第23回「バイデノミクスのレガシー(2)―― 救えなかった住宅危機が脅かす“都市の権利”」連載『変わりゆくアメリカからさぐる都市のかたち』
住宅供給を妨げるゾーニング
アメリカでは、都市計画法のゾーニングが住宅供給の妨げになっている、と指摘されています(本連載:「戸建て住宅専用地区の廃止と郊外の変容」参照)。
20世紀初頭にその基本構造が決まった近代都市計画は、台頭してきた中間所得階層の利益を代弁し、その財産形成を支援するところに本義があります。その理念を達成するための手段がゾーニングです。
- 戸建て住宅専用のゾーニング:タウンハウスや集合住宅の建設を規制。子供が暮らしたり、単身者に貸し出したりするために、同一敷地内に小住宅を建てることを禁止。
- 最低敷地面積の設定、及び敷地の分割規制:財産分与/相続、あるいは敷地の一部を売却するなどして敷地の分割所有することの制限。
- 駐車場の附設義務:路上駐車を禁止し、敷地内にしばしば複数台の駐車スペースを要求。
こうした厳しいゾーニングを決めている都市政府、及び住民は、「たっぷりゆったりの敷地を確保し、植栽された住宅が連棟する街区は、よりよい景観が維持される」と主張しています。
「集合住宅が増えるとそれに沿って車の所有が増え、交通渋滞につながる」「土地の混合用途が進むと人口が増え、図書館などの公共施設が混雑する」などと説き、ゾーニングの改正に対して不満も聞こえてきます。
しかし、本音は、アパートなどの集合住宅が建って低所得層、あるいはマイノリティが流入し、財産価値が下がることを嫌っているところにあります。
都市財政は、学校(学校区)も公共施設も不動産税で運営されています。そのため広い敷地の大きな戸建て住宅に暮らす富裕層は、「アパート暮らしの中低所得階層は、不動産税を払わず、公共サービスのフリーライダーになっている。我々は彼等のために余分な税負担をしている」という被害者意識を持っています。
実際のところR.トランプは選挙戦で、「バイデンは都市計画法の改悪を目指している。戸建て住宅専用のゾーニングの改廃を狙っている。貧乏人、あるいはマイノリティが移住し、犯罪が増える。あなたの住宅の財産価値が下落する」と郊外暮らしの中間所得階層を脅し、票集めに熱心でした。
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連邦政府は土地利用問題を解決できるか
都市計画は州権に属します。州政府が都市政府に計画の策定を委ね、都市政府は計画を条例で規定します。連邦政府には、基本的に土地利用に直接介入する権限がないのです。
そこでバイデン政権は、住宅都市開発局を通して戸建て住宅主義のゾーニングの改正に取り組む都市政府に対し、政策推進の補助金を用意しました。「ニンジン」をぶらつかせ、都市政府に都市計画の改正を促す施策です(New York Times, March 21, 2024)。政権は、ゾーニングの改正がアフォーダブル住宅の供給拡大をめぐって要になる、と考えていました。
また、公共交通重視型のコミュニティ開発を奨励し、郊外都市政府が交通拠点の周辺地域でゾーニングを複合用途に転換することを奨励しました。そのため公共交通重視型の集合住宅の供給に対し財政支援する施策を打ち出しました。ニューアーバニズムのコミュニティ開発思想に共鳴する都市政策です。
バイデン政権は、こうした住宅政策で200万戸のアフォーダブル住宅の供給を約束しました。さらに副大統領のK.ハリスは、大統領選挙中に発表したハリスノミクスで、当選すればアフォーダブル住宅の供給を300万戸に引き上げる提案をしました。
そのために初めて住宅を購入する人に対し25,000ドルの頭金補助をする一方、アフォーダブル住宅を供給する住宅メーカーに対する減税措置を用意する、と公約しました。
ニュースサイトPlanetizenは、トランプ2期の4年間に住宅危機が緩和する見通しは立て難い、と書いています(How the Trump Presidency Could Impact Urban Planning, Jan 19, 2025)。その理由は以下の通りです。
- バイデン政権と同様にトランプも、「連邦の土地を住宅用地として供給する」とアピールしているが、連邦の土地は、住宅危機の深刻な都市部から離れた遠隔地にしかない。
- 住宅ローンの引き下げに言及しているが、連銀の金利政策の影響を受けるので、トランプが直ちには影響を及ぼせない。トランプは、関税の、網羅的な引き上げに動いている。物価に跳ね返ってインフレを加速する。そのため連銀は、既に金利の引き下げに注意深くなっている。当然、住宅ローンの引き下げも遠く。
- むしろ、不法移民の大量追放は、住宅の建設コストの引き上げにつながる(建築労働の30%は移民である。建設業界は既に深刻な労働力不足である)
- 都市計画、住宅政策は、基本的に州政府、都市政府の権威下にあるので、連邦政府にできることには限りがある。
(つづく)
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