第22回「バイデノミクスのレガシー(1)―― ニューリベラリズム政策を反転させたが…」連載『変わりゆくアメリカからさぐる都市のかたち』

バイデンが掲げた「3本の矢」への評価

バイデンがトランプから政権を引きついだ時のアメリカは、パンデミック下にあり、深刻な経済状況でしたが、その後、「先進諸国の中で最優等生」と評される回復をしました。(P. Krugman, Bidenomics is still working very well, Mew York Times, Feb. 22, 2024)、まずは選挙前後の経済データを押さえておきます。

  • 消費者物価:2021年1月は前年度月比1.4%増でしたが、その後、急騰し、2022年6月に9.1%増を記録しました。しかし、それをピークに改善し、2024年11月には、2.7%増に沈静化しました。
  • 失業率は、2021年1月には6.4%でしたが、2024年10月は4.1%に低下しました。
  • 株価は、ハイテク関連株の多いナスダック総合株価指標が2024年12月11日に過去最高値の44148ドルを付けました。

バイデノミクスは、「3本の矢(法律)」を柱として展開されました。

  • The America Rescuer Plan(ARP)
  • The Infrastructure Investment and Jobs Act (IIJA)
  • The Chips and Science and Inflation Reduction Act (IRA)

ARPはパンデミックに対する緊急対策を柱に、子供のいる世帯に対する減税などを盛り込みました。健康福祉関連の強化策を含みます。健康福祉関連の拡充で利益を得るのは、トランプに投票した中間階層以下ですが、トランプの下では、予算が縮小、あるいは改廃されます。

IIJAは築年数が耐用年限を超えたインフラの改修や新設向けの投資です。

56000件のプロジェクトと助成に4560億ドル支援。インフラの要になる橋(13000橋)と道路(257000マイル)の改修などに3000億ドル、水資源と水路の整備に500億ドル、農村部などを中心の高速イアンターネットの整備に650億ドルの投資を決める(Biden-Harris administration kicks off infrastructure week by highlighting historic results spurred by President Biden’s investing in America agenda, White House, Nov. 13, 2023) 

IRAは、最先端科学技術(IT、AI、生命科学)に対する研究開発投資とその産業基盤の整備、そして環境に配慮する、あるいは適切なレベルの賃金を払う既存の製造業に対し、その再生を支援する財政投資です。産業政策です。

上記の政策を解説していたページは、ホワイトハウスのホームページからすでに削除されている

民主党の、ウェストバージニア(石炭産地)選出の上院議員J.マーチンが気候変動対策予算に反対し、当初の提案に比べて環境関連の予算規模が縮退しましたが、それでも「ルーズベルト/ジョンソン時代に比肩される規模の、財政の大型出動になる」という称賛の声が上がりました。

当然、共和党は「大きな政府」非難を捲し立てましたが、バイデンは敢えて「ニューリベラリズムからの決別」「政府の大胆な介入を是」とし、ルーズベルトとジョンソンの後継を自認し、大統領執務室に2人の写真を掲げていました。

フランクリン・ルーズベルト

ブルキングス研究所がバイデノミクスの「3本の矢」を分析し、政策の多くが地方(rural America = 共和党の支持基盤)により大きなインパクトを与えるが、効果が具現するまでには時間がかかる、という見方を示していました(Major IIJA and IRA funding opportunities for rural America will be implemented intermediaries ―― and may take years, Nov. 19, 2024).

また、同研究所は「レッド(共和党支持)州でバイデノミクスの投資ブーム」という分析レポートを発表しています(The Bidenomics investment boom in red America, Dec. 11, 2024)。

さらにウエストバージニア(共和党支持)の地元メディアも、「(レッドの)山岳州でバイデノミクスがよく機能している」(Bidenomics at work in the mountain states, West Virginia Watch, July 31, 2024)という記事を掲載していました。

バイデノミクスは民衆の敵だったのか

トランプ2期目に、IIJA、IRAがどのような扱いを受けるか、関係者の関心事になっています(What the Trump administration might mean for the future of the bipartisan infrastructure law, Brookings Institute, Nov, 25, 2024)。

実際のところIIJAの気候変動対策(太陽光発電、E Vs用電池の大規模工場の建設)では、ノースカロライナやジョージアの南部で大規模投資が計画されていますが、トランプは気候変動対策関連予算を剥ぎ取る方針を示しています。

こうしたシンクタンクの分析とメディアの記事は、前記したNew Yorkerの記事(「バイデノミクスの浸透が選挙には間に合わなかった!」)とその内容が符合しています。

クルーグマンは、バイデノミクスについてニューヨークタイムズに幾度か経済エッセーを寄稿していました。

そして「民主党の進歩派は、バイデノミクスについて『富も権力も、依然、限られた少数の掌中にある。金持ちの国なのに、いま現在も、何百万の人々が貧困に喘いでいる』と不満を並べるが、『実際はそうではない』」と指摘し、その進歩主義政策――子供対策が強化され、健康保険(Affordable Care Act)が拡充され、気候変動対策が前進し、あまり知られていないが底辺層の引き上げで賃金格差が緩和された――を列挙し、バイデノミクスの進歩主義に賛意を示していました。

ジョンソンの「偉大な社会の建設」から連邦政策が離脱して半世紀です。その間に溜まったニューリベラリズムの膿を一朝一夕では取り除けないが、しかし、確実に前進していた、という評論でした。

レーガン時代には、労働組合潰しが熱心に行われました。以来、アメリカでは、労働組合の組織率が大きく低下し、労働組合運動が衰退しました。しかし、バイデンは、ルーズベルトに学び、任期中、一貫して労働者/労働組合の側に立つ姿勢を鮮明にしました。

アメリカ南部は、労働組合がなく、労働運動の無風地帯です。その南部のアラバマにあるアマゾン・ドット・コムのベッセマー工場で、2021年春、アマゾンで第1号を目指す労働組合の結成闘争がありました。

会社と労働者、労働者を支援する地区労働組合、さらには労働組合の全国団体が激しくぶつかりました。その時、バイデンは、労働者側に寄り添い、支援の「エール」を送り、大きなニュースになりました。

大統領がデトロイトを訪ね、自動車労組のピケに並び、労働者をハグする光景がニュースになったこともありました。
2024年10月1日、東海岸港湾労働者が賃上げを要求し大規模ストに入りましたが、バイデンは、この時も労働者支持を表明しました。
バイデンの労働政策には、コーポレートアメリカに対抗する社会経済的なパワーが存在することが、民主主義全体の健全性に関わる、という認識があります。

最低賃金の引き上げにも熱心でした。連邦のルールで全国一律に最低賃金を時給15ドル(2000年以来7.25ドルに据え置き)に引き上げる案を示しましたが、議会に阻止されました。そのため大統領令を発し、連邦政府、及び連邦政府から仕事を受注している民間企業労働者の最低賃金を時給10.95ドルから15ドルに引き上げました。

(つづく)

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