海際の集落で建築する――Re SHIMIZU-URA PROJECT|連載『海際から描く、くらしの教養―生活・生業・技術・文化―』
この連載について
島国である日本は古くから、海を積極的に活用しながら暮らしを成立させてきた。
本連載『海際から描く、くらしの教養―生活・生業・技術・文化―』では、海際に位置する地域が育んできた生業・技術・文化などを「暮らしの教養」と捉え、学びなおしながら、海際の未来を探っていく。
※本連載は日本建築学会海際文化小委員会のメンバーを中心にリレー形式で記事を掲載する予定です。
海と共に生きるための移住――Re SHIMIZU-URA PROJECTのはじまり
和歌山県海南市に位置し、234世帯385人1が住む谷戸地形の漁村集落、冷水浦(しみずうら)。
かつては「冷水千軒 井戸八百」と謳われたように密集した漁村として栄えてきた。
現在はしらす漁を行う網元が1軒のみであるが、昔は様々な魚種が漁獲されており、網元も10軒以上存在し、漁師は60人を超えていたという。
その当時は田畑を耕す農家も多く、山裾に段々の田んぼを抱えた合理的な地形であった。

そんな中、2017年に1軒の空き家を管理したことを機に「Re SHIMIZU-URA PROJECT」という活動を始めることになった。東日本大震災以後、海と人との関係を噂程度にしか想像できない自分の経験に違和感を覚えて、「海と暮らす」ことについて身をもって知りたいと募ってきた想いがその端緒にあった。
海と共に生きるための移住――私は大工として建築を耕す人である。
この島国において数多くの集落が高齢化・少子化・空き家問題などの社会問題と向き合っている中、これからの集落に潜む可能性を見出そうとするプロジェクトである。
この小さな漁村が日本の先駆けのように見えたのである。
このプロジェクトには答えも目標も完成もない。

(図:川崎光克)
地域の歴史は、言わば魚群だ。大きな塊に見えても、実態は、その地域で暮らす人々の日常の集合体。一つ一つに物語があり、連綿と続く日々が歴史を成す。だが日常であるがゆえ、記録に残されることは少ない。
umigiwa profile2より抜粋
その一つ一つを掬うような活動を目指している。
集落を記録する――海際の“等身大”を残してゆく冊子の発刊

冷水浦の集落で営まれてきた生活・生業・技術等を遡れる文献は、ほとんど存在していない。とても個性的な文化を有しているにもかかわらず、誰かが残さなければ消えていってしまう。
そこで2023年から、冷水浦にリサーチャーとして関わっている友渕貴之さん(本連載第1回目参照)・前田有佳利さん(冷水浦在住・ライター)の協力のもと、「umigiwa profile」という冊子を制作している2。
冷水浦をはじめ海際集落における海際の生活を、今までこの場所で生きてきた方々と一緒に紐解く、インタビュー形式の集落の記録である。
かつてお盆には3日間仮装をして祭りが行われてきたことや、神戸港と冷水浦を結ぶフェリー乗り場があったことなど、信じられないが確かに存在する事実がある。現在とは違った漁村のありかたを記録したいと感じてしまう。
集落の方々からは「そんな当たり前のことを書いて記録になるのか」と疑われてしまうが、昔話を聞くと海と共に生きる集落ならではのリアルな生き方や自然との関係性が見えてくる。
集落を整備する――資本と建築と海の心地良い関係づくり

かつては漁業が盛んだった冷水浦も、今は人口減少・少子高齢化・空き家問題・その他の複合的な要因が重なり、衰退の一途を辿っている。
海際の整備も、商いが盛り上がれば加速し、下がれば萎縮する。これが資本社会では当然のことではある。
しかし建築はそもそも暮らしをつくる文化的な活動であって、時間や気持ちがあれば成立するのではないか。この小さな問いを手掛かりにして、集落の整備は始まった。
2022年以降、集落内に毎年新しい店がオープンしている。
2022年はチャイとコーヒーとクラフトビールを提供するカフェバー、2023年は手仕事雑貨屋、2024年はお好み焼き屋、2025年は収録スタジオ。
2026年は銭湯か、ゲストハウスか、パン屋か、スナックか、本屋か、なにかかができるはず。

(図:川崎光克)
地元の漁師さんからは「こんな寂れた場所で店をやろうなんて正気じゃない。どんな奴や。」と注意深く観察されていたそうだ。そんな漁師さんも今やカフェの常連、飲み仲間である。お酒の場が高じて今や一緒にまちづくり協議会まで始めることになった。その話はまた次回に。
海際の既存商業の発展が想像し難い中、最近は集落外や県外から建築をつくりたいという人が集まってくるようになった。なにをつくるかは定かではないが、私たちが必要なものをつくる。とにかく自分たちでつくったり直したりすることが大事なのである。
暮らしを妄想すること。その先に計画すること。そして自ら実行して享受する、共有する。
海際での暮らしは都市部の暮らしとはまた違うものだと感じる。今でも浜では暖を取るために焚き火をするので我々は定期的に廃材の古木を同じ長さに切り分けて漁師さんにお裾分けする。みんな余ったものをテーブルの上に並べて共有しているこの感覚がなんとも心地よい。
9年間の活動で感じるのは、想像する暮らしは長い時間をかければ大体実現してきている実感があること。そして来年自分たちがどうなっているかは全くわからないこと。しかしそこには不安は少ない。たくさんの選択肢がある。それが集落なのかなと思う。
集落について話し合う――防潮堤の建設予定
冷水浦には「和歌山下津港海岸・直轄海岸保全施設整備事業」により、今後、高さ約10mの防潮堤が建設される予定である。
下津港という大きなエリアを面的に守る計画であり、南海トラフを想定する上では効果的な対策であるのは間違いない。その有効性や必要性などについて、多方面からまだ議論が続いている計画である。
しかし、集落の当事者である冷水浦の住民にヒアリングしてみると、この計画の具体的な内容を知らない人が意外に多い。
特に移住してきた方は、防潮堤が建設されること自体を知らない場合も少なくない。実は私も令和6年の住民説明会まではこの計画を知らなかった。
冷水浦集落の海際については、令和8年1月時点では未着手であるが、令和10年度には完了することが資料で確認できる3。
海際の風景が変わるのは今回が初めてではない。昔は眼前に砂浜が広がっていたが大規模な埋立整備によって砂浜が無くなった。その際も落とし所を話し合った経緯がある。そして砂浜や漁師の渓流場所が無くなる代わりに新しく漁港・集会場・公園・プールが整備・建設された。
たとえ防潮堤が建設されようとされまいと、私たちがここで生きていくことに変わりはない。
その決定に私たちは関与できないのであろうか。
私たちが「変えられない」と感じることは確かにあるが、一方で「変えられる」と感じることも確かに存在する。
それらの違いはいったいなんなのか。
変えられることだけではなく、変わらない・変えられないと感じることも、とにかく話し合うことが大切なのではないだろうか。
防潮堤ができたら本当に海は見えないのだろうか。どれくらい海との距離ができるのだろうか。
集落を再生する――海と共存するということ、地域を建築するということ
もしも南海トラフ地震が起こったら、冷水浦にも津波が来る。
それはわかっていても、集落に暮らす皆はここを捨てようとはしないし、防潮堤の建設についての話し合いを積極的に行おうとしている。
そしてこれからの自分たちの地域を自分たちでつくろうとしている。
自分たちに建築がつくれるとは思わなかった。皆、口を揃えて言うが、先の見えない集落再生への手がかりは、やはり自らの地域を自らで建築することが有効なのではないか。
次回はその具体的な方法、コモンズ的建築活動をご紹介したい。
注
※2026/1/30に日本建築学会農村計画委員会海際文化小委員会メンバーの確認を得たのちに掲載
- 令和5年7月31日 海南市調べ ↩︎
- umigiwa profileはweb上でも閲覧・ダウンロード可能。
umigiwa profile vol.1
https://drive.google.com/file/d/1bg-pfJRWe7Y-1CObNlPt72r5w9FWvAPn/view?usp=sharing
umigiwa profile vol.2
https://drive.google.com/file/d/1tJk4kiTp1jk9mgNemUL2Pm0QytVCIRsh/view?usp=sharing ↩︎ - 令和4年11月 国土交通省近畿地方整備局 事業評価監視委員会 令和4年度第3回(再評価)
令和10年完成予定 建設費総額549億円(当初450億円見込)
https://www.kkr.mlit.go.jp/plan/ippan/zigyohyoka/ol9a8v000005w0e7-att/no.6.pdf ↩︎
執筆者プロフィール
いとうともひさ
暮らしづくりのプロセスを企画・実践する大工・活動家。Re SHIMIZU-URA PROJECTにて衣食住についての考察を行う。同プロジェクトにて2022年チャイとコーヒーとクラフトビール(ビアバー)を開業・2023年糸と手芸(手芸屋)を開業・2024年お好み焼き家(定食屋)を開業・2025年NOW ON AIR(ポッドキャスト&音楽スタジオ)を開業。過疎集落にて1年に1軒お店が増える仕組みづくりを行う。
株式会社いとうともひさ代表取締役。NPO法人ゴンジロウ代表理事。東京大学社会文化環境学専攻非常勤講師。
地域に関わる人たち(設計・施主・その他プロジェクトメンバーなど)とのコラボレーションを軸にして「つくり方」の企画・指導も行っている。
受賞歴に日本建築設計学会 Architects of the Year2017・鹿島出版会SDレビュー2023朝倉賞など。



