第30回「アメリカで高速鉄道時代が幕開け?!(3)―― 開発阻止に動くトランプ政権」連載『変わりゆくアメリカからさぐる都市のかたち』

この連載について

アメリカで展開されている都市政策の最新事情から注目の事例をひもときつつ、変容するこれからの都市のありよう=かたちをさぐります。

筆者

矢作 弘(やはぎ・ひろし)

龍谷大学フェロー

前回の記事

トランプ大統領の反環境思想

トランプ政権は地球温暖化を否定しています。化石燃料をジャンジャン掘りまくってアメリカを再び石油漬けにする政策を打ち出しています。2025年7月にトランプ大統領が「1つの大きな美しい法案」と自慢する予算案が、上下両院共に僅差で成立しましたが、そこにはトランプ大統領の反環境思想を色濃く反映する政策が盛り込まれました。

石油生産と消費の拡大を歓迎する反環境主義は、そのまま車社会の肯定です。公共交通の拡充を目指す動きには、逆風が吹いています。トランプ政権は、交通政策をめぐる地方支援の予算では、道路予算を大幅に拡充し、公共交通支援をバッサリカットしました(DOT Awards 77% of BUILD Grants to Road Projects, Planetizen, July 20, 2025)。

高速鉄道の新規開発をめぐってもその影響が出始めています。バイデン政権は高速鉄道を積極的に開発し、アメリカに「高速鉄道時代」を呼び込むことに熱心でしたが、トランプ政権は一転し、高速道路計画潰しに動いています。

カリフォルニアとテキサスで進む高速鉄道計画

カリフォルニア高速鉄道計画(Califorinia High-Speed Rail, CHSR)とテキサス中央高速鉄道計画(Texas Central Railway, TCR)についてトランプ政権の「意地悪」を紹介します。

最初にそれぞれの開発計画、及び現状を整理します。

カリフォルニア高速鉄道

  • 計画路線:サンフランシスコ−ロサンゼルス/アナハイム 790km
  • 開発主体:州政府が先導し、連邦政府が支援、将来は民間資本の参加を誘う
  • 着工済:273kmが工事中 740kmで連邦政府/州政府の環境調査済
  • 駅舎:セントラルバレーのマーセド、フレズノ、ベーカーズフィールドなどで建設中
  • 開業:2033年
  • 経済効果:建設に伴いこれまでに220億ドル、SF-LAの完成までに2218億ドル
  • 接続:高速鉄道ブライトライン・ウエスト(ラシベガスへ)、都市圏交通メトロリンク(LAへ)、郊外列車Caltrain

テキサス中央高速鉄道

  • 計画路線:ダラス−ヒューストン 384km
  • 開発主体:Amtrakが主導、連邦政府が支援、民間の参加を期待
  • 未着工:連邦政府の環境調査が終わる
  • 駅舎:未着工
  • 開業:未発表(2030年開業の期待)
  • 経済効果:360億ドルを期待
  • 接続:独立系

難航する工事と保守派の論難

カリフォルニア高速鉄道の開発計画は、共和党のアーノルド・シュワルツネッガー知事の時代に遡ります。

それ以来、環境調査や路線の決定に手間取り、その間、建設資材が高騰するなどし、当初、330億ドルだった工事費の見積もりが1000億ドルを超え、開業時期も2020年から10年以上遅延する事態になっています。

ロサンゼルス郊外から中央砂漠地帯にかかる険しい山地で難工事が予想され、建設費の見込みが高騰する理由の1つになっています。

SF-LAを結ぶ計画のカリフォルニア高速鉄道は、いずれ北はサクラメント、南はサンディエゴまで延伸される構想ですが、工期が遅れ、工事費が高騰し、当座、マーセド(SF湾岸まで高速道路で2時間)とベーカーズフィールド(LAまで同1時間)間の開通を急ぐことになっています。

そのため保守派、特に共和党の政治家から「計画の全面的な見直し、さらにはそもそもの計画の廃棄」を求める意見が飛び出しています。

保守派シンクタンクのフーバー研究所は、そうした主張の急先鋒になっています。「もっと早くに計画を断念すべきだった」という論文を研究所の電子雑誌に掲載しました(On The Verge Of Losing $4 Billion In Federal Funds, High Speed Rail Should Have Been Stopped Long Ago, June 13, 2025)。

論文は、2008年の州民投票(The Safe, Reliable High-Speed Passenger Train Bond Act for the 21st Century)で建設(SF-LA間を2時間40分で結ぶ)の初期資金を調達のために99億5000万ドルの起債が認められ、事業が始まったが、

  1. 当初330億ドルと見込まれていた工事費は1280億ドルに跳ね上がりそうだし
  2. 既に157億ドル投資されたが、いつ開業できるかの目処もない

――と指摘し、「杜撰な計画である」と糾弾していました。

連邦運輸省と鉄道当局の対立

バイデン時代の連邦政府は、カリフォルニア高速鉄道(SF-LA)の開発に40億ドルの助成を約束していましたが、政権が交代し、トランプ政権の連邦運輸省は2025年7月、「工事費が見積もりを大きく上回っている。工期が大幅に伸びている。プロジェクトに無駄が多過ぎる」と主張し、「40億ドルの助成を破棄する」とカリフォルニアに通告しました。

これに対してカリフォルニア高速鉄道局(California High-Speed Rail Authority、CHSRA)は、「トランプ政権の助成支援は連邦政府の法的約束をキャンセルする行為である。違法である」と主張し、連邦運輸省を連邦地裁に訴えました(California sues to stop Trump’s politically motivated attack on high-speed rail, Governor’s Office of California, July 7, 2025)。

CHSRAは、

  1. 270kmで工事が進行している
  2. 計画路線の全線で環境調査が終わっている
  3. 2033年には完工する

――と訴える一方、「助成のキャンセルは、トランプ大統領のカリフォリニアに対する私怨に依拠している。カリフォリニア虐めである」とトランプ政権批判を展開しました。トランプ政権が高速鉄道に背を向けていることに対しては、「アメリカを高速鉄道後進国に置き去りにする」「中国に塩を送ることになる」などの批判の声が上がっています。

トランプ政権はテキサスの、ダラス-ヒューストンを結ぶ計画のテキサス中央高速鉄道の開発にも、建設費の高騰が見込まれていることを理由に「No!」を突き付けました(FRA rescinds grand for Texas high speed project, Trains, April 15, 2025)。

これまでに路線の30%相当の用地買収が終わっていますが、反対派地主の抵抗に直面し、買収費用が嵩んでいます。プロジェクトをリードしていたAmtrakに対し、バイデン時代に6390億ドルの連邦助成が決まっていましたが、トランプ政権の連邦運輸省は豹変し、「税金の無駄遣いになる」と主張し、「やりたければ連邦政府やAmtrakを頼りにするな。当初計画通りに民間主導で取り組め」と通告しました。

同時期にAmtrackはトランプ政権から圧力を受け、高速鉄道推進派のトップを刷新する人事を発表して「当面、高速鉄道の開発を目指さない。既存の旅客路線の整備に傾注する」という方針を示しました(How will Amtrak change under the second Trump administration?, Smartcities, June 9, 2025)。

高速鉄道を支持する民意は”レッド州”でも

一方、カリフォルニアは、高速鉄道の開発ではあくまで強気で、前述したように連邦運輸省が2025年4月にテキサスプロジェクトへの財政支援のキャンセルを発表した時には、知事談話(「カリフォルニア高速鉄道計画は、テキサスの計画を砂塵に残して進展する(Tale of two trains: California high-speed rail leaves Texas in the dust, May 7, 2025)」)を出しました。「カリフォルニアの計画は既に着工し、進行している。トランプの虐めにかかわらず今後も進展するが、テキサスのプロジェクトは未着工である。「『机上の夢』に終わる心配がある」という趣旨の談話でした。

実際にこの9月初旬にカリフォルニアは、煤煙型企業間の排出ガス取引(Cap & Trade)を2045年まで延長して実施する方針を示し、そこから毎年10億ドルをカリフォルニア高速鉄鉄道計画(2038年までにGilrooy=SFの南130km-Palmdale=LAの北60km、その後、さらにSFとLAに延伸)に投資し続けることを決めました。この決定を誘い水に、民間投資を呼び込む目論見です。

連邦下院に民主党の47議員がスポンサーになって連邦政府に高速鉄道の開発に2050億ドルの投資を求める高速鉄道推進法(American High-Speed Rail Act、H.R. 7600, 2023-2024)が提案されたことがありました。この提案には、レッド州(共和党の強い州)から選出された民主党議員も参加していました。レッド州でも、高速鉄道の開発を支援する声が強いことを反映しています。そもそもテキサスはレッド州の雄です。

高速鉄道推進団体(The U.S. High-Speed Rail Coalition)の調査ですから少し割り引いて考えなければならないのですが、「72%のアメリカ人が高速鉄道に賛成、うち46%が強く支持。不支持は14%」という世論調査の結果を発表したことがありました。地域によって差があり、太平洋岸のブルー州では85%、大西洋岸北東部では77%が賛成でした。中西部が66%、レッド州の南部が61%でそれぞれ支持が過半に達していました。

直近の調査でも「トランプ政権が開発助成をストップしますが、それでも高速鉄道の建設に賛成しますか」と問われ、62%のカリフォリニア州民が「はい!」と答えていました(Politico, August 22, 2025)。

この調査でも高速鉄道を支持する理由は、

  1. 車交通の渋滞から解放される
  2. フライトと違って高速鉄道は運行が安定しているので、遅れやキャンセルの心配をしなくてよくなる
  3. 交通事故による死傷者を減らせる
  4. 建設、その後の営業で多くの雇用を生む

――などでしたが、さらに「ヨーロッパでは、300-600kmの中距離移動では航空便を減らし高速鉄道に移管する環境対策が強化されている。アメリカもそれに倣うべきである」という指摘もありました。

アメリカの高速鉄道時代の到来は、反環境主義のトランプ政権の反動的な交通政策の影響を受けて足踏み状態に追い込まれていますが、

  1. LA―ラスベガス間の高速鉄道が運行され
  2. フロリダで高速鉄道の路線延長が進展し
  3. ボストン-NY-ワシントン間では、2025年8月28日に新車両が導入され、さらに高速運行が進む

――などを背景に、今後、高速鉄道利用の利便性が現実のものになれば、ポストトランプの時代には、連邦政府の支援が復活し、改めて高速鉄道の開発投資が促進されるはずです。

(つづく)

連載記事一覧