第21回「高速道路は時代遅れになる?!(3)―― 道路を拡張/延伸すると交通渋滞はさらに悪化する?!」連載『変わりゆくアメリカからさぐる都市のかたち』

特報
この連載について

アメリカで展開されている都市政策の最新事情から注目の事例をひもときつつ、変容するこれからの都市のありよう=かたちをさぐります。

筆者

矢作 弘(やはぎ・ひろし)

龍谷大学フェロー

前回の記事

 

オースチンで進む超巨大計画

高速道路にまつわる迷信――拡張/延伸すれば、「交通混雑が緩和する」「交通事故が減る」「大気汚染が改善する」。拡張/延伸に代わる交通渋滞対策は他にない――を象徴する話があります。聞いてびっくりの、超ビッグ計画がオースチン(テキサス)で進行しています(In red-hot Austin, climate fears can’t stop a $ 4.5 billion highway expansion, CityLab, Sept.29, 2023、Austin freeway expansion fight continues, CityLab, Feb. 1, 2024, Your ultimate guide to the I-35 expansion through central Austin, KUT News, Feb. 21, 2024)。

反対運動(草の根運動のRe Think=rethink35.orgなど)がありますが、計画は止まらない。

https://rethink35.org/

I-35(州際高速道路35号線)の拡張です。I-35は、北はミネソタから南はメキシコ国境までアメリカ大陸の中央部を縦断して走る幹線高速道路です。中西部で作られる農畜産物とその加工品、それにメキシコ湾岸で産出する石油/ガスを搬送する大型トラックが、昼夜行き交っています。オースチンでは、走路がダウンタウンに近接しています。

学園都市オースチンの変化

オースチンは州都です。20世紀末までは、静かな、落ち着きのある中規模都市でした。大都会のヒューストンやダラスとは風情が違っていました。詩情豊かな暮らしをたっぷり楽しめるため、「都市のQOL(生活の質)評価」「暮らしてみたい都市ランキング」では、常々、上位に並ぶ都市でした。テキサス大学があります。学園都市です。

Unsplash / MJ Tangonan

ところが昨今、IT系のビッグビジネスを中心に、ハイテク企業の集積が一気に高まりました。アマゾン、アップルなどが大きな拠点を構えています。超高層ビルがダウンタウンに並びました。この変容は、「オースチンの奇跡」と呼ばれています。

1990年の人口は46万人でしたが、2000年に65万人、2020年には97万人に膨れ上がりました。30年間に倍増しました。サンベルトの代表的なブーミング都市です。

しかし、「時間がゆっくり流れる州都」のイメージは、すっかり失われてしまいました。増加した人口は郊外、さらには外郊外にスプロールして広がりました。ダウンタウンとの移動はもっぱら車です。

郊外からダウンタウンに向かう高速道路では、交通混雑が酷くなりました。オースチンを南北に走るI-35はその高速道路の1本です。オースチンには環状道路がないため、通過交通もI-35を使ってダウンタウンを走り抜けます。朝夕のラッシュアワーには、交通渋滞に巻き込まれ、動いては止まるを繰り返す、低速運転を強いられています。

テキサス交通局(TxDoT)は、渋滞の緩和を理由に、2000年ごろからI-35の拡張計画に着手しました。それが驚愕させられるような、超ビッグ拡張計画です――運用道路(2人以上乗っていない車の走行禁止など)を双方向にそれぞれ2車線増設し、さらに本線にアクセスする側道を拡張します。計画が実現すると、一部地区では20車線、その全体の路幅が200mになります。

市長、市議会は、この拡張スケールにびっくりして非難の声を上げました(Austin leaders denounce 20-lane freeway project, planetizen.com, Oct. 27, 2012)。

「沿道に暮らす市民は激怒し」(ある新聞記事の見出し)、反対運動に立ち上がりました。さらに訴訟を起こしました。それでも計画は止まらない。着々と進行しています。

拡張を推進する交通局の論理は正当か

拡張計画の必要性についてTxDOTは、

  1. オースチンは公共交通の整備が遅れている(北の外郊外と都心を結ぶ単線の鉄道CapMetroが2010年に運用開始になったが、都市圏の公共交通はバスが中心)
  2. 郊外にオフィスパークがさらに開発され、人口が増え、交通渋滞のさらなる深刻化が避けがたい

――と説明しています。

現状を放置すると、

  1. 2035年には、ダウンタウンから30kmほど北の郊外都市まで行くのに2時間半かかるようになる
  2. 2045年には、現在の交通量が50%増加する
  3. 毎日、30万台がダウンタウンのI-35を走るようになる

という試算を示しています。

反対派の市民運動は、この試算を「根拠が乏しい」と批判しています。「郊外の人口が増えると言って道路を造る。道路を新設、あるいは拡張/延伸すれば、その界隈では人口が増える。その繰り返し――堂々めぐりになっている」と主張しています。

「30km走るのに2時間半かかるようには決してならない。それほど渋滞が酷い道路を、だれも走らない。そこまで渋滞が悪化する以前に、人々は他に迂回するか、公共交通を使うようになる」と訴えています。反対派が説く、いずれの筋書きにも合理性があります。

オースチンは2020年に住民投票を実施し、Project Connect計画(10億ドル投資)を承認しました。この計画は、住民投票でそれまでに幾度か否決されてきましたが、オースチンの道路事情が悪化し、市民の間に「いよいよ公共交通を整備しなければならなくなった」という認識が広まったのです。それで漸く成立しました。

計画では、LRTを2新線整備するなど公共交通の拡充に力を入れることになっています。そのタイミングにI-35の大規模拡張計画が浮上しました。市民グループは、20車線化計画の代替案としてボストンの「Big Dig」に学び、ダウンタウンを走るI-35を地下に埋める案を提起しています。

「車交通をめぐる誘発理論」

交通混雑を緩和するはずの高速道路の拡張/延伸ですが、実際は逆に「さらなる車交通を誘発し、交通渋滞が一段と悪化する」という〈車交通をめぐる誘発理論〉があります(California Freeway expansion projects induce travel, and underestimate impacts of additional driving, Streetsblog. Dom, Feb. 7, 2021、Widening highways don’t fix traffic. So why do we keep doing it?, New York Times, Jan. 6 2023、Why traffic never gets better, Planetizen, De, 12, 2024)。

カリフォルニアの高速道路を調べた実証研究によると、交通当局は、拡張/延伸の計画段階では、そのマイナスの影響(誘発による車の増加)をとかく無視、あるいは過少評価します。「特に環境アセスメントでその傾向が強い」と研究は指摘しています。

誘発理論については、幾つもの実証事例が報告されています。

Alfred Twu, CC0, via Wikimedia Commons

ロサンゼルスのダウンタウンを避けて南北に走る迂回道路のI-405は、ロサンゼルス空港、エッジシティ(都市機能を完備した自己完結型郊外都市)、オフィスパーク、倉庫街を縫って走る郊外型の高速道路です。

港へのアクセス道路に接続しています。そのため大型トラックが多い。常々、渋滞が深刻です。交通事故が一度起きると最悪です。車が1時間以上動かなくなります。普段から空港までの所要時間を読めず、時間にかなり余裕を持って空港に向かうことになります。その時間ロスは、ビジネスには大きな費用負担になっています。

2015 年に、I-405の拡張が完工しました。ロサンゼルス郊外の峠越えの25km(I-10とI-101の間)に、運用道路をそれぞれ1車線、双方向に増設する工事でした。開業直後は交通渋滞がしばらく緩和しましたが、それも束の間のことでした。

その後、状況は、拡張前よりも悪くなっています(Traffic on 405 Freeway got worse since expansion project, study shows, NBC News, May 7, 2019)(Five years after Sepulveda Pass widening, travel times on the 405 keep getting worse, la.curbed.com, May 6, 2019)。

拡張前には時速45km(午後3-4時)で峠越えをすることが出来ました。ところが2019年には、同じ時間帯に時速30kmのノロノロ運転でしか走れなくなりました。車から出る排気ガスも増加しています。

その理由を記事は、「道路の拡張がさらなる交通悪化につながっている(高速道路の能力が10%向上すると長期的には車の交通量が10%増える)」という誘発理論で説明していました。

I-405については、ロサンゼルの南に接するオレンジ郡でも拡張工事がありました。双方向にそれぞれ1車線拡張し、さらに双方向に2車線(I-73とI605の間)の有料道路(乗車人数と時間帯によって通行料が違う)を増設するプロジェクトが2018年に着工し、2023年に完工しました。拡張された距離は25km、うち有料道路は12km、総工事費21.6億ドルでした。

I-405が走る南カリフォルニア(ロサンゼルスとその周辺郡)は、郊外のスプロール開発と車の普及が相互に誘発し、肥大してきた「車社会の最進地域」です。しかし、交通問題の研究者に加え、道路政策の担当者の間でも、「州内ではこの1-405の拡張が、高速道路の、最後の大型拡張工事になる」という認識が広がっています(Mammoth $2-billion 405 project marks an end to Southland’s big freeway era, Los Angeles Times, Dec.2, 2023)。

「高速道路投資」信奉の時代は終わるか?

高速道路を拡張/延伸するための空き地が乏しくなっていることがありますが、「そもそも時代が基本的に変わった」という考え(気候変動危機、車依存の暮らしからの脱却)が支持を得るようになったためです。「高速道路投資がゼロになることはない。しかし、これからの交通投資は、自転車道、鉄道、バス専用道などとのバランスを考えながら取り組むようになる」という話です。

実際のところ、典型的な車社会都市だったロサンゼルスでは、最近、I-710の拡張計画が破棄された一方、鉄道、LRT、高速バス、自転車専用道向けの投資が急拡大しています。この認識の変化には、誘発理論も影響しています。

高速道路の担当部局の間でも、渋滞対策として拡張/延伸することに限界を感じ、さらなる高速道路投資を諦める、あるいは徒労感が広がっているのではないか、と思わせる発言が聞かれるようになりました。

カリフォルニア州議会下院環境正義委員会では、州政府が高速道路の新設/拡張投資をする、あるいはそれを認めることを禁止する法案が審議されました(CA Bill Would Outlaw Freeway Expansions through Environmental Justice Communities, streets blog.com, Feb.3 2022、上院交通委員会で否決)。法案は趣旨説明で、「車交通をめぐる誘発理論」「高速道路が起こすコミュニティの分断、不平等な立ち退き」に言及していました。

高速道路が起こすコミュニティの分断が、都市経済に及ぼす外部不経済を試算する調査も行われています。その成果は、高速道路解体や拡張/延伸反対の運動を、理論的に支援する材料になっています(Urban highways cost billions in lost home value, property taxes, CityLab, August 16, 2023)。

ワシントンD.C.を走るI-395とI-695は、1960年代初期にマイノリティの住宅、少なくても1400戸を解体して完工しました。NPOのSmart Growth Americaが、住宅解体の経済ロスを調べています。その試算によると、現在価格で14億ドル相当の住宅を失ったことになり、ワシントンD.C.は、毎年、760万ドルの不動産(住宅)税を逸失しています。

Evening rush hour on I-395 and Route 27, with the Pentagon in the background.(Aude, CC BY-SA 2.5, via Wikimedia Commons)

サンフランシスコでは、11月の選挙で草の根運動が主導した住民投票のProposition Kが成立しました(Prop. K; passes stretch of Great Highway will close to car, SF Standard, Nov. 8, 2024)。市に西側を走る高速道路(the Great Highway)の3.2kmを閉鎖し、自転車道、犬連れの散歩道、ローラースケート道、それにオーシャンビーチ公園を造る提案です。

「交通渋滞が加速する」と提案に反対し、裁判に訴える姿勢を示す郊外派と「アーバンアメニティが向上する」と住民投票の成立を喝采する都会派の対立が先鋭ですが、ニューヨークタイムズや全国ネットのテレビがProposition Kの成立を伝え、高速道路撤去運動に追い風になっています。

(つづく)

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