自治体の損益計算書は“平和の道具”!?――『自治体の財政診断入門』著者・鈴木文彦さんインタビュー
おカネの出どころや使い道が一般の感覚とはまったく異なる地方自治体の台所事情を、企業(の財務分析)の視点で読みといてみたらどうなるんだろう・・・・・・
そんな編集担当者のギモンから企画がスタートした『自治体の財政診断入門 「損益計算書」を作れば稼ぐ力がわかる』。
民間企業と同じ視点で自治体の財政を診断するノウハウについての解説はもちろん、日本の自治体財政の現状と課題についての読み物としても充実しています。
今回は、「自治体の損益計算書は“平和の道具”」と豪語する著者の鈴木文彦さん(大和総研金融調査部主任研究員)に、執筆の経緯や書籍のおススメポイントなどについて伺いました。
[聞き手:松本優真(学芸出版社企画編集部)]
―そもそも、「民間企業と同じ手法でまちの財政状況を診断してみよう」という発想に至ったのは、何がきっかけだったのでしょうか?
「自治体財政を損益計算書の切り口で考える」という着想を得たのは、2004年の秋でした。当時、私は勤めていた地方銀行から財務省に出向し、地方財政や公営企業経営について研究していました。
目的は、財政融資の審査体制の充実。すなわち、国が自治体にお金を貸し出すときの審査の仕組みを向上させることです。あまり知られていませんが、財務省は財政投融資特別会計という銀行のような部門を持っていて、国債を原資として自治体に貸出をしているのです。
全国から集められたプロジェクトチームには銀行出身者が私含めて3人いました。私は地方銀行で貸付を10年近く経験していたほか、中小企業大学校で中小企業診断士の資格を取り、コンサルティングの技法も身につけていました。
自治体も人が集まって働き、収入と支出がある会社と同じだ。ならば損益計算書を作成することも、それを使って財政診断することもできると、考えました。つまり、銀行での経験が土台にあったからこそ至った発想だったと思います。
―銀行で培われた経験が活きた発想だったのですね。「民間企業と同じ手法で財政を診断する」とはどういうことなのか、もう少しかみくだいて教えてください。
当時、地方自治体の会計は、お小遣い帳と同じく、「入る」(収入)と「出る」(支出)で管理される「現金主義」と言われてきました。
その反省で厳密な意味、つまり発生主義という意味での損益計算書を作る考え方が進められてきましたが、私たちは逆のことを考えました。財政の持続可能性を審査するなら現金主義でいいのではないかと。カタカナ語でいう「キャッシュフロー経営」です。
実は銀行も貸出の審査をするにあたって現金収支を重視します。返済は現金でしか行われないからです。「利益は意見、キャッシュは現実」という格言があるほどです。
―端的明瞭な格言ですね。
持続可能性に関しては自治体も同じということで、損益計算書を現金ベースに引き直した「行政キャッシュフロー計算書」が、自治体版の損益計算書として使えるという考えに至りました。
自治体財政といえば歳入・歳出など用語からして民間企業とは違います。損益計算書の考え方で自治体財政を診断する利点は、診断に特別な知識が要らないことです。民間企業と同じ尺度、様式で財政を診断できるわけですから。少なくとも損益計算書が読める人ならこれで自治体財政の良し悪しを評価することができます。
―ところで、そもそもそうした診断や評価は、これまでなされてこなかったのでしょうか?
自治体の損益計算書、正確には行政キャッシュフロー計算書が世に出たのは約15年ほど前ですが、この診断手法はもっと知られてほしいと思っています。
公立病院や文化施設の廃止、かつて通った小学校の廃止・統廃合など、自治体の行政運営について様々な議論が起きています。ときどきこじれて、紙面をにぎわします。
賛成と反対の側のどちらにも正義があって、とくに施設の廃止については、当の施設が必要か必要でないかの2分法で考えればほとんどのケースで「必要」になるので議論が座礁してしまいます。財政危機宣言が出たときもどのサービスが削られるかで揉め事が起こります。
―最近は、総論賛成・各論反対の姿勢を指す“NIMBY(Not In My Back Yard:我が家の裏には御免)”という言葉も登場しています。
そういうときには自治体の損益計算書で財政状態について賛成、反対ともに同じ認識を持つことが大事です。財政をこれ以上悪化させないギリギリの点を共有したうえで、「あれもこれも」でなく「あれかこれか」、優先順位の考え方で建設的な議論を進めていってほしいです。
その意味で、自治体の損益計算書は「平和の道具」なのです。
―平和の道具・・・たしかに。こじれがちな議論を平和的に調停するツール、というイメージですね。
次に、この本の副題には「まちの稼ぐ力」という言葉が入っていますが、そもそもこれは何を指すと考えればよいのでしょう?
前提として、自治体の「稼ぐ力」と地域の「稼ぐ力」を分けて考える必要があります。
はじめに自治体の稼ぐ力ですが、民間企業が売上と利益だとすれば自治体の場合は税収と経常収支です。
ここで気を付けなければならないのは、民間企業には利益追求が存在意義のひとつであるのに対し、自治体は営利を目的としていないことです。借入の返済に「稼ぐ力」は必要ですし、財政の持続可能性を保証するだけの備えも必要ですが、それを超える水準の収支は求められないのが特徴です。
―確かに、まさにそこが民間企業の財政と最も異なる点ですね。
次に地域の「稼ぐ力」です。
こちらは地域GDP、端的にいえば所得です。地元企業の粗利益の合計でもあり、地域住民の年収水準の合計でもあります。三面等価ですから理屈では一致します。一段深いところでいえば、「自力で」稼ぐ力となるでしょう。
これが弱いと、中央からの交付金や補助金、その他の移転収入を頼みにし、それを主な収入源とした事業で支える産業構造になってしまいがちです。
具体的には公共事業を主とした建設業や医療福祉です。近江商人や富山の薬売りではないですが、市外、いや海外に、積極的に打って出る産業の振興が必要です。ものづくりにせよ、商業にせよ、観光にせよ「外貨」を求めなければなりません。
―人口減少時代にあって、域内需要だけではジリ貧ですよね。
そう考えてみると、実は自治体の稼ぐ力と地域の稼ぐ力は連動していることがわかります。地域経済に自力で稼ぐ力がないと、自治体の自主財源である地方税収が少なくなり、交付金や補助金に頼る財政になってしまいます。
自治体財政の改善を考えた場合でも、税収を増やして依存財源を減らそうと思えば、地域経済を活性化するしか究極的にはありません。
本書のシメ文句でもありますが「経済の自立なくして財政の自立なし」なのです。
―またしても印象的な文句です。では最後に、この本の推しポイントや読みどころを教えてください。
まずは、歳入や歳出など自治体財政に特有の用語を知らなくとも、既存の損益計算書の知識で、自治体財政の良し悪しがわかるようになります。これが一番の推しポイントです。
次に、自治体財政診断の基本として、各自治体が公表している決算カードも解説しています。
決算カードは1枚紙に要約されコンパクトである分、省略された部分が多く表中の数字と数字の関係性がわかりにくいという課題もあります。
要約前の資料である決算統計(地方財政状況調査表)のどこの数字がどのように決算カードに反映されているかを丁寧に(執拗に)解説しました。決算カードをベースとした自治体財政の解説書は多いですが、決算統計を対象にしたものは多くはないと思います。
また、決算カードの分析とはいえ、企業診断の方法を最大限踏まえた切り口になっています。具体的には、経常収支比率というコア指標から、収入と支出、そしてさらにその内訳というようにブレイクダウンする要領で分析する手法をとっています。
決算カードという伝統的な財務諸表と損益計算書(行政キャッシュフロー計算書)という新しい財務諸表の両方を扱っていますが、貫く診断手法は同じということに気づいていただければと思います。
本書には付録として、全市区町村、10年分の行政キャッシュフロー計算書をつけました。ぜひ読者のみなさまが住むまちの財政を診断してみてください。
(インタビューおわり)
編集担当者より
「損益計算書は“平和の道具”だ」とする鈴木さんの真意、おわかりいただけたでしょうか?
新しい公共施設の建設、生活支援の制度充実、傷んだインフラの修繕、学校の統廃合・・・・・・ともすれば賛成・反対に二分され、座礁しがちな行政の施策。
財政を悪化させないギリギリのラインを見極め、どう優先順位をつければよいか。そんなとき、企業の財務診断と同じ目線での分析が大活躍します。
自治体財政を自分ごととして考えたい市民、業務改革・財政改善に関心をもつ公務員や議員、まちづくりや自治体に関する研究職・コンサル、地域経済や地方財政に興味を持つ方々、企業診断の方法に関心がある方々におススメの1冊です。
読み終える頃にはまちを「診る」目がちょっと変わる、骨太な一冊をぜひお役立てください。
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