第29回「アメリカで高速鉄道時代が幕開け?!(2)―― 実現可能性が高い7つの路線」連載『変わりゆくアメリカからさぐる都市のかたち』

この連載について

アメリカで展開されている都市政策の最新事情から注目の事例をひもときつつ、変容するこれからの都市のありよう=かたちをさぐります。

筆者

矢作 弘(やはぎ・ひろし)

龍谷大学フェロー

前回の記事

アメリカはなぜ「高速鉄道後進国」だったのか?

アメリカの人口は3億4000万人、全土を縦横に州際高速道路が71本走り、空港は5000カ所を超えています。それでも高速鉄道は1本もないのです。アメリカが高速鉄道ネットワークの整備で「後進国」になっているのは、やはり車交通との競争で後塵を配することになった歴史が影響しています。そうした「高速鉄道、負の歴史」の逆転を目指す新路線の開発構想があります。

広大な国土を抱え、19世紀半ばまでの長距離移動は、水運か、幌馬車でした。19世紀後半になると都市間を走る鉄道、さらに大陸横断鉄道が整備されました。バンダービルドやスタンフォードなど鉄道事業で富豪になり、「鉄道王」と呼ばれるようになったのはこの時代のことでした。鉄道で稼いだカネを大学に投資し、バンダービルド大学、スタンフォード大学などの名門大学が創設されました。

しかし、20世紀を迎えると、中間層も手軽に買えるフォード社のT型車が発売されるなどし、車が急速に普及し、短距離移動でも長距離移動でも、車が移動手段の主役に躍り出ました。車社会の到来でした。車の急増に伴走し、道路網の整備が急ピッチで進展しました。それがまた、車の普及を加速しました。

1921年にFederal Aid Highway Act(連邦支援ハイウエー整備法)が制定されました。以後、全土で高規格道路のネットワーク化が進みました(アメリカでは、Highwayは高速道路と同義ではない)。

1926年には、United Sates Numbered Highway Systemが導入されました。ハイウェイを道路No.(例「ルート66号」、東西を走る道路は偶数、南北を走る道路は奇数)で呼ぶようになりました。

そしていよいよ1956年、アイゼンハワー大統領の時代にFederal Aid Highway Actが成立し、州境を超える州際高速道(正式にはNational System of Interstate and Defense Highwaysと呼ばれ、「I-10」のように表記される)の整備が始まりました。ガソリン税を使って建設が進みました。

Unsplash / Jean-Luc Picard

郊外化と、鉄道の黄昏の時代

郊外化が進み、車が通勤の足になりました。遠方への出張や娯楽旅行も車になりました。貨物輸送でも、大型トランクが高速道路を走るようになりました。鉄道――長距離旅客輸送のAmtrakには、黄昏の時代になりました。

法律名に〈Defense〉が入っているのは、当時は対ソ連の冷戦時代で、核攻撃があった時に、

  1. 都会から郊外、田舎に車でたちまち逃げられるようにする、
  2. 戦闘機の離着陸に高速道路を供用できるようにする

――などの狙いがあったためでした。高速道路の開発には、軍用目的もありました。

おかげで地平の彼方まで一直線で走る高速道路網が全土で整備されました。一般的に、都市部を抜けると時速80miles(約140km)の高速で走ることができます。州際高速道路の整備をバネに、以来、車が都市間、そして大陸を縦横に移動するための交通手段の主役になりました。

Unsplash / Diane Picchiottino

一方、鉄道は、貨物輸送に重心が置かれるようになりました。
客車は貨車用に敷設された線路を走る、という供用スタイルで鉄道ネットワークが全土に広がりました。しかし、列車の衝突や脱線事故が起きるたびに、列車の走行スピードが制限されるようになりました。それでも1934年には、シカゴ–デンバー間を13時間――最高速度181km/h、平均速度125km/hで走る特急列車が運行されました。

しかし、時代に恵まれず、大恐慌に直面して十分な旅客需要を確保できず、やがて運行停止になりました。以来、戦後まで高速鉄道の話題は萎みました。

連邦政府による高速鉄道の開発支援

戦後は、連邦政府から州政府まで、州際高速道路網の整備に傾注するようになりました。
その傾向に警告を発することになったのは、日本の新幹線でした。新幹線が開業したニュースに刺激を受け、ジョンソン大統領がHigh-Speed Ground Transportation Act of 1965(1965年高速陸上交通法)の成立に奔走しました。

法律は、民主、共和両党の圧倒的な支持を得て成立しました。高速鉄道網の開発計画は、ジョンソン大統領が掲げた「偉大な社会」の建設構想に取り込まれました。法律の提案に際し、ジョンソン大統領は、「ニューヨーク−ワシントンを陸路で移動する方が、宇宙飛行士が地球を一周するより時間がかかる」と嘆いたと伝えらえています。
この法律で開発されたのが、ワシントン-ニューヨークを高速走行するMetrolinerでした(1969年に運行開始)。

アメリカでは、連邦運輸省が「高速鉄道は最高時速177km以上で走る列車」と定義していますが、一方で州政府がそれぞれの都市間鉄道については別の定義をしています(最高時速140km以上で走る列車など)。おかげで「高速鉄道」と呼ばれる鉄道路線が各地にありますが、前回書いたように、国際的な基準に当てはまる高速鉄道は、2028年に南カリフォルニア-ラスベガスを走るブライトライト・ウエスが第一号になります。

「真の高速鉄道」については、1980年にPassenger Railroad Rebuilding Act(旅客鉄道再建法)が制定され、ようやく新設路線の調査研究が始まりました。民間企業からもオハイオ、テキサス、カリフォルニア、ネバダ、フロリダ、オレゴン州などで高速鉄道の開発が可能か、関心を示すところが出てきました。

アメリカで高速鉄道の開発を先導しているのは、州政府と民間企業です。連邦政府は、研究から建設まで各段階で補助金を用意し、開発支援しています。「鉄道が大好き」を宣言していたバイデン大統領は、上院議員/副大統領時代は自宅からホワイトハウスまでAmtrakで通勤していました。大統領就任後、「高速鉄道先進国の仲間入り」を宣言し、超伝導マグレブの研究も行われていました。

実現可能性が高い7つの路線

アメリカ高速鉄道協議会(The U.S. Hight Speed Rail Association、HSRA)は、高速鉄道開発の推進団体です。そのHSRAが「21世紀の高速鉄道ビジョン」をかかげ、構想が話題に上っている高速鉄道(最高時速350km)の路線図――全長17,000mile(24,200km)を地図に示しています

紫:高速鉄道(時速186mile以上) 緑:紅緑鉄道、または地域鉄道(未定) 赤:地域鉄道(時速125mile以上) 黄:貨物線と供用  (出典:アメリカ高速鉄道協議会

ビジョンは、地図と一緒に高速鉄道開発の利益を列挙しています。
「高速鉄道は、経済活動の活性化、旧産業地帯の製造業の再生、大量の雇用創出、車交通混雑の緩和、温暖化ガスの削減、化石燃料依存からの解放、アフォーダブル住宅へのアクセスの改善――を期待できる」と指摘し、「持続可能でアフォーダブル、そして安全な移動を万人に保障する」と述べています。

地図では、17,000mileの路線を、実現の可能性が高い路線順に4グループに色分けして描いています。第一グループに属する――工事が始まっているか、具体化が近い路線が、以下の7本です。

  • 太平洋岸北東路線:バンクーバー−シアトル−ポートランド−ユーゲン
  • カリフォリニア路線:サクラメント–サンフランシスコ−サンノゼ−ロサンゼルス−サンディエゴ ロサンゼルス−ラスベガス
  • テキサス三角地路線:ダラス−ヒューストン ダラス−オースチン−サンアントニオ
  • シカゴ・ハブ路線:シカゴ−ミルウオーキ−ミネアポロス/セントポール シカゴ−インディアナポリス シカゴ−トレド−クリーブランド トレド−デトロイト
  • 南部路線:バーミンガム−アトランタ−シャーロット
  • フロリダ路線:タンパ−オーランド−マイアミ
  • 大西洋岸中部路線:ワシントン−フィラデルフィア−ニューヨーク

ニューヨークタイムズが、プロジェクトが動き始めている路線について簡潔な説明をしていました。「遅まきながらアメリカにも、高速鉄道時代がやって来る!」という記事です(After a Slow Start, High-Speed Rail Might Finally Arrive in America, April 2, 2025)。

太平洋岸北東路線はマイクロソフトが支援し、連邦政府から4億9700万ドルの助成を得ています。具体的な経路の決定は今後になります。
カリフォルニア路線は、カリフォリニア高速鉄道局が担当し、当初、サンフランシスコ−ロサンゼルス間の通貫を目指していましたが、現在は内陸部のセントラルバレーに限って工事が行われています。南カリフォルニアとラスベガスを結ぶブライトライト・ウエスト線、フロリダのブライトライト線については前回紹介しました。

テキサス三角地路線は、民間主導でしたが、現在はAmtrakが担当し、民間からの投資を誘っています。ヒューストン-ダラス間でプロジェクトが動き始め、連邦政府から6400万ドルの補助金を受け取っています。

ただし、ここにきて残念ですが、化石燃料業界を大好きなトランプ政権が高速鉄道に冷淡な対応を示しています。それについては次回、紹介します。

(つづく)

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