみる?とかいうのがあるぐらいでした。「それは違う!」っていうのは、本当になかったですね。
――ヒヅメさんは、山口さんの講座を受けられた経験があるわけではないですよね?
ヒヅメ:ないですね。
――では、山口さんが念頭に置かれている一級建築士受験のためのエッセンスやノウハウみたいなものが、ヒヅメさん自身が見出した「理想の勉強の仕方」にマッチするところがあったから、しっかりそれらをストーリーに起こすことができたということなんでしょうか?
山口:おそらく、一級建築士に合格するっていう「到達点」は変わらないんです。どんな勉強法をしようとその到達点に変わりはなくて。結局、減点方式の試験なので、いかにミスを少なくしながら、着実に問題文に書いてある空間を図面として実現するかっていう試験なんです。
一方、到達点とは違って、その「プロセス」については、僕らのメソッドがあったり、資格学校のメソッドがあったり、いろいろあるわけなんです。でも、到達してしまうと、そのメソッドを見た時に「あー!そういう風に考えてるのね」とか、「ボリューム出してやってたけど、こうはやってなかったよね」とかそういうのはある。
ヒヅメ:本当にその通りで、この『マンガでわかる製図試験』がそうなんですが、あまりにも細かいメソッドに言及することはやめたんです。「どのようなところを各項目で押さえていかないといけないのか」「エスキースは基本はこういうことをするよね」「条件だとこういうところを見るよね」っていうのを押さえていく内容にしていて。
それを物語でどう描くかっていうのは、一番ミスのない、ベタな方法は提示しているけれども、それ以上のこと、「なんとか法」「なんとかメソッド」みたくは言及はしてないので、ある意味内容についてはもめようが無い気もする。(笑)
山口:いつも言っているのは、国民の生命と財産を守るのが建築士の最大の仕事なので、そのためにどういう職能が求められているかということがあるわけです。だから、それを実現していくために「こんな建築士になってほしい」という像は、あまり面と向かってはしたことがないけれども、その思い描く建築士像はヒヅメさんとすごく似てるんだと思います。
ヒヅメ:当初、テーマを決めようっていうときに、山口さんが言った「国民の生命と財産を守る建物を法律を守って設計していく」っていうのがこの試験の基本だよね、っていう会話から始まったんです。
――そのあたりは確かにヒヅメさんが書かれている「はじめに」にも、“基本はそこにあるというところからスタートしています”ということが書いてあって、すごく印象的でした。
頑張って勉強しても3分の1しか合格できない試験
―― 一方で、国民の生命を守るための建物をつくる一級建築士の製図試験が、年々難問になる傾向にあり、それに対して受験生も苦労されていると聞きます。
あえて試験の問題点や良くない点を挙げるとすれば、どういうところにありますか?
山口:全受験生に考えてほしいのですが、全然勉強せずに受ける人はほとんどいないわけです。みんな一生懸命勉強しているのに3分の1程度の合格率になっているということは、勉強しているのに受からない試験ってどういうことなの?って話なんです。つまり、しっかり学習している人たちが受からない試験になってるってことですよね。
――それは、勉強して身につくものではないところで測られてしまっている、ということですか?
山口:いや努力している受験生が、理解している一定の合格レベルまで学習していたとしても、製図試験では3分の1しか合格できない試験になっているということです。学習が身についている人でも不合格になるという試験なんですよ。
――マンガの中でも、いわゆる「難関国家試験」のしくみに触れる部分で、落とすための試験だ、という分析がなされていました。頑張って勉強しても一定数が落ちてしまう理由について、もう少し解説いただけますか?
山口:試験のしくみとしては、超絶な難問が出ているわけではないんです。そんなに難しくはなくて、どちらかというと真面目にやれば普通に通るようなレベルの問題なんだけれども、合格率は3分の1なんです。
とすると、ちょっとした揚げ足取りみたいな問題にせざるを得ないし、そこに目がいかない人が受からないんですね。試験としては最低なしくみだなっていつも言ってるんですけれども。ただ、普通に勉強していて、受かる人と受からない人の差って、本当に小さいんですが確実にある。あの試験、もともとそうなんですが、最近その傾向が強い感じがします。
――一方で、もちろん主人公のあかりがそうであるように、一級建築士を目指す人には夢を持っている人が多いはずです。
マンガでも、最終的には夢のあるところに持っていくことが必要だったと思うんですが、ヒヅメさんは、試験の現実的な問題と、ストーリーとしての展開は、物語を考えるうえでどのように意識されましたか。
ヒヅメ:最初にそれを話したんです。物語をどういう起伏にするか。僕はマンガ家でもあるから、そこがすごい気になって、どういうエンディングにしよう、どう落ち込むところがあって、盛り上がるところがあって、そういうのどうしようっていうときに、やはり、合格を目指して買ってもらう本なのだから、ハッピーエンド以外ありえないなって。だってそうなって欲しいための本だから。
大変なこともいろいろあるんだけれども、それを一つ一つ乗り越えていって、合格に向かって頑張っていくという、きれいなストーリーです。実際の試験なんてもっとドロドロだよっていうのはあるかもしれないんだけれども。技術的には基本を詰め込んだし、感情的には「みんなが目指したいところ」を詰め込んだつもりです。
知識ではなく思考法の基本を“ベタベタに”描いた
――主人公あかりは、試験に挑んでいくなかで、受験生が陥りがちなミスにことごとく引っかかり、それを受けて対策上のポイントが解説されるという構成になっています。
読んでいてすごく印象的だったのが、恋人であるアラタの鋭い「気づき」や「問いかけ」でした。試験に対して大雑把なアプローチで挑もうとするあかりに対し、アラタが隣で分析的に整理して見ることで問題を打開していくシーンがたびたび登場しました。
建築士試験は、建築自体の知識を問うというよりも、設定された問題や条件を正確に読み解き、それをしっかり表現する別のスキルが要求されている試験と考えてもいいんでしょうか?
山口:最初に言ったように、そんなに難しい試験じゃないんだけれども、ずっと落ち続ける人がいるわけです。そういう人の多くは同じパターンを繰り返している。とくに、あかりちゃんがそうなんだけれども、「ざる」なんです。だから、どんどんガツガツ食いに行くけども、どんどんこぼしてる、みたいな。ああいうタイプの人って受かりにくいんです。
彼女が、一生懸命勉強してないのかって言ったら、めっちゃ一生懸命やってるんです。一生懸命やってるんですけど、あれじゃあ受からない。じゃあどうやったら受かるのかということを、本人は気づけていないんですね。試験に対して真剣なあまり、試験との距離が近すぎて、見えなくなっているわけです。仕事もがんがんやりながら、夜中は遅くまで手描きで図面描いて何年も頑張っているのなのに受かんない場合はそもそも立ち位置が間違っている可能性があるんです。そういったときに、それだけ勉強しているのに受からないのは、何か根本的におかしくない?っていう話を、マンガの中で誰かがしてくれるといいなって思ってて。
ストーリーを考えていた当初は、例えば講師が言えばいいじゃないかという話をしてた時期もあるんです。けれども、講師が言うと、「教える人」と「教えられる人」の関係の「説教話」になるんじゃないか、「また、説教本か!」みたいな。いやそうではなく、あかりちゃんに足りないのは「気づくこと」なんですよね。という話をヒヅメさんとしているときに、じゃあこんなタイプの人がいいよね、みたいなことになったんだよね。
ヒヅメ:主人公のあかりちゃんは、ことごとく試験の罠に引っかかるんです。けれど、それはストーリー都合で引っかかっているんではなくて、彼女はものごとの理解の仕方が雑なんです。その雑さがゆえに、まとめも雑なんですね。だから情報の理解と整理もすごい雑なので、どのステップでも同じミスをしてしまうんです。そこで恋人のアラタ君が気づきのポイントを与えて、「あ、そっか、だからこうなんだ」という正解までのあかりちゃんの思考をできるだけ描くようにしたんですね。
「これが正解です」「はい、皆さんこの通り勉強してください」じゃなくて、「こういうことあるんじゃない?」「じゃあ、こうだと、こうなの? いやこうかもしれないよ」「じゃあ、これだといいんだ」って各話であかりちゃんが気づけるようにしてるんです。思考のノウハウ、考え方のノウハウっていうところを結構重視して描きましたね。
――あかりちゃんがストーリーのなかでたどった試行錯誤のルートには、ヒヅメさんご自身も経験してきたことと重なる部分がたくさんあるんですか?
ヒヅメ:僕もまさにその通りのことをやってたし、僕は資格学校に通ってたので、同じような人を山ほど見たんですよね。他人のことは冷静に見れるので。
これは「あるある」だなあとか思ったり。そのような記憶から、雑なまとめ方をしているとこうなるよね、という蓄積は僕もあるし、山口さんだってものすごい量を見てきただろうから、そこは全然(ネタには困りませんでした)。
山口:ずっとテーマにしている話なんだけれども、これって「コツを学べばいいじゃん」とか「最短距離で行こうよ」っていう話じゃないんです。「こうやれば受かるよ」とか、「こんな風に考えれば受かるよ」とかではない。
例えば、「コツ」で受かったとするでしょう? じゃあ次に、結婚だとか就職だとか、大きなプロジェクトを任せられたといったときに、その人は何から学ぶんだろうと思ったら、結局、また「コツ」を探し出すんだと思うんですよ。一級建築士って、そんなに難しくはないんだけれども、この雑だったり安易な思考プロセスだったりをもう一回組み立て直すための、人生の中で割と最後の機会にも近い。
その時に、「コツ」や「ノウハウ」で逃げちゃうと、次に出てきた壁の時に、絶対同じことする。「どんなコツがあるんだろう」と。「コツ」で乗り越える人生をずっと選択しちゃうことになると思うんです。そこはすごく危惧していて。
ヒヅメ:これから建築士というクリエイターを目指す人たちが、試験をそれ(コツ)で乗り越えていいのかな?みたいな。まあ、どうせ到達点は一緒だし、「コツ」を学んだとしても、トータルの勉強時間ってさして変わらないと思うんです。
だったら、少なくとも僕たちは、あのめちゃくちゃベーシックな、ベタベタの基本をちゃんと提示したいなということを話してましたね。
山口:僕は合格請負人というポジションだから、どうやったら合格できますかって話になるし、こういうテクニックやノウハウがあるんだよという話をするんだけれども、そのような人には「ずっとあなたは、そういうふうに乗り越えていくんですか?」とは問いたいわけです。でも「いや、コツで戦うのは試験だけです」ってみんな言うんですよね。「山口さんもずっと、試験は『しょうもない』って言ってるじゃないですか。『しょうもない』試験なんで、早く取りたいから、『ノウハウ』と『テクニック』だけで行くんです」って言うんです。だけれども、それはホンマかなあっていうのはすごくある。
ヒヅメ:試験自体は、しょせんただの資格試験だから、そこに何か重いもの、キラキラしたものは持ってない。まあ「しょうもない」試験かもしれないんですけれども、ただ「しょうもない」試験に向かっているあなたがたの努力や工夫は「しょうもなくない」と思うわけです。
――それはマンガで描くにあたって、すごく価値のある部分ですよね。受ける人自身の人生や生き方と関わってくる、みたいなところは。
山口:それはさ、この本(『ステップで攻略するエスキース』)で描いたら説教になるじゃん(笑)。また山口の説教かいってなっちゃう。
――「攻略する」って書いてますからね(笑)。
山口:だから、そこは書けないんです。でも、伝えたいのはそこではなくて、ヒヅメさんが今回描いてくれたような話なので、それはすごく良かったと思っています。
実務経験と受験資格の関係について
――この本を通じて建築士試験がどんなものかを改めて知った時に一番印象的だったのが、ある意味でめちゃくちゃ「ドライ」で、創造的な提案は「求められていない」という点です。とりあえず問題に示されたクライアントの意図を、徹底的に、冷静に書き出して、最低限の提案をきちんとすることが求められるものなのだ、ということが印象的でした。
例えば第3話では、「計画して無駄に余るような敷地ってあり得ない」と、アラタ君があかりちゃんに言うところがあります。鋭い指摘ですよね。
このように、実務現場ではありえないけれども、試験問題ではありえるという設定がなされている可能性については、試験に臨むうえでは気をつけないといけないと感じます。このあたりは、実務の常識と切り離して考える割り切りが必要だということになるんでしょうか?
山口:例えば3ヶ月間設計期間を設けて、できあがったものを見せたら、一級建築士レベルかどうかってわかるじゃないですか。本来はそれぐらいのことをやってもいいんだけれども、それを試験では6時間半でやるわけです。
3ヶ月~半年でやるものを、6時間半でやるってなったところには、そこに仮想=シミュレーションがあるので、実務でやっていることと試験でやっていることの関係性は、実務の「エッセンス」をシミュレーションとして試験でやってるんだって感覚なんだと思うんです。
実務でアクロバッティックなことやってる構造設計者でも、実務のシミュレーションなのだと抽象化できない方は、この試験の構造設計を理解できないんです。また、設備でパイプシャフトなどをギリギリまで作っている人なら「なんで1メートル角のパイプシャフト作るの?」とか。実務で頑張ってる人が「この試験嘘ばっかりやから!」みたいなことを言うんですけれども、まさに「嘘ばっかり」なんですよ。しかし合格しようとするのであれば、本来3ヶ月~半年でやるものを、たった6時間半でやろうとしていて、そういうシミュレーションなのだと頭の中につなげないとね。そして、それを逆読みすると「試験ノウハウ」になるわけです。
ただ、ものすごく残念なのは、去年から、大学卒業していきなり受けられる試験に変わったということ。実務経験はいらないよっていう試験に変わったわけです。元々そうだったのか、そういうふうにしたかったのか、ちょっとよくわからないけど、全然実務をやったことない人が受けて、受かる試験になっているわけですよね。試験元はそのことをどう考えてるのかな?って。実務をシミュレーションするという練習はすごく大事なんだけれども、おそらく大学で勉強したことだけでできるということを試験元が言っちゃったっていうのが、とても残念。不思議な試験にしちゃったなという感じがします。
――この試験が実務の最初の一歩で、この先に実務があるんだよというイメージでとらえてはダメな試験、ということですね。
山口:それは編集の仕事で考えてもらえばわかるんですけど、例えば、一冊も本を出版したことない人と、対して、もう三年くらいキャリアを積んだ人が、(架空の)「出版士試験」を受けるとするじゃないですか。ところが、一冊も作ってない人が通る試験だと言われたらなんか違和感ありませんか? 一冊も作らなくても、それ用の勉強をしたら受かる試験になっているわけです。
――つまり本来は、やはり実務経験が求められたうえで受けるべき試験だと、山口さんのお考えとしてあるんですか?
山口:これはもう試験制度だから仕方がない。ただ、そこ(実務経験)には価値はあるということですね。だから建築とは、具体と抽象の往復で、ディテールと全体構想、たとえば、原寸と500分の1のつながりがわかっていることが重要です。そういう世界観であって、具体的なものと抽象的なものの往復をすること自体が重要な建築士の職能だと思っています。
それで、「試験」という6時間半に抽象化されたものと、実際に何年もやってる実務というものが、ある意味つなげられていない受験生は多いんです。そういう能力はあったほうがいいということに越したことはないレベルですけど、僕は大切にしてほしいと願っています。
――ヒヅメさんは、実務と受験の関係についてはどのように考えられていますか?
ヒヅメ:建築士が社会に出て行って仕事を請け負った時に、まず法規を守んなきゃいけない。細かい条例も当然守らなきゃいけない。次に依頼主の要望も聞かなきゃいけない。それを限られた予算でやんなきゃいけない。細かいところで言うと、さらには、気難しい施主さんかもしれない。「あなた」と呼ばれるのがすごい嫌いな人だから呼ばないようにしよう、とか。
そういうのがまず当たり前のようにあって、それをすごく無意識的に、当たり前のようにやりながら、いろんな制限の中で、法的根拠のあるものないものも含めて理解して、そういったいろんな制約の中で、形づくっていくという点では、試験は全く一緒だなとは思ってるんですよ。
試験場でのシミュレーションのために、6時間半にぎゅっとした分のしわ寄せというか必要な制約がそこにはある。「この試験においてはそういうもんなんだ」と、「それは守らなきゃいけないもんなんだ」って理解して、その中で作品を作る。これはまあ仕事でも変わらないですよね。
学生じゃないんだから、建築士が自由自在に奇怪な形の建物を作れるなんてことは、あり得ないわけですよね。ものすごく実直(な職能)ではあるかなと思ってますよ。つながりはこのまま(あるん)じゃないかなって僕は思っています。
山口:だから持っている技術を抽象化して、もう一回具体に表現するっていう話をしてますけれども、僕は意匠系の設計事務所だから、例えば家ばかり設計していたとしても、「いやレストランやれるよね」「はい、やります」みたいな。「店舗もやれるよね」「じゃあ、あと今度は老人ホームがあるんだけどやれるよね」みたいな。それってやっぱり専門的なんだけれども、短期プロジェクトでその空間を読み解いて、資料を読み解いて、空間化していくという能力なんです。
だから試験でやっている、抽象か具体かという話は、設計業務では役に立つ話だと思います。設計している人だけが受ける試験ではないですが、社会人の柔軟性が求められる範囲としては重要な能力だと考えています。
「考える」とは、情報を「引いて」いくこと
――マンガの中で解説されている、試験への取り組み方について、一つ具体的に伺います。
第4話であかりちゃんが、勤務する設計事務所の所長である細野さんから、要求される部屋の「全室リスト」を書くべきだと言われます。その要領についてはマンガの中でも詳しく解説されていますが、山口さんがレクチャーされている製図試験.comの生徒さんで、特に合格されている方は、実際の試験でも全室リストをしっかり書いておられるんですか?
山口:このテキスト(『ステップで攻略するエスキース』)が、全室リストを書いてもらっているのですが、だいたい7割ぐらいの受講生が使っています。もともと資格学校で何年も勉強してから、うち(製図試験ドットコム)に来られる方もおられるのですが、その人たちは自分のノウハウが出来上がっているので、それを崩す必要は全然ない。
あと、平成16年ぐらいの話に戻るんですけど、「問題文の読み取り法」コンテストをやったんです。どうやったらこの試験は読み取るのを間違えないかということを公募したわけです。結局、問題文って文字で書かれた解答が配られてるわけです。それを図面化する試験なんですよ。
建築計画的に難しいということじゃなくて、図面化していくどこかの段階で単純に部屋を抜かしたりして、不合格になる人は結構いるんです。だからどうやってその文字で書かれた問題文を図面にするか。文字から直接図面化だとハードルが高いので、一旦「図化」して、プラモデルの部品表を作っちゃうわけです。その部品表(全室リスト)と図面が一対一となるわけです。その部品を全部つかわないと、建物が完成しないということをやる試験ですから。
この部品表(全室リスト)を使ってエスキースをやりましょうっていうは、僕のアイデアじゃないんです。全受講生でそのコンテストやったときに、そういう方法をやってた受講生がいて「これいいよね」って話になったんです。
――本書のマンガの途中に差し挟まれている山口さんのコラムでは、「全室リスト」がベストのアプローチだと結論づける前に、いろいろと試行錯誤があったと書かれていました。その試行錯誤のプロセスについて何かエピソードがあったら、お聞きしたいです。
山口:例えば、問題文を読む時に、「極彩色派」と「鉛筆一本派」がいて、僕は割と「鉛筆一本派」なんですけれども。
ヒヅメ:資格学校は基本「極彩色派」ですね。
山口:蛍光ペンを4つぐらい手に挟んで、こう塗り分けていく、ここが重要だ、みたいなに、そのようにやっている人もいますよね。
結局、読解をどうするかというと、よりシンプルに解決しなくちゃいけないのに、情報を「足して」いっている感じがするんですよ。でも、情報って本来は「引いて」いかないとあかん話じゃないですか。
『ステップで攻略するエスキース』では、問題文でいつも書かれている内容については鉛筆で消していくことを勧めていますが、平成16年当時にはすごい猛者がいて、ホワイトテープで問題文を消すんですよ。本試験でも本当に消すんです。もういらないから。例えば「こういう施設である」と書かれてあるんですけど、それは、課題発表されているから読む必要がないということでホワイトで消しちゃうんです。
文字の情報としていらないものを、ホワイトテープで消していくと、実際の問題文って3分の1ぐらいになるんですよ。本当に必要な情報って3分の1ぐらいなる。まあよい子は真似しないでほしいですけどね。
――ちなみに、ヒヅメさんはどういう勉強法でしたか?
ヒヅメ:僕は「極彩色派」でしたね(笑)。3回製図試験を受けたんですけど、どんどん(マーキングは)減っていきましたね。最初は言われたとおりやって、2年目もまあそうかなあと。
山口:あれって資格学校で言われた通りやってるんだ! 面積は何色とか?
ヒヅメ:公園(広場)は緑だとかあるんですよ。黄色が何だとか。
山口:知らなかった!
ヒヅメ:だからそれでやってたんですけど、やっぱりどんどん塗る量は少なくなっていきましたね。まあ、そもそもペンの持ち替えとかも時間ロスだし。
それで、さっき話していた通り「考える」って「引いていく」ことなんですよ。「考えること」と「迷うこと」の違いって、「引いてる」か「足している」か、なんですよね。
例えば、食べたいもののメニューを見る時も、今日は絶対「お肉」と決めているから、「魚」か「お肉」か迷っていたけどお肉にしようと「引き算」で決めていく。一方で、「魚もあるの?どうしよう」っていうのは迷うってことなんですよね。ですから、考えようとしている時に情報を「足して」いくって、ちょっと危ないですね。「引いて」いかなきゃいけないって本当その通りです。
山口:いろんなやり方があるんですよ、その人の性格にもよるし。
ヒヅメ:そうそう。「極彩色」でも全然受かってる人はいるので。別に僕らはやらなかったってだけですね。
山口:僕らの方法がベストだということではなくて、「あなたにとってベストは何か」というだけの話でね。それを探求することに意味があるんで、「極彩色」もやってみる、「全室リスト」もやってみる、それで比較した上で、こっちの方がいいという判断がベストだと思います。
――ゴールが一つでも、そのアプローチはいろいろあって、先ほどおっしゃっていたような、「自分なりのアプローチ」に一番ふさわしい攻略法かどうかという視点も踏まえて見出すことが大事、ということですね。
山口:例えば、僕自身は結構「あかりタイプ」で、雑というか「ざる」かな? 読み間違いがものすごく多いんです。なので、そこについてはとても時間をかけるし、クロスチェックもするし、それをやらないともう失敗するんです。そういう僕みたいなタイプの人が「この方法がいいよ」と作ったのがこの本(『ステップで攻略するエスキース』)なんです。
だから逆に、そんな「全室リスト」など書かなくても、問題文の通り、部屋を計画したらいいだけじゃないですかという人いますよ。一回読んだら、「部屋? 22室あったよね」という人もいますから、そういう性格(能力)の人は、逆に細かいことは見えるんだけど、大きなところが見えなかったりする。
ヒヅメ:この『マンガでわかる製図試験』でも、その「全室リスト」の話では、僕はセリフ的に匂わせているんです。細野は日常的にあんまりそれ(書き出すこと)をやってないんですよ。実はめちゃくちゃ省いているんだけれども、あかりが「ざる」なのを見て、プラモデルを趣味でガチガチで作ってるのを見せて、それで「一回やってみろ」ってなるんですね。
で、「細野さん書いてないじゃないですか」て言われて、「俺は頭の中にあるからいいんだよ」って言っていて。片や、あかりちゃんも「私だってそうです」。で、いざ見せてみると、やっぱりあかりちゃんのはまとまっていない。
描写はしてないですけれど、建築士事務所を預かって仕事の実績を重ねているところからしても、細野はできている方なんですね。だから、そういうところで暗に「やることが正義ではないよ」って言うのも伝えています。
柔軟に対応できるパターンのストックを増やすこと
――ちょっと次元が違う話かもしれないですが、第7話で、細野が「コア」(マンガ内では建築物の階段やエレベーターを指す)の位置の決め方について、「いきなりプランニングするんじゃなくて、ざっくりゾーニングだけでいいんだ」とあかりに助言するシーンも印象的でした。まず「なんとなく決めること」が大事なんだ、と。
でも今のお話を踏まえると、「ざる」なアプローチと、ちょっと「ラフ」に考えることは、全然違うんですよね。単に細野自身のスタイルがそうだ、ということにすぎないのかもしれませんが、そのバランスが面白いと感じました。
ヒヅメ:「ざる」っていうのは、理解の目が粗いってことであって、そのゾーニングの話で言うと、さっきの「考える」と「迷う」の話の方が近くて。「コアを決めたい」というただそれだけなのに、余計な情報を足して、コアを決めにくくしてるのってナンセンスだよね、っていうことなんです。
コアを決めるために必要なことだけを考えよう。そのためには、必ずしも、ここに、この向きで、こういう感じのコアにしようっていうのはいらないでしょう。ここにとりあえずあると「便利そうだよね」っていう理解をすればいいだけなので。
だから、エリアはざっくりなんですけれども、思考の中でものすごく引き算をして「今、必要な検討情報ってこれだけ」っていうのを、細野のセリフでは出しているんですね。
山口:だから、知識に階層性を持たせて、知識をまとめていくっていうのが建築ではとても必要な能力なのだと思います。それと、建築の仕事って結局は、優先順位をどうするかなんですよね。
例えば、同じ予算で、同じ敷地でも、「水回りはすごく金をかけたいけれどもあとはどうでもいい」という人もいるし、「リビングはきっちりしてほしいけど、個室はどうでもいい」っている。与えられた条件が一緒だとしても、使い手の優先順位が全然違うと、全然違うものになっちゃうんですよ。
優先順位がどういうものかというのは、「ものを作る」という時は「全部」を知ってないとダメなんですね。全部を把握して、「あなたの言いたいことはこういうことですね、全部私はできうる限りの想定をしています」と。その可能性も全部わかってて、「その中でこれをチョイスしてるんですよ」という提示の仕方をするわけです。
例えば、ヒヅメさんから今晩ご飯食べに連れてってと言われて、肉が食べたいって言われてても、魚がいいって変わるかもしれないし、もしかしたら気持ちが変わって軽く呑むだけになるかもしれない。そういう可能性を考えた上で肉と言われたから肉料理だったらここに行こうと決めていたとしても、やっぱり今日はちょっとお腹の調子悪いから野菜にしたいって言われたら、「じゃあこれにしよう」っていう「次の案」がもう用意されている状態が、設計としては「知識的に体系立てられている状態」なんだと思っているわけです。
――自分の中にプランニングパターンのストックを増やす話と通じてくるわけですね。
ヒヅメ:作図のところでも、コアのパターン出しでも、とにかくストックを増やそうっていうのは本の中でも言っていて、それは本当その通りですね。
(さっきの話に戻ると)建築士は、(プランニング中にクライアントから)こっちの部屋をあっちに移したいですと言われたくらいで、「そんなの聞いてないよ、俺できないよ」っていう訳にはいかないわけですね。かといって、あかりちゃんみたいに雑な理解をしていると(再設計に)時間を食っちゃうし、精度にも問題が出てきます。
この試験というのは、幸い、マス目状のグリッドでしか建物ができないので、パターン化がかなりできる試験になっていいます。そういうストックはきっちり自分の中に持っておいて、条件について「お肉がいい」ってなった時に「ああ、いい店知ってるよ」って(ストックを持った上で)言えるようにしておきたい、しておけるようになって欲しいなって思って描いてますね。
山口:例えば、建築の仕事で言うと「壁の位置を変えます」っていう話になった時に、意匠的にそれだけじゃなくて、「そこに通っている配管どうする? それちゃんと電気屋さんと打ち合わせもして言ってるんだよな」とか、「照明器具が途中のところで壁が来ちゃうんだけど、照明器具のレイアウトはそこだけ向きを変えるのか? そこまで見て『壁を変える』って言ってるんだよな」って話になるわけです。おそらくあかりだったら、「全然見てませんでしたー」となるわけです(笑)。
だから、一つのものをつくるっていう概念には、いろんな要素が絡まっていて、それを整理してないとGOサインは出せないんだっていうのが、設計していたらごく普通の話なんです。まあそれは、出版の世界でも、印刷所の段取計画も、ライターさんの話も聞かずに勝手にやって、「うわぁ」ってなる人って、最初はいるじゃないですか(笑)。
「(その修正を入れて)ページが送られたらそのあと大変なの、ちゃんとわかってる?」「わかってませんでした!」ってなるじゃないですか。それと同じことなんです。製図試験は、それが要素として限定された6時間半のシミュレーション、なので、そこは試験としてどうシミュレーションしてるかがすごく大事なんです。おそらく2年間あかりちゃんは「ざる」なまま一生懸命やってて、「知識を階層的に整理することがポイントなんだ」ということをつかんでなかったんだと思います。
ヒヅメ:あれだけ一生懸命やってるしって思っちゃいますしね。
山口:どこかで、「一生懸命やってるから大丈夫なんじゃないか」と思ってたりする。
マンガだったからこそ描けた受験の世界
――最後の質問になります。
最初の話とも少し重なりますが、一級建築士試験という難関試験の参考書をマンガでとなると、いわゆる昔ながらの世代の人からしたら、そんなことできるのかとか、そんなことやっていいのか、みたいな抵抗を覚える人たちもいるかもしれないですね。
だからこの本は、マンガに馴染んできた抵抗のない世代で、そういう形式で一級建築士のことを理解して挑戦しようという意欲のある人、が読んでくださっていると思います。
先におっしゃっていたように、文章や数字で知識を羅列した形の本ではなくて、マンガというアプローチをとったことについて、改めていかがでしたか?
ヒヅメ:「マンガで」っていうところは、手塚治虫がたぶんマンガとしては一番古いラインの人だと思うんですけれども、手塚治虫のマンガをちっちゃい頃から読んで育った人って多分もう60歳とかなんですよ。ということを考えると、現役世代はほぼ全員マンガ・ネイティブな国なんだと思うんですよね。現役世代には少なくともマンガというアプローチは、──もちろんマンガを読まない人ももちろんいますけれども──、すごく共通認識のあるフォーマットなのかなと思ってます。
マンガで描く意味なんですけれども、教本で伝えられなくて、マンガで伝えられるものは二つあると思っていて、ひとつは「感情」。
山口:感情は入れられないよなぁ。(笑)
ヒヅメ:教本に感情を入れると読めた本じゃなくなるんです。「うるせえ」とかってなるから。
山口:エスキースには「感情を描き込もう」っていうんだけどね。
ヒヅメ:あとさっきの話にあった、ストーリー・流れっていうところを、体系的に理解できるということ。本は体系的に書くけどチャプターごとに区切られてしまうし、思考の方法とかも書くけど、、人が生でレクチャーをするように理解させるっていうのは、マンガに利があるかなと思っていて。だからそこに関しては強く打ち出したいなと。
『マンガでわかる製図試験』も教本であることは変わらないんですけど、試験の大変さであったり、ミスの原因とかも、テキストで簡潔に書くのではなくて、あかりちゃんがどういう風なヘマをしたのか、痛い目にあった様子とかを描くことによって、人によっては没入して「その通りだよね」ともなるし、人によっては客観視して「うわー、あかりちゃん馬鹿だな。俺はこうはなんねえよ」っていうふうに、教本とは違う理解の仕方ができるんですね。感情的にも「やっぱり大変だな、僕はこういうふうにはなりたくないな」ってなると、知識にプラスして感情が入るんです。「これしちゃだめだよ」「こういうのはないよね」というのに感情が入ると、たぶん記憶のインプットも強くなると思うんですよね。
――山口さんは、まず教本を作られたうえでこちらに取り組まれたっていう立場から改めてどうですか。
山口:先にくしくも言ってもらったけれども、やはり「感情」をどうするのってすごい大事で、エスキースでいえば、僕らはとにかくエスキースを書き出させる方法を定着させようとしてるんですけども、エスキースには感情も書くべきだと考えています。
例えば、「これ、わからん」とか「なんでこんなに敷地大きいんや」とかを書くべきって言ってるんですよ。それはなぜかというと、そう気づいたんだったら、そこをレコードしておくことが後で見直す時にすごく価値があるんです。本当に敷地が大きいのにその時に気がついていなかったら、レコーディングされないわけです。
エスキース自体にそういうストーリー仕立てのイメージがあるように、受験生の数だけ普段の暮らしがあります。みんな仕事をしている、主婦だったり、今だったらもう介護しながら受験している人も多いわけです。そういうサイドストーリーもありながら、製図試験を通じて設計をしていく共感が今回の本では得られるんじゃないかなと思っています。
今話していて思い出したんですが、僕自身が一番最初にメールマガジンをスタートさせたのは小説だったんです。一級建築士の受験小説を書いてたんですよ。受験者が主人公でそれを僕がずっと叱り倒すという、スポコン系の小説で。いつもボケたことばっかりやる主人公を、僕が叱り倒しているというメールマガジン(笑)。叱り倒しているというよりは、激励してるんだけど。
でも小説スタイルで文字化すると感情を表現するのが長くて。伝えたいことよりも、字面で追うと、「今日はご飯の用意してたら」みたいな話が延々続いてしまうんだけれども、マンガなら、「ご飯の用意」とかは一コマで終わるやん。ストーリー性を伝える上でマンガは優れているなと改めて思いましたね。
ヒヅメ:なるほど。確かに生活面でも、あかりちゃんの恋人アラタは、あかりちゃんの家に転がり込んで勝手に同棲をしているんです。職業柄、リモートワークができるんで、転がり込んでいるんですけれども、その代わりか、基本的に料理はずっとアラタ君がつくるんです。
というのが、コマの端々に出てくるんですけど、受験はものすごく大変なんで、何かしらサポートがあった方がやっぱり助かる部分あるよねっていうのも、たった一コマですけど、そういうのをちょっと入れたいなと思って。だから、アラタくんはそういう意味で理想的な彼氏として配置してるんです。
――受験する本人だけじゃなくて、それを取り巻く人たちがどういう形で関わっていくか、という世界もしっかり描かれているわけですね。
ヒヅメ:付属して描いているんです。いま、最初自分で合格するために(本書を)買うじゃないですか。で一回読んだらしばらくは用なしになるかもしれません。そしたら、そのあとはご家族の人に渡してほしいんですね。ご家族とか、恋人とか。職場の人でもいいですけど。
マンガだったら、まあなんとなく手に取りやすいじゃないですか。建築の人じゃないので難しいところは飛ばすでしょうけど、飛ばしながら読んでも「なんかわかんないけど、めちゃくちゃ大変そうなことやってんだな、こいつ」って伝わったら、受験生としては結構いいなと思うんですよね。日々大変だって言っても、「でももう四ヶ月も会ってないじゃん、たかが1日、土曜日ぐらいデートで映画でも行こうよ」って言われて。「いや、それができないんだけど、どう伝えたもんかな」みたいなことも、「僕、こういう受験してるんだ、いま、マンガになってるんだよ」みたいな感じでね、出してもらっても、結構役立つんじゃないかなと思っています。
読者へのメッセージ
――最後にこれから手に取られるだろう読者へ、メッセージをお願いします。
山口:僕自身は、製図試験.comというサイトを20年以上やっていて、その製図試験のノウハウを結集した本が、この『ステップで攻略するエスキース』となっています。勉強で迷った時は、ぜひ参考にしていただければと思います。
ヒヅメ:今、発売中の『マンガでわかる製図試験』は、今、勉強中のみなさんの勉強方法を否定せずにどなたでも読めるようにつくっています。ので、一番入り口の基本、なんとなく「どういう試験なんだろう」「どういう事をしなきゃいけないんだろう」って思って、手に取ってくださったりとか、あとは、勉強はもうすでに始まってるんだけど、「行き詰っている人」勉強はすでにしてしていて順調なんだけどふとした時に「本当にこれでいいんだろうか」と思った時とかそういったときに、基本に立ち帰れる内容になってます。
ぜひ、これから勉強する人や、すでに勉強している人、両方に届けられる本だと思ってるので、そういった方々に手に取って頂きたいと思っています。
「マンガで非常に分かりやすい」ってお声もいただいていますし、それにプラスして、「予想以上に実用本だった」っていう声ももらっているので(笑)、読みやすさと中身、「ライトな読み口」と「濃厚な実務本」となってるんで、非常によいものができあがったので、ぜひお手に取って読んでみてください。
――長い時間ありがとうございました。