第28回「アメリカで高速鉄道時代が幕開け?!(1)―― ラスベガス−LA都市圏を2時間10分で走る鉄道が2028年に開通へ」連載『変わりゆくアメリカからさぐる都市のかたち』
アメリカで展開されている都市政策の最新事情から注目の事例をひもときつつ、変容するこれからの都市のありよう=かたちをさぐります。
筆者
矢作 弘(やはぎ・ひろし)
龍谷大学フェロー
前回の記事
2028ロス五輪を目途にした計画
南カリフォルニアとラスベガス(ネバダ州)を結ぶ高速鉄道ブライトライン・ウエスト(Brightline West)の工事が2028年の開業を目指して進行しています(Work starts on bullet train rail line from Sin City to the city of Angels, April 22, 2024)(Brightline West breaks ground on upcoming rail project., Associate Press, April 23, 2024)。アメリカでは、本格的な高速鉄道の第一号になります。
「アメリカの高速鉄道時代の幕開けになる」と期待されています。2028年にロサンゼルスで夏のオリンピックが開催されますが、開催に間に合うように工事を急いでいます。
ラスベガスとロサンゼルスの郊外都市ランチョ・クカモンガの間の350kmを最高時速240-250km(設計では320kmで走行可)、所要時間2時間10分で走ります。総工費120億ドルで65億ドルを連邦補助金(うち30億ドルはバイデン政権時代に成立したインフラ投資・雇用法からの助成)で補います。残りは民間投資になります。
当初、中国のコンソーシアムが参加するプロジェクトでしたが、工期が遅れたことなどの紆余曲折の末、フロリダの鉄道会社のブライトライトが事業を引き継ぎ、2024年春の着工に漕ぎ着けました。走行するところはほぼ砂漠です。そのため路線名は、当初「デザートエクスプレス(砂漠の特急)」でした。その後、現在のブライトライン・ウエストに名称変更されました。
高速鉄道に期待されるベネフィット
交通問題のシンクタンクのMineta Transportation Institute(MTI)が「高速鉄道の利益」に関する調査レポートを発表しています(Report Quantifies the Potential Benefits of High-Speed Rail, Planetizen, Oct.16, 2023)。レポートは、経済活性化、雇用創出、地域間の交流促進、温暖化ガスの削減、新しい製造業基盤の構築などマルチの効果を期待できる、と指摘しています。
この高速鉄道をめぐっても、経済的な利益、そして温暖化ガスの削減など環境面でもプラスの効果が期待されています。
- ロサンゼルスは、スーパースタート都市でその都市圏人口は1800万人を上回る。ラスベガスは代表的なブーミングシティで人口67万人、都市圏人口は260万人。人口増加が急である。ラスベガスにはギャンブル都市のイメージがあるが、最近はショウービジネスを含むエンターテイメント、ビジネスショー、国際会議などの新しい分野が都市圏経済を牽引して高成長を続けている。脱ギャンブル都市戦略である。高速鉄道が開通すれば、この2大都市圏の間で相乗効果が発揮され、人の流れがさらに加速する。計画では、2030年には年間1600万人の利用者を見込む。
- ロサンゼルス−ラスベガスの間は州際高速道路I-15が走っている。高速鉄道は1-15に沿って建設される。I-15を使ってカリフォルニア−ネバダの州境を越える車が毎日4万4000台ある。しばしば交通渋滞が起きているが、高速鉄道が開業すれば、交通渋滞の緩和につながる。
- 高速鉄道で交通の代替が進むとI-15の交通量が年間300万台減る、と試算されている。その結果、温暖化ガスの排出量が年間40万トンのマイナスになる。
- ラスベガスの国際空港も年間5800万人の利用者がいる。そのため国際線利用の場合、出入港の手続きに時間がかかることがしばしばある。ブライトライン・ウエストの運賃は、航空運賃より安く設定される。
具体的な計画が動いているわけではないのですが、いずれはデンバー(コロラド州)、ソルトレイクシティ(ユタ州)、フェニックス(アリゾナ州)まで延伸したい、という〈夢の構想〉があります。
フロリダのマイアミ−オーランドの間を走る高速鉄道ブライトラインの運行が2018年に始まりました。
走行距離380kmを最高時速200km、3時間半で走っています。2023年にはオーランド国際空港まで延伸されました。今後、さらにデズニーワールドやユニバーサルスタジオがあるテーマパークゾーンまで延伸されることになっています。ブライトライト・ウエストの姉妹会社が所有/経営していますが、「アメリカでも民間の高速鉄道の経営が成功することを例証した」と高い評価を得ています。
そもそも「高速鉄道」とは?
「高速鉄道」については、定義があるようです。それによると、
- 在来線を走る場合は、最高時速が200km以上
- 高速鉄道専用線では、最高時速250km以上
――のスピードで走る列車が「高速鉄道」です。したがってアメリカで高速鉄道時代の、真の幕引き役はブライトライン・ウェストになります。
一方、アメリカには、東海岸のスーパースター都市を結ぶ高速列車があります。2000年に開業した特急列車の「Acela」です。Acceleration(加速)とExcellence(優秀)の造語です。在来線を走っています。ボストン - プロビデンス - ニューヘブン - NY - フィラデルフィア - ボルチモア - ワシントンの間735kmを、最速6時間44分で走っています。ボストン - ワシントンの直行列車は、毎日、往復で30本あります。それ以外にNY - ワシントン、NY – ボストンの列車があります。
現在、アメリカで最速の高速鉄道ですが、在来線を時速120km前後で走るところもあるため、平均のスピードは遅くなっています。新型車両に切り替える計画がありますが、途中の橋やトンネルが旧式のため、さらなる高速走行は難しい。それでもワシントンのユニオン駅から早朝発の列車に乗れば、NYのペンシルベニア駅に午前9時半――マンハッタンでの午前の会議に間に合う時間――に到着します。ボストンには早い午後に着きます。
空港までの高速道路の混雑/渋滞、それに空港での搭乗までの待ち時間を考慮すると、フライトに比べて「Acela」の利用が有利になります。Amtrakが運営していますが、同社の稼ぎ頭のドル箱路線になっています。
フロリダのブライトライトと「Acela」が経営的に成功し、「アメリカに高速鉄道時代がやって来る」の先行事例になりました。ブライトライト・ウエストの着工式の日に幹部は、「フライトでは近過ぎる、車では遠過ぎる都市圏を結ぶには、高速鉄道が最適である。距離では350―500kmの都市圏の間である。候補路線はいっぱいある」と語っていました(Brightline West groundbreaking hailed as ‘start of high-speed rail industry in U.S.‘, Trains.com, April 22, 2024)。
開発によって何が変わる?
高速鉄道開発の候補路線としてしばしば名前があがるのは:
- 西海岸のシアトル-ポートランド
- SF―LA-サンディエゴ
- 中西部のシカゴ-セントルイス
- テキサスのトライアングル都市(ヒューストン、ダラス、サンアントニオ)
- 旧産業都市(シカゴ、デトロイト 、クリーブランド、シンシナチ、ピッツバーグ)
- 南部のアトランタ -シャーロット
などです。
ニューヨークタイムズが「アメリカは高速鉄道時代の到来が遅かったが、いよいよこれから高速鉄道の全国ネット化の夢が実現へ」という記事を掲載していました(After a Slow Start, High-Speed Rail Might Finally Arrive in America, April 2, 2025)。
高速鉄道の沿線都市では、新たな都市開発が進みます。
ブライトライト・ウエストのカリフォルニア側の始発駅になるランチョ・クカモングは、ロサンゼルスの郊外都市で人口17万人です。ロサンゼルスのベッドタウンになっています。郊外通勤電車(Metrolink)が走っており、ロサンゼルス中央駅のユニオン駅までは9駅の近さです。砂漠にあって土地代が安いことに加え、高速道路のI-15とオンタリオ空港まで6kmという交通インフラに恵まれているため、LA都市圏の物流基地になっています。他に特段の産業はなく、市内は、これまではもっぱら戸建て住宅地でした。ダウンタウンと呼べるようなところもない。その意味で面白味ない街でした。
しかし、高速鉄道が完成するとロサンゼルス−ラスベガス間の移動が楽になります。また、ロサンゼルにつながるMetrolinkと高速鉄道の乗換駅になります。そのためランチョ・クカモングの市当局は、「これを機会に駅前整備を進める。集合住宅や商業集積、オフィスなどの複合都市機能を集約し、TOD(公共交通依存型開発)を推進したい」と張り切っています(As Brightline advances its $12 billion plan to link Southern California and Las Vegas with bullet trains, this LA suburb sees a shot at urban reinvention, CityLab, June 5, 2025)。
(つづく)
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