第22回「バイデノミクスのレガシー(1)―― ニューリベラリズム政策を反転させたが…」連載『変わりゆくアメリカからさぐる都市のかたち』
アメリカで展開されている都市政策の最新事情から注目の事例をひもときつつ、変容するこれからの都市のありよう=かたちをさぐります。
筆者
矢作 弘(やはぎ・ひろし)
龍谷大学フェロー
前回の記事
時代を逆回転させるトランプ政権の再来
反民主主義で専制主義、反市民のR.トランプ政権が発足しました。
J.バイデン政権が4年の間に展開した進歩主義政策を尽く覆し、時計の針を逆回転させる反動政策が打ち出されることになります。就任当日に反動的な大統領令を連発し、時代を逆回転させる姿勢を鮮明にしました。
この際、バイデン政策(バイデノミクス)のレガシーを整理しておくことは、今後、トランプ政権が繰り広げる愚策の反動性を検証するためにも重要です。
ここから3回の記事では、都市問題を中心に、バイデノミクス、及びトランプが打ち出すことが想定される時代錯誤の都市政策を整理します。
- バイデノミクスとその評価――連邦の政策が、レーガノミクス以来(さらには1970年代以来)40年続いたニューリベラリズ(新自由主義)から、労働者に寄り添う中道左派に転換したことについて記述します。
- トランプは、地球環境の危機を認めていません。そのため気候変動対策の必要性を否定する人物を関係閣僚、政府高官に指名しました。バイデン政権の気候変動対策(排ガス規制、化石燃料の新規開発の制限、緑の保全と拡充など)、それと関係が深い交通政策(高速道路の壊廃の進め/拡張の阻止、公共交通の拡充、EVsの推進など)を検証します。トランプは、それらを潰します。トランプは、不法滞在移民の大量排斥(mass-deportation)を宣言していますが、人口動態、及び経済への影響を検証します。
- 2008年の経済危機は、金融機関による住宅ローンの不誠実な融資をきっかけに起きましたが、以後、住宅費が高騰し、住宅危機につながりました。住宅危機は、アメリカの都市が直面する最大の課題になっています。昨今の住宅危機は、中間所得階層を巻き添えにしていますが、特にマイノリティ貧困層は、家主にいつ立退を迫られるか、不安の日々を送っています。バイデノミクスがどのように住宅問題に対応してきたかを整理します。そしておそらくトランプ2期目にも大きな改善を期待できないのです。
トランプの出現とニューリベラリズム
M.フリードマンがシカゴ大学の教授時代に出版した「資本主義と自由(Capitalism and Freedom)」(1962年)は、その後、ニューリベラリズムの教科書になりました。
そのフリードマンがニューリベラリズの先導師として喝采を浴び、ノーベル経済学賞につながることになった歴史的な経済学書です。
しかし、その時代は、J.F.ケネディ、その後を継いで「偉大な社会の建設」を唱導したL.ジョンソンの治世でした。その時代には、マイナーでした。ニューリベラリズムは、R.ニクソンの時代に連邦政府の政策に影響を与えましたが、本格的に開花したのはレーガノミクス以後でした。
1990年代以降のニューリベラリズムは、共和党政権に止まらず、民主党政権も虜にしました。グローバリズムを推進し、自由貿易協定の締結に熱心だったB.クリントン、経済危機に直面して大企業の救済を優先し、中間所得階層以下の労働者に手を差し伸べるのが十分ではなかったB.オバマまで、歴代の民主党政権がニューリベラリズムに囚われました。
それが労働者階級の民主党離れを促し、政府叩きをしたトランプの登場につながった――というのがリベラル派の経済学者、及びリベラルメディアに共通した反省です。
2016年の選挙では、社会民主主義者を自認するB. サンダースが「労働者の権利と地位向上」を訴えて大統領選を戦いましたが、民主党予備選でニューリベラリズムのH.クリントンに敗れました。
ニューリベラリズムは、
- 個人の利益の最大化を目指し
- コストを最低に押さえ込み
- そのために政府は、市場を偏重し、公共投資を代償にする
タイプの自由主義です。
今度の選挙結果(民主党は大統領選、連邦上下院選挙で完敗)を踏まえ、ノーベル賞経済学者のJ.スティグリッツは、
ニューリベラリズはエリート主義である。労働者はニューリベラリズを信奉してきた民主党政権、その支持基盤になっている左派エリート層に騙された、と考えている。今度の選挙結果は、そうした民主党に対する労働者階級の反逆である。民主党は、F.ルーズベルト、ジョンソン時代を再評価し、そこに回帰しなければならない
と説いていました。
中間層にとって短すぎたバイデン政権の寿命
ニューリベラリズムが、ふじつぼのように「民主党丸」の船底にこびり付き、「船」がいよいよ沈没するまでになったのですが、実際のところバイデン政権は、発足当初からそれまでの民主党主流派の路線を修正し、労働者に寄り添う中道左派にシフトする政策を連発しました。
その事実は、スティグリッツ、それにニューヨークタイムズに時評を書き続けてきたノーベル賞受賞の経済学者P.クルーグマンも認めているのですが、それについて雑誌のNew Yorkerが選挙日直前に、興味深い記事を載せていました。
- Bidenomics is starting to transform America. Why has no one noticed?, Oct. 28, 2024
- Why the Democrats sell Bidenomics, Oct. 29, 2024
記事は、バイデノミクスは、昨今、前例のない規模でアメリカ社会を変革し始めたが、その効果が社会に十分に浸透しないうちに――すなわち、人々がその利益を感じ、理解するのには、選挙までの期間が短か過ぎた、という論旨です。
中間所得階層、あるいはそれ以下の階層こそが、バイデノミクスの恩恵を多く受けるはずだったのですが、それを認識しないままトランプに投票することになる、という指摘でした。実際にそうなりました。
バイデンにとって、あるいはバイデンからバトンを引き継いだK.ハリスにとっても、そしてなによりもバイデノミクの受益者になるはずだった中間所得階層以下の人々に、「悲劇」になりました。